2014.12.02

経済成長も、再分配も――消費税増税延期が及ぼす影響とは?

駒崎弘樹×飯田泰之×荻上チキ

政治 #消費税

消費税再増税の是非が問われる中、シノドス編集長の荻上チキが11月4日に「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」に参加。その後、荻上が「消費税増税を見送るべき」という点検会合での発言内容をツイートしたところ、NPO法人フローレンス理事の駒崎弘樹氏が「増税延期には賛成しづらい」という苦渋の立場を表明する。それをきっかけにして巻き起こった議論は、決して冷静なものとは言えない不幸な衝突となってしまった。そこでシノドスでは、駒崎氏と経済学者・飯田泰之との対談をセッティング。互いの立場から、財源論や消費税増税のタイミングについて語り合ってもらった。(構成/金子昂)

「財務省」という人はいない

荻上 11月4日、「今後の経済財政動向等についての集中点検会合」に参加してきました。ぼくはそこで、消費税増税を見送るべきという立場を表明しました。そこで話したことを連続ツイートした際、それを受けて駒崎さんが、このようにツイートされました。

「消費税再増税が経済に悪影響を与え、低所得者層に対しても良くない、というのはよく分かる。でも、ようやく消費税増税分から7000億円確保して、子育て支援が強化できるようになった。確実な代替財源が約束されるなら再増税延期は賛成できるが、そうでないなら中々賛成しづらいのが悩ましい。」

低所得者層への悪影響については理解を示してくださった一方で、増税が延期されることが、少子化対策や保育・育児支援の予算見送りにつながらないかを懸念し、立場上、今回の増税に賛成せざるを得ない、というわけです。苦渋の実情をストレートに明らかにしてくださって嬉しかったのですが、それをきっかけにネット上で議論が巻き起こり、一部では「財務省のレクを受けたから駒崎は増税に賛成なんだろ」といった罵倒もみられました。

駒崎 財務省の犬的な(苦笑)。

飯田 あはは(笑)。

荻上 本来の財源論やタイミング論ではなく、内面を邪推するような議論になるのは無意味ですし、単純な敵味方構造になってしまうのはとても残念です。そもそも消費税の延期を主張したのも、「困った人をますます増やさないため」であったので、駒崎さんの主張は重要です。

論点を改めて整理する必要性を感じたので、今日はこうして、飯田泰之さんとの対談をセッティングさせていただきました。ちなみに今日は、シノドスからのレク=ご説明というわけではありません(笑)。

駒崎 もちろん、わかってます(笑)。

最初にぼくの立場を表明させてください。ぼくは、いわゆるリフレ政策に反対しているわけではありません。いわば中道左派ですから、むしろ親和性は高いんじゃないかと思っています。なぜならば金融政策等によって景気がよくなれば、さまざまな社会保障が充実する可能性があるからです。

荻上 パイを増やし、適切に分配する。財布を育てながら優しく配ろう、ということですね。

駒崎 そうです。そこに違いはないと思うんですね。

ツイッターでは、「財務省ガー」みたいな意見が寄せられて、まともに議論できるような状況ではありませんでしたが、別に財務省にレクされたらみんな財務省の手先というわけではないですし、レクなんて審議会にいればみんな受けています。

ぼく自身は一時期官僚でしたし、審議会にも20代から参加し続けているので、レクがどういうものか分かっているのですが、ツイッターで財務省陰謀論を唱えている方々は、その辺り、おそらく実体験がないがゆえに、相当大きなバイアスを持ってしまっているのではないかな、と。

飯田 ネットで行われる議論の悪いところがでていたと思います。

クリティカルシンキングでは、相手の発言を最大限良心的に解釈しようという「良心の原則」が基本とされています。相手の発言を悪意として受け止めようとすれば、言葉の端々すべてを悪意として解釈できますから、それは罵り合いにしかならない。

