ヒトと動物の「ヤバい関係」と「やさしい関係」――自然保護とは何か

SYNODOSとSYNAPSEのコラボ連載第2回です。

 

前回は、サイエンスコミュニケーションにおける対話のカタチ、その歴史的経緯と今後の展望について考察しました。

 

今回は、SYNAPSE Classroomというイベントのレポートです。SYNAPSE Classroomでは、講師の科学者に、大学で行っているような「普通」の授業をしてもらいます(こういう場に科学者が出てくる際の負担を減らす意味もあります)。そして、一般のお客さんのほかに、様々な分野で活躍する方々を「ゲスト生徒」として迎えます。それぞれの領域の見地から率先して先生へ「質問」を投げかけてもらうことで、学術と多様な領域の共通項や差異、そこから生まれる新しいモノの見方の面白さを浮き彫りにするスタイルのイベントです。

 

さて今回ご紹介するSYNAPSE Classroom(第3回目)は、題して「人と動物の付き合い方」。『動物を守りたい君へ』(岩波ジュニア新書)の著者、高槻成紀先生を講師にお迎えして、2014年1月25日に原宿 IKI-BA にて開催されました。シカをはじめとする野生動物の研究を進められる高槻先生は、この本を通して、人間と動物、そして里山などの自然との向き合い方を伝えています。消費社会の中で大量生産され消費される動物たちの「命」、都市化によって失われてきた自然の生態、これらを見つめるとき、ただ自然保護を訴えるだけでは十分でないと先生は訴えます。先生の著書を読んだゲスト生徒とのやり取りを交えたイベントレポートから、当日飛び交った様々な視点をお伝えします。

 

 

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自己紹介−様々な視点の集まり−

 

住田 本日の司会・進行を務めますSYNAPSEの住田朋久です。今回は高槻成紀先生のご著書を中心として、過去二回テーマにしてきた、食やペットだけでなく、動物との関係についても議論したいと思います。

 

今回の『動物を守りたい君へ』(岩波ジュニア新書)にも、ご専門の保全生態学からテーマを広げる形で、ペットや食の話題を盛り込まれています。

 

まずはゲストの方々をご紹介させていただきます。今回は生徒役として4人の方に参加してもらっています。

 

アサイ はじめまして、アサイヒデヨです。今日は北海道からやってまいりました。普段、生き物の調査の仕事をしているので、人間の生活と動物とのかかわりあいという観点からお話させていただきます。また、仕事とは別に、個人ブログ「紺色のひと」で、絶滅危惧種の扱いや獣害、獣と人間の軋轢などについても触れております。ブロガーとしての立場からもお話できればと思っています。

 

宮澤 宮澤かずみです。普段はマーケティング・リサーチの会社で食卓を調査する仕事をしています。休日は、友人三人で組んだ「満腹法人:芸術栄養学」という管理栄養士の料理ユニットで、食育のイベントをやったり、料理教室などの活動をしています。いま、動物が「肉」に代わる瞬間について興味を持っているので、今日はその点について考えていきたいと思います。

 

服部 普段はファッションやアートに関する編集をやっています服部円です。ilove.cat というネコに関するウェブマガジンで高槻先生の研究室もある麻布大学に取材させていただいたり、ネコとひととの関係を取材したりしていくなかで、福島の警戒区域のネコを保護している三春シェルターについても取材する機会がありました。先生の本にも被災動物のことが触れられていたので興味深く読ませていただきました。

 

大西 テレビマンユニオンというテレビ番組制作会社で、『世界ふしぎ発見!』やドキュメンタリーなど色々な番組を作っています、大西隼と申します。最近は「ニッポンのジレンマ」という、若い学者や起業家の方が集まって社会問題などについて討論する場組のディレクターをやっています。もともとは菅野くん(SYNAPSE メンバー)と同じラボの先輩で、研究者になろうとしていたんですが、社会にとって大きな影響を与えるはずの研究活動の意味や価値が、なかなか理解されていないことにジレンマを感じていました。中学生のころは獣医に憧れていたので、高槻先生の本を読んで、「ヒトもまた動物でもある」という観点をみんなが持てればいいのに、と改めて感じました。

