戦争は誤算で起こる!?――「抑止力」と今後の東アジア情勢

 

3月29日、安保法制が施行された。抑止において、安保法制はどれほど有効なのか? そして、日本がこれからとるべき戦略とは? 元防衛官僚の柳澤協二氏、安全保障が専門である植木千可子氏、東京財団研究員の小原凡司氏が語り合う。NHK出版新書特別セミナー2015年12月18日(金)三省堂書店神保町本店2階特設会場「『抑止力』幻想と東アジア安全保障の実際」より抄録。(構成/山本菜々子)

 

 

安保法制4つの疑問

 

柳澤 本日は植木さんと小原さんのお二人に来ていただき、今後の「抑止力」と東アジア情勢についてお話できればと考えております。まず、私から今回の安保法制について問題提起をさせてください。

 

私が安保法制に賛成できない理由はいくつかあります。

 

1点目は、抑止論についてです。安倍総理は、「この法案でアメリカの船を護ることにより一体化が明らかに示され、抑止力が高まるから戦争になることがない」と言っています。

 

でも、私はいいとこ取りの理論だと思っています。アメリカの船を守ることは、アメリカの船を攻撃する国にとって敵になることです。かえって日本を攻撃するインセンティブを与えかねない。だから、戦争に巻き込まれてしまう、という論理だって成り立つわけです。

 

結局、抑止力はなにを抑止しているのか。今、南シナ海で起きていることで特徴的なのは、「サラミスライス戦略」と呼ばれるものです。中国はアメリカが軍事的にはっきりとした対応を取れない形で南沙諸島での人工島建設計画をやってきました。

 

埋め立てが終わったあと、アメリカはイージス艦を一隻出しました。イージス艦は、防御には優れていますが、地上に対する攻撃能力はもっていない船です。ですから、戦争を挑発するというよりも、本気で戦争はしないとメッセージを出しているのではないか。中国も口では非難しているけれど、以前やったように、軍艦の進路を力づくで妨害するような行動は取っていない。

 

海上自衛隊と米海軍の大規模演習の直後、中国の情報収集艦が尖閣の接続水域に出没したというニュースがありましたが、「手薄になった尖閣はどうするんだ」というメッセージを出しているのかと私は見ました。

 

最初は、自衛隊もパトロールとして出すべきだという議論もありましたが、アメリカにとってみたら、そういうことはしてほしくないでしょう。米中の間でもう少し、相場感づくりをやりたいフェーズでしょうね。

 

その観点でいくと、今回の安保法制は、実際に使いようがない。自衛隊が行くことにより、かえってその状況が悪化して、拡大するとすれば、日本の安全にとってマイナスになるのではないか。南シナ海の現状をみると、安保法制は役に立たない上に、使ってしまえば有害というのが、私のとりあえずの結論です。

 

そもそも、アメリカの船を護ることが抑止につながるような言い方ですが、それは本当に抑止なのでしょうか。確かに、その船に悪さをしようとするのであれば、抑止なのかもしれませんが、本気で戦争をするならば、船が強かったら避けてその後ろにある基地を叩く方が手っ取り早い。抑止は、船そのものではなく、その背後にある圧倒的な米軍の軍事力のはずです。そこにある船を護る文脈で語っていることがよく私は分からない。

 

つまり、この安保法制のメッセージは、アメリカの船というアメリカのパワーの象徴を日本も守る点にあるのでしょう。だから中国向けというよりは、アメリカに向けて、いつでもアメリカと共にいますというメッセージを出している。これが、今までの流れから見る私の評価であります。安保法制の背景にある、政府の「抑止論」は、少なくとも雑に見えます。

 

2点目は、中東情勢について。パリのテロがおこったとき、国際連帯のムードがわっと盛り上がりましたね。9・11テロ後の雰囲気に、非常に似ていると思いました。もし、地上部隊を送り込む話になったとき、日本はどこまで参加するのでしょうか。

 

たとえばイラク戦争が始まったとき、アメリカ、イギリス、スペインの三カ国が中心でしたが、スペインでは列車テロがあって軍隊を引かざるを得なくなった。ロンドンでも地下鉄でテロがあった。そこまで考える必要があります。

 

いま、日本が「普通の国」になるために、積極的平和主義を進めていくという話になっています。ですが、「普通の国」ってなんでしょうか。軍事行動を、ほかの国の人がやっているから、自分もやるんだと言ったって、しょせん、一個大隊程度の陸上自衛隊を出して後方支援をやったって、物事が大きく動くわけじゃありません。

 

