「盗聴法」改正案の問題点とは?

警察の恣意的な捜査が可能に?――安全保障関連法案をめぐり大きく揺れた国会。その陰では「通信傍受法」、いわゆる「盗聴法」に関する審議が密かに進められていた。その改正案の問題点について、ジャーナリストの青木理氏と、弁護士の山下幸夫氏が解説する。TBSラジオ「荻上チキSession‐22」2015年07月29日「安保法案の陰で審議が進む『盗聴法』改正案の問題点とは?」より抄録(構成 / 大谷 佳名)

 

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「焼け太り」は進み……

 

荻上 今日のゲストを紹介します。ジャーナリストの青木理さんです。よろしくお願いします。

 

青木 よろしくお願いします。

 

荻上 そして、刑事訴訟法に詳しい弁護士の山下幸夫さんです。よろしくお願いします。

 

山下 よろしくお願いします。

 

荻上 青木さんは6月12日放送の「上半期ニュース座談会」の中でもこのテーマをピックアップされていましたね。ようやく今回取り上げることができました。

 

青木 最近は安保法案にスポットが当てられがちで、盗聴法があまり注目されていないのが気になります。安保法案はこの国の形を変える重要な法案ですし、大いに議論すべきですが、国の形を変えるという意味では盗聴法も同じように重要な法律なのです。

 

荻上 山下さんは盗聴法の問題に長年取り組まれていますよね。1999年に成立をして随分時間が経っていますが、この間はどのような議論がなされてきたのですか。

 

山下 実はこの法律は、成立して以来、年間10件程度しか使われていません。それは警察にとって非常に使い勝手の悪い法律だったからで、長年これを変えたいと思い続けていたのです。

 

そしてようやく法制審議会の中で、「取調べを可視化するのであれば、別の証拠収集手段をください」と強く求めたことで、この通信傍受法の改正に至ったのです。

 

彼らの論理からすると取調べを可視化されると自白を取りにくくなるので、盗聴によって客観的な証拠をとる手段が必要だ、というわけですね。

 

青木 ここはある意味、核心の部分なんですね。法制審議会というのは法務大臣の諮問機関で、ここが出した答申はほぼ法制化される重要な機関です。その場でなぜこういう議論になったのか。もともとのきっかけは、2010年に大阪地検特捜部が村木厚子さん(現・厚労省事務次官)を逮捕した事件です。

 

捜査の過程では、担当の主任検事が証拠を改ざんするという大不祥事が明るみに出ました。これはあまりにひどく、何とかしなくちゃいけないじゃないかということで議論が始まり、法制審議会で刑事司法制度特別部会を作った。議論の目的は当然、捜査機関の暴走にどう歯止めをかけるか、というもののはずだったのに、いつの間にかひどい議論になっていた。

 

ざっくり言うと、法務省などの言い分というのは、なぜ証拠改ざん事件が起きたかというと、「捜査官が職務熱心だったからだ」と。冗談みたいな話ですが、本当にそう主張したんです。で、なぜ捜査官が職務熱心だとこういうことになっちゃうかというと、最近は人権意識の高まりを受けて弁護士さんたちの活動も活発になって、なかなか自白が取れない。だから職務熱心のあまり証拠まで改ざんしてしまったんだと。

 

これを解決するためには、捜査機関の権限に歯止めをかけるよりむしろ、強力な捜査手段を付与することだと。そうすれば証拠改ざんなどは起きないんだと。

 

こんな理屈が、メディアや世の中がチェックしないうちにまかり通っていって、捜査当局側の焼け太りみたいな状態になってしまったわけです。

 

 

「盗聴法」?「通信傍受法」?

 

荻上 リスナーからのメールを紹介します。

 

「まず、番組で「盗聴法」と表現しているのが気になりました。捜査の名の下に、傍受を超えて安易な盗聴が乱発される懸念が拭えないのは分かります。しかし「盗聴法」という偏った表現では意図的にリスナーに悪いイメージだけを植え付けてしまい、法律の持つメリットを含め、公平に見られなくなってしまいます。「通信傍受法」という通称を用いた上で問題点を指摘して頂きたいと思いました。」

 

青木 では「通信傍受法」が中立公平な言い方なのでしょうか。

 

実は、現行の盗聴法が議論になった当初、マスコミでは「盗聴法」という表現が用いられていました。しかし、法務省からマスコミ各社に「要請」という名の圧力がかかり、いつの間にか「通信傍受法」に表記を変えたんです。これは最近の安保法案に関しても同じですね。一部では「戦争法案」じゃないかと言われているのに、政府は「平和安全法案」と言っている。

 

あるいは「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」と言い換えたりするのもそう。ジョージ・オーウェルの『1984』には「戦争は平和である」、「自由は屈従である」なんていうフレーズが出てくるけれど、これに似ていませんか。

 

つまり、ネーミングには何が本質なのかが表れる。これを言い換えるのは本質を見誤ると思うし、お上の圧力を受けて「通信傍受法」と言い換えることの方が、僕は問題の本質をずらすんじゃないかと思いますけどね。

 

