自民党のメディア戦略はどう変わってきたのか

メディアと政治の関係を考えさせられるニュースがこの一年で相次いだ。NHK番組「クローズアップ現代」のやらせ問題をめぐる、放送倫理・番組向上機構(BPO)との応酬など、自民党のメディア戦略はこれまでとは大きく変わっているようだ。こうした変化はどのような背景で生まれてきたのか。また、メディアの側は政治権力にどう対応してきたのか。立教大学兼任講師の逢坂巌氏と、東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授の西田亮介氏が語り合う。TBSラジオ「荻上チキSession22」2015年11月13日(金)「自民党のメディア戦略」より抄録。(構成/大谷佳名)

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

「安倍2.0」――メディアへの復讐が始まった

 

荻上 今日のゲストをご紹介いたします。まずは、立教大学兼任講師で、『日本政治とメディア テレビの登場からネット時代まで』 (中公新書)などの著書がある、逢坂巌さんです。

 

逢坂 よろしくお願いします。

 

荻上 そして、東京工業大学・大学マネジメントセンター准教授で、『メディアと自民党』(角川新書) などの著書がある西田亮介さんです。

 

西田 よろしくお願いいたします。

 

荻上 NHK「クロ現問題」をめぐって、BPOと自民党との応酬が続いています。この状況について、どうお感じになりますか。

 

逢坂 段階を踏んで、メディアと政治の関係は変わってきました。1993年の椿事件では、テレビ朝日の取締役報道局長であった椿貞良氏が「非自民政権が生まれるように報道せよ」と指示したとされ、大きな問題になった。それ以来、はじめて表立った議論がなされつつあります。この際、新しいメディア環境と政治の関係についてオープンに議論すべきです。

 

西田 僕は、政治の側がメディアに攻勢をかける姿勢を隠さなくなった、という印象を持ちました。かつては、より広く情報を発信できるメディアやジャーナリズムの力が強かった。一方で政治の側はメディアを通さず、直接情報を発信することはできませんでした。自分たちの意見を世に出していきたいのなら、メディアと一定の信頼関係を築く必要があった。そのためには露骨なプレッシャーを我慢しなければならない局面もあったということです。

 

最近は、特に第二次安倍内閣においては、そういうことに対して躊躇しなくなったように感じます。直接発信可能なネットが普及し、また政治的な緊張感も緩んでいるのでしょう。さらに自民党の中でも野党との関係においても、かつてのような競合関係がなくなってしまった。ですから、露骨にプレッシャーを表に出しても、どうせ自民党に取って代わるものはない、と遠慮しなくなったのだと思います。

 

荻上 自民党政権が復活した後の反動が、メディアとの距離感にも変化をもたらした。また、野党の責任も実は大きいということですね。第一次安倍内閣と第二次安倍内閣のメディア戦略の変化はお感じになりますか。

 

逢坂 僕は「安倍1.0」から「安倍2.0」にバージョンアップしたと考えています。第一次安倍政権は、メディアが政治を支配していた時代でした。今は政治がメディアを「支配」している。マスメディアに対する安倍さんたちの復讐が展開しているように思います。

 

西田 僕もほぼ同じような見立てをします。まさに1.0から2.0、つまりリニアな変化であり、延長線上にあります。第一次安倍内閣や、それ以前の小泉内閣の中で様々な試みがなされて、そこには数々の失敗もあった。それらが修正されて、洗練されていったとみています。

 

 

メディアと自民党の「慣れ親しみの関係」

 

荻上 もともと、メディアと自民党の関係はどういった距離感だったのでしょうか。

 

西田 最近『メデイアと自民党』(角川新書)という本を出しましたが、その中では「慣れ親しみの関係」と形容してみました。つまり、メディアと政治の双方がお互いのことをよく知って、密接なコミュニケーションをしている関係があった。そして中長期にわたって両者の利害が均衡する、「慣れ親しみの関係」を築きあげていく歴史的な背景がありました。ときどきは両者に緊張関係が生じることもありましたが、メディアの政治部と個々の政治家は深い関係を築いていたと言えます。

