2015.10.09
「盗聴法」改正案の問題点とは?
警察の恣意的な捜査が可能に?――安全保障関連法案をめぐり大きく揺れた国会。その陰では「通信傍受法」、いわゆる「盗聴法」に関する審議が密かに進められていた。その改正案の問題点について、ジャーナリストの青木理氏と、弁護士の山下幸夫氏が解説する。TBSラジオ「荻上チキSession‐22」2015年07月29日「安保法案の陰で審議が進む『盗聴法』改正案の問題点とは?」より抄録(構成 / 大谷 佳名)
■ 荻上チキ Session-22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/
「焼け太り」は進み……
荻上 今日のゲストを紹介します。ジャーナリストの青木理さんです。よろしくお願いします。
青木 よろしくお願いします。
荻上 そして、刑事訴訟法に詳しい弁護士の山下幸夫さんです。よろしくお願いします。
山下 よろしくお願いします。
荻上 青木さんは6月12日放送の「上半期ニュース座談会」の中でもこのテーマをピックアップされていましたね。ようやく今回取り上げることができました。
青木 最近は安保法案にスポットが当てられがちで、盗聴法があまり注目されていないのが気になります。安保法案はこの国の形を変える重要な法案ですし、大いに議論すべきですが、国の形を変えるという意味では盗聴法も同じように重要な法律なのです。
荻上 山下さんは盗聴法の問題に長年取り組まれていますよね。1999年に成立をして随分時間が経っていますが、この間はどのような議論がなされてきたのですか。
山下 実はこの法律は、成立して以来、年間10件程度しか使われていません。それは警察にとって非常に使い勝手の悪い法律だったからで、長年これを変えたいと思い続けていたのです。
そしてようやく法制審議会の中で、「取調べを可視化するのであれば、別の証拠収集手段をください」と強く求めたことで、この通信傍受法の改正に至ったのです。
彼らの論理からすると取調べを可視化されると自白を取りにくくなるので、盗聴によって客観的な証拠をとる手段が必要だ、というわけですね。
青木 ここはある意味、核心の部分なんですね。法制審議会というのは法務大臣の諮問機関で、ここが出した答申はほぼ法制化される重要な機関です。その場でなぜこういう議論になったのか。もともとのきっかけは、2010年に大阪地検特捜部が村木厚子さん(現・厚労省事務次官)を逮捕した事件です。
捜査の過程では、担当の主任検事が証拠を改ざんするという大不祥事が明るみに出ました。これはあまりにひどく、何とかしなくちゃいけないじゃないかということで議論が始まり、法制審議会で刑事司法制度特別部会を作った。議論の目的は当然、捜査機関の暴走にどう歯止めをかけるか、というもののはずだったのに、いつの間にかひどい議論になっていた。
ざっくり言うと、法務省などの言い分というのは、なぜ証拠改ざん事件が起きたかというと、「捜査官が職務熱心だったからだ」と。冗談みたいな話ですが、本当にそう主張したんです。で、なぜ捜査官が職務熱心だとこういうことになっちゃうかというと、最近は人権意識の高まりを受けて弁護士さんたちの活動も活発になって、なかなか自白が取れない。だから職務熱心のあまり証拠まで改ざんしてしまったんだと。
これを解決するためには、捜査機関の権限に歯止めをかけるよりむしろ、強力な捜査手段を付与することだと。そうすれば証拠改ざんなどは起きないんだと。
こんな理屈が、メディアや世の中がチェックしないうちにまかり通っていって、捜査当局側の焼け太りみたいな状態になってしまったわけです。
「盗聴法」?「通信傍受法」?
