2016.11.10

給食費未納はモラルの崩壊か?――背後に隠れた子どもの貧困とは

『給食費未納』著者、鳫咲子氏インタビュー

情報 #新刊インタビュー#『給食費未納』#学校給食

給食費を未納している親の多くは「払えるのに払わない」? 給食費未納の家庭に対し、大阪市教育委員会が弁護士に取り立てを一部委託するなど、給食費未納者への対応が厳しくなっている。給食費を払わないのは「モラルの崩壊」が原因なのか。背後にある本当の問題とは? 『給食費未納』(光文社新書)著者である鳫咲子氏にお話をうかがった。(聞き手・構成/山本菜々子)

給食費未納は「モラルの崩壊」か?

――ご著書を読んで意外に思ったのですが、そもそも、給食のない中学校もあるんですよね。

そうなんです。学校給食は市町村で実施されています。中学のときに給食があった人たちは、周囲の学校にも給食がある。逆もまたしかりですので、違う地域どうしで話し合うと、お互いに「えー!? 給食ってあったの/なかったの?」と驚くようですね。給食といえば、どんな感じでしたか?

――小学校も中学校も内容は一緒で、だいたいおかず3品と、ごはん(もしくはパン)、スープ、牛乳が出ました。揚げパンやゼリーなどの人気メニューはみんなで取り合いでしたね。

「完全給食」と呼ばれるタイプですね。現在、給食の形には、

(1)完全給食(ミルク、おかず、主食)

(2)補食給食(ミルクとおかずのみ)

(3)ミルク給食(ミルクのみ)

の3種類があります。公立小学校の完全給食実施率は99.6%でほとんどの学校が給食を実施しています。一方で、公立中学校の完全給食率は81.5%です。各県の給食の実施率をみてみると、かなり地域差があります。一番実施率の低い神奈川県では、82%が未実施です。

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――実施されていない自治体では、給食のニーズがあるのでしょうか?

2011年におこなわれた完全給食実施前の大阪市、北九州市調査では、保護者の8割が完全給食を必要とするという意見が出ています。

弁当の場合、夏場は衛生管理の問題もありますし、部活の練習などで弁当が一つでは足りないこともあるでしょう。フルタイムで共働きをする家庭や、ひとり親家庭も増えており、保護者が毎日弁当をつくる時間がない現状がありますから、成長期に十分な昼食を食べてもらうために、学校給食のニーズは大きいでしょう。弁当代として500円持たせたら、100円のパンを買って、400円でゲームセンターに行くのが中学生です。未実施の自治体では、全く昼食を摂らない中学生もいるそうです。

――給食費の未納率はどれくらいの割合ですか?

2012年度の調査では小学生が0.8%、中学生が1.2%、小・中平均して0.9%となっています。その推移をみると、人数割合は低下傾向にあります。

――意外と少ないのですね。給食費未納は「モラルが崩壊している」からだ、という話がありますが、どう考えていますか? 給食費の平均が月4000円~5000円であることから、「子どものために4、5時間もバイトできないのか」という声も出ていますが。

インターネット上では、給食費を払わない親へのバッシングが相次ぎました。しかし、バッシングのわりに給食費の未納率は低いです。国民健康保険の未納率は1割近く、国民年金は約4割。この数字をみると、むしろ給食費を優先的に払っているのではないでしょうか。給食費が払えない家庭は、ほかの支払いも滞納している可能性があります。4000円~5000円という金額だけを見て、「バイトを多めにしたらいい」と考えるのは短絡的です。

憲法26条には義務教育は無償であると書いてありますが、実際には相当な保護者負担があります。文部科学省の「平成26年度子どもの学習費調査」によれば、学校関係で必要な費用は、小学生で年間約10万円に対して、中学生は約17万円です。小学生に比べ中学生のほうが、常に未納率は高い傾向にあります。子どもが中学生になると保護者のモラルが低下する、ということはないでしょうから、中学生になり、子どもにかかる費用が増加したことで、払えなくなった人が多くなったと考えるほうが自然です。

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――なぜ「モラルが崩壊した」と言われるようになったのでしょうか。

2005年に行われた「学校給食費の徴収状況に関する調査」がきっかけです。この給食費未納調査では、給食費未納の原因を、「保護者の経済的な問題」か「保護者としての責任感や規範意識の欠如」かを学校に聞いています。そこで、「保護者の経済的な問題」が33%、「保護者としての責任感や規範意識の欠如」が60%との回答でした。

