2017.06.01

米国予算教書を読み解く――予算案から見えてくるトランプ大統領の方針とは

成蹊大学法学部政治学科教授、西山隆行氏インタビュー

国際 #アメリカ#トランプ大統領#予算教書#予算案

アメリカ大統領が議会に提出する翌会計年度の予算案、予算教書。大統領の「所信表明」とも言われ、その発表は米国内外で大きく取り上げられる。先月23日に提出された、トランプ政権初となる予算教書。そこからは、何が読み取れるのか。成蹊大学法学部政治学科教授、西山隆行氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

予算教書をもとに予算案を立てる

――アメリカの国家予算とは、どのように決められているのでしょうか。

アメリカでは予算は法律として決定されることになっているので、通常の法律と同様に、連邦議会が基本的な権限を持っています。議院内閣制を採用している日本では内閣が法案提出権を持ちますが、大統領制を採用しているアメリカでは、大統領は法案提出権を持ちません。しかし、実際に予算を執行するのは行政部なので、大統領は必要と考える政策とその歳入・歳出の見積もりを議会に提示することになっています。これが予算教書と呼ばれるものです。

連邦議会は予算教書を基に予算関連法案の作成にかかります。まずは上下両院それぞれの予算委員会で大まかな方針を示し、上下両院で調整を行う。その調整案に基づいて、上下両院それぞれの歳出委員会で具体的な検討を行います。歳出委員会では、農業、国防、労働など分野ごとに設けられた小委員会を単位に公聴会なども開きつつ予算案を作成し、連邦議会の上下両院の本会議で審議、可決という流れになっています。

しかし、通例両院が可決する法案が同一であることはありません。日本の場合は、予算について衆議院の優越が定められているので、衆議院で可決した予算案が参議院で否決された場合には、再度衆議院に戻されて可決すれば成立することになっています。しかし、アメリカの場合は上下両院で同じ法案を通さなければならないことになっているため、各院で可決された法案を両院で調整し、調整案を上下両院で審議、可決することが必要になります。

その後、両院を通過した法案は大統領に送られ、大統領が署名した場合に予算法案が通過したことになる。もし大統領が予算法案に対して拒否権を発動した場合は予算案は議会に送り返されることになります。上下両院が拒否権を発動された法案をともに3分の2の多数で再可決した場合、大統領はその法案に拒否権を発動することはできません。しかし、両院が3分の2以上の多数で可決できない場合は、先ほど説明したプロセスを大統領が署名するまで繰り返すことになっていますが、会計年度が始まるまでに予算が確定しない事態も時折発生します。

――その結果として、会計年度が始めるまでに予算が確定せず、政府機関が停止するといったことも起こるのですね。

ええ。通常の予算案が可決されない場合は、暫定予算を組むことになりますが、暫定予算法案が通過しない場合や期限切れになった場合には、行政機能が停止することになります。

このような通常の予算過程の他にも、補正予算法案や緊急補正予算法案が作られることもあります。

――今回は予算教書が3月と5月、2回に分けて公表されました。

アメリカでは会計年度が10月から翌年9月となっていて、予算審議には半年ほどかかるので、予算教書は2月上旬に出されることになっています。トランプ政権の場合は3月に裁量的支出に関する部分のみを発表し、年金などの義務的支出、つまり既存の法律に基づいて金額が決められる支出や税制を含む完全な予算教書は5月23日に提出することになっていました。政権交代で就任したばかりの大統領については予算教書の発表が遅れることが多いですが、これほど遅いのは例外的です。

安全保障分野に重点

――大統領には予算案提出の権限はないとのことですが、予算教書の発表は米国内外を通じて大きく報道で取り上げられています。これは何故なのでしょうか。

予算教書に注目が集まるのには、いくつかの理由があります。まず、予算は法律として作成されるため、連邦議会が予算法案を作っても大統領が拒否権を発動すれば予算は成立しません。予算教書は、予算に関する大統領の基本的な方針を示しているので、それから大幅に逸脱する予算法案を議会が出してきても、大統領が承認しない可能性があります。予算が通過しない場合は、暫定予算を通過させない限り先ほど申し上げた通り行政府の機能は停止することになります。

政府機能の停止はアメリカでは時折発生しますが、それに対する批判は、大統領のみならず連邦議会に向かうことも多いため、連邦議会も予算教書の内容を尊重せざるを得ません。一般に予算作成権限は連邦議会にあると説明されることが多いですが、拒否権の発動までも予算作成権限であることを考えると、大統領の意向は予算審議に大きな影響を与えることになるんです。

