人生を諦めないでほしい――生活保護の現場から【PR】

世界一、親身になってくれる、市役所のひと――元ヤクザとも元ホストとも真っ向勝負で心の対話をし、尼崎の就労支援相談員として慕われる“みさ姉”。いま、生活保護の現場から見えてくるものはなにか。話題の本、『顔をあげて。そばにおるで。』の新刊インタビューをお届けする。(聞き手・構成/シノドス編集部 山本菜々子)

 

 

就労相談員の仕事

 

――本日は、『顔をあげて。そばにおるで。』著者の林美佐子さんにお話を伺いたいと思います。まず、就労促進相談員とはどのようなお仕事なのでしょうか?

 

生活保護受給者のうち、就労可能な方の就労を支援する仕事です。

 

生活保護全般は、ケースワーカーが担当されています。私たちは、特に、生活保護を受けている方の中で、15歳から64歳までの働ける年齢の方。そして、障がいや病気がなく、働くことができる方の中で就労に就けていない方の支援する仕事をしています。

 

生活保護、というと「私には関係ない」と思われるかもしれませんが、会社の倒産や病気、不慮の事故で今の職を失うことは、誰にだって起こりえる可能性があります。ぜひ、みなさんにも自分のことのように考えていただければと思います。

 

 

――お仕事をはじめてみて、気が付いたことはありますか。

 

はじめは、仕事を見つけたい方のお手伝いをするんだから、相談員が来たら「ありがとう」って喜ばれるもんだと思っていました。でも、仕事を探すのに気乗りしていない方や、ケンカ腰の方も多かったんです。

 

こんなはずじゃなかったのに、と思いました。でも、別に彼らが、「なまけもの」だからではなく、ただ単に制度を勘違いしている方が多いことに気が付きました。

 

 

――勘違いですか?

 

働く意欲が低い方の話をよくよく聴いてみると、「働いたら保護費がもらえなくなる」「もらっているお金がいまより減らされてしまう」という話がありました。働いて自由な時間が減っていくのに、同じお金しかもらえなかったら、「よし働こう」とはならない方もおられます。働いても損だなぁと考えてもおかしくありません。

 

ですが、「働いたら損をするかも」というのは、単純な誤解なんですよ。働いて得た収入の場合は、「基礎控除」といって給料と支給額をあわせると、法律で定められた割合で、働かない場合に支給されるお金より少し多く手元に残るようになっています。

 

「働いたら損をするかも」と思っているのに、市役所の「就労促進相談員」がきたら、歓迎しづらいですよね。まず、その誤解を解きほぐすことから、はじめていきたいな、と思いました。

 

それと、怒ることが必ずしも、正解ではないことをこの仕事で学びました。たとえば、「ハローワークに通っている」と本人は言うけれど、一緒に行ってみたら、求人情報の見方が分からない。行ったことが無いのが、分かることがあります。

 

でも、そこで私は怒りません。「いまからやったらええやん」と、これから先、どうやっていくのか一緒に考えたいと思っています。その方もウソをつくなりの理由があって、ウソをついていたと思うんです。

 

そもそも、そのひとが望む人生を私が決めるのではなくて、そのひと自身がそのひとらしく生きられるようにサポートすることが私の仕事だと思っているので、私が怒る意味がありません。普通の人間関係と同じように、対象の方によって接し方は違ってきますし、これが正解、なんて単純なものではないと感じています。

 

 

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ゴールはどこにあるのか

 

「就労促進相談員」という肩書で、就労支援をさせてもらっています。ですが、全員のゴールを「就職する」に定めていないんです。中には、今すぐ就職できる状態じゃない方もいらっしゃるからです。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

この仕事をするまで、生活保護を受けているひとは、「生活に困っているひと」だと思っていました。ですが、関わっていくうちに、「生きることに疲れている、生きる目標を失っている、生きる希望すら持てない」方が沢山居ることに気付いたんです。

 

生活保護を受けている方の中には、小さな子どもを抱える母子家庭であったり、障がいや傷病などで、明らかなハンディキャップのあるひとがいます。それだけではなく、それまで堅実と思われる仕事を送っていたひとも、突然のケガや病気で、生活保護を受けることがあります。

 