 

 

執筆への思い――時代への違和感

 

住田 最初に高槻先生から、今回取り上げる『動物を守りたい君へ』(岩波ジュニア新書)をご執筆されたいきさつについてお聞かせいただけますでしょうか。

 

高槻 私はもうすぐ大学での職を終えます。研究者は英語で学術雑誌に論文を書くのが仕事です。でも、それだけではよくない、子どものときから好きだった、生き物の素晴らしさを若い世代に伝えたいという気持ちがここ数年、だんだん強くなってきました。

 

私には孫がいます。この子たちが育つ時代は、自分が子供の頃と比べて、生き物との関係がずいぶん変わっている。それも良くない方向に向かってしまっているのではないか。そのような懸念があって、そういうことについて考えるきっかけになるような本を書きたいという思いから、野生動物と植物のことについて文章を書き溜めていました。

 

住田 動物だけでなく、植物についても書かれたのは先生の研究キャリアが関係しているのでしょうか?

 

高槻 はい。私はもともと植物生態学者として研究生活をスタートしたので、植物について、とくに里山など野生動物と切り離せない生態の一部として書きました。

 

かなり文章が溜まった段階で、本書の編集担当の岩波書店の朝倉玲子さんに相談をしました。もともと書きたいことはたくさんあったのですが、朝倉さんとやり取りをする中で、一般の読者が「動物」としてイメージしやすい犬や猫についても取り上げることになりました。

 

とはいえ、私は、ペットなどについては知ったかぶりして書く立場にありません。おこがましい気持ちもありました。ただ、これまでずっと見てきた動物や自然に対して、「凄いなあ」というリスペクトする気持ちがあるんですね。それは逆に言えば、動物や植物に対して人間がおごっているのではないかという思いにもなります。そういう人間のおごりが、ペットとの付き合い方にも随所にあるし、家畜を食べるということにもつながってくる。そういう視点からなら自分にも書くことができると、テーマを広げて執筆したんです

 

住田 なるほど。個々のトピックを関連づけて大きな枠組みとして執筆された訳ですね。

 

高槻 そうですね。ただ、準備していた原稿の分量が多めだったので、どこを削るかということになりました。人間と動物の関係を考える上でインパクトが大きい話題である動物の絶滅について、類型的に「こういうタイプの動物は絶滅しやすい」というような、言ってみれば「勉強になるようなこと」を書いていました。これはジュニア新書に相応しいだろうと自信があったんです。ところが、そこは朝倉さんにばっさり切られてしまいました(笑)。一方で、ちょっと私の主観的な思いが強いので、編集で削られるだろうなと思っていた震災のところは残った(笑)。

 

最終的な出来がどうだったのかは刊行してまだ時間が浅いですし、これから歴史の評価を受けるかな、と思います。

 

 

高槻先生の友人・浅野文彦 氏による表紙。「今の子供には白黒の線画の方が印象が強いんじゃないかと思って、写真やリアルな絵よりもあっさりとしたスケッチ風でお願いしたんです」と高槻先生。

高槻先生の友人・浅野文彦 氏による表紙。「今の子供には白黒の線画の方が印象が強いんじゃないかと思って、写真やリアルな絵よりもあっさりとしたスケッチ風でお願いしたんです」と高槻先生。

 

 

植物から動物へ、「つながり」への眼差し

 

住田 ありがとうございます。先生の現在のご専門は動物生態学で、シカをはじめとする野生動物の研究にとりくまれていますが、研究者としてのスタートを切ったのは植物生態学の分野だったというお話がありました。先生が研究者を志した経緯、そして研究を始めてから今まで、どんな変化を経て来られたのか、お聞かせいただけますか。

 

高槻 私が生まれた1949年は、戦後の、まだ日本が貧しい時代でした。その頃は、科学技術というか、発明・発見ものの本が薦められるような時代で、理科は大好きだったんですね。鳥取の田舎で、昆虫採集したり魚をとったりして遊びながら育ちました。ただ、中学になると、昆虫採集に熱中していた仲間たちが女の子やスポーツに興味を持ち始めて、脱落していく(笑)。高校になると虫取りを続けているのは学校で僕だけ、というような状況でした。

