移民問題とアメリカ政治の行方

2050年までには、白人人口が50%を下回ると予測されるアメリカ。そうしたなか、白人の多数派にアピールするために移民排斥を唱えたトランプが、次期大統領に就任する。人種による分断が進むなか、アメリカはいま移民とどう向き合おうとしているのか。西山隆行氏に話を伺った。(聞き手・構成/芹沢一也)

 

 

2016年大統領選と中南米移民

 

――本日は、移民からみたアメリカの政治と社会について、西山先生に教えていただきたいと思います。

 

最初にトランプの大統領選勝利についてお聞きします。白人票に依存するところが大きい共和党は、移民やマイノリティ票が獲得できなければ未来が危ういとしばしば言われます。しかしながら今回、トランプは白人にアピールするために移民問題を争点化しましたね。

 

2016年大統領選挙で移民問題が争点化されたことは、多くの人にとって驚きでした。

 

移民問題は、基本的には党派を横断する争点で、民主・共和両党ともに、移民受け入れに積極的な人々と消極的な人々を抱えています。今日のアメリカでは、1100万人を超える不法移民が存在していて、何らかの対応が必要なのはコンセンサスになっていますが、立法を行うためには超党派で呉越同舟的な連合を形成しなければなりません。そのためには、大統領選挙でこの問題を争点化するのは得策でないと考えられていました。

 

なかでも、共和党主流派は移民問題を争点化したくないと考えていました。というのは、近年のアメリカでは共和党の白人政党化が進んでいて、マイノリティからほとんど票をとることができていなかったからです。

 

アメリカではマイノリティ人口が増大しつつあり、2040年代のいずれかの段階で、中南米系を除く白人の人口が過半数を下回ると予測されています。もちろん、今日のアメリカの有権者の7割以上を白人が占めているので、今回の大統領選挙だけを考えればマイノリティ票を捨てて白人票獲得を目指すという戦略もありうるのですが、党の長期的な利益を考えれば、マイノリティ票を徐々に獲得できるようにしたいというのが共和党主流派の立場でした。

 

それに対してトランプは、党に忠誠を尽くしておらず、今回の選挙のことだけを考えていたので、この問題を争点化することができたといえるかと思います。

 

 

――短期的にのみ有効な戦略だった、ということでしょうか?

 

評価が難しいところです。というのは、私が『移民大国アメリカ』で想定していたのとは少々違う現象が発生したからです。

 

当初は、トランプが勝利したとしても、移民問題をめぐってトランプと共和党主流派の間で紛争が起こるのではないかと予想していました。ご指摘通り、短期的にのみ有効な戦略であって、共和党主流派にとっては大打撃になると思っていたからです。しかし、必ずしもそうとも言えないかもしれません。

 

じつは、トランプがあれだけ中南米系に対して批判的な発言を繰り返したにもかかわらず、中南米系の民主党に対する投票率はむしろ下がっているのです。中南米系が民主党に票を投じた割合は、2008年の67%、2012年の71%と比べると低く、今回の選挙は65%となっています。これは、驚くべきことです。

 

 

――この数字をどう読み解けばよいのでしょうか?

 

トランプの言動がアメリカ社会を分断したのは間違いないことですが、じつは中南米系の人々が一枚岩にまとまっていない、ということが今回の選挙では明らかになったのかもしれません。不法移民に対して不満を持つ中南米系有権者が、一定程度、存在していた可能性が高いのです。

 

たしかに、共和党を支持する中南米系が増えつつあるのではないか、という指摘は、時折なされていました。たとえば、ピューリサーチセンターが2016年6月に実施した調査によれば、バイリンガルかスペイン語のみを話す中南米系のうち、クリントンを支持するのは80%、トランプを支持するのは11%だったのに対し、おもに英語を話す中南米系については、クリントン支持が48%、トランプ支持が41%となっていたからです。

 

クリントンは中南米から多くの支持を得ているとはいえ、移民第一世代と、スペイン語を話す中南米系からの支持の高さがその大きな要因であり、その他の中南米系のなかにはトランプを支持していた人が、思いの外含まれている可能性があります。この理由については以後、調査しなければなりません。

 