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このことにより、全国紙の一面や社説で「モラル崩壊」と大々的に報じられたのです。直近の2012年の調査でも、「保護者の経済的な問題」が約34%、「保護者の責任感や規範意識の欠如」が61%となっています。すなわち、「お金があるの払わない」場合が3分の2、「お金がなくて払えない」場合が3分の1であると学校はみています。

とはいえ、あくまで学校が判断したもので、実際の家庭の経済状況を踏まえたものではありません。「さいたま市学校事務職員アンケート」では、保護者に経済的な問題がないと判断する根拠について聞くと、「高価な車に乗っている」「ブランド品のバッグを持っている」と見た目からとのことでした。

「貧困女子高生」報道でも、1000円のランチを食べていたこと、有名漫画をそろえていたことが原因でバッシングされましたが、貧困は外から持ち物を見るだけではわかりません。「高価な車」や、「ブランド品のバック」は中古品や、かりたものかもしれません。見た目での判断は、指標としては不十分です。

統計だけで、給食費を滞納している親のモラルの問題であると、大々的に発表してしまうには、根拠の薄いアンケートであると思います。実際に、神奈川県海老名市で行われた未納家庭への聞き取り調査では、支払い遅れの7割が「給料日前で手持ちがない」という理由を挙げています。

子どものデータは不十分ですね。所得の少ない家庭に給食費などを支援する就学援助は所得を把握したりと、生活保護並みに大変な仕事です。しかし、担当している教育委員会はどこも人員不足です。就学援助を受ける小中学生は、全国154万人、6人に1人、約16%です。リストラ・非正規化など保護者の雇用の悪化とひとり親家庭増加により、この15年で就学援助を受ける小中学生の人数・割合ともに2倍になっています。

情報開示請求で自治体の就学援助データを見せてもらったのですが、統計を整備する余裕がないのだろうというのが正直な感想です。「エビデンスにもとづく政策」と言われているにも関わらず、就学援助や給食費未納のデータは精度も不十分。しかも、その状態で「モラルの崩壊」という扇動的な部分だけが拡散してしまったと思います。もちろん、「経済的な問題」がないのにお金を払わない人も中にはいるでしょう。この場合は、一種の養育放棄など子どもが育つ環境としては不適切である可能性があり、「保護者の責任感や規範意識」の問題であると放置して良い状況ではありません。

不思議な会計システム

――「給食費未納の生徒のせいで、ほかの子どものおかずも減ってしまう」といった話もありますが、0.9%の未納があっても、そんなに問題があるとは思えません。どういうことでしょうか?

この統計を見る上で注意したいのは、0.9%は全体で平均した値であるということです。未納の児童生徒がいた学校の割合は、中学校では61.7%、小学校では52.7%です。つまり、中学校では4割、小学校では5割の学校で、給食未納者はゼロだといえます。つまり、未納がほとんどない学校もあれば、集中している学校もあります。

――地域格差があるのですね。

そうです。そのうえで、学校給食の特殊な会計方法が、未納問題の解決を困難にする一因になっているともいえます。給食費は会計上自治体の教育委員会で管理する「公会計」と、学校校長名義の口座で管理する「私会計」の二つに分けられます。前者が3割、後者が7割です。日本では各学校ごとに給食がはじまった歴史があるため、私会計のままの学校が多いのです。

公会計であれば、未納者がいても、自治体の負担になります。しかし、私会計の場合、学校内でのやり繰りとなり、未納分がほかの生徒の負担になったり、食材購入に影響が出る場合もあります。報道されている埼玉県北本市のようなケースが起こるのは、未払いが多い私会計の学校で深刻化するといえるでしょう。

私会計の問題点はいくつかあります。一つの学校で1000万から2000万の給食費になりますので、これだけの金額を会計法規によらない私会計でやろうとするのは会計の透明性の観点からみても問題でしょう。

また、私会計の場合、給食費の徴収管理が教職員の負担になってしまいます。ただでさえ、忙しい教育現場において、学校教員が未納問題に対応するのは厳しいし、教育上も適当ではありません。子どもが負い目を感じ、学校に来たくなくなるなどの弊害が心配されます。また、未納が表面化しないよう、教員や他の私費からの立て替えで補てんしている学校もあると聞いています。

加えて、私会計は未納率を増加させている可能性もあります。私会計の場合、引き落とし手数料の関係で、給食費の口座振替ができる金融機関が限られています。生活費の口座から自然に引き落とされない場合、兄弟で違う学校に通っていたりすると、支払いがうっかり遅れてしまうこともあるでしょう。

