橋下現象はポピュリズムか? ―― 大阪維新の会支持態度の分析

2011(平成23)年11月27日に投開票が行われた大阪市長・府知事同日選挙(以下「大阪ダブル選」)において、地域政党大阪維新の会の代表である橋下徹氏と同会幹事長の松井一郎氏が当選したことは、既に広く知られる通りである。大阪都構想を含め、教育制度や公務員制度の抜本的改革を推進すべき政策として掲げていた両氏は、当選後すぐに選挙で争点となった政策を実現すべく動き出し、2012(平成24年)5月には「大阪市教育行政基本条例案」が大阪市議会で可決されるなど、着実に成果を蓄積させつつあるように見える。

 

もっとも、そのような成果をあげつつも、大阪維新の会ないし橋下氏の政治スタイルに対する批判を展開する書籍や論稿は多く、また一部の有識者からは「橋下はポピュリストだ」などと論難されてもいる。「ポピュリズム」は必ずしも悪しき政治手法を意味するわけではないが、日本ではそのように捉えられる風潮にある。善悪二元論的図式の強調、テレビやインターネットなどを通じての有権者に対する直接的なアピールの重視、「小さな政府」への志向性など、たしかに「ポピュリスト」であるかのように見えてもおかしくはない政治手法を、橋下氏は採用しがちである。

 

少なくとも、「ポピュリスト」を悪しき政治だとみなす論者にとって、橋下氏が格好の獲物であることは否定できない。ゆえに、大阪ダブル選の結果についても、上述した橋下氏の戦略が功を奏したからとの解釈が一般的である。つまり、既成の政治に不信や不満を抱く大衆が「ポピュリスト」によって扇動された帰結として、大阪維新の会の大勝は説明されるのである。

 

しかし、彼が「ポピュリスト」であるかどうかと、有権者が彼の政治手法に踊らされているのかどうかは別次元の問題であろう。橋下氏自身が戒めているように(*1) 、一般の有権者が政治エリートと比べて知的水準が低いということは決してない。有権者は、彼らなりの冷静な判断のもとで、大阪ダブル選では橋下氏や松井氏を支持し、票を投じたのではないだろうか。

大阪維新の会および橋下氏の政治手法が「ポピュリズム」であるかどうかは、本来は、有権者がどのような意思決定を行ったのかを見なければ判断することはできないはずである。しかしながら、橋下氏を批判する多くの論者はその点にほとんど注意を払うことなく、印象論的な批判をただひたすら繰り返している気がしてならない。

 

そこでこの小論では、筆者らが実施した意識調査を用いて (*2)、橋下氏が「ポピュリスト」なのかどうかを、有権者に焦点をあてつつ明らかにしていきたい。とりわけ、ここではこれまでの橋下氏の手法に対する批判によく見られる次の2つの点について、実証的な見地より検証することをねらいとする。第1の論点は「大阪維新の会への支持は熱狂的なのか」である。第2の論点は、「大阪維新の会への支持の背後には政治不信があるのか」である。以下、それぞれの論点について、順次検討を加えていく。

 

(*1)「政治家なんて神様でも何でもない。普通の人間だよ。しかも日本の教育レベルは相当高いから、政治家と有権者の教育レベルなんて差はない」2012年1月3日17時18分、橋下氏のツイッターでの発言より。

 

(*2)本調査データの詳細については、善教・石橋・坂本(2012a[近刊])にて説明しているので、そちらを参照願いたい。

 

 

大阪維新の会への支持は熱狂的なのか

 

ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は、大阪ダブル選の結果を次のように総括している。「大阪を再生させたいという大阪の人々の願いと大阪都構想がどこでどう結びついているのか、今ひとつ見えないまま、大阪の有権者は『橋下さんなら大阪を変えてくれるだろう』という、熱狂状態で投票日を迎えました。結果は小泉選挙の時と同じ。熱狂は一つの変化を生み出しました。大阪維新の会が擁立した橋下市長と松井一郎府知事の誕生でした」(*3)。

たしかに橋下氏の得票は大阪市24区すべてにおいて平松邦夫氏のそれを上回り、また松井氏も池田市と能勢町を除くほとんどの大阪府下市町村で、倉田薫氏や梅田章二氏などの得票を上回った。しかしながら、他方で橋下氏や松井氏が有権者の熱烈な支持を受けて当選したのかと問われれば、そうとはいえないようにも思われる。

