他人を理解する入口に立つ――ライフヒストリーに耳を傾けて

社会学には、一人の生い立ちやいまの暮らしをじっくり聞く、生活史(ライフヒストリー)という調査方法があります。今回の「高校生のための教養入門」は、社会学者でライフヒストリーがご専門の岸政彦先生。ひとの生い立ちたちに耳を傾けることを入口に、自分とはかけ離れた他者を理解することについてお話を伺いました。(聞き手・構成/山本菜々子)

 

 

人生のおもしろさ

 

――今回は、社会学者の岸先生にお話を伺います。先生のご専門のライフヒストリーはどのようなものなのでしょうか。

 

まず、社会学の調査は大きく分けて二つあります。数字を使う量的調査、数字を使わない質的調査です。ぼくは数字を使わない質的調査の方ですね。

 

質的調査にも色々とあります。実際にその場に行って、観察した経験を書くとか、他にも、雑誌や新聞の記事を集める方法なんかもあります。その中でぼくがやっているのは、一人の生い立ちやいまの暮らしをじっくり聞く、ライフヒストリーです。なかでも沖縄をテーマにしています。社会調査にはいろんな方法があるので、もし将来社会学を学ぶときには、自分に合った調査方法を見つけたらいいと思います。

 

 

――先生にはライフヒストリーが合っていたと。

 

そうですね、ぼくは「まんべんなく広く」ができなくて。どうしてもひとりにじっくり話を聞いてしまうんですよね。あと、やっぱりひとの生い立ちは面白いなと思います。調査以外でも、バーのカウンターでたまたま隣に座った知らないひとの話を聞くのも好きです。

 

インタビュー中、話を聞いていると、深い海に潜っているような気持ちになります。毎回、自分の知らないところに引きずりこまれていく感じがして。そのひとが持つ物語とつながっていく感覚があります。

 

ひとの生い立ちの話を聞いたり、自分自身の話をだれかに話すことって、日常生活ではほとんどないですよね。普通は一生しないまま終わる。インタビューは特殊な空間なんです。そんななかで語られた人生の話が、なんでこんなにおもろいんやろと思いますね。

 

ぼくは、『街の人生』という、五名の方のライフヒストリーを収録した本を出版しています。彼らは有名なひとでも何でもない普通のひとです。しかも、編集も解説もなしで載せました。普通のひとの人生でも、それくらい価値があるんだよ、ということを表現したかったんです。

 

だから、もしできれば、ひとの話を聞くことを学生時代にしておくとすごくいいと思います。学生の世界は家族や先生、友達、バイト先の店長など、すごく狭い世界ですよね。そんな中で、自分とは違う境遇のひとの語りに耳を傾ける体験をすると、人生の色んな局面で役に立つんじゃないかな。だからといってぼくが良い人生を歩んでいるというわけではないですけど(笑)。

 

 

他人を理解する入口に

 

――たしかに、人生の話を聞くことって、普段の生活ではなかなかないですよね。

 

色んなひとの話を聞くと、世の中には不妊症のひとも、ゲイのひとも、被差別部落のひとも、在日コリアンのひとも、ホームレスのひともいることに気が付けます。自分とは違う人間がいることに気が付けるのかどうか。そういう存在に気づけるということが、知性というものなんだと思います。

 

社会学を100年前につくったマックス・ウェーバーは、「社会学の役割はひとの合理性を理解することだ」と言っています。ひとが何かをする場合には、外からは不思議に見えても、そこにはそれなりの合理性があるということです。

 

 

――「合理性」ってどういうことですか?

 

簡単にいうと、「人びとがいま行っていることや、人びとのいまのありかたには、理由があるのだ」ということです。

 

たとえば、ホームレスのひとをみると、「なんでここに住んでいるんだろう、生活保護をもらえばいいじゃん」と思うかもしれません。そうすると、多くのひとは「あれは怠けているんだ。働かずに自分で選んで公園に住んでいるんだ」と判断してしまいます。

 

しかし、社会学者は、自分たちとかけ離れた存在を理解しようとします。たとえば、ぼくと同じ大学の妻木進吾先生は、ホームレスの方のところに言って、話を聞いてみました。

 

すると、彼らは、生活保護をもらうことを「屈辱だ」とか「怠けている」と思っていることがわかりました。自分は働けるから怠けずに空き缶を集めていると。そこで妻木先生は、「ホームレスのひとたちは真面目で勤勉だからそういう生活をしているんだ」と気が付きます。そして、面白い論文を書きました。

 

 

――みんなのイメージとは違う結論ですね。

 

そうなんです。こういう風に、ぼくたちのイメージをひっくり返して、本当のことを伝えるのは社会学の一つの役割でしょう。現場に行ってひとから話を聞くと、必ず意外な話が聞けます。

 

たとえば、「在日外国人は日本に住みたかったら帰化すればいい」みたいな言い方をネットで見かける方もいるかもしれません。でも、なぜ彼らはそうしないのか。じっくり話を聞くと、それぞれみんな、いろんな事情や理由があることが分かります。

 

その事情や理由を理解するのが社会学の役割の一つだと思います。だから、私たちは調査をする。自分たちとかけ離れた存在を理解しようと現場に行ってインタビューをする。数字を使うひともいます。いずれにせよ、大学で社会学を学ぶのは他人を理解する入口に立つことなんですよね。

 

 

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フィールドワーク

 

――社会学を目指す学生は社会学部や社会学科に行けばいいと思うのですが、大学選びで注目したところがいいところはどこですか?