荻上 リスナーからのメールを紹介します。
「まず、番組で「盗聴法」と表現しているのが気になりました。捜査の名の下に、傍受を超えて安易な盗聴が乱発される懸念が拭えないのは分かります。しかし「盗聴法」という偏った表現では意図的にリスナーに悪いイメージだけを植え付けてしまい、法律の持つメリットを含め、公平に見られなくなってしまいます。「通信傍受法」という通称を用いた上で問題点を指摘して頂きたいと思いました。」
青木 では「通信傍受法」が中立公平な言い方なのでしょうか。
実は、現行の盗聴法が議論になった当初、マスコミでは「盗聴法」という表現が用いられていました。しかし、法務省からマスコミ各社に「要請」という名の圧力がかかり、いつの間にか「通信傍受法」に表記を変えたんです。これは最近の安保法案に関しても同じですね。一部では「戦争法案」じゃないかと言われているのに、政府は「平和安全法案」と言っている。
あるいは「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」と言い換えたりするのもそう。ジョージ・オーウェルの『1984』には「戦争は平和である」、「自由は屈従である」なんていうフレーズが出てくるけれど、これに似ていませんか。
つまり、ネーミングには何が本質なのかが表れる。これを言い換えるのは本質を見誤ると思うし、お上の圧力を受けて「通信傍受法」と言い換えることの方が、僕は問題の本質をずらすんじゃないかと思いますけどね。
荻上 仮に、アメリカの国家安全保障局(NSA)がドイツのメルケル首相の電話を盗聴していたニュースでも、「通信傍受」と言っているのであれば、こういった意見も成立するでしょう。しかしあれは「盗聴」だとして、警察がするのは「通信傍受」だとするなら、その違いは何なのか。議論する必要があるでしょうね。
山下 ネーミングは非常に重要です。最近、政府側は悪いイメージを持たない名称にして法案を通そうとする傾向があります。しかし市民の側としては、この法案はおかしいと思うなら「盗聴法」という名前をきちっと使っていくべきだと思います。
荻上 政府側がこう報じてくださいと要請したものが、本当に「公平」で「中立」なのか。ここは重要な観点として持っておいていただいて、それぞれが好きなネーミングで呼びながら議論するのがいいのかな、という気がします。
徹夜国会を経て、ようやく成立
青木 振り返ってみれば、1999年は非常に重要な年でした。1995年にオウム真理教事件が起きたこともあって、国家による治安強化に向けたさまざまな動きが必要だというムードが、政府だけじゃなくメディア等でも高まってしまいました。その中で様々な治安立法が次々に通った年だったんですよね。その中の一つが盗聴法でした。
荻上 成立した当時は、もとの法案からかなり限定されたものになっていたんですよね。もとの法案では、どのようなものが想定されていて、どう限定されていったのでしょうか。
山下 当時の政府案では対象犯罪がものすごく広かったんです。また盗聴時に通信事業者の立会いが必ずしも必要とはなっていませんでした。だから警察がやりたいような内容だったんですね。しかし市民からの激しい反発があったので、当時の公明党が中心となって大幅に修正したのです。
本来、通信傍受法は組織犯罪三法と呼ばれていたものの一つで、組織犯罪に対処するためのものでした。修正後は組織犯罪だけを対象にするという限定で、対象犯罪は薬物犯罪、銃器犯罪、集団密行、組織的殺人という4類型だけになりました。
また、通信の傍受は基本的に通信事業者のところに行って、従業員が立ち会う中で行われる必要がある、と定めました。このように限定させることで、かろうじて成立したのです。
荻上 当時の市民はどのように反発したのですか。
山下 普通の市民の会話が盗聴される恐れがあり、それが市民運動や労働組合の弾圧の理由にされるんじゃないかという批判がありました。また、「通信の秘密」という、憲法が認める権利が侵害されることの不安も残りました。
荻上 当時は、公明党が国会の中で法案の書き換えをするようなポジションにいたのですか?