 

というのも、橋下氏も松井氏も、相対得票率を見る限りそれなりに苦戦を強いられた選挙であったように思われるからである。まず橋下氏の相対得票率についていえば59.0%(750,813票)であり、平松氏の41.0%(522,641票)とそれほど大きな差があるとはいえない。また松井氏の勝因についても、大阪維新の会が支持されたからというだけではなく、大阪維新の会を支持しない有権者の票が倉田氏と梅田氏とで割れてしまった点に拠るところも大きいだろう。どの程度の得票から圧勝となるかは人それぞれだが、少なくとも4割から5割の有権者が橋下氏や松井氏以外の候補者に投票している点は事実として指摘できる。

そもそも、大阪維新の会を支持する人が熱狂的だという指摘には、いくつかの落とし穴がある。その最たるものは、熱狂的だという指摘は「熱狂的ではない支持」があることを前提にしなければ成立しないにも関わらず、そのような支持についてほとんど語られることがない点である。大阪維新の会への支持が熱狂的か否かは、熱狂的ではない支持層との相対的な比較から、本来なら主張されてしかるべき事柄であろう。しかし、この点を明らかにした上で、大阪維新の会の熱狂度合いを指摘している論者は、管見の限り存在しない。

 

そこで筆者らは、大阪維新の会への支持を1)強く支持する「熱狂」層、2)弱い支持態度を有する「穏健」層、3)支持しないが好ましいと感じる「潜在」層、4)好ましいとすら思わない「拒否」層の4つに分類し、それぞれがどの程度いるのかを分析した。その結果を整理したものが図1である。

支持か不支持かで分類すると、支持が約60%と不支持より多く、その意味でいえば大阪維新の会は多くの有権者に支持されているといえるが、その内訳について見てみると、圧倒的に「穏健」層が多く、「熱狂」層の割合はわずか全体の10%程度いるに過ぎない。他方、不支持について見てみると、支持での傾向とは逆に、「潜在」層よりも「拒否」層の方が多いという結果になっている。大阪維新の会は強く支持されているというよりも、逆に熱狂的な形で支持されていないのである。

 

hashimoto01

 

以上にくわえて、大阪維新の会支持態度と市長選および府知事選における投票先の関係について整理した図2および図3をご覧頂きたい。たしかに「熱狂」層のほとんどが橋下氏および松井氏に投票しているが、それと同等に、あるいはそれ以上に「穏健」層も両氏に投票している。また、大阪維新の会を支持はしないが好ましい政党だと考えている「潜在」層の多くも、橋下氏や松井氏に投票している点も重要である。そして、平松氏や倉田氏の得票率が橋下氏や松井氏の得票率を完全に上回っているのは「拒否」層のみである。

以上の分析結果は、大阪維新の会への支持は熱狂的というわけではなく、またそのような熱狂的な支持が橋下氏や松井氏の勝利をもたらしたわけではないという2点を明らかにしている。すなわち両氏の勝利にもっとも貢献したのは、全体の割合と投票傾向からいえば、それほど強く大阪維新の会を支持しない「穏健」層なのであって「熱狂」層ではないのである。有権者の多くは「ポピュリスト」に扇動されたのではなく、実態としてはある程度の冷静さを保ちつつ、大阪維新の会を支持し投票した。そのような有権者の姿を、ここでの結果からは窺い知ることができる。

 

hashimoto02

 

hashimoto03

 

(*3) 『毎日新聞』2011年12月3日朝刊。

 

 

 

シノドスの楽しみ方、あるいはご活用法のご案内

http://synodos.jp/info/18459

 

salon-banner_synodos-ptn11

1 2 3

α-synodos03-2

困ってるズ300×250

lounge

vol.209 特集:交渉/ネゴシエーション

・松浦正浩氏インタビュー「『交渉学』とは?――誰もが幸せになる問題解決のために」

・国境なき医師団・村田慎二郎氏インタビュー「人道援助と交渉――『中立・独立・公正』の実践で信頼関係を築く」

・幡谷則子「コロンビア和平プロセスの課題――新和平合意をめぐって」

・橋本努「南仏エクス・アン・プロヴァンス滞在とハン・サンジンの社会学」

・片岡剛士「経済ニュースの基礎知識TOP5」