南米・ベネズエラでいま何が起きているのか?

「ボリバル革命」と政府系ギャング

 

荻上 一時期はヒーローのように取り上げられていたチャベス大統領ですが、どのような政策を行っていたのでしょうか。

 

坂口 最初の2年間、チャベス大統領は政治体制の変革に注力し、経済政策についてはほとんど手をつけませんでした。「反ネオリベラル」と口では言いながらも、実際には前政権の経済政策を修正・変更することなくそのまま踏襲していました。アメリカを訪問しベネズエラへの投資を呼びかけたり、通信分野を外資に開放するなどしていました。その間に一方では、公約に掲げた政治体制の転換に取り掛かり、1年目の終わりには新憲法を制定しています。

 

荻上 憲法の中身はどう変わったのですか。

 

坂口 一つは、大統領への権力集中です。二院制から一院制にするなど立法府の権力を抑える一方で、大統領の任期を長くしたり、大統領府を強化したりしました。チャベス大統領はその後の憲法改正によって大統領の再選回数制限を廃止して半永久的に大統領職にとどまる道筋をつけるなど、大統領の権力集中とともにその長期継続を可能にしています。

 

新憲法にはまた、参加民主主義という新しい概念が導入されました。日本でも、選挙で議員が選ばれた後は、われわれ有権者は政治に対してほぼ何もできないですよね。チャベスは「それでは選挙が政治エリートの道具になってしまう」と考え、選挙以外でも国民が直接的に政治に参加できる仕組みを作ろうと、対話集会や国民投票などを憲法に盛り込みました。

 

また、市レベルのコミュニティにおいてどのようなプロジェクトが必要か、インフラで必要なものはないかなどを、コミュニティごとに意見を集約し、それらの代表同士の話し合いで予算配分を決めるという仕組みも設けました。

 

荻上 議会とは別の意思決定プロセスを設けたのですね。政権ができた最初のうちはそういった政治体制の改革を行い、その後に経済政策に手をつけたのですね。

 

坂口 はい。彼自身は当初より自らが行う政治経済的変革のことを「ボリバル革命」と呼んでいましたが、それがいったい何をめざすものなのかは明言しませんでした。ただ、価格統制を徐々に強めるなど、経済活動における国の介入を徐々に強めていきました。

 

そして、2005年にはじめて「ボリバル革命は社会主義国家の建設を目指すものだ」と明かしたのです。当時は石油価格が高水準を推移し、その恩恵で経済成長率も高く、政権の支持率が高かったため、このタイミングで宣言したんですね。そして実際に大きく動き始めたのが2007年からです。1000を超える国内外の資本の民間企業や農地を強制的に国有化したり接収するなどの政策をどんどん行っていきました。

 

荻上 価格を統制して国有地化を進めていくことになれば、当然ながら市場経済の力も弱まりますよね。そうなると需要と供給のバランスが崩れるタイミングで、経済の自動的な調整が効かなくなり、インフレが止まらなくなる恐れがあります。

 

坂口 価格統制は、貧困層の生活を支えるために、主食のトウモロコシ粉などの基礎的食料、石鹸などの基礎生活財や医薬品などを中心に、公定価格を低く設定しました。しかし、採算がとれないレベルで政府が価格を設定するため、生産者は生産すればするほど赤字になる。そのため、基礎生活物資ほど国内生産が縮小し、モノ不足が深まるというジレンマが続いているのです。

 

また多くの会社が強制的に国有化されてしまったのをみると、自分たちの工場も同じ目に合うのではないかと考え、工場への投資が抑制されますよね。農業も同じです。多くの農地が接収されているのを目の当たりにすると農業セクターも種まきや農業投資をしなくなる。このようにして、すべての生産部門が弱まっていってしまったのです。

 

荻上 そのような状況の中で、法外な値段で日用品や食べ物などを売る闇市なども生まれてきたわけですね。それだけ経済状況が不安定だったにもかかわらず、金融政策は行われなかったのでしょうか。

 

坂口 行われませんでした。チャベス政権や現マドゥロ政権にとってもっとも重要なのは社会政策です。貧困層の方々に向けた社会的な手当てを一番に重視しています。例えば低所得者用のアパートを建築する、無料の医療サービスや教育プログラムに力を入れる。

 

しかし、政権は経済政策、とくに財政規律に対する認識が弱いため、十分な石油収入があるにもかかわらずそれを上回る支出をしてしまうわけです。石油価格が1バレル100ドルを超えている時期でさえ財政赤字が拡大していました。こうしたことによってベネズエラのマクロ経済はますます歪みを蓄積し、インフレやモノ不足が深刻化していきました。

 

政治面では国民の不満を抑えるために、反政府派メディアや政治リーダー、市民への抑圧が強化されました。それらの結果、政権への支持率は低下していったわけです。

 

荻上 政府系ギャングが自治的に市民を取り締まっているという話を聞いたのですが、これはどういった集団なのでしょうか。

 

坂口 「コレクティーボ」と呼ばれる、インフォーマルに政権に取り込まれているギャング集団です。一つの集団ではなく、あちこちのスラム街や貧困地域に存在しています。組織ごとに特色は異なるのですが、ほとんどはチャベス政権に対して非常に強いロイヤルティーを感じています。そのため、チャベス政権の集会があったときの動員にも使われますし、選挙のときに反対派を抑圧する際にも利用されています。

 

たとえば今回のデモも、非武装の反政府派の人たちが平和的に集会や行進を行っていたのに対して、政府系ギャングが発砲して多くの人が命を落としました。コレクティーボは政府から資金や武器を得ており、政府が直接的には手を下しにくい威嚇行為などを行い、その見返りとして麻薬売買や殺人事件などの違法行為を見過ごしてもらっているとも言われています。

 

 

政権交代の可能性は?