荻上 悪意と陰謀で埋め尽くすと、とてもすっきりする。けれど、対話する努力を放棄することになりかねない。

飯田 そう。それでも駄目なら、それは本当に駄目な議論か、自分が決定的に間違えているか、のどちらかなわけです。

荻上 駒崎さんはあえて、財務省にレクされたことをちゃんと伝えた上で、自分のスタンスを表明していました。逆に誠実だったと思います。本当に「財務省の犬」なら、わざわざレクされたことなんて言わない。

飯田 レクって結構誰にでもするんですよ。ぼくのところにもたびたびレクが来る。そもそもぼくは財務省の上席客員研究者ですから、そのレクの効果はぼくの発言から推し量っていただければと。まあしょっちゅう飲みに連れて行かれるようになると、友達が特定の省庁の人ばかりになって危険かもしれないけど(笑)。

荻上 発言するときに、顔が浮かぶようになるかもしれませんね。

駒崎 「ああ、あの人、嫌がるだろうな」と思いながら発言することはありますね。

飯田 「財務省の陰謀」みたいな言説って、各省庁が統一的な意思決定のもとで動いているというイメージから来ているんだと思います。でも、そんなにちゃんとした組織だったらこんなに財政は悪化していないんじゃないかな。別に誰かが「えいやっ!」とすべてを決めているわけではない、中の人でも動かせないようなもごもごとした空気が組織としての意志を動かしている極めて日本的な組織なんですよ。

駒崎 「財務省」という人はいません。中の人達と話してもらうと、普通の会社と一緒でいろんな考えの人がいる。当然組織としての公式見解や、目指すべき方向性(財政再建)はあるのだけど、それはどこの省庁も、会社だって一緒。秘密結社じゃないんだから(笑)。

飯田 そもそもいわゆる「リフレ派」だって、「金融政策によって緩やかな経済の拡大を目指す」以外の一致点はないんです。例えばぼくと稲葉振一郎さんの政治的な立場はぜんぜん違います。シノドスで連載を書いている松尾匡さんはマルクス経済学ですが、右寄りの思想をもつリフレ派もいます。

消費税増税に関しても、自民党の山本幸三議員のように、金融政策をきちんとふかせば消費税をあげられて財源が確保できるし、こんなにめでたいことはないと考えていた強気のリフレ派もいれば、消費税そのものを否定されている先生もいます。いまは経済状況を鑑みて、増税は先延ばしたほうがいいと考える人が増えていますね。山本議員も今回の増税は先送りすべきだと考えを改められました。

政府に対する強い不信感

飯田 議論の内容をみていくと、やはり気になるのは「消費税は目的税ではない」という話です。

改正された消費税法の2条をみても、今回の消費税増税は少子化対策の目的税といえるほど強力な紐づけではありません。そもそも社会保障費の方が消費税収よりも多いのですから、いわゆる目的税にはしようがないのです。もちろん駒崎さんは、やんわりとした努力目標だとしか思えなくても、そこを頼りに保育の拡充を進めていきたいというお考えなのだろうと思いますし、それはよくわかります。ただやっぱりこの紐づきは比較的弱いものだと言わざるを得ない。

駒崎 その前提をどう解釈するかが意見の差異を生み出しているように思います。

まず、消費税法第一章1条2に「消費税の収入については、地方交付税法(昭和25年法律第211号)に定めるところによるほか、毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする。」と明記されているという点。

そして、少子化対策の歴史は非常に不幸なもので、随分前から少子化が進むことはわかっていたにもかかわらず、十分な予算も施策も打たれずにきました。具体的には、94年のエンゼルプラン、99年の新エンゼルプラン、04年の子ども・子育て応援プランと、5か年計画のように戦力の逐次投入が行われてきたんです。そして、予算の分捕り合戦の中では、非常に微々たる予算しか得られず、当然、実際の効果も弱かった。いわば少子化対策の失われた20年という歴史があるんですね。

十分な予算を獲得するには、相当な政治的コミットメントが必要だということがわかってきた。そうして、ようやく消費税から税源を固定させて、少子化対策にドカンと7,000億円を割り当てようという話になったんです。これまでは数万人単位の待機児童解消を、5年間で40万人解消という規模感です。

