移民問題とアメリカ政治の行方

不法越境する移民と犯罪取り締り

 

――不法移民を防ごうと国境警備を強化することで、「コヨーテ」のようなプロフェッショナルによる密入国斡旋産業が興隆したというのは皮肉な結果ですね。

 

アメリカと中南米では圧倒的な経済格差があります。サンディエゴなどで定められている一時間の最低賃金は、メキシコの平均的労働者の一日の給料に匹敵すると言われています。このような経済格差がある以上、コヨーテと呼ばれるような密入国斡旋人に頼んで不法越境を試みる人がいても不思議ではありません。

 

コヨーテによる不法越境は、査証の偽造やオーバーステイを助言するなどの方法を除けば、横断が困難な砂漠地帯を越境するとか、トラックの荷台に人を詰め込んで越境するという方法が多いです。米墨国境地帯は気候が悪く、夏には摂氏50度近くなることも多いので、健康や生命に甚大な影響を及ぼす可能性も高いです。

 

コヨーテが不法越境者からとる手数料は、取り締まりリスクが高くなるに伴って高くなります。しかし、たとえ手数料が高くなっても、不法越境を試みたい人は当然存在するので、コヨーテの取り分はどんどん増えていきます。

 

 

――麻薬の取り締まりと一緒ですね。

 

そうですね。麻薬取り締まりが厳格化されると麻薬の末端価格が上昇するけれども、中毒になっている人は価格が上昇しても麻薬を使い続けるため、結果的に密売人や犯罪組織の利益が増えるというのと同じような現象です。取り締まり強化策の悲劇的な帰結だといえます。

 

さらには、コヨーテを介する越境が大変だというのは不法移民にはわかっているので、いったん入国した人々は、出身国に帰るよりはアメリカ国内で密かに生活し続けることを選ぶ可能性が高くなったとも言えます。国境警備厳格化政策の結果、従来ならば出身地域に帰った可能性のある不法移民が、アメリカ国内で滞留し続ける結果になったのは、これもまたある意味悲劇です。

 

 

――そして、トランプのような政治家が移民排斥を煽っています。

 

トランプは不法移民は犯罪者だと言っています。しかし、これは実態を反映しているとは言えません。たしかに出入国管理に関する法律違反(行政法違反)はしていますが、一般の人が思い浮かべるような犯罪に着手する人は少ないのです。

 

移民、とりわけ不法移民の人々は、アメリカ国内で罪を犯せば強制退去処分になる危険があることを理解しているので、罪を犯さないように努めます。一旦強制退去処分になると、再入国することが難しくなるからです。むしろ、逆に犯罪被害にあっても、訴えると不法滞在がばれてしまうので、訴えることができず泣き寝入りせざるを得ないことも多いとされています。不当に安価な賃金で働かされている人々が泣き寝入りしているのも、同じ事情によるといえます。

 

もちろん、移民が何ら罪を犯さないということではありません。移民を含めて、経済的に困窮している人が犯罪行為に着手せざるを得ない状況になり、その犯罪行為を正当化しようとするインセンティブを持つのはおそらく事実です。食うに困った人が盗みを働いたりするのは、まさに背に腹は代えられない状況だといえるかもしれません。

 

日本でも、外国人犯罪の問題が、しばしば実態から離れて過大に論じられることがありました。しかし、いま述べたようなことを考えると、不法移民は横に置くとして、合法移民についてはアメリカ社会に問題なく定着することができるように、各種社会サービスを提供する方がむしろ合理的ではないでしょうか。

 

また、移民が罪を犯すとしばしば指摘されるのは、移民が多数居住している地域の文化が他の地域とは異なっているため、移民居住地域を訪れた人々が不安を感じていることによる面もあると思います。そうした点を考えても、移民をコミュニティのなかに統合していく方法を考えることが、重要な意味を持つのではないかと思います。

 

 

――移民を犯罪化することで、それを摘発するための警察力の強化がなされ、また収監者の増加に利益を見出す民間刑務所が、さらなる取締りの強化を働きかけるなど、なかなか社会統合の方向には向かわないですね。

 

その通りです。ただし、それは状況が変わる可能性も、ひょっとするとあるかもしれません。

 

2010年代になってから、ティーパーティが影響力を増大させるようになると、警察や刑務所に対する予算の増額が問題だという議論が州レベルで展開されるようになりました。じつは、その議論の中心になっていたのが、元テキサス州知事のリック・ペリーや、元下院議長のニュート・ギングリッチでした。彼らは、犯罪対策を厳格化し過ぎるのがまずいという議論を、2015年にはし始めていたのです。

 

 

――その結果、民間刑務所や移民収容施設を運営する企業が不振に陥っていたのが、トランプの勝利によって息を吹き返すかもと報道されていますね。

 