イラク派遣では人道復興支援をしました。私は、自衛隊がアメリカのお付き合いで出て、一人も犠牲者を出さなかった点は成功だったと思っています。しかし、アメリカの中東政策自体が失敗したので、手伝った日本も成功とは言えないでしょう。そういう視点で、今の中東情勢とどう向き合うのか考えてみないといけない。

 

そして3つ目に、自衛隊の武器使用権限が広がることのリスクです。戦死者が出る可能性は否定できません。戦後70年、戦死者を出した経験のないわれわれが、その事実をどう受け止めるのか。

 

20世紀の戦争は、国家の生存権をかけた戦争でした。国のために尽くす、国のために命を落とすことが立派だとされ、戦死者が英霊になるというプロセスで戦死が受け入れられてきたわけです。

 

今のわれわれは「普通の国」になるために、戦死し犠牲になった人をどう受け入れることができるのか。民主化のためや世界平和のためと言ったって、自分の家族や友人が死ぬことになったら納得できないと思うんです。

 

私は官邸にいたとき、イラクに自衛隊を派遣しました。一人も亡くならなかったからよかったものの、死んでいたら、私はそれをどう受け止めて、ご家族にどういう話ができたんだろうかと考えてしまいます。

 

そして、4つ目、私はこれからの戦争はなんであるのか考える必要があると思っています。ギリシャのツキディデスによれば、戦争の要因は利益と恐怖と名誉であるようです。現在、グローバル化の経済の中で、繁栄している国家同士が戦争する合理的な理由はあるのか。それがあるとすれば、それを上回る恐怖と名誉であると。

 

恐怖が軍事バランスであるとすると、これだけ情報手段が発達していれば、お互いの手をだいたいは読みあうことができるので、恐怖に駆られることはないだろう。でも、厄介なのが名誉なんですね。ナショナリズムが高揚するとコントロールできなくなり、多少の戦争が起きてしまうかもしれない。

 

戦争は、意志の問題であるわけですから、そこをどうコントロールするのか。現在の世界経済は、国家間で相互に依存していますから、戦争をすると「損」だと思える仕組みになっていけないかと――こう言うと理想主義者だと批判されそうですが――考えています。以上が私の問題提起です。

 

 

抑止の条件

 

柳澤 植木さんはどうお考えになれましたか。

 

植木 安保法制は、法案が審議される中で、「抑止力を増すためである」と言われました。日本に対する「邪な思いを抱く国を思いとどめるんだ」と。

 

抑止は、元々は核抑止の文脈で生まれた考えです。核兵器同士の戦争では、攻撃されてしまえば勝った、負けたというレベルではないダメージを負ってしまいます。MAD(相互確証破壊)と呼ばれる形、すなわちアメリカが核兵器を使えばソ連も必ず撃ち返すので、最初に撃つと天に唾するようなものだと。それを思いとどまらせる、高いレベルの恐怖の均衡で発展してきたのです。その裏には、「もう戦争をしても勝つ・負けるの時代じゃない。戦争は抑止するものだ」という考え方があります。だから、核戦争だけではなく小規模な戦争でさえもできれば抑止したいと思っている。

 

今回の安保法制の文脈で「抑止」しようとしているのは、米中の核戦争よりも、もっと小規模な紛争や行動です。でも、小規模な紛争をどう抑止するのかには、学者の中でコンセンサスがありません。結果が明らかな核戦争と違って、小規模紛争は見通しが明らかでない。ひょっとしたら攻撃が失敗するかもしれないと相手に思わせる程度で抑止は成功するという学者から、耐えられないほどの痛みを与えないと抑止できないと主張する専門家もいます。でも、その耐えられないほどの痛みも人(国)によって違うので、何をすれば抑止が成功するのか不透明なのです。

 

抑止が成功するためには3つの条件があると言われています。1つ目は、やられたら反撃する軍事能力がある。そして、それを使う意図があること。今回の安保法制は、日米の協力を増して軍事能力を高め、「一緒になって戦う」と言っているので、意図を明確にすることを目指していると考えられます。ところが、実際は明確になっているとはいえません。

 

2つ目は正しく相手に伝えることです。反撃する能力と意図があっても相手に正しくつたわっていないと意味がありません。そのためには、情報の意思疎通ができるメカニズムや、こちらの情報の信憑性や信頼性がないといけません。

 

3つ目に、相手と状況認識を共有している点です。この線を超えたらやられるけれども、この線を超えなければやられないと、お互いが認識している必要があります。「安全保障のジレンマ」という言葉がありますが、お互いに攻撃するつもりがなくても、相手への不信感で関係が悪化する。これをいかに防ぎながら最悪を起こさないか。