しかし、たとえば苦労して正規の手続きを経て、合法的な地位を得ることに成功した中南米系の人のなかには、既存法規に反してアメリカ国内で活動する人々のせいで、自分たちまでもが差別の対象となっていると考えている人がいます。そのような人のなかに、不法移民を国外退去処分にするというトランプの立場を支持する人がいた可能性もあります。

 

このように考えれば、民主、共和両党ともに中南米系の票を獲得するための戦略を変化させる可能性があり、これがアメリカ政治を今後どのように変化させるかには注意が必要だといえます。今回の選挙結果を踏まえて、アメリカのエスニシティをめぐる政党政治のあり方がラディカルに変わる可能性があるかもしれません。

 

 

――トランプが集めた白人票は、実際は歴代の共和党大統領に比べて振るわなかったとのことですし、ヒラリーは300万票近くトランプを上回り、落選した候補としては過去もっとも多くの票を集めました。選挙戦後によく言われていた、トランプの地すべり的大勝利やヒラリーへの根強い嫌悪というのとは、だいぶ様子が違いますね。

 

今回の選挙では、多くの人が選挙結果の予測を誤りました。しかし、大統領選挙は州ごとに戦われることを考えると、実際予測が間違っていたのは、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルヴェニア、フロリダなどごく一部の州だけです。しかも、それらの州でのトランプとクリントンの得票率の差は1%程度で、ごく僅かです。選挙直前にFBIのメールの再調査問題が浮上していなければ、クリントンが勝っていた可能性はやはり高いと思います。

 

 

――メール問題の再調査は大きかったんですね。

 

クリントンが勝っていた可能性も高かったとなると、トランプの勝利はアメリカ社会に生じているラディカルな変化の表れだとは、あまり考えないほうがよいのでしょうか?

 

メール問題が争点化されたのは、本選挙の11日前でした。アメリカは一度の選挙で、大統領のみならず連邦議会の上下両院、さらに地域によっては学校区の選挙なども含めて膨大な量の投票をする必要があるので、投票日に投票に行くと、二時間待ち、三時間待ちというのはざらにあります。

 

それを避けたい人のなかには、期日前投票に行く人が多いです。そうした理由もあり、選挙の60日前を過ぎると、FBIは候補者について争点化しないという内規があります。にもかかわらず、期日前投票が始まっている段階で、内規を破ってまで争点化されたことは、有権者に悪印象を与えたと思いますね。

 

私の基本的な評価は、トランプが勝ったというよりもクリントンが自滅したということです。クリントンは歴史的大勝を目指して、伝統的に共和党が勝利するとされていたようなユタ州やジョージア州でも勝利できるよう、それらの州を中心に活動していました。その結果、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルヴェニアなど、民主党の勝利が確実だとされていた州での選挙キャンペーンを怠りました。中南米系の票についても獲得がほぼ確実という判断で、白人票の上積みを狙っていたように思います。クリントン陣営の戦略ミスだと言わざるを得ません。

 

 

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移民受け入れをめぐるアメリカとEUの差異

 

――アフリカや中東から100万人を超える難民が流入し、ヨーロッパ諸国は上を下への大騒ぎとなりました。他方、アメリカには毎年100万人程度の合法移民が入国し、それに加えて不法滞在者が1000万人を超えています。

 

素朴な質問なのですが、アメリカはなぜこれほどの移民を受け入れることができるのでしょうか? ヨーロッパ諸国のように移民を禁止しようという議論にならないのはなぜなのでしょうか?

 

 

アメリカはもともと「移民の国」としてのアイデンティティを持っていることもあり、毎年一定程度の移民や難民を受け入れるのは当然だというコンセンサスがあるように思います。

 

移民については、高度技能を持っている人や、離散家族の受け入れについて、他の国と比べればかなり積極的だと言えます。政治でおもに争点になっているのも、移民問題と言いながら、じつは不法移民対策です。もっとも、これは連邦政府と州以下の政府の間で温度差があることに注意する必要があります。

 

EUとアメリカの大きな違いとして、社会福祉の問題があります。移民にせよ難民にせよ、社会に定着してもらわなければなりませんが、そのためには一定のサービスが必要となります。ヨーロッパの場合、移民や難民を社会に定着させるための福祉関連支出が大問題になっています。