荻上 仮に、アメリカの国家安全保障局(NSA)がドイツのメルケル首相の電話を盗聴していたニュースでも、「通信傍受」と言っているのであれば、こういった意見も成立するでしょう。しかしあれは「盗聴」だとして、警察がするのは「通信傍受」だとするなら、その違いは何なのか。議論する必要があるでしょうね。

 

山下 ネーミングは非常に重要です。最近、政府側は悪いイメージを持たない名称にして法案を通そうとする傾向があります。しかし市民の側としては、この法案はおかしいと思うなら「盗聴法」という名前をきちっと使っていくべきだと思います。

 

荻上 政府側がこう報じてくださいと要請したものが、本当に「公平」で「中立」なのか。ここは重要な観点として持っておいていただいて、それぞれが好きなネーミングで呼びながら議論するのがいいのかな、という気がします。

 

 

徹夜国会を経て、ようやく成立

 

青木 振り返ってみれば、1999年は非常に重要な年でした。1995年にオウム真理教事件が起きたこともあって、国家による治安強化に向けたさまざまな動きが必要だというムードが、政府だけじゃなくメディア等でも高まってしまいました。その中で様々な治安立法が次々に通った年だったんですよね。その中の一つが盗聴法でした。

 

荻上 成立した当時は、もとの法案からかなり限定されたものになっていたんですよね。もとの法案では、どのようなものが想定されていて、どう限定されていったのでしょうか。

 

山下 当時の政府案では対象犯罪がものすごく広かったんです。また盗聴時に通信事業者の立会いが必ずしも必要とはなっていませんでした。だから警察がやりたいような内容だったんですね。しかし市民からの激しい反発があったので、当時の公明党が中心となって大幅に修正したのです。

 

本来、通信傍受法は組織犯罪三法と呼ばれていたものの一つで、組織犯罪に対処するためのものでした。修正後は組織犯罪だけを対象にするという限定で、対象犯罪は薬物犯罪、銃器犯罪、集団密行、組織的殺人という4類型だけになりました。

 

また、通信の傍受は基本的に通信事業者のところに行って、従業員が立ち会う中で行われる必要がある、と定めました。このように限定させることで、かろうじて成立したのです。

 

荻上 当時の市民はどのように反発したのですか。

 

山下 普通の市民の会話が盗聴される恐れがあり、それが市民運動や労働組合の弾圧の理由にされるんじゃないかという批判がありました。また、「通信の秘密」という、憲法が認める権利が侵害されることの不安も残りました。

 

荻上 当時は、公明党が国会の中で法案の書き換えをするようなポジションにいたのですか?

 

山下 公明党としてはなんでも取り締まりたかったわけではなく、何としてでも成立させたいなら対象を限定する必要がある、という考えだったんだと思います。それを自民党は受け入れたのです。

 

青木 当時、国会で取材していたんですが、ものすごい反発が起きていました。当時の小渕内閣は自自公政権(自民党・自由党・公明党)だったんですが、野党は猛反発し、公明党も歯止めをかけようとそれなりに頑張った。結果、徹夜国会などの議論を経て、かろうじて成立してしまったわけです。

 

 

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青木氏

 

 

対象犯罪の拡大

 

荻上 今回は現行法をどのように改正しようとしているのでしょうか。

 

山下 特徴的なのはそのネーミングです。政府は「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」といっていて、一言も通信傍受法の言葉は出てこないのです。これはまさに安保法制と同じで、一括法案という形であれこれ変える中で通信傍受法の改正案がもりこまれています。

 

その内容に関しては、現行法では4類型の対象犯罪はすべて組織犯罪そのものなのですが、今回はそれ以外の一般犯罪も含める。そういう意味ではかなり元の政府案に近づくものになっています。

 

政府の説明では「振り込め詐欺、窃盗団等に対処する必要がある」とのことだったですが、実際には詐欺と窃盗だけでなく、恐喝や強盗等の一般の財産犯も入っています。また、現住建造物等放火、爆発物の使用、逮捕監禁、略取・誘拐、児童ポルノ提供罪・製造罪等の一般の犯罪も含まれています。殺傷犯についても、今の法律では組織的殺人だけとされているのが、今回は通常の傷害罪・傷害致死、通常の殺人も入ります。

 

実は、取り締まりの要件としては「複数名による犯行であることが明らかである場合」となっており、組織犯罪の要件を少し拡張する形になっています。つまり組織性の要件は引き継がれるのですが、それが緩和されることは間違いありません。だから組織犯罪そのものでなく、一般犯罪として起こりうるものも取り締まれてしまうのです。

 

荻上 どんなものを「組織」と呼ぶのですか。

 

山下 今回の改正案では「当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体によって行われたと疑うに足りる状況」となっています。先ほど述べた組織犯罪三法の中の一つ、組織犯罪処罰法では、組織性の定義について「上下関係の中で指揮・命令されて行動した」という要件が入っていましたが、今回はそれが外されています。

 

荻上 売り手と買い手がいれば「組織」に見えるような表現ですよね。

 

山下 はい。法制審議会での説明でもあったんですが、上下関係というより対等な関係も含むということになっています。となると、いわゆる普通の共犯関係も入る形になりそうです。【次ページにつづく】

 

 

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