国際政治の視点から改めて考える安保法案

9月19日の参議院本会議をへて、成立した安全保障関連法案。しかし、現段階で集団的自衛権の行使については具体的な説明がされておらず、国民の理解を得ているとは言い難い。この法案についてこれまで憲法学の視点では多くの議論が交わされてきたが、まだ十分に議論されていない点として安全保障と国際政治の視点から、専門家の植木千可子さんに解説して頂いた。TBSラジオ「荻上チキSession22」2015年07月17日(金)「安全保障・国際政治から考える安保法案」より抄録(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

軍事と安全保障のリアリズム

 

荻上 今夜のゲストを紹介します。早稲田大学教授で安全保障がご専門の、植木千可子さんです。よろしくお願いします。

 

植木 よろしくお願いします。

 

荻上 植木さんが安全保障に興味をお持ちになったきっかけは何ですか。

 

植木 もともとのきっかけは、イギリスの高校に通っていた時のことです。クラスメイトにとても可愛らしい、何人もボーイフレンドがいるような女の子がいました。

 

ある日、彼女が授業の部屋に来たとき、ちょうど机の上にナチスの鉤十字が書かれていた雑誌が置いてありました。突然、彼女は泣き叫んで、持っていたボールペンでそのページが10枚くらい破れるほど鉤十字を塗りつぶした。

 

とても幸せそうな彼女が戦争やホロコーストのことを考えているなんて、と衝撃を受けました。それを見て、世代を超えてこんなに深い傷を残すものとは一体何なのだろう、と考え始めたのがきっかけです。それからずっと平和や戦争について関心を持っていました。

 

荻上 それからさらに、軍事的なリアリズムを体系的に身につけようと思うようになったのはなぜですか。

 

植木 上智大学の大学院の時に戦争をどうやったら止められるだろうかと研究し、世論が大事だろうと考えて、朝日新聞の記者になったんです。その後、アメリカに渡りマサチューセッツ工科大学に行ったのですが、そこで行われていたのは「地上何メートルで原爆を落としたら効果は最大になるか」といったリアリズムに基づいた授業でした。最初は、なんてところに来てしまったのだろう、と思いました。戦争好きの集団のように見えたからです。しかし、そのうちに、先生も学生たちも、平和をどのように維持できるかを真剣に考えていることに気づきました。

 

日本にいた頃は、手をつないで平和を願っていれば平和になると信じていたんですけれども、やはり平和のためには軍事のことを分かる必要があると思うようになったのです。

 

荻上 軍事や安全保障のリアリズムを知らなくては語れないということですね。今回の安保法制では反対派は憲法論の観点から、賛成派は安全保障の観点からのアプローチで、議論のフェーズがなかなか噛み合ってきませんでした。双方どっちも大事な議論なんですけども、両方が両方のステージで語るということが必要になりますよね。

 

植木 特に、憲法違反かもしれないことをあえてしてまでも法制化しようとしているのであれば、少なくとも安全保障の面で効果的かどうか検討する必要があると思います。

 

 

日本を取り巻く安全保障環境の変化

 

荻上 安倍総理は今年の5月に安全保障関連法案を閣議決定した際に次のような発言をしています。

 

『北朝鮮の数百発もの弾道ミサイルは、日本の大半を射程に入れています。そのミサイルに搭載できる核兵器の開発も、深刻さを増しています。我が国に近づいてくる国籍不明の航空機に対する自衛隊機の緊急発進、いわゆるスクランブルの回数は、10年前と比べて実に7倍に増えています。これが現実です。そして、私たちはこの厳しい現実から目を背けることはできません。』

 

というわけで、安倍総理は「日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているために安保法案を整備する必要がある、それは日本人の命を守るためだ」と繰り返し主張しているわけですが、日本を取り巻く安全保障環境の変化は実際にどのようなものなのでしょうか。

 

植木 端的に言うと「厳しくないから厳しい」と言えます。この変化を読み解くポイントは、アメリカの力が低下し、中国が台頭していることです。

 

まず、アメリカについてお話できればと思います。アメリカはアフガニスタンとイラクでの戦争もあり、国民全体が戦争疲れをしています。

 

この変化は、意識調査にも表れています。1960年代には「世界はそれぞれの国に任せて、自分達は自分達のことをやっていけばいいんじゃないか」というのに賛成だと言った人は全体のわずか20%でした。しかし2013年には52%にまで上がった。

 

しかも財政削減で国防費が減らされていますので、今までのようにアメリカが「世界の警察」となり世界の安全を守ろうという機運は後退しているのです。

 

もう一つは中国の台頭です。これまでアメリカは圧倒的に強い状態であまりコストをかけずに色々な戦争に介入していくことができたわけです。しかし、東アジアで中国の力が伸びてくると、それだけ介入するコストが高くなります。アメリカに直接的な問題ではない場合は介入を躊躇するようになりました。

 

冷戦時代は、日本は西側諸国のとても大事な豊かで技術もある国でしたので、ソ連が日本を攻撃してきたときに、アメリカや西側の他の国が守らないということはありえなかったわけです。しかし今は、アメリカの力が低下して中国の力が伸びていて、しかも日本がさほど重要ではなくなった。

 

先ほど「厳しくないから厳しい」と言ったのはこの意味です。もし中国が本当にかつてのソ連のような脅威であれば、中国が日本に何かしたときには必ず守られるでしょう。しかし、多くの国にとって中国は経済的に大事なパートナーですし、対立する必要はありません。

 

荻上 中国が「共通の敵」のような位置づけであったとしたらアメリカが守ってくれるけれども、日本といくつかの国とのバランスが悪い程度であればアメリカも介入するのを嫌がるだろうということですか。

 

植木 嫌がるというか、それだけの価値がないかもしれないということですね。

 