山下 公明党としてはなんでも取り締まりたかったわけではなく、何としてでも成立させたいなら対象を限定する必要がある、という考えだったんだと思います。それを自民党は受け入れたのです。
青木 当時、国会で取材していたんですが、ものすごい反発が起きていました。当時の小渕内閣は自自公政権(自民党・自由党・公明党)だったんですが、野党は猛反発し、公明党も歯止めをかけようとそれなりに頑張った。結果、徹夜国会などの議論を経て、かろうじて成立してしまったわけです。
対象犯罪の拡大
荻上 今回は現行法をどのように改正しようとしているのでしょうか。
山下 特徴的なのはそのネーミングです。政府は「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」といっていて、一言も通信傍受法の言葉は出てこないのです。これはまさに安保法制と同じで、一括法案という形であれこれ変える中で通信傍受法の改正案がもりこまれています。
その内容に関しては、現行法では4類型の対象犯罪はすべて組織犯罪そのものなのですが、今回はそれ以外の一般犯罪も含める。そういう意味ではかなり元の政府案に近づくものになっています。
政府の説明では「振り込め詐欺、窃盗団等に対処する必要がある」とのことだったですが、実際には詐欺と窃盗だけでなく、恐喝や強盗等の一般の財産犯も入っています。また、現住建造物等放火、爆発物の使用、逮捕監禁、略取・誘拐、児童ポルノ提供罪・製造罪等の一般の犯罪も含まれています。殺傷犯についても、今の法律では組織的殺人だけとされているのが、今回は通常の傷害罪・傷害致死、通常の殺人も入ります。
実は、取り締まりの要件としては「複数名による犯行であることが明らかである場合」となっており、組織犯罪の要件を少し拡張する形になっています。つまり組織性の要件は引き継がれるのですが、それが緩和されることは間違いありません。だから組織犯罪そのものでなく、一般犯罪として起こりうるものも取り締まれてしまうのです。
荻上 どんなものを「組織」と呼ぶのですか。
山下 今回の改正案では「当該犯罪があらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体によって行われたと疑うに足りる状況」となっています。先ほど述べた組織犯罪三法の中の一つ、組織犯罪処罰法では、組織性の定義について「上下関係の中で指揮・命令されて行動した」という要件が入っていましたが、今回はそれが外されています。
荻上 売り手と買い手がいれば「組織」に見えるような表現ですよね。
山下 はい。法制審議会での説明でもあったんですが、上下関係というより対等な関係も含むということになっています。となると、いわゆる普通の共犯関係も入る形になりそうです。
いつでもどこでも傍受が可能に
荻上 対象範囲が拡大されるということは、これから盗聴の活用事例や捜査事例が増えることを前提にした方がいいんですね。
青木 ええ。今回の改正案について僕は、「盗聴捜査の全面解禁」に近い内容だと受け止めています。例えば窃盗は、警察が年間に把握する全犯罪の実に7割を占めています。つまり警察が「組織性あり」と断ずれば、およそありとあらゆる犯罪で盗聴捜査が行われることになりかねない。しかも今回の改正案は、従来の盗聴法にあった歯止めをさらに外そうとしています。
山下 今回大きく二つの改正があって、一つは対象犯罪の拡大。これは法律が成立して官報に掲載されてから6ヶ月以内に施行されます。もう一つは、警察本部において立会人無しで盗聴できるというもので、これは三年以内に施行されます。なぜこれだけ期間が設けられているのかというと、盗聴を記録したものを暗号化する機械を作らないといけないからです。
とりあえず対象犯罪が拡大しただけだと年間数百件というくらいかもしれないが、立会いがなくなると一気に増えて、下手したら数千件に及ぶ可能性があると思います。そういう意味では、こちらの方が今回の目玉となっています。
荻上 暗号化するということは、警察は「外には漏れませんよ」と言いたい。
山下 改正後は、盗聴した記録をインターネットで通信事業者から警察本部に送って傍受する方法も考えられています。その際に暗号化する必要があるのです。通信事業者と全国の警察署を結ぶ専用回線があれば問題がないのですが、ある業者に警察庁が委託して調査したところ、専用回線を引くには30〜40億程度かかるということでした。
荻上 その専用回線で得たデータをUSBに入れて別のパソコンで作業したりしたら、この前の「漏れた年金」みたいな問題になりかねないですよね。
山下 法律の建前としては、伝送されたものは一回聞いたら消さないといけないことになっています。