 

しかし、アメリカに関しては、日本の生存権に当たるものが、合衆国憲法から当然に導き出される権利とは位置づけられていません。1996年のクリントン政権による福祉改革の結果、移民は公的扶助を受給することができなくなりました。したがって、アメリカの移民については、福祉などの社会支出に関しては、基本的には連邦政府は提供しないのです。

 

 

――連邦政府は移民を受け入れるだけで、移民の生活に責任をもたされるのは州政府や地方政府だと。

 

そうです。アメリカにやってきたばかりの人が様々なサービスを必要とするのは当然ですよね。ところが、連邦政府は何もやってくれないため、州政府と地方政府が具体的なサービスを行わなければなりません。ですので、アメリカの場合は連邦政府が移民受け入れに積極的な場合でも、州以下の政府が消極的な場合があります。

 

逆に、連邦の政治家が気楽に移民批判をして、たとえば不法移民への厳格取締りを求めたりしても、実際に移民に直面しなければいけない地方政府の人たちは、波風を立てず、取り締まりをしたがらないという場合もあったりします。アメリカのなかでも、移民が多いニューヨークやカリフォルニアではかえって移民問題が争点になりにくいのは、争点化を避けようとするからです。

 

他方、移民に批判的な発言をするのは、むしろ移民が多くない地域出身の政治家です。彼らは、移民の実態を知らない人たちに対して、抽象的な脅威としての移民問題を訴えることで、社会に漠たる不安を感じている人たちの支持を得ようとします。そのような政治家に影響されて、移民とのもめ事があまり発生しない地域の人々(移民によって職を奪われるなどの恐れがほとんどない人)の方が、移民に対して批判的で、トランプを支持したりしていたりするのです。

 

 

――いわゆる「体感治安」と同じ理屈なんですね。

 

もうひとつ、EUの難民問題との違いという点で重要なのは、アメリカはイスラム教文化圏とは陸続きになっていないので、ムスリムの難民がやってくるのが難しいということかもしれません。EUの場合は陸続きで、トルコからバルカン、そしてドイツへという経路で、中東やアフリカから難民がやってきますが、アメリカの場合は海を越えなければならないので、中東からの受け入れ数は非常に少ないのです。

 

 

――なるほど、EUの場合、移民や難民問題はイスラム問題でもあるわけですね。

 

移民に対する反発の背景として、治安の問題がありますが、アメリカでも911テロ事件以後、米墨国境地帯を超えてテロリストが入国するのではないかという議論がなされました。実際に、そのような脅威を煽る政治家も存在しました。しかし、それが実体としてほとんどいないことは、多くの有権者にとって明らかなので、EUとは反発の仕方が違うのかと思います。

 

 

――他方で、移民の社会統合のために、アメリカ的な理念を教育する公式の制度はないんですよね。

 

アメリカでは、国境管理政策は連邦政府が実施していますが、それ以外の教育や社会福祉などのサービスは、州以下の政府が実施しています。具体的に何をやっているかというのは、じつは地域によってバラバラになっています。

 

とくに、教育に関する問題は重要なのですが、アメリカでは、日本の教科書検定のようなものはありません。そもそも、子どもが教育を受ける権利はあるとされていますが、それは学校に行かなければならないという意味ではないので、自宅で教育を行うことも可能です。学校に通う場合でも、アメリカでは学校区の長を選挙で選んだりすることもあります。このようななかで、どのような教育を行うかは大問題となります。

 

白人の人たちは、英語を使ってアメリカ文化を教えてほしいと思っています。しかし、マイノリティが集中している地域の中南米系の親などは、スペイン語で教育を行うことを希望したりしています。そうなると、実際の社会統合に困難をきたす可能性もあります。

 

また、州以下の政府が具体的な教育内容を決めなければいけないのですが、州や地方政府にはそのようなことをする能力が十分に備わっていない可能性もあり、これが、サミュエル・ハンティントンらがアメリカ社会の分裂を危惧するようになった背景にあると言えます。【次ページにつづく】

 

 

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○シン・編集後記(山本ぽてと)