その限りにおいて、消費税に肯定しうる要素があると思っています。ぼく自身、消費税一般に関してはあげないで済むならあげない方が良いと思っていますし、増税するにしても低所得者対策などを打つ、所属税の累進強化や相続税など、きちんと順番は考えないといけないと思っています。更に消費税によってのみ財政を再建すべしとも考えていません。

荻上 駒崎さんとしては当然、増税を先送りにするならば、代わりとなる財源を確保して欲しい。逆にいえば、確保されるならば先送りしてもいい、ということになるわけですね。

駒崎 その通りです。ただ、そう簡単な話でもないのは、われわれの業界は政府に対して不信感が強いこと。

もともと少子化対策、待機児童解消、そして子育て支援については、1兆1,000億円が必要だという試算があり、民主党政権時に、7,000億円を消費税増税分から、4,000億円はどこか別のところから調達するという話になっていました。しかし政権交代後、どうも4,000億円の確保は難しそうだから、とりあえず7,000億円で走り出そうという話に変わってしまった。これでは、全産業平均以下の保育士給与の改善や、児童養護施設の強化、学童保育の質改善等、望むべき水準を達成することは不可能になりました。子ども子育て会議は失望して、「1兆円用意するって言ったんだからちゃんと用意してよ」と要望書などを提出してきましたが、どうにもなりませんでした。

ひとまず確保できた7,000億は、4,000億を主に保育所の数を増やすといった「数」の部分に、3,000億を保育士の処遇を改善する、昔は孤児院と呼ばれた児童養護施設を強化するなど「質」の部分にあてることになりました。ようやく走り出せる! と意気込んだ矢先に、増税を延期するという話が出てきてしまった。5%から8%の増税にとどまったら、予算は4,000億しか確保されません。4,000億で「数」だけ増やすわけにもいかない。処遇が悪いために保育士の資格を持っていても働かない人が多い中で、ただ箱の数を増やしても、働く人がいなければ、結果として保育所は増やせないからです。低処遇や過剰な業務負担を解決すべく、処遇改善・人員配置改善等、質も改善しなくてはいけない。

ですので、増税しないならば、かわりの3,000億をきちんと確保してほしい。といっても1兆円強を用意するといって結局7,000億しか用意してくれなかった前科もちの政府をそう簡単には信じることはできない。これが審議会に参加している、保育園団体や子育て支援業界の思いの最大公約数でしょう。

荻上 消費税でなくてかまわないからなんらかの形で予算を付けて欲しい。しかし、政府への不信感が強いために、なかなか信用はできない。

駒崎 ええ、子育て分野は、介護保険、医療保険や年金など保険制度で制度設計され、恒久財源がベースとしてしっかりある他の社会保障と、予算の分捕り合戦をしなくてはいけません。保育三団体や幼稚園などの団体は力があると言われますが、他の分野に比べたらぜんぜん弱いし、ベースとなる保険料収入がないから、そもそも弱い。増税が延期されたかわりに何らかの形で予算がついたとしても、2017年度の消費税増税もやめる、つまり永久凍結されてしまったら、おそらく予算を措置し続けてくれないのではないかという心配がある。

ですから、たとえ努力目標だったとしてもようやく紐づけられた消費税に私たちはこだわるしかない。法律上ではっきりと明記されていますが、それでも「弱い紐づけ」だという指摘もあるかもしれません。ですが、財務省から予算がとれたという政治的なモメンタムが、非常に重要なんですね。

飯田 今回の場合、消費税増税に紐づけられたことがモメンタムを動かしたという側面はあるでしょう。少子化担当大臣が、増税が延期しても2015年、2016年度の予算は別の手段で確保すると約束してくれるなど、別の動きに繋がる可能性はないのでしょうか。

駒崎 少子化担当の有村治子大臣はそうおっしゃっていますね。増税延期議論に対して、われわれが騒いだための配慮だと思います。この配慮が選挙後も続いて、何らかの形で約束通りに確保してくれればまったく構いません。