たとえば、大手の電気機器製造メーカーの下請けとして、30年以上も務めていた男性がいました。彼は、管理職として働いていましたが、取引先に引き抜かれ、仕事を辞めます。その矢先、胃がんが発覚します。無事根治できたものの仕事が出来る体ではありませんでした。そして何度も転居を繰り返し、子ども達の為やむなく生活保護を申請し、体調の回復を待ったのです。余りにも多くのものを失い、夢も希望も無くし、失意のどん底の中、私と出会ったんです。数年かけ、新しい就職先に行けたものの、上司と対立し辞職。その後、必要とされる職業に就きました。

 

また、納棺師の仕事をしていて、非常に高度な技術と仕事への情熱を持っていた女性がいました。彼女は、子どもを死産してしまったので、その弔いのためにこの仕事をはじめました。誇りを持って仕事をしていたんです。しかし、作業中にご遺体が傷つきそうになるのをかばって、腰を強打し、腰椎を損傷し、労働災害で仕事を辞めざるを得なくなります。

 

こういう現実に直面した時、ひとは落ち込み、絶望して心を閉ざしても仕方ありません。「生活保護=人生の終わり」と思っている方もいらっしゃいます。そこへ私がいきなり行っても、「仕事をしましょうか」という言葉を選択する発想がありません。それに、落ち込み不安な顔をしたひとが求人に応募しても、面接で良い結果を得る事はできません。

 

そのひとの人生にとって、深く大きな問題があって、そのことが、就労することや求職活動の足枷になっている方には、今の問題に取り組むために成育歴や想いを傾聴し、寄り添い共に歩む。そこに最大限の時間をかける覚悟をきめるんです。

 

 

――どのようなことを聴くんですか?

 

そもそも、生活保護を受ける際には、個人情報全ての開示、音信不通の親族への通知、そしてありとあらゆる調査があって、たくさんの時間がかかります。その中で、失望感が溢れ、辛い日々を過ごされる方が多いです。だからこそ、もう一度輝いていた自分を思い出し、自信を取り戻してもらうため、なんでもいいので些細なことから傾聴していきます。それは、幼少の頃の話や楽しかった経験、心の底から笑った出来事など……さまざまです。

 

 

――カウンセラーのようですね。

 

カウンセラーと違うのは、私もいっぱい喋るところです(笑)。確かに傾聴することは非常に大切ですが、信頼関係を築くにはお互いの内面をとことん話し合い、信じてもらわなければ、これからのその方の人生を任せてもらうことは不可能だからです。それは相談員の通行許可証のようなものなんです。それがあって初めて一緒に進むことが出来るんです。

 

そういう風に話を重ねていくと、だんだんと信頼関係が築いていけます。そして、役所には「亡くなった」と話していたお母さんが、「実は、大阪におってな」と、出てくることがあります。普通、仲が悪くても、亡くなったことにはしないでしょう。本人は、お母さんを心の中で殺さないといけない事情があったのかもしれません。

 

そういう時、「なんで、言うのが嫌だったの」と私は聴いています。他のひとは「そんなこと聴いたらアカン」と思っているようです。それも優しさなのかもしれませんが、私は聴きづらいところこそ、そのひとの核心だと思っているんです。

 

さらに話を聴き続けていると、そのひと自身の考え方のクセのようなものが分かってきます。私も父親から虐待されていたので、「私は生まれてくるべきじゃなかったんだ」と、どこかで思っているんですよ。いつもそう思っているのではなく、辛い時や苦しい時にそれは出てくるんです。

 

生活保護を受給している方は、「自分は楽しんだらいけない」「夢を持ったらいけない」と本人が勝手にフィルターをかけている場合があります。でも、生活保護受給者だからといって、「これをしなければならない」と制限される必要はないでしょう。

 

「本来のあなたはどういう人なのか」を私は見つけて、その上で支援させてもらえたらと思うんです。そのひとらしく生きて行くってどういうことなのか、ひとと関わるのはどういうことなのか、二人でコミュニケーションを取りながら探していきたいんです。

 

こういう支援をしていると、かなり時間がかかる場合もあります。「いらんことせずに、仕事に就かしたらええねん。」と批判されることもあります。でも、そういった積み重ねの先にある『就労』は安定し、継続するものです。

 

人間関係が出来たり、前向きになると、自然と「外でご飯を食べたい」「みんなと遊びたい」「夢ができたので軍資金のために働きたい」と思われる方も出てきます。実際に、「仕事探したら」と私が言わなくても、仕事先を見つけてくるんですよ。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.222 特集:沖縄

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・宮城大蔵「静かに深まる危機——沖縄基地問題の二〇年」

・北村毅「戦争の『犠牲』のリアリティー:当事者不在の政治の行く末にあるもの」

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