外交政策はいつどうして変わるのか?

国家の外交や対外政策はいつ、どのようにして変化するのか。そうした問いの視角からは、いまの東アジア情勢はどうみえるのか――安全保障問題の世界的な権威であり、現在北海道大学法学研究科に招聘されているウェルチ氏に、日本政治を専門とする佐々田博教氏がインタビューした。(構成 / 吉田徹)

 

 

佐々田 『苦渋の選択』はこれまで国際政治学のように、国家が「どう動くか」ではなく、国家の「対外政策の変化」、あるいはそのパターンに焦点を当てています。

 

ウェルチ 国際政治学でも、国家が「どう動くか」についてのきちんとした一般理論はありません。あるのはいかに国家が「動かない」かについての理論だけです。有名な「デモクラティック・ピース」(民主国家同士は戦争しないという説)にしても、国家が「動かない」ことを前提にしています。しかも国が戦争をしない理由を説明するものですから、国際紛争がいつ、どのようにして起きるのかは説明できません。

 

国家の行動は、国際、国内、組織、指導者がどうあるのか、時々の状況に応じて変わるため、理論的な一般化には向きません。ただし、国の対外政策が大きく変化するのは稀なことで、大体は同じ方向に進んでいきます。だからこそ、どういう時に国の対外政策が大きく変わることになるのかを問うことが大事になってきます。それというのも、国際紛争は対外政策が変化する時にこそ生じやすいからです。

 

 

デイヴィッド・A・ウェルチ氏

デイヴィッド・A・ウェルチ氏

 

 

リスクの回避からリスク受容への変化なぜ生じるか

 

佐々田 この本は合理的選択論やリアリズムと距離をとって、組織理論や認知心理学、プロスペクト理論といったあまり聞きなれない概念を使って、対外政策の変化を説明しようとしていますね。

 

ウェルチ 国家はとても大きくて複雑で、それゆえ慣性にしたがって動きます。だから、なぜ変化が起きないのかを説明する組織理論は、対外政策がなぜ慣性にしたがって動くかを説明するだけでなく、どのような条件なら変化が生じるのかの説明に役立ちます。対外政策が結果として合理的であっても、その背後には人々の感情やストレスがあります。一般的に、人は変化を嫌うものです。それでも、それまでと大きく異なる選択をせざるを得ないのはなぜなのか、それを説明するには認知心理学などの「ポスト合理的選択論」の領域が必要になってきます。

 

プロスペクト理論も、人が大きな損失を被ると予感した時、それを回避するためにあえてリスク取るのだ、とする行動経済学の理論です。国家がそれまでの政策を劇的に変えて、リスクをとるようになる、そのような時にこそ、国家の外交は変化します。

 

佐々田 そのように考えたとして、国際政治、あるいは一般的に外交に携わる政策決定者が参考にすべき点があるとすれば何でしょうか。

 

ウェルチ ひとついえるのは、国家が場当たり的に政策を変える場合、リスキーな選択はしないので、心配には値しないということです。たしかに場当たり的に対応してリスクを取ろうとする指導者がいないわけではありません。イラク大統領だったサダム・フセインはその典型かもしれない。でも一般的には、損失を回避しようとしてそれまでの方針を大きく変える「苦渋の選択」こそが大きな悲劇をもたらします。

 

それゆえ、誰がなぜ、どのような損失に苦しんでいるのか、ということにこそ注意を払う必要があります。これは危機管理にとって大事な視点です。政策決定者が自分たちの損益の分岐とみなす「参照点」がどこにあるのか、彼らが「これ以上の不正義や損失は受け入れられない」と仮定する状況とはどのようなものかをきちんと把握しなければなりません。彼らがそう宣言する時、その言葉は真面目に受け取った方がよい。

 

したがって、国家間交渉でも、交渉術でいうところの「相手が譲れない線」がどこにあり、「交渉可能な範囲」がどこにあるのか見定めることが死活問題になってきます。交渉術に通じている人々ならば、この本から学ぶことは余りないかもしれない。でも、外交安保のインテリジェンス・コミュニティはまだこうした理論に馴染みがありません。

 

佐々田 ここでいう政策決定者が受入れ可能なものが決まる「参照点」というのは、どのように形成されるものなのでしょうか。

 

ウェルチ いい質問です。というのも、参照点がどう形成されるかについてはまだ十分な説明がないからです。一般的には、その人が暮らしてきた文化的なもの、その人の個人的な信念などが形成に寄与します。ロシアのニコライ1世がクリミア戦争に火蓋を切ったのは、彼の信念や条約の解釈を間違えた結果でした。参照点は理論から演繹されるものではありません。

 

佐々田 この本ではベトナム戦争などのケースから、ジョンソン大統領やマクナマラ国防長官といった政策決定者が損失の程度を見誤ったために、非合理でリスク受容的な決定を下していったことが説明されています。政策決定はなぜこのような間違いを犯すのでしょうか。

 

ウェルチ 自国の損失の程度を過大に見積もってしまうためです。たとえば1941年に日本が太平洋戦争に突入してリスクをとったのも、アメリカの経済封鎖によって日本は立ち行かなくなるからとの判断があったからです。でもいまでは、そうした認識は誤りだったと、多くの歴史家の手によって明らかになっています。

 

最近では、韓国がアメリカのミサイル防衛システム(MD)に参加したことが、中国の安全保障を損なうものだとする中国当局の見方も、脅威を過剰に見積もった事例でしょう。その逆に、南シナ海への中国の海洋進出の脅威は、各国政府やメディアで強調され過ぎている脅威です。中国が南シナ海での領有権を主張しているのはいまになってからのことではありません。

 

しかも、中国は領有権が認められなければ武力行使するぞと脅かしをかけているわけでもない。国家の意図や動機が明確でなく、それが攻撃的なものだと仮定されてしまった場合、相手が為すこと言うこと、すべてが脅威に感じられます。他方で、南シナ海問題も中国の自信の表れではなく、不安の表れだと解釈すれば、その行動はまったく違ってみえてきます。しかし、対外政策が劇的に変われば、その影響は広範囲に及ぶことになります。【次ページにつづく】

 

 

 

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