荻上 そのためにはプレッシャーをかけ続ける必要がある。「やるやる詐欺」になってはなりませんから。

駒崎 そうなんです。怒り続けないといけない。ただ先ほどもお話したように、子育て支援や少子化対策は、予算の分捕り合戦の中で常に劣位に置かれてきた。その中で予算を勝ち取ることができるかはなはだ疑問です。そもそも、消費税増税で12.5兆税収が増えると言われている中で、たかだが7,000億円しかつかないんですよ。紐づけると言ってもその程度。そしてその程度の予算すらついてこなかったんです。2050年には高齢化率40%という、人類がいまだに到達したことのない社会が実現され、一方で労働者は今の3分の2に減る、という未曾有の事態を迎える我が国において、です。

荻上 駒崎さんの立場はよくわかります。たとえば駒崎さんが、「消費税じゃなくてもちゃんと予算を付けてくれるなら、見送ってもいいですよ」と発言したとしましょう。それが結果として、「見送り賛成」のメッセージだけ受け取られ、後になってから「増税できなかったので、どうにもなりません」と言われてしまったら、元も子もない。だから、いまのようなポジションで主張を続けることが、政治的に変えがたいという面があるのだと思います。

経済成長で財源を確保する

荻上 一般的には、消費税率をあげたら、その分は社会保障に使いますよという約束だと理解されていますが、財務省的には、社会保障を拡充するためには消費税を主な財源とするという考えです。これは、「社会保障を拡充したければ消費税をあげなくてはならない」と読むこともできる。いずれは紐づけを外すように働きかける政治が必要になってくるかもしれませんが、駒崎さんの懸念は分かる。

そこで、消費税以外で別の方法で1兆円近い予算をまかなうことはできるのかという問いが出てきました。飯田さん、どうですか?

飯田 政治的な力学を置いておくと、税収自体が増えて、その中から1兆円の予算がつけば問題がないということだと思います。

戦後日本の財政の歴史は、基本的に経済成長によって財源が確保されてきました。税収が伸びていれば、新たに予算を足すことは簡単ですが、限られたパイの中で新しく予算を確保するのは極めて厳しい。だからこそ経済成長が必要だと思うんですね。

いま先進国の名目成長率は平均して3%後半、実質では2%前半程度です。ここに労働人口減少分の下押しが0.5~0.7%ほど効いてくる。労働人口減少がピークになると、おそらく1%ほどの下押しがある。つまり一番悪いときの実質成長率は1%強ということです。ここに2%前後のインフレを加えて、名目3%成長が現実的に可能で、最低限クリアしないといけないラインだろうというのがぼくの考えです。

名目で3%となると、地方と国であわせて2兆円くらいの税収がでてきます。しかもこの2兆は毎年どんどん積み重なっていく。ですから単年度で1兆円の予算を確保するのは難しくても、数年経てば出せないことはないだろうな、と思います。

荻上 逆に言えば、失われた○年を再来させないためにこそ、ブレーキをかけないことをまずは意識したほうがいいと。

飯田 そう。経済って不思議なもので、脱線するとなかなか戻れないんですけど、一度走り始めると、そこそこうまく走り続けられるものなんです。いまはその節目にある時期だから増税しないほうがいい。ぼく自身は、1年半ではなく2年半は延期したほうがいいと考えています。その間に景気を回復させつつ、低所得者対策など喫緊の問題に対して国債発行するなどして財源をおぎない、準備万端制度が整ったところで消費税を10%に上げるのが理想だと思っています。

あと経済的には別の理屈になりますが、景気が過熱したり人手不足が今以上に深刻になったときに、インフレにブレーキをかけるために2%増税をとっておいた方がいいんじゃないかな、と。

駒崎 ちなみに消費税増税をして、税収が落ちたら意味がないという言説があります。でも過去の例では、法人税率の引き下げなども一緒にやっていますよね。

飯田 そもそも89年にいたっては減税ですね。今回は見合いの減税措置はほとんど考慮していませんが増税で12.5兆増えても、所得税と住民税が下がってしまって12.5兆円使えないかな、という話です。