 

荻上 例えば「番記者」と呼ばれる、特定の政治家と密接なつながりを持つ記者もいます。あるいは記者クラブが各省庁、各党、国会にも設置されている。このように記者と政治家が触れ合う場が設定されているのは、慣れ親しみの関係を作る効果を生んでいるのでしょうか。

 

西田 そうです。メディアと政治の慣れ親しみの関係は、これは一般の視聴者にとっては必ずしも望ましいとは限りません。たとえばメディアはインフォーマルな情報を共有していても、それは表に出さないように遠慮したりするからです。両者が長期の安定した関係を継続したいからですね。メディアは政治の特別な情報を知りたいし、政治の側も自分たちの意図を長期的に安定して発信していきたい。それを満たすような、均衡した関係を形成してきた。

 

荻上 より露骨に言えば、馴れ合いを生みやすい関係性をずっと作っているんですね。例えば政治家と記者が食事をするのはどうなのでしょうか。

 

西田 食事のみならず、車に同乗するとか、家に押しかけて一緒に酒を酌み交わすとか、そういったことを含めて極めて密な関係性を築いてきました。多くの政治記者の回顧録に明記されています。それが主流の政治報道の姿ですね。

 

荻上 メディアとの会食の回数については以前、首相動静で数えたことがあります。現在の安倍総理の回数は、平均値と同じくらいでした。ですから他の首相と比べて多いわけでは決してありません。しかし、これまで歴代総理はメディア関係者と会食し、情報を交換し続けてきた歴史があるんですね。

 

 

90年代以降の「政治のメディア化」

 

逢坂 昔の自民党は五大派閥に権力があって、そこに番記者が張りついて取材をしていました。しかし、だんだん派閥が弱くなり、官邸の力が強くなっていった。このため、メディアにとって自民党との関係というよりも、官邸の取材をいかにするか。一方、官邸もメディアとの関係をどう築いていくかが、問題になってきました。

 

この変化は1990年代以降の20年間くらいで、段階的に起こってきたものであり、「政治のメディア化」が進んできた結果だと思います。すなわち政治がメディアを気にするような状況が展開してきた。これは1980年代以降欧米でも起こったと言われています。

 

だんだんと組織の力が弱まり、政党のグリップも緩くなっていく。日本でも同様で、無党派が多くなってきました。そうすると、マスメディアを通じたアピールが重要な状況になり、政治の方もメディアのロジックに従わざるを得なくなる。こうして相対的にメディアの力が強くなるなか、政治家たちも苛立ちを募らせます。

 

荻上 80年代くらいから、いわゆる「テレビ・ポリティクス」が始まり、テレビの前でいかにアピールするかがセットされていきました。おそらくその後も、基本的にはメディアに対する意識付けが政治家の中に埋め込まれているのだと考えられます。2000年代以降の昨今の変化についてはいかがでしょうか。

 

西田 80年代、例えば日本でも中曽根内閣のスピーチライターに劇作家の浅利慶太が活用されたり、メディアに対するアピールが顕著になっていきました。やがて政治の流動性が高くなった90年代以降、特に2000年代以降のネットの普及によって、ますますその傾向は加速したと思います。というのも、ネットというメディアは従来の規範や慣れ親しみの関係を築くようなルールが全く通じないものだったからです。

 

さらに90年代の後半から2000年頃にかけて、そのころは与党に限らず野党も、PR会社などと関係を持つようになりました。どうすれば自分たちの意図をメディアで取り上げてもらえるのか、広報戦略の開発が本格化したのはこのころです。これが安倍首相の姿勢の原点になったとみています。

 

荻上 2000年代といえば、「小泉旋風」がありましたよね。この辺りの変化は大きいのでしょうか。

 