 

ですから、攻撃する基準を、相手にわかってもらう。この一線を越えても越えなくてもどのみちやられるのであれば、先に手を出した方がいいとなると、とても不安定になりますよね。

 

柳沢さんが相互依存についておっしゃっていたこととつながるかもしれません。相互依存は、これだけ貿易をして交流があるから戦争なんか損だと訴える方法です。難しいのは、これだけ相互依存の関係にあることを、政策決定者も私たちも含めて実感しづらい点です。

 

たとえば、中国との間で私たちはかなりの量の貿易をしています。経済の相互依存の度合いもかつてとは比べようもないものになっているはずです。もちろん、中国だけではなく、様々な国から何百という工場の部品を取り寄せ、組み立て、輸出して……と一国だけでは生きていけない世の中になっています。

 

そうなると、戦争を防ぐためにはそのつながりを認識する必要があります。一つの方法としては経済的な制度を作って、無くなってしまうと大変だと認識する。第一次世界大戦のとき、イギリスとドイツは確かに一番の貿易相手国でした。今の日本と中国のような形です。でも、その時になかったのは制度でした。

 

「旅の恥はかき捨て」という言葉がありますが、もう二度と会うことのない相手にはひどいことができるけれど、また会うかもしれないとそんないい加減なことはできないわけです。今の利益で割に合わなくても、1年先、2年先、10年先までお世話になると思えば、ひどいこともできなくなる。そのためには、FTA(自由貿易協定)のようなものを制度化していくことは非常に大切です。

 

いま、日本では「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のような感じで、中国と問題を抱えている国はみんなお友達のような気になっています。ですが、南シナ海がどれだけ日本にとって大事なのかという議論はあまりされていない。アメリカがそこで何をしているのか、何をしてほしいのか明確な議論はされていないのです。

 

先週末、日米の中国専門家が集まる会議があり、アメリカは何をしようとしているのか議論になりました。スビ礁という高潮になると海面下に沈んでしまう暗礁があります。正確には、常に海の上に出ていないので、領土にはならず領海も発生しません。暗礁には何を建てても、決して島になれないものでした。中国はそこを埋め立て滑走路をつくっています。先日、その周りをアメリカの船が通ったことがありました。これは、中国に対する挑発だと解釈されました。

 

でも、本当の作戦は違っていたようです。スビ礁の近くには、サンディ・ケイという島があります。これは、今はどの国も実効支配していないようですが、中国と、フィリピン、ベトナム、台湾が領有権を主張しています。その一二海里の中にスビ礁がある。

 

領有権はいま確定していないのですが、誰のものでなくても、誰かの領海ではあるわけです。アメリカはそこを、無害通航をしました。無害通航は国連海洋条約で決まっています。軍事行動ではなく無害通航したわけです。中国は国内法で、自分のところの領海に入るときには事前通告するように言っていますが、今回アメリカはそうせずに、国際法にのっとってスビ礁の領海ではなくて、サンディ・ケイの領海の中を通って無害通運をしたと。

 

これに対して、ミスチーフ礁は中国が建造物を建てている礁ですが、他の島の一二海里の中には入っていません。中国がそれを島であると主張するとするならば、次の作戦はミスチーフ礁の一二海里の中を軍事行動として、レーダーを回して通る。領海とは認めていないサインを出すということです。

 

ですから、アメリカの行動は、挑発でなく、国際法にのっとって自分たちは行動する、だから軍事的なものを使ってもダメだというシグナルでした。でも、アメリカ国内でも正しく伝わっていないし、研究者の中でもよく分かっていない。正しく伝わっていないと抑止は成功しません。

 

日本はパトロールすることが求められているとよく話を聞きますが、たぶん、中国の主張と国内法を無視して航海することが求められているのだと思います。中国がもし軍事力を使って対抗し、エスカレートしたら日本はどう対応するのかを議論する必要があると思います。

 

最後に戦争の大義についてお話できればと思います。私は安全保障を狭く捉えてるほうです。やはり「やらなければやられてしまう」くらいギリギリの状況でないと、自衛権行使も、戦争もしてはいけないと思っています。ですから、亡くなった自衛官の親御さんに何と言ったらいいのか、とお話をされていましたが、「犠牲になったけれども、そうでなかったら私たちが死んでいた」といえる時にしか戦争はしてはいけないと思うんです。

 

日本人は何を守るためだったら戦争をするのか、ずっと議論をしてきませんでした。私たちが命を犠牲にしてまでも守るべきものはなんだろうか。なかなか答えは出ないかもしれませんが、考え続けることが重要だと思っています。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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