 

いま、様々な大学で、フィールドワークをすることが増えています。特に、「社会調査士」という資格を取れる大学が増えているので、ひとつの指標になるかもしれません。

 

また、大学の先生もTwitterなどをやっている方が多いですし、メールアドレスを公開している方もいます。そういった先生方に直接聞いてみるのも良いかもしれません。意外と喜んで答えてくれると思います。

 

 

――岸先生はどのような授業を担当しているのですか?

 

うちの社会学部でも、学生をいろんなところに連れて行く「フィールドワーク」がよく行われています。ぼくも「社会調査実習」の授業を受け持ち、現地実習をおこなっています。

 

ぼくのそのクラスは20名ほどで、毎年夏休みに沖縄で3泊4日の合宿をします。授業は一年かけて行われ、4月から夏休みまでは沖縄について文献を読んだり、その歴史をしっかり学んでいきます。同時に、インタビューや、アポイントメントの取り方などの方法も学んでいきます。

 

そして、「福祉」「観光」「伝統文化」「平和」「ライフヒストリー」などのグループに分かれ、それぞれのテーマに合わせて、取材をさせてくれる方がたをインターネットなどで探します。そして、実際に自分たちで電話をして、取材の約束をします。

 

夏休みの合宿では、4日間でのべ数十カ所を回ります。学生が自分たちでインタビューをし、写真を撮ったりします。夜は泡盛(沖縄のお酒)を飲みます。それも文化体験です(笑)。なかには地元のひとと仲良くなって、朝まで飲み会をする学生もいます。

 

沖縄と言えば、高校生のみなさんも、修学旅行で「ひめゆりの塔」や「美ら海水族館」に行ったことがありますよね。でも、ぼくの実習では、観光ではなかなか行けないところに行くようにしています。本を読んで勉強してから行くのですが、現場に行ってはじめて気が付くことも多いですね。ですから、やっぱり現場に出て勉強することはとても大事です。

 

そして、夏休みの間にインタビューした内容を全部文字に起こしし、後期には、そのインタビューをもとに、報告書を書きます。

 

 

――すごく楽しそうですね。

 

学生の反応も毎年いいです。インタビューとか、集団行動が苦手という学生でも、チームの中ではそれぞれ役割があるので、みんな活躍できます。学生はみんな沖縄にハマってしまいますね。卒業した後も集まったりするようです。

 

一度、沖縄に訪れてみると、テレビでやっている、普天間や辺野古といった、基地関連のニュースも真剣に考えるようになるんですよね。

 

 

コミュニケーションって大事?

 

――岸先生は長年沖縄で聞き取り調査をされていますよね。どのくらいの人数をされているんですか。

 

数としてはとても少ないと思います。100から200人ぐらいだと思います。ぼく、人見知りなんですよ。だから、一日に一人のインタビューが限界で。ひとの話を聞くのはものすごく疲れます。正直、あんまり気の進まない時もあります(笑)。

 

 

――人見知りですか……、フィールドワークって人見知りでもできるものなんでしょうか。

 

あまり関係ないですね。フィールドワークや合宿って、ひととうまくやっていけるかとか、ちゃんとコミュニケーションできるのか不安になるひとも多いと思います。実際に、輪からはぐれる学生もいますが、そういう学生に限って良いレポートを書いたりします。無理やり仲良くなる必要はないと思います。

 

 

――例えばインタビューするときに、「そのひとに気に入られることが大事だよ」という話もあるじゃないですか。

 

それは学生には言ったことないですね。もちろん、「取材先で失礼なことをするな」とは強調しています。でも「仲良くなりなさい」とは言いません。そもそも僕が言わなくても自然に仲良くなっていますし。

 

最近の若いひとは、と言うと言い過ぎかもしれませんが、ぼくたちは人間関係のことをすごく気にすることが多いですよね。でも、たとえば、仲が良くなれば、それだけ良いインタビューができるという単純なことではありません。ただ、繰り返しますが、取材をさせてもらっている方がたに失礼のないようにすることは必要です。

 

それと、毎年強く言っているのは、ぼくたちはやはり、基地を押し付けている「内地」(沖縄県外)の側なんだ、ということですね。そういう「立場」を背負って、沖縄で取材をさせてもらう。だから、いろいろなことに敏感になってください、と言っています。そういう感受性も育ててほしいと思います。

 

レポートを書く前には、街づくりや伝統文化など、自分のサブテーマについて書かれた本をいくつか読んでもらって、日本や世界に共通する問題を知った上で、沖縄で得られたデータを見なさいと言っています。他の状況も知って、はじめて沖縄らしさが分かる。調査をしっかりすると、どのレポートも良いレポートになります。ずば抜けて面白いものもあって、そういった時はすごく感動します。【次ページに続く】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

・仲村清司氏インタビュー「変わる沖縄——失われる心と『沖縄問題』」

・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

・神戸和佳子「『わからなさ』の中でいかに語り考えるのか——沖縄をめぐる哲学対話の実践から」

・山本ぽてと「沖縄トイレットペーパー産業史」
・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」