西田 そのとおりだと思います。一般的に小泉内閣の強さは小泉純一郎のパーソナリティーによるものだと理解されがちですが、拙書『メディアと自民党』で詳述したように、その背後で様々な広報戦略が開発されていました。党と官邸の中に組織を作り、その中で「戦略PR」と言われる手法を開発していた。つまり、集団的な体制というアプローチが始まった意味では、そのころに今の原点を見出すことができます。

 

荻上 メルマガを初めて使った首相は小泉首相ですよね。その形式を後の総理が引き継いでいった。政治家の声を直接届けることができる、ネットを活用した走りにもなりました。

 

 

チーム安倍の高い広報マインド

 

荻上 こんな質問メールが来ています。

 

「自民党のメディア対策というと、世耕弘成議員の名前がよく出ます。世耕グループは実在するのですか?」

 

逢坂 今は世耕さんというよりも、第一次安倍政権でマスメディアに敗れた人たちが戻ってきて、安倍2.0における「チーム安倍」として活動しているのだと思います。第一次政権では、郵政造反組復党問題、年金問題、選挙期間中の失言などが、ずっとテレビや新聞で盛んに批判されました。その度に支持率が下がりましたが、政権はメディアに攻め込まれるだけで、有効なアプローチができませんでした。

 

しかし第二次安倍政権では、それらを経験しメディアやコミュニケーションに対するマインドがとても高くなった政治家や官僚たちが戻ってきています。世耕さんも一次政権で失敗を経験し、現副総理兼財務大臣の麻生太郎さんもメディアに追われた過去があります。現政務秘書官の今井尚哉さんも第一次安倍内閣で広報を担当していましたし、菅義偉さんも第一次安倍政権での総務大臣や福田政権や麻生政権の時には選挙を担当し、マスメディアの「攻撃」を経験している。

 

とはいえ中でも、一番マスメディアへのマインドが「高い」のは安倍さんでしょう。一時期はネットでも「下痢ピー総理」とかひどい書き方をされて、個人としても非常に傷つけられた。ある意味、報道被害者のような側面が安倍さんにはあります。だから、今はチーム世耕ではなくチーム安倍として、意識的なコミュニケーションを行っているのだと思います。

 

西田 最近は世耕氏がまったく表に出てこなくなり、実態が分かりにくくなってきましたよね。だからこそ、安倍さんが存在感を発揮するのではないかと推測できます。小泉内閣のころは世耕さんご自身がメディアの場に出てきて、ご著書も書かれていた。今は表に出てこなくなっている。黒子に徹している印象です。

 

広報マインドが官邸や自民党の中で強く意識されていて、それによって多元化していると思います。マインドが政治と政党の中に根付いたことによって、個人の能力というよりも、組織的な力が強くなっている。つまり、官邸と政党の取り組みが洗練されているのだと思います。

 

荻上 特に世耕さんはネット戦略との絡みで語られることも多かったですよね。その後、自民党や官邸のネット戦略は定着してきたのでしょうか。

 

西田 そうですね。例えば、選挙の時に「Truth Team(T2)」という組織的な取り組みをしたこともあり、ネット戦略は定着したのだと思います。これはどういう組織かと言いますと、まずネットのトレンドや話題のキーワードについて、その評価がポジティブなのかネガティブなのかをモニタリングする。それを演説などの場で活かすため、どういうメッセージを出すとポジティブな影響を与えるのか分析し、各選挙対策委員会や個々の議員に送り返していきます。

 

荻上 自民党は「ネットサポーターズクラブ」という肩書きでTwitterで活動する人もいて、様々な形でネット対策に力を入れていますね。

 

西田 『メディアと自民党』でも指摘したとおり「Truth Team(T2)」の分析はむろんまだまだ改善の余地も多数あると同時に、最近はネットが政治に与える直接的影響が限定的なものであるという認識が広まったことでやや消極的になったこともあり、自民党でさえ組織的なネット戦略の取り組みはまだ完成されていませんが、コストの面でも、一番力を入れているのは自民党だと思います。【次ページへつづく】

 

 

 

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