――大統領に直接の決定権はなくとも、その意向は無視できない重要なものということですね。

ええ。それに加えて、予算教書には政権の基本方針が反映されていることが大きな意味を持ちます。それは、単に翌会計年度の政権の方針を示すというのにとどまりません。一般に、予算教書には、中長期的な財政運営の方針や外交、国防に対する方針なども盛り込まれています。その内容が、アメリカのみならず、諸外国の政策や企業の方針にも大きな影響を与えることになるのです。

中長期的な財政運営の方針を示すためには、その前提となる経済成長の見込みなども示されます。しかし、その見込みは通例高めに設定されますし、予算教書では10年以内に財政収支を必ず均衡させると記されるのが一般的になっています。トランプ政権の場合、連邦準備理事会が19年までのアメリカ経済の潜在成長率を1.8%とする中で、同じく19年までの経済成長率を3%と見込んでいます。政権側はこの達成率は減税とインフラ投資で可能だと主張しますが、それを真に受ける人はいません。そのあたりについては予算教書を読む側も織り込んでおかなければならないでしょう。しかし、それを除いても、政権がどの分野を中心に経済成長を達成しようとしているのか、外交・安全保障にどのように取り組む意向なのかを予算教書から読み取ることができるのです。予算教書が、一般教書(年頭教書)、大統領経済報告とともに三大教書と呼ばれているのは、このような事情によります。

――今回のトランプ政権からの予算教書からは、どのような方針を読み取ることができるのでしょうか。

トランプ政権の予算教書には、国防費や国土安全保障の費用を拡充する一方で、国務省や環境保護局の予算を大幅に削減する意向が示されています。これらは、公共支出の優先順位を決定するにあたっての基本方針をオバマ政権とは根本的に変えようという意思の表れだといえます。

2月に議会に提出された予算教書の表紙には、「アメリカ第一 アメリカを再び偉大にするための予算の青写真」と記されています。アメリカを偉大にするためには国防と国土安全保障が必要だという、大統領選挙の際から示されてきた認識が引き継がれています。

――国防費、安全保障予算はどれくらいの増加を求めているのですか。

2017年度と比べて、国防総省関連予算が10%、国土安全保障省予算が7%、増額するとしています。予算教書で国防関連費用について述べたところに、「今回の増額分だけで、大半の国々の国防費より上回っている。アメリカの歴史上、国防総省の1年間当たりの予算増額としては最大のものとなるだろう」と述べられているのが象徴的です。

国土安全保障に関しては、国境監視員、移民税関捜査局職員の大幅増員が記されています。また、米墨国境地帯の壁の建設費用として、2018年度に15億ドル、19年度に26億ドルを計上しています。連邦議会共和党主流派の人々は壁の建設費用を予算案から除外する動きを示していますから、それに対する牽制という意味も大きいかもしれません。とはいえ、これらはトランプ大統領が選挙の際に公言した象徴的な政策を実施するという姿勢を示しています。

――安全保障分野以外はどうなっているのでしょうか。

それ以外の分野については、トランプ政権は重視しない方針を明確にしているように思います。具体的には、国務省関連については、対外援助・開発支援を中心に予算を3割近く削減する方針です。敵と直接的に対峙して軍事的勝利を目指す国防総省と違い、諸外国と交渉や妥協を行ってして事前に紛争を発生させないようにすることを目指す国務省の働きは、トランプにとってはアメリカを偉大にしない活動のようです。トランプは、外国の人々に使う資金を減らし、国内の人々により多く使うと繰り返し強調してきましたが、対外援助等の予算が削減されたのはその意向の表れです。

また、環境保護局の予算は31%削減するとしています。実際すでに、環境問題、温暖化対策を重視したオバマ政権が導入した一連の環境規制を撤回する大統領令に署名するなどしています。その他、NASAの衛星計画の打ち切り、エネルギー省科学局や国立海洋大気庁、国立衛生研究所の予算の大幅削減も提起されており、科学技術の分野を重視しない方針はオバマ政権と対照的です。トランプ政権の予算教書からは全体的に、国防・国土安全保障関連の予算を増額し、その費用を他の分野の予算削減で捻出するという強い意志が感じられます。

オバマ政権との対比明確

――オバマ政権時代からの転換は、予算案からも明確にうかがえるんですね。

そうですね。科学技術のみならず、前任のオバマ元大統領は国連などと共に多国間の枠組みで世界の問題を解決しようと試みてきました。しかし、トランプ政権は閉じ籠る傾向が強いとしばしば指摘され、他方、行動する際には、単独で、かつ軍事力を重視する形での行動を好むとも言われています。それが象徴的に表れたのが、先のシリア空爆だったでしょう。