荻上 自動的に消えるシステムにするのか、それとも警察の自治的な性善説に則った運用で「消しますよ。だからOKです」というものなのかで随分違いますよね。
山下 おそらくそれはソフトの仕様で自動的に消すようにするんだと思いますが、まだはっきりしない部分ですね。別のところでそれをコピーして使用するのはいけないことになっていますが、それはどれだけ担保されているのか疑問は残るところです。法律でかなり細かく、こういう機能を持たなければならない、と書き込む形になっているのですが。
荻上 そうした様々な準備が整ったところで立会無しで盗聴が可能になると、なぜ活用事例が急激に増えてしまうのでしょう。
山下 実は現在、KDDI、NTT、softbankなどの通信を傍受できる場所は東京に一箇所ずつしかないんです。だから地方の警察はわざわざ東京に来てやっています。
例えば、原則10日間と決められている中で傍受のために2時間ごとに立会人を確保するとなると、あらかじめ相談して人を探してもらって、立会人の確保を確認したところで令状を取ります。この手続きがものすごい大変なんですね。これが現在年間10件しかない理由となっています。3年以内に各警察本部で傍受が可能になると、これまでと違っていつでもどこでもできるようになる。ここが最大の問題です。
しかも、今まではリアルタイムで盗聴していたんですが、今回の法律ではあらかじめ保存したものを傍受することになります。10日間分をあらかじめ保存しておきまして、10日後にゆっくり聞く。捜査では緊急性が必要なのに、本末転倒な気がするのですが…。電話の会話が10分しかなかった場合はその10分だけ、該当性判断のための傍受をすればいい。時間も手間もいらない、人の配置も必要ないお手軽な傍受ができるので、警察としては効率が良いということになります。
聞かれていたかどうかは分からない
荻上 なにを盗聴したかは後で開示されるのですか。
山下 一応、この法律は国会に毎年実施状況を報告する義務がありますので、その件数と、どういう犯罪についてやったか、何人逮捕したか等は開示されます。
ここ数年の傾向をいいますと、実際盗聴してみたけど一件も犯罪関連通信がなかったという件数がだんだん増えてきています。要するにヒット率が下がってきているのです。これは犯罪者の方の技術が進歩してきて携帯電話を複数個使い分けたりするので、警察の方がターゲットを絞りきれていないことが考えられます。
また、犯罪に関係する通信をした人には通知する制度というのがありまして、一ヶ月以内に原則として通知することになっています。しかし関係のない通話を聞かれた人には明らかにされないんですね。聞かれていたことはわからないわけです。
荻上 盗聴したログはすべて残しておく義務があるのでしょうか。
山下 聞いた履歴はすべて裁判所に保管することになっています。現行法では、電話がかかってきてまず最初のほうを聞くんですね。そこで犯罪に関係するかどうか判断する。関係なければ自動的に切れます。で、また聞く。それで関係あれば、あるスイッチを押すと続いて聞ける。関係なければまた自動的に切れる…それが繰り返されて、録音されたものが記録媒体に残ります。それが裁判所に保管される。
関係ないのにずっと聞かれたとしても、それは裁判所に残ることになります。しかし、聞かれたけど関係なかったものは一切通知がこないので、裁判所にあるとは分からないんですよね。
荻上 たとえば、「もしかしたら盗聴されているかも」という懸念から情報公開を求めた場合は、裁判所は応じてくれますか?
山下 裁判所としては、通話をもらっていない人にその資格があるかどうかというところで切ってしまう可能性は高いですね。
荻上 盗聴した記録の利用範囲は法律で定められているんですか。
山下 警察・検察の手元には犯罪に関係するものだけが残され、捜査に関係するもののみ、使うことができます。例えば、取り調べの時にその記録を示して自白を強要するケースがあります。また、盗聴時に犯罪と関係がないと判断した記録を別の捜査に使うことは許されません。
荻上 データとしては保存してはいけないことになっていても、そこで知った情報を手書きでファイルに記録したり、報告書を作ることもできますよね。
山下 そういうことをしていいとは書かれていませんが、やっている可能性はゼロではないですね。聞かれたくないことを聞かれたとして、それを使って脅迫したり、自白を強要することもあるかもしれません。
荻上 電話の話がメインですが、メールやLINEなどのSNSでのやり取りも含まれるんでしょうか。
山下 一応、電子メールも対象にしています。ただし、実は電子メールは今まで一件も盗聴されたことはないんですね。警察・検察の捜査の現場では、送る人側のプロバイダーのサーバーから受ける人側のサーバーに届いた瞬間に通信は終わっています。