駒崎 でも、かえってマイナスになるって話ではないですよね。

飯田 1年目や2年目にはありえますが、税率の純増で長期的に減収になるということはないと思います。ただちゃんと成長していたら、もっと得られていたであろう税収を失ってしまうのではないか、という話なんだと思います。

いまは民力休養のとき

飯田 経済学ではお馴染みの議論ですけど、例えば20万円の賃金を18万円に減らすとなると、かなり抵抗されることになるんですね。名目の額を減らすのってものすごく難しいんです。それに対して、税収が伸びていると、あまり役に立たなかった予算は伸ばさず、新しいことに予算を付けるのはそこまで難しくない。

荻上 相対的、実質的に減らしていくと。

飯田 そう、インフレの中で相対的に減っていく予算を作らないと、予算の分捕り合戦で劣位に置かれている育児・保育分野は非常に厳しいことになると思います。

実際、75年には人口の維持に必要とされる合計特殊出生率2.08%を切っていたので、少子化が進むのはわかっていたわけです。それなのに十分な対策を取られなかったのは、バブルによって問題がなんとなくカバーされてしまっていたことと、90年代からは伸び悩む予算の奪い合いに勝つことができなかったのが原因ではないか。その状況下で少子化対策に予算がついたことは本当にすごいことだと思います。

ただ、景気回復がもう少し巡航ペースになってくると、もっと新しいことができるようになるんじゃないかな、と思うんです。いま民力休養、湯浅誠さん風にいうと、この20年で失われてしまったタメを蓄える時期でしょう。

荻上 ゲームで言えば、この間でライフは少し回復しました、でも残機が1しかないよ、という状態だと思うんです。間違えると、すぐにゲームオーバーになっちゃう社会になっている。

駒崎 民力休養の必要性はよくわかります。ぼく自身経営者ですから消費税増税の影響はかなりキツかったので。一方で、話を元に戻してしまって申し訳ありませんが、少子化をソフトランニングさせていくインフラ整備への投資をするには、いまこのタイミングでは、政治的には消費税しかないのかなとも思うんです。

繰り返しになりますが、消費税じゃなくても予算を確保しますよというコミットメントは破られ続けたからです。20年間、「経済成長したら、十分予算をあてるね」なんてことは起きなかったのです。それ以外の方法がもしあるならば、有村大臣がぼそっと発言するだけではなく、新しい国会で、なんらかの法案にきちんと文言をいれて欲しい。そうじゃないと安心できない。

荻上 待機児童をゼロにするといった数値目標をどんな手段を使っても達成させますよ、とか。

駒崎 ええ、そうですね。確約してほしい。

いかに高齢者を説得するか

飯田 モメンタムが動いたのだとしたら、消費税とは違った、一定額予算が確保されるような制度も同時に走らせていく必要があると思うんですよね。

消費税で紐づけされているという前提に立って考えてみます。消費税を増税したら何らかの形で低所得者対策が必要になる。12.5兆円まるまるは使えず、どこかで切り崩さなくてはいけなくなるでしょう。すると少子化対策にあてられるはずだった7,000億は恒久的に確保されない可能性は低くない。子育て分野が他の分野に比べて力が弱いならなおさらです。

その上、いままで支給されてきた6,000億円以上の保育関連予算が「消費税から予算がついたからいいよね」とカットされてしまうかもしれない心配もあります。本来は歳入と歳出は切り離して議論すべきだという財政学の基本はこういう事態を避けるためのものでもあるのです。

荻上 政権も担当大臣も変わるかもしれない。増税もどうなるかわからない。たとえベストアンサーがでなくても、状況に対応しなくちゃいけないわけですね。

だからこそ、増税が見送られたとしても、どの政治家に対しても「わかってるよね!」とプレッシャーをかけ続ける必要がある。そのためには、単に条文化だけでなく、社会理念として政治家たちにマインドづけしていくのが不可欠だと思うんですね。ぼくは、保育・育児分野のマインドは昔と比べて変わりつつあると思っていますが、それにしてもピンチはたびたび訪れてくるでしょう。これからも言論を続けていかなくちゃいけない。