総理は航空自衛隊機が緊急発進(スクランブル)した回数に言及していますが、冷戦の時の方がその数は多かった。最近のロシアやかつてのソ連と比べても、今の中国がやっていることや北朝鮮が持っている能力というのは、より厳しい脅威になるようなものではないでしょう。

 

荻上 10年前の7倍というのはよく指摘されることですが、一番スクランブルが少なかった時期と比べているという話があったりしますよね。ただ、それでも10年前と比べれば増えている。ただし、質的な変化もあるので、今のような文脈を抑えなくてはならないのですね。

 

植木 もちろん、北朝鮮のミサイルも核兵器開発も、ずっと問題視されてきましたが、一方でかつてのソ連やアメリカは数千発の核兵器を持っていました。それに比べて数発というのはやはり随分と力にはまだ差はあるのです。ただ、問題を解決することが難しいという状況だということは事実です。

 

 

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このままでは済まされない

 

荻上 そうした中で、安保政策を転換する必要性はどこにあるのでしょうか。

 

植木 一つは、日米同盟を強化することでしょう。日本国内でも「本当にアメリカは日本を守ってくれるのか」という声が出てきます。国内だけならいいですが、よその国から見ても「アメリカは日本に協力しないのでは」と認識されると困ります。

 

荻上 「日米関係を強化する」という説明を対外的には安倍総理もしているんですが、一方で国内向けにはアメリカの戦争に巻き込まれることはないんだと言っている。「日本人の幸福が根底から覆されるような緊迫した状況」に限定して語っていますが、このあたりについてはどう評価すればいいのでしょうか。

 

植木 必ずしも日本人の命を守るということが想定されているわけではないんですね。よく、「このまま日本が何もできないままでは済まされない」と言われます。

 

これは国としてのあり方に関する議論です。つまり日本はアメリカに守ってもらえるのに、日本はアメリカを守らない、これでいいのかという議論ですね。例えば岡本行夫さんや元自衛官の香田洋二さんもこのような提起をされています。

 

あとは、守ってもらえなくなるんじゃないか、という意味での「このままでは済まされない」ですね。外務省の方もこの法案の必要性を訴えていますけれども、それは日本の発言力や影響力の低下を懸念して、外交の道具としての安全保障、軍事貢献という話です。

 

もう一つ考えないといけないことは、今起こっている変化に、アメリカの力の低下、ヨーロッパの財政問題、その他中国もインドもそれぞれの国が国内の問題を抱えていること。すると問題として考えられるのは、だんだん世界が住みにくい場所になっていくということです。

 

どこかの国で治安が乱れて、それが他の国から放置されたまま進んでいくと、国内の安定が乱れてテロの温床になっていく。更にそれが国境を越えて広まり、気が付いたら段々と人権も犯され、治安が乱れ、世界が安定しなくなる。

 

日本は世界で2、3番目に豊かな国なのに、あまり国際的・軍事的に協力していないとか、孤立主義とか、タダ乗りしているとか時々言われるのですが、私はタダ乗りできているうちは、問題はそれほど大きくないと思うんですね。

 

しかし、タダ乗りできる電車が走らなくなってしまったらどうなるか。国際システムがもたなくなるという心配はしないといけないな、と思います。それは今のことではなく、何年も先のことですが、少しずつ変化の始まりは起こっているのでしょう。

 

荻上 50年後の国際秩序を安定させるために、日本というプレーヤーがどう役割を果たしていくのかといえば、今はアメリカに守ってもらいつつ、アメリカと行動を共にすることで、覇権を維持してきたのが、プランを変更しなければならない状況に追い込まれているということですかね。

 

植木 今まではアメリカ一国が中心に引っ張ってきた国際システムですが、それがダメになる前に緩やかな形で次の体制に移行していき、ロシア、中国、インドのような国々も含めて集団で支える、安定的で協調的な体制を作っていく必要があります。

 

 

国際安全保障と『保護する責任』

 

荻上 日本の発言力が低下している今、日本の振る舞いは国際社会の中でどう見られていくのでしょうか。

 

植木 国際主義とは、自国の安全や繁栄だけを追求するのではなく世界全体のことを考え、被害者が誰であれ不正に対しては協力して戦っていくことです。それの極にあるのが孤立主義です。

 

日本は、自分が攻撃されたときだけ反撃する平和主義で、それはそれで安全保障上とても意味のあることです。ただ一面では、日本人の命は大事だけれど他の人の命が失われていても日本は何もしないんだ、ということにも繋がります。

 

R2P(Responsibility to protect)といって、国連は人間の安全保障という意味での『保護する責任』を求めています。つまり、国家がちゃんと安全を提供できない状態、あるいは国家そのものが国民を迫害しているような場合は、国際社会にその人たちを守る責任がある。

 

人道的に助けるという以上に、「責任」があるのだと言っています。世界はそっちの方向に動いていますし、「日本もその一員になってくれ」という要請はあります。そうしてみると、今回の集団的自衛権の容認について、政府は、日本国内ではもっぱら日本人の命を守るために必要なのだ、と説明していますが、諸外国は日本が国際主義に転換したと受けとめている。そこには認識のズレがあります。

 

荻上 邦人の安全を守ることに限定したとしても、邦人がどこに行っても安全に移動できるためには、国外の環境にも目を配る必要がありますよね。日本では集団的自衛権の話ばかり注目されていますが、国際的には人間の安全保障のための活動がより求められているのでしょうか 。

 

植木 考えなければならないのは、国際社会での日本の評価ではありません。日本が世界をどう見て、大事なものをどう守っていくか。それを合理的に判断し、分析することが重要になってきます。その上で「日本が一体何がしたいか」という議論は、今はほとんどされていないと思います。【次ページにつづく】

 

 

 

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