ですから、まだ自分のプロバイダーからデータを読みだしていなくても、その時点で通信ではなく単なるパソコンのデータに過ぎないのです。
そこは通信傍受法ではなくて、検証許可状や捜索差押許可状を使って差押等をしていると考えられます。この場合は対象犯罪の限定がありませんので、実は相当取っていると思うんですね。
荻上 今回の改正でその点はどうなるんですか。
山下 同じです。今回はむしろ電話を中心に議論されていて、あまりネットの扱いは変わりません。しかしSNSも対象になるという答弁はされています。
「治安維持」そのものが変わってしまう
荻上 もともと通信傍受法は、1999年に治安関連の法律がたくさんできた中の一つとして生まれたんですよね。最近だと特定秘密保護法や安保関連の法案が議論されていますが、その中で通信傍受法改正が位置づけられる意味とはどういったものなのでしょう。
青木 いずれにも共通するのは、国家による治安・国民統制・監視機能の大幅な強化という点でしょう。警察にせよ、検察にせよ、捜査機関で捜査にあたっている人々は、別に悪人ばかりじゃない。大半が職務熱心なのは間違いない。
しかし、時にはとんでもないほどの悪行に平然と手を染めることがある。大阪地検特捜部の証拠改ざんなどはどの一つだし、組織全体が暴走した際はもっとひどいことになります。また、洋の東西や社会体制の左右を問わず、国家の治安機能などが増強されると、それに反比例する形で国民や市民の自由は確実に制限されていく。この点は十分に注意しなくてはいけません。
事実、警察は過去に違法盗聴を平然と行なっていました。その一例が、80年代に共産党幹部だった緒方靖夫さんの自宅の電話が盗聴されていた事件です。警察の公安部門は共産党を「危険団体」と睨んでいるから、情報収集名目で盗聴していたわけです。
警察にしてみれば「治安維持のため」ということになるのでしょうが、そういう歪んだ“正義感”が暴走すると、とんでもないことになりかねない。しかも警察庁は、いまに至るも「警察は盗聴などと言われることは過去に一度もしていない」と言い張っています。そんな警察組織の盗聴捜査に合法化のお墨付きを与えて大丈夫なのか。
それからもう一つは、今後は幅広い一般市民が盗聴捜査の対象になるだろう、ということです。ごく一例を挙げれば、警察は今回の改正を「振り込め詐欺の捜査にも有効」と訴えています。末端は捕まえられるが、なかなか首謀者にたどり着けないから、盗聴によって首謀者までさかのぼりたいんだと。
そうなると、例えば自分の知り合いとか、飲み屋でたまたま名刺交換して何度か電話交換した人の中に振り込め詐欺の末端メンバーがいたとして、そいつが警察に捕まれば、首謀者を捕まえるためと称して盗聴捜査が幅広く展開されるでしょう。当然、何度か電話でやりとりした人物や、ラインやメールで連絡を取った人物は片っ端から盗聴捜査の対象になります。すると、誰もが無縁じゃなくなる。
山下 振り込め詐欺は「受け子」と呼ばれる人達が摘発されることが多いんですよね。彼らはアルバイト感覚でやってる場合が多くて、本来の組織犯罪の末端というよりは、利用されてやっているわけですよ。盗聴法が怖いのは、こういう人をターゲットにして、その人に電話してくる人全てを傍受できるわけですから、関係のない人たちがかなり傍受されてしまう可能性があるからです。
しかも、法律上はかけてきた人の電話を逆探知して、それが誰なのか調べられることになっていますので、そこで色んな人の個人情報が取れるわけです。それらが捜査対象になっていくことで、ごく普通の市民の方々までもが巻き込まれてしまう恐れがあります。
荻上 治安維持のあり方そのものが根本から変わるということですね。成立した当時は公明党が歯止めをかけたという話がありましたが、今回はどうなんでしょう。
山下 そういった動きはないと思います。野党からは、修正案として警察署で傍受すべきでないとか、対象犯罪を限定するべきだとか意見は出されていますが。何せ圧倒的に与党の数が多いですから、通る可能性は極めて高いと思います。
プロフィール
青木理
ジャーナリスト、ノンフィクション作家。主な著書に『日本の公安警察』(講談社現代新書)、『絞首刑』(講談社文庫)、『トラオ』(小学館文庫)など多数。近著に『抵抗の拠点から 朝日新聞「慰安婦報道」の核心』(講談社)、『ルポ国家権力』(トランスビュー)がある。
山下幸夫
1962年生れ。1989年から弁護士(東京弁護士会所属)。日弁連の刑事法制委員会事務局長、共謀罪法案対策本部事務局長など。著書(共著)に『盗聴法がやってくる』『盗聴法がやってきた』(現代人文社)などがある。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。