今年の大統領選挙でトランプが「法と秩序」という、昔ながらの議論を持ち出してきて、ルドルフ・ジュリアーニやクリス・クリスティなど、検察官出身の、犯罪対策強化派を重用するようになったからです。それを受けて、ペリーやギングリッチも、トランプにおもねるような形で犯罪対策強化をふたたび言い始めました。

 

ただ、トランプが国民から一定程度の支持を得ているあいだは、ふたたび警察権力の増大などがみられるかもしれませんが、トランプの信頼が大幅に低下するようになると、また風向きがわかるかもしれません。

 

 

――ちょっと面白いのは、ティーパーティにとっては、警察や刑務所予算の増大も大きな政府を意味するんですね。

 

ティーパーティというのは雑多な集団なので一概には言えないのですが、無駄な支出を削減したいと考える人は多いと思います。ニューディールの社会福祉政策は弱体化しましたが、今日では刑事司法予算が圧倒的に大きくなってしまっていますからね。

 

ある論者に言わせれば、20世紀後半のアメリカは福祉政策の拡充を目指すニューディール型国家だったのが、最近のアメリカは犯罪対策強化を目指すクライムディール型国家となっていて、福祉に支出されていた予算が今は刑事司法関係の支出に回されているというのです。

 

 

アメリカ二大政党と中南米系移民

 

――共和党は白人の政党、民主党はマイノリティの政党だと言われますが、実際はもっと複雑だというのが、ご著書を読んでよくわかりました。

 

民主党のなかでは、移民がアメリカを作ってきたのだと信じている人や移民出身者がある程度存在し、彼らは移民に好意的な立場をとります。しかし、民主党の支持母体のひとつである労働組合などは、移民に対して批判的な立場をとります。移民が低賃金で働いてしまうことは、アメリカ人の労働者の賃金を低下させる可能性もあるからです。

 

共和党の方には、トランプのように徹底的に移民を批判する人もいますが、その一方で、企業経営者などは安い賃金で働いてくれる移民を好んで受け入れようとする人もいます。冒頭で、移民問題は党派を横断する争点だと言いましたが、民主党、共和党ともに、移民に好意的な人、批判的な人の両方を抱えているということです。

 

このような事情で、近年のアメリカでは移民をめぐる政治が動きにくかったのですが、最近では労働組合の組織力、影響力が低下してしまいました。そのため、民主党内で彼らの発言力は弱くなってきています。そして、従来は労働組合に入って民主党を支持していた、移民に批判的な人々、とりわけホワイト・エスニックと呼ばれるような人々が、マイノリティを重視し過ぎる民主党から距離を置き、今回の選挙ではトランプを支持するようになったということだと思います。

 

 

――リベラルの民主党、保守の共和党というイメージが強いからだと思いますが、アメリカの政党はヨーロッパのように、共産主義や保守主義などの明確なイデオロギーに基づいて組織されていない、というのもとても意外でした。

 

まず、ヨーロッパの政党とは違い、アメリカの政党は綱領政党ではありません。アメリカの政党は、伝統的に討議拘束(政党規律)が弱いです。

 

それは、政党が候補の公認権を持たず、候補者が予備選挙や党員集会で選ばれること、また、議院内閣制の国では与党が首相を支えなければならないのに対して、大統領制の国では立法部が行政部を支える必要がないこと、などが大きな理由になっています。そうであるがゆえに、トランプと共和党主流派で意見の一致を見ないということが発生するのです。

 

アメリカの政党の大きな特徴は応答政党であることです。首尾一貫したイデオロギーや理念に基づいて政策を実現しようとするよりも、むしろ、選挙区内の有権者から出された個別具体的な要求にできる限り応答しようとするところが特徴になっていると言えます。

 

 

――そうした関係性にあって、エスニック・ロビイングはアメリカ国民の政治参加の度合いの高さを示すものであり、寄付は政治的意思表明、表現の自由の一種として擁護されているわけですね。

 

そうです。アメリカの政党が応答政党としての特徴を持つため、利益集団はロビイングを積極的に展開しようとします。アメリカの政党は、各種団体の要求に耳を傾けようとする傾向が強いからです。アメリカには様々なエスニック集団が存在するので、エスニック・ロビイングも活発に展開されます。ユダヤ系やキューバ系によるロビイング活動は有名でしょう。

 

そして、政党が必ずしも強固な組織力を持っておらず、様々な利益集団の要求を巧みに調整することができるわけでもないので、利益集団の方で自発的に社会的な連合と言いますか、協力関係を作ろうとすることも多いように思います。

 

 

――日本人がもっているデモクラシーのイメージとはだいぶ違いますね。

 