先ほど紹介した神奈川県海老名市での未納家庭への聞き取り調査でも、支払い遅れの3割が「銀行にいく時間がなかった」という理由を挙げています。

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払わないから食べさせないのか

――給食費を支払っていない子どもに対して「給食を食べさせなくてよい」という意見がありますが、それについてはどう考えていますか。

私が疑問を感じるのは、給食を食べさせる/食べさせないという問題に対して、親と自治体の関係性ばかりが重要視されている点です。

子どもの権利条約の第3条では「子どもに関するすべての措置をとるに当たっては、行政当局によっておこなわれるものであっても、子どもの最善の利益が主として考慮されるべき」とあります。親との関係において、給食を停止することは、この条項に反しています。子どもは親と別の人格として尊重されるべきです。

給食制度発足の理念からも外れています。もともと給食はお弁当を持たない「欠食児童」だけを対象にはじまりました。子どもの貧困対策が目的だったのです。昭和7年の学校給食臨時施設方法に関連する通知には、「貧困救済として行われるような印象を与えることなく、養護上の必要のように周到に注意をはらうこと」と書いてあり、給食を受ける子どもが負い目を感じないように苦労していました。大災害、戦争など多くの子どもの栄養確保が必要とされる辛い時代を経て、全員の子どもに給食が行われるようになりました。

一方で、現在は問題を抱えているかもしれない家庭の子どもに対し、「食べさせない」という対処法をとろうとしているわけですから、本末転倒と言わざるを得ません。強権的な戦前の政府よりも、現在の一部自治体のほうが、配慮が足りていません。給食費未払いの家庭は仮に修学旅行費を払ったとしても、修学旅行にも行けない状況もあるのです。

だれもが親に恵まれるわけではありません。給食費を払っていない家庭は、その背後に複合的な問題を抱えていると私は考えています。親にメンタルヘルスなどの問題があり家計の管理が不十分だったり、借金や、DVや虐待があったり。経済的に困難な家庭に、社会的孤立など困難な状況が複合的に重なっていることも多いと考えています。確信的に払わない親の場合でも、子どもにとって必要なお金を出さないわけですから、子どもが育つ上で何かしらの問題を抱えている家庭だといえます。

2014年に、千葉県銚子市の母子家庭が県営住宅の家賃を滞納し強制退去となった日に、母親が無理心中をはかり、中学2年生の女子生徒が亡くなるという痛ましい事件が起きました。この家庭は国民健康保険料を滞納していました。このような事件となれば、だれでも同情しますが、その一歩手前で見つける必要があります。問題が深刻になる前に、シグナルとして表れるのが「給食費未納」なのです。

本来であれば、給食費未納から福祉につなげられればいいのですが、いまはそのシグナルを見逃すだけではなく、子どもの肩身の狭くなる方向に追い打ちをかけようとしているわけです。行政による「虐待」と言われても仕方がないと思います。

また、給食費未納ばかりが問題にされていますが、中学校給食がないことによってひもじい思いをしている子が存在していることにも、注目してほしいと思います。

給食費などの支援を受ける就学援助を受けていたとしても、学校給食がない地域に住んでいると給食費相当の支援はありません。ベストセラー小説『ホームレス中学生』(田村裕)でも、ご飯のにおいがする教室や食堂を避け、体育館で一人バスケットボールの練習をして空腹を紛らわしていたエピソードが書かれています。

現在の中学校でも、昼食の時間はトイレに隠れている子、机に伏して寝ているふりをする子、ほかの生徒の弁当を少しずつもらってしのぐ子、親が病気で食事の準備ができず、昼食も夕食もスナック菓子ですます子。学校の先生もどうしていいのかわからないので、おひるごはんの代金を自費からこっそり渡している場合もあるそうです。

欠食児童対策からはじまったことからわかるように、給食は子どもの食のセーフティネットです。いま、子どもの相対的貧困率は16.3%と深刻です。給食のない中学では、朝ご飯を食べない子がお弁当も持ってきていないこともあります。子どもの食のセーフティネットとして、全国的に中学校給食を完全実施すべきです。また、0.9%の給食費未納をバッシングするのではなく、子どもの貧困のシグナルとしてとらえ、給食費未納を福祉の支援につなげるスクールソーシャルワークの対象として見直すことが求められているでしょう。

プロフィール

鳫咲子行政学

上智大学法学部国際関係法学科卒業。筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了。博士(法学)。参議院事務局でDV法改正など国会議員の立法活動のための調査に携わる。2012年から跡見学園女子大学マネジメント学部准教授(行政学)。現在は、子ども・女性の貧困等に関する調査研究を行う。著書に、『子どもの貧困と教育機会の不平等 就学援助・学校給食・母子家庭をめぐって』(明石書店)がある。

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