予算教書に記された対外政策の方針も、オバマ政権とは対照的です。外交を担う国務省、海外援助を担う国際開発局の予算が3割程度と大幅に削られていて、その削減の大半は対外援助と気候変動に集中することになると言われています。トランプは、国務省と国際開発局を統合し、人員整理を行うことも提唱しています。オバマ政権期にケリー国務長官が、国務省関連費用は政府予算全体の中で1%を占めるにすぎず、費用が足りないと繰り返し強調していたことを考えると、トランプ政権の削減案は衝撃です。

――対外援助や開発援助の削減は国際情勢にも大きく影響しそうです。

今日の世界の最大の課題の一つはテロ対策です。テロリストを軍事的に攻撃しても新たなテロリストの登場を招くだけであり、紛争予防や開発などを通してテロ発生の根本原因に対処していくことが、一見遠回りながらも効果的だというのは、今日では一般的な見解になっているように思います。貧困や紛争などの問題は、自ずと解決されることはありませんし、どこか一国が積極的に対応したからと言って解決できる問題ではありません。したがって、国連を中心とする多国間での取り組みが必要不可欠です。

アメリカは国連で最大の資金拠出国で、2017年には通常予算の22%を負担しています。それに次ぐ日本が9.68%、第三位の中国が7.92%であることを考えると、アメリカが国連拠出金を大幅に減少させれば、大混乱が発生します。今回の予算教書に基づけば、国連を中心とする地道な取り組みが実現不可能になるということです。

もちろん、このような脅しをかけることによって国連でアメリカの発言力増大を目指しているという可能性もあります。とはいえ、アメリカが多国間の枠組みに消極的なことが明白になった以上、アメリカの分担金に多くを依存している国連も、組織と業務の在り方について再考を迫られることになるでしょう。

さらに、アメリカが国際社会の問題に対して消極的になりつつあるという印象を与えるだけで世界の不安定化につながる可能性もあります。予算教書に示された外交についての姿勢はアメリカの安全保障を損なうという懸念はアメリカの議会内部からも表明されているので、今後の予算審議に注目する必要があります。

――低所得者層への支援も大幅に削減される見込みですよね。トランプ政権では、これまでの低所得者層への支援はあまり成果が出ていないとして、今回の削減を正当化していますが、この認識は正しいのでしょうか。

低所得者層の中には、多様な人々が含まれます。2016年大統領選挙でトランプを支持した白人労働者階級の中には、決して豊かな生活を送ることはできていない人々もいました。しかし彼らの多くは自分たちは公的扶助に依存している貧困層とは違うという自負心を持つ人々でした。自ら働いて納税しているという意識を持つ人々は、公的扶助受給者は労働せずに政府からの扶助をもとに生活している人だとして非難しています。

この認識は、共和党保守派の人々の間でも広く共有されており、そのような認識を背景に、トランプは貧困者向けの予算支出を削減するよう目指し、例えば、低所得層の光熱費を援助するプログラムなどを削減しています。また、貧困者向けの公的医療保険プログラムであるメディケイドについても、削減が目指されている状況です。

しかし、ここで批判されているような人々は、労働する意思があるにもかかわらず生活圏内に労働できる場所がない、労働してもあまりに低賃金で十分な生活を営めない、といった理由で生活が困窮し、公的扶助を利用しているという場合が少なくありません。

そもそも、公的扶助政策の中核的プログラムである貧困家庭一時扶助プログラムは、福祉受給の条件として勤労や職業訓練を義務付けているのです。また、公的扶助受給者には、障害を抱えている人たちも多く含まれています。これらの点を考えると、トランプ政権の貧困者に対する認識には大きな誤解があると言わざるを得ません。

また、先ほど指摘したように、トランプを支持する、かつては製造業などの分野で働いていた人々も広義の低所得者層に含まれるかと思います。大統領選挙に際し、トランプとその支持者は、不法移民を排除し、自由貿易をやめれば製造業が復活して失業率が下がり、労働賃金も上昇すると主張していました。しかし、今日の先進国で製造業労働者の失業率が上昇している最大の理由は機械化にあります。つまり、かつては人が行っていたことを機械がやってしまうために失業率が上がっているところが大きいのです。