駒崎 言論を続けていく必要性についてはまったく賛成です。ただ、高齢化が進みよりいっそうシルバー民主主義化したとき、政治的な配慮もますますシルバー層に流れていくでしょう。おそらく言論戦は、今よりも、より厳しくなっていくと思います。

荻上 ないものをつけるという政治と、あるものを奪うという政治は社会的な影響が違いますね。あるものを削った大臣は批判を受け、ないものをつけた大臣は英雄扱いされやすいといった非対称性がある。様々な歳出維持の政治が続いていく中で、ようやく育児に予算が付き始めた。

ぼくはここで、フェーズは移っているとも思います。いかに「シルバー民主主義」であろうと、一度つけた子育て予算を減らそうとする大臣が出てきたら、メディアは必ず大きく報道する。増税を延期しても、中期的には予算を維持しようとする力学が働くように思っています。というより、働かせなくてはいけない。

飯田 子育て支援に限らず、低所得者層への手当なり就労支援なり、若い世代に予算をまわしてもらえるよう高齢者層を説得するには、なにかしら錦の御旗が必要です。そのとき駒崎さんはやはり非常に重要なプレイヤーになる。子育てってお年寄りに訴えかけるところがあると思うんですよ。

荻上 孫の力を。

飯田 プレカリアート運動は、労働運動色が強くて高齢者になかなか高齢者のマス層を説得することが出来なかった。高齢者層から次世代のために気持ちよくお金をだしてもらう重要なキーは保育だと思う。そこから教育に繋げられたらベスト。高齢者層に訴えかけられるようなアイディアってありますか?

駒崎 うーん、そうですね。安倍政権が女性活用を掲げていて、それはひとつの手なのかなと考えたこともありますが、実は「私たちの世代は苦労してきたのに」と考える高齢者層もいて、なかなか難しいですね。いまはまだ思いつかないです。

ただ、ぼくは「厚労省イクメンプロジェクト」の座長などをして、イクメンやイクボス、イクジイといった言葉をメディアに流通させ、徐々に男性の家事育児参加を当たり前のものにさせていこうとゲリラ戦をやっています。

必ずしも高齢者の動員戦略ではありませんが、高齢者も含めて、社会一般で言説を流通させていくことで、認識が変わっていくことを促していきたいな、と思っています。

政治的なプレゼンスを高める

荻上 今回の点検会合みていると、参加した業界団体などの陳情になっている場面もあります。例えば連合は増税に賛成の上で、最低賃金をあげて欲しいと主張している。

それでも、空気が変わったかなと感じたのは、参加者のほとんどが、景気への悪影響を認めつつ、何らかの低位所得者対策の必要性を訴えていた点です。その中に、「増税してもいいけれど、低所得者対策は必要ですよ」というトーンの方と、ぼくみたいに「低所得者対策をちゃんとしてから、増税を議論しましょう」という人がいる。

ぼくとしては、この順番は、政治的にかなり重要です。先にやってくれないと信用できない。「増税賛成」だけをメッセージとして受け止められると、これまた「やるやる詐欺」の可能性だってありますから。

駒崎 よーくわかります。

荻上 低所得者対策を優先して延期しろというプレッシャーと、少子化対策に予算をちゃんとつけろというプレッシャーって、表面上はバッティングしているように見える。でも、根底では一致していると思うんですよ。増税は延期するけど、少子化対策には国債を発行して予算を確保するし、低所得者対策もするということになれば、この3人では合意ができるわけですよね。