 

それでも日本のどこかにこういったことが好きなひとが他にもいるはずだ、という確信はあったんです。僕からすれば生き物のことは何も知らないで教科書の説明をしている学校の先生ではなく、研究者になりたい。今も覚えていますが、高校2年の夏休み、夕日を見ながら「俺は生物学者になるんだ」と決めたんです(笑)。

 

私の家庭は貧しかったので国立大学を志望しました。今のように情報がパッと得られるわけではなかったので、生物学をやっている10くらいの国立大学の事務に、返信用の封筒を入れて手紙を送り、どういう研究をしている先生がいるかを問い合わせました。それで生態学というものがあることを知ったんです。当時は九州大学、京都大学、東北大学が生態学をやっていると分かり、最終的には東北大学に決めました。私が受験したのは学生紛争の影響で東京大学の入学試験がなかった年で、その受験者が流れてくる、と緊張しました。入学後も、学生紛争のために授業があまりなかったので、野山を歩いて自然から直接勉強していました。

 

東北大学で研究室を決める時、当初は動物生態学を志望しました。けれど、希望する研究室が学生をとらないということになって、相談に行ったのが、植物生態学の飯泉茂先生のところです。飯泉先生は草地学といって草原の研究をやっておられました。

 

草原というのは家畜との関連があります。日本の草地は、放っておけば森林になるところを、常に伐採することで遷移を止め、草原にして牛を飼うわけです。これは面白いと思って、植物生態学を選んだのですが、後に動物を研究するためにも、大学卒業まで植物を研究した経験が非常に役立ちました。

 

 

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「シカを殺すべし」自然を保護するとは何か?

 

住田 単に大きな動物だけを見ているのではなく植物との繋がりを見ていくという姿勢が、その後の高槻先生の研究に繋がっていくんですね。先ほどお名前が出た飯泉茂先生は、日本自然保護協会に参加されていましたが、高槻先生は、自然保護というものをどう捉え、どう関わられていったのでしょうか。

 

高槻 私の最初の著作は『北に生きるシカたちシカ、ササそして雪をめぐる生態学』(復刻版が現在刊行/丸善出版)という本で、三十代の頃の10年間にわたる岩手県でのシカの研究をまとめた専門書に近いものでした。その中で私は、「シカを殺すべし」と書いたんです。なぜそうなのかについては、データと論理をもって書いたのですけれど、当時かなり批判を受けました。

 

自然保護協会はもともと、戦後、尾瀬の湿原の保護というところから始まったものでした。当時は、脆弱な自然を守る、原生的な自然を守る、「保護」という立場が主流だったんです。しかし、「保護」とはただ人間が介入しなければ良いのでしょうか?

 

飯泉先生は宮城県の自然保護委員をしておられました。宮城県の栗駒山には、天然記念物となったシャクナゲの群落があります。周りの高木をただ保護するだけでは、低木であるシャクナゲを覆ってしまって元気がなくなってしまう。シャクナゲというのは一定の攪乱を受ける中で、林の遷移が進まないという条件で生きている植物なんですね。ですから、手を加えないと守れない。飯泉先生は、植物はダイナミックに変動しているものであり、どの状態を守るかによって管理の仕方が全く変わるということを当時から訴えていました。先生は、苦笑いしながら「わかっていないやつが多いんだ」と仰っていました。あの時代に、こういうことをわかっている人はあまりいなかったんです。

 

現在は、「保護」ではなく「保全」という言葉に変わり、少なすぎるものは増やすけれど、多すぎるものは減らし、本来あるバランスを保つという考え方になりました。あるいは、生き物単体ではなく、環境全体をどんな状態に持っていくべきかを考える。そのための研究と活動が必要だという考え方に変わったんです。こういった考え方についても植物の研究が役に立ちましたね。

 

 

 

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