日本では選挙を行い、その結果に従うことがデモクラシーだという認識が強いかもしれません。しかし、選挙は数年に一度行われるだけであり、有権者がその一票にどのような意味を込めたかはわかりません。

 

一方、利益集団は日常的に政治家や官僚に対して自分たちの利益関心を主張することができます。アメリカでは伝統的に、何らかの利益関心を持っている人が(場合によっては集団をつくって)、その利益関心の実現を主張するのが当然だという認識があります。利益集団の声に耳を傾けることは、デモクラシーの重要な要素だと考えられていると思います。

 

 

――そこでお聞きしたいのですが、投票行動において、はたして「中南米系」や「ヒスパニック」というカテゴリーが機能するのでしょうか? 「白人」というカテゴリーが一枚岩ではないのと同じように、教育程度や経済条件のほうが、エスニシティよりも強い境界線になりうるのではないでしょうか?

 

非常に重要なご指摘をいただいたと思います。中南米系の人を一枚岩的にとらえることには大きな問題がありますが、その一方でその必要性もあると思われます。

 

まず問題点という点では、中南米系のなかでもキューバ系の人は伝統的に共和党支持の傾向が明確です。カストロ政権に対して、共和党の方が強硬な態度をとってきたからです。今回の選挙で、フロリダ州でトランプが勝利した理由のひとつに、オバマがキューバとの交渉をしてしまったことに対する反発があったともいわれています。もちろん、キューバ系のなかでも第二世代の人などは、社会経済的な観点から民主党を支持する度合いが、第一世代よりは強いと言われていますが。

 

その一方で、中南米系をまとめて考えることに一定の意義があるのも、少なくとも今は事実かと思います。というのは、州以下のレベルの選挙では、中南米系有権者は、中南米系候補が存在すれば、党派に関係なくその候補を支持する度合いが高いとされているからです。

 

もっとも、このような現象は過渡的な現象かもしれませんし、州以下のレベルでいま述べたようなことが起こっているからといって、連邦レベルでも同様のことが発生するかはわかりません。その意味で、中南米系というカテゴリーが機能し続けるかどうかは、評価が難しいところかと思います。

 

2016年の大統領選挙で、共和党主流派は、キューバ系のマルコ・ルビオを大統領候補にしようと努めていた時期がありました。アメリカでインタビューを行っても、ルビオが共和党候補になれば、中南米系の票が相当共和党の方に流れて、アメリカの政党政治のあり方が大きく変わるのではないかと言う人が多かったようです。

 

今日、中南米系の人は多様性を増大させているにもかかわらず、基本的にはアイデンティティ・ポリティクスの次元で勝負しているように思います。これは黒人と同様です。

 

黒人も、実際にはイデオロギー的にリベラルな人から保守の人まで存在するのですが、選挙のときには大半の人が民主党に投票します。それは、1960年代にゴールドウォーターが黒人に批判的な言質を繰り返す一方で、民主党のジョンソンが公民権法を推進したからだと言われています。

 

中南米系については、黒人の公民権法ほどの一体感を持たせるような集団体験を持っているわけではありません。その意味で、中南米系の人は黒人よりは党派的な投票行動をせず、投票先を変える可能性はあります。共和党主流派はそのあたりを念頭に置いて行動していたと思いますが、その試みをトランプがつぶしてしまいました。

 

 

――今後の行方はいかがでしょうか?

 

もし、今回の選挙でトランプが歴史的な大敗を喫したりしていれば、中南米系も民主党と強固な関係を築くことになったのかもしれませんが、トランプが勝利したので、予測が難しくなったと言えます。

 

トランプも、実際に政権運営をするようになると中南米系に配慮するようになるのではないかと言う人もいました。しかし、今の段階では、組閣の状況を見ても、あまり中南米系などのマイノリティに配慮をしているとは思えません。

 

ただ、今回の選挙でもある程度、中南米系の票が割れたというのは重要かと思います。中南米系の人も、ホワイト・エスニックと同様、時間はかかっているけれどもアメリカ社会に同化するようになっていて、彼らも多様な利害関係を示すようになっていることの表れでしょう。

 

かつては民主党に投票していたアイルランド系やポーランド系などのカトリックの人々は、レーガン政権以降、共和党の強い支持基盤になっています。中南米系についても同様のことが起こる可能性は考えられるかと思います。ただし、それを実現するための方法を共和党がどのように作り出していくかが、今後のアメリカ政治のポイントになるように思います。

 

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著者/訳者:西山 隆行

出版社:筑摩書房( 2016-06-06 )

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新書 ( 249 ページ )

ISBN-10 : 4480068996

ISBN-13 : 9784480068996


 

 

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