 

荻上 2013年にチャベス氏ががんで亡くなり、マドゥロ政権に変わります。マドゥロ氏は、チャベス政権の政策を基本的には継いでいると考えてよいのでしょうか。

 

坂口 はい。しかし、彼はチャベス大統領のようなカリスマやリーダーシップを持ち合わせておらず、弱いリーダーです。チャベス派の政治リーダーや市民の間でもマドゥロ大統領への支持は低く、「チャベス派だがマドゥロ支持ではない」という人々は多いです。チャベス大統領が進めてきた革命を、マドゥロ大統領の稚拙な政策運営が危機的状況に陥れているとしてマドゥロ大統領に対して強い不満をもつチャベス派支持者も少なくありません。

 

しかし誤解してはいけないのは、マドゥロ大統領はチャベス政権から政策路線を変えていないということです。むしろチャベス政権の経済政策を愚直なまでに死守し、強化しようとしています。つまり、マドゥロ政権期の経済危機は、チャベス大統領が作った経済モデルに原因があると考えるべきです。

 

荻上 マドゥロ政権に変わり、より権力を集中させるために議会の権限を奪うような指示を出していますよね。

 

坂口 はい。2015年12月に国会議員選挙があり、そこで野党が圧倒的な勝利を収めたので、2016年の年明けから議会は反政府派によって完全に支配されました。反政府派はどんどん新しい法律を作ろうとするのですが、それをマドゥロ大統領が次々に潰しているわけです。直接は手を下せないので、チャベス派が支配をしている最高裁を使って潰してきました。具体的には、議会が作った法律をすべて最高裁に送り、そこで違憲であり無効としています。

 

荻上 司法の独占を通じて立法を奪っていくわけですね。野党はどのようにして大統領に対抗しようとしてきたのですか。

 

坂口 大統領罷免の国民投票の実施を求める署名集めをする、遅れている地方選挙の実施など、マドゥロ政権が今まで反故にしてきた民主主義の制度をまずはきちんと実施するように求めています。また、重要な反政府派政治リーダーや反政府デモに参加した学生や一般市民の多くが政治犯として獄中にありますが、彼らの釈放を求めています。

 

マドゥロ政権が最高裁や選挙管理委員会を使って、国会を実質上無効化しています。そのため反政府派は、市民に対して街頭での反政府デモへの参加を呼びかけ、その結果、連日全国各地で大規模な反政府抗議集会が続けられています。また米州機構、国連、欧米各国政府・議会など国際社会に対しても、民主主義が抑圧されている現状を訴えて、支持を求めています。

 

荻上 大統領を罷免する国民投票を行おうと提案したら裁判所に止められたのですか。

 

坂口 裁判所ではなく選挙管理委員会です。選挙管理委員会のメンバーは5人のうち4人がチャベス派で、歴代の選挙管理委員長はのちに副大統領に任命されているなど、まったく政治的に中立ではありません。

 

反政府派はマドゥロ大統領に対する不信任投票の実施を選挙管理委員会に強く求めていましたが、政府寄りの選挙管理員会は様々な理由をつけてそれを遅延してきました。最終的に昨年秋にようやくそのプロセス開始を認めたものの、直前になって選挙管理委員会がそのプロセスを中止したのです。

 

荻上 マドゥロ政権に対する反発が続く中、それに対して強権的にどうにか回避しようとしている現状、これからどのようになっていくと思われますか。

 

坂口 大変な状況はしばらく続くと思われますが、予定では今年の前半に地方選挙があり、来年の12月に大統領選挙が行われる予定です。ただし、また同じようにキャンセルされてしまう可能性も否定できなくなってきました。もし、選挙が行われればチャベス派が負ける可能性は非常に高いですが、マドゥロ政権がその結果を認めるかどうかはわからない。認めなかったら、今以上の政治的な混乱に陥ると思います。もし、負けを認めて政権交代になったとしても、経済状況がこれだけ深刻な状態であり、政治的・社会的対立も厳しいため、短期中期的には非常に危うい状態が続くと考えられます。

 

荻上 そうなるとさらに反発が起こり、反チャベス派内部で分裂したり、世論が離れていく可能性もありますね。また、そのような反政府側の動きに対して、軍もしくは政府系ギャングなど、どんな組織が台頭してくるか分からない。

 

坂口 はい。選挙が行われるか行われないかに関わらず政権交代の可能性があるとすれば、考えられるのは軍を含めてチャベス派から離反者が増え、内部から崩れていくことです。

 

実際に、今回3月末に最高裁が国会の権限を剥奪したことに対しては、チャベス派有力リーダーの一人であるオルテガ検事総長が「憲法秩序を破壊する行為だ」と批判してその撤回を求めました。彼女の発言は、マドゥロ大統領やチャベス派リーダーに大きな衝撃を与えたと思います。政権運営が厳しくなればなるほどマドゥロ政権は強権化しており、チャベス派の中でもそれに対して彼女のように批判的な人も出てくるでしょう。またマドゥロ政権の継続性が危ういと認識して、保身のために離反する人も出てくるでしょう。

 

2018年に予定されている大統領選挙が公正に実施されるのかが危ぶまれる中、そのような動きは注視していく必要があると思っています。

 

荻上 なるほど。今後のベネズエラ国内の動きに注目していきたいです。坂口さん、今日はありがとうございました。

 

 

Session-22banner

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

81CkQt1o8cL

チャベス政権下のベネズエラ (アジ研選書) 
坂口 安紀 (著)

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」