飯田 まさにそれでいうと、言葉遣いの問題になりますが、消費税増税で財源ができたので少子化対策に予算をあてるというイメージでとらえるのは……。

駒崎 非常に危ないですね。

飯田 必要なもののために今回は消費税あげたんだよねってはっきり言わないといけない。そしてその財源は消費税でも所得税でも相続税でもよい。

戦術的な話になりつつあるので参考までにお話すると、リフレ派がここまでプレゼンスを持てるようになったのは、他の主張がどれだけ違っていても「金融緩和すべし」と考えている人が集まることができたからです。政治家への浸透度を高めるには、裏側ではドロドロしていたとしても、とにかく一枚岩のような面をしておいた方がいい。そうすると必ず「話を聞きたい」という政治家が少しずつ増えていくんですよ。少子化対策の看板を背負って立ちたいという議員が与党担当可能な政党からうまれれば、流れはさらに変わってくるのかな、と。

駒崎 おっしゃる通りです。

飯田 政権と真逆のことをいうと、共助から公助に戻してく必要があると思います。そのためには市民運動だけでなく、がっちり組織された圧力団体がないといけない。

荻上 組合団体とかですか。

飯田 組合団体かもしれないし、業界団体かもしれない。各業界団体って、例えば農水ならこれまで多くの選挙で2名は参議院に議員を出していますね。

駒崎 医療系も。

飯田 ええ、参議院に限らず政治的なプレゼンスは高めていかないといけない。

手を組めるところは手を組む

駒崎 先ほどの議論を延長させると、リフレ政策と社会保障を拡充させることは矛盾していないと思うんですね。消費税を増税するタイミングについて戦術的な違いはあるにせよ、経済成長も再分配もガンガンさせて、良い国を作ろうよという部分では共闘できる人たちがいる。

飯田 そうですね。リフレ派の中には主張の中核が現実になったために、新しいステップに踏めた人と踏めなかった人がいるように見えます。この先の指針を探している段階の人もいるんじゃないかな。

荻上 以前はリフレ派は、民主党にアプローチしていたのですが、思わぬタイミングで安倍政権が金融緩和を行った。民主党下で「リフレ左派」の意見が通っていれば、再分配のために経済成長という文脈が共有されたかもしれませんが、「リフレ右派」の勝利となったことで、富国強兵のためといったイメージを持つ方もいるでしょう。

駒崎 ああ、なるほど。ぼくは、「再分配のための経済成長」ですね。

荻上 今回の点検会合では、伊藤隆敏さんの発言が気になりました。伊藤さんは、いま消費税増税をするべきだと考えている方がいるんですが、先送りすることになると法案を通さなくてはいけないから政治コストがかかる、そんなことするくらいなら集団的自衛権の議論を優先すべき、とのことです[*1]。

[*1] http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/tenken2014/01/shiryo01.pdf

駒崎 えっ集団的自衛権?

荻上 そう。

飯田 伊藤隆敏先生としては経済問題よりも集団的自衛権のほうが優先度は高いということですね。

荻上 彼のイデオロギーなのか、安倍さんに受けると思っての戦略的なプレゼンなのかはわかりませんが。

今は安倍政権は、経済政策を最重要課題としています。脱デフレが実現したときには、特定の政治意識がより強くなっていくでしょうが、その中で再分配の議論が変わらず低調である可能性もある。だからこそ、今の議論はとても重要です。どんな社会を実現したいか、そのためにいかなる手段で実現するか。丹念に議論しながら、進んでいくしかありませんね。今日はこうして、お会いできてお話できたことをうれしく思います。

(2014年11月14日収録)

プロフィール

飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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駒崎弘樹NPO法人フローレンス代表理事

NPO法人フローレンス代表理事。1979年東京都江東区生まれ。慶応大学総合政策学部卒業。「子どもが熱のときに預かってくれる場所がほとんどないという『病児保育問題』を解決し、子育てと仕事の両立が当然の社会を創ろう」と、05年4月に全国初の非施設型・共済型病児保育サービスを開始。2007年ニューズウィーク「世界を変える社会起業家100人」に選出。10年からは待機児童問題解決のための小規模保育サービス「おうち保育園」を開始。2011年内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議(座長:菅首相)」委員に就任。プライベートでは10年9月に1児(娘)の父に。経営者でありつつも2か月の育休を取得。著書に『「社会を変える」を仕事にする』『働き方革命』『社会を変えるお金の使い方―投票としての寄付・投資としての寄付』など。

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