この点を考えると、人々に職業訓練を行って、現状に即した分野での就職を支援することが必要になります。にもかかわらず、トランプ政権は労働者の訓練に関する、労働局の様々なプログラム資金を大幅に削減する方針を示しています。低所得者に関する問題は非常に重要ですが、トランプ政権の基本的認識は誤解が多く、示された対策も妥当性に乏しいと言わざるを得ません。

――環境保護庁への予算を大幅に削減する一方で、大統領給与を関連団体に寄付したりもしましたが、どういった思惑があるのでしょうか。

たしかにトランプ大統領は大統領としての報酬を内務省国立公園局に寄付しました。しかし、これは環境保護問題にトランプが積極的な立場を示した結果ではありません。

トランプは大統領選挙の際に、大統領としての報酬を受け取らないと繰り返し主張しました。ですが、実際には報酬を辞退することはできないため、それを政府機関に寄付することにしたのです。寄付を受け取った内務長官は、寄付金を南北戦争の戦場跡が保存されている歴史公園の整備に用いるとしています。これを純粋な環境保護に基づく寄付だと解釈するのは無理があります。

――環境保護政策は予算教書で意思表示されたように後退していくだろうと。

そうなります。トランプが提示した予算教書では、内務省の予算も環境保護局の予算も大幅に削減されています。例えば、環境保護局の予算は多くの部分が州政府やネイティヴ・アメリカンの部族政府などに配分されることになっています。聖域とされているそれらの補助金を削減することには民主・共和両党ともに強く反対しているので、予算教書がそのまま実行されれば環境保護局が環境保護のために実施する業務の執行費用や人員は、部族政府などへの配分を維持するために大幅に削減されることになります。

トランプは環境保護よりもエネルギーや労働者の失業対策を重視する立場を一貫して示してきました。いうまでもなく、ここでいう労働者に役人は含まれません。共和党保守派の中には温暖化問題に懐疑的な立場をとる政治家も多く存在します。アメリカの環境保護政策は、トランプ政権下で大幅に後退するものと思われます。

共和党内で意見の不一致

――今回の予算教書に対する米国内外からの反響はどのようなものなのでしょうか。

アメリカ国内での賛否は分かれています。まず、民主党関係者とその支持者は、歴代の民主党政権が実現してきた諸政策を根本から否定するトランプの予算教書に強く反発しています。

ただ、深刻なのは、共和党内で予算教書をめぐって意見の対立がみられていることです。共和党内の財政強硬派の人々は、極端に小さな政府を志向しています。かつて注目を集めたティーパーティ派の人々、今ではフリーダム・コーカス(自由議連)のメンバーなどが典型です。彼らは、歴史的な大規模予算削減を多様な分野で主張するトランプの予算案に好意的な態度をとる人が多いです。もちろん、軍事、安全保障関係の予算も削減すべきだと主張する人や、さらなる歳出削減が必要と主張する非妥協的な強硬派も存在するので、彼らがどのような動きをするかには注意が必要です。

難しいのは、共和党主流派の人々の予算教書に対する態度です。共和党のライアン下院議長は、トランプ政権の予算教書はオバマ政権の後に新たなページを開くものだと言って予算教書を歓迎する意向を示しましたが、具体的な政策については言及を避けています。

共和党の穏健派は民主党との違いを示す目的もあり、予算教書に示された軍事・安全保障の強化や歳出削減の考え方に総論としては賛成します。しかし、具体的なプログラムを検討する段階になると、それぞれの選挙区や支持団体との関係で、個別の問題については支出削減に反対する可能性が高いと思われます。彼らの予算教書に対する態度がやや煮え切らないのは、そのような理由によっていると思われます。

アメリカ国外については、特に国連関係の予算を削減することは、先進国の間で好意的に受け止められているとは言えないでしょう。もっとも、減税とインフラ整備の結果アメリカ経済が大幅に成長するというトランプの主張の実現可能性が高そうであれば、それを支持する国や団体もあるかもしれません。しかし、アメリカ国内で予算教書に対する賛否が分かれているだけでなく、政権とロシアの不透明な関係をめぐる疑惑などで議会が混乱して予算通過が危ぶまれる現状を考えると、トランプの主張通りの効果が見込めると考えることはできないでしょう。

――それぞれの立場が今後の審議でどのような攻防をしていくのか、注目したいですね。西山先生、お忙しいところありがとうございました!

プロフィール

西山隆行比較政治、アメリカ政治

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。現在、成蹊大学法学部教授。主著として、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会・2018 年)、『アメリカ政治講義』(筑摩書房・2018 年)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房・2016 年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会・2008 年)、『アメリカ政治』(共編著、弘文堂・2019年)など。

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