顕微鏡でも見えない!酵素たちの戦い――セルロースの工業的利用をめざして

仕組みが明らかにされたCBAPとBGL

 

――今回、先生方が仕組みを解明した酵素はどのようなものなんですか。

 

「セロビオン酸ホスホリラーゼ(CBAP)」という酵素です。(図4)これはセルロースが分解されて発酵に移る段階で重要な役割を果たします。

 

 

図4 セロビオン酸ホスホリラーゼ(CBAP)の構造

図4 セロビオン酸ホスホリラーゼ(CBAP)の構造

 

――わっ、すごく複雑な形ですね。

 

酵素は非常に小さくて、そのまま顕微鏡で覗いても見えないほどです。なので、綺麗に精製して結晶を作り、そこにX線を当てて解析して、その構造を調べます。

 

 

――これはどういうものなのでしょうか。

 

セルロースはCBHやEGによって、グルコースが二つ繋がった「セロビオース」に分解されますが、酵母はこのままでは発酵できません。(図3再掲)

 

 

図3 微生物の酵素によるセルロースの分解

図3 微生物の酵素によるセルロースの分解

 

 

CBHやEGのようなセルラーゼと、それを助ける相棒のような関係であるLPMOやCDHが一緒にはたらくと、セロビオースが酸化されたセロビオン酸という化合物ができます。

 

このセロビオン酸を分解して、代謝に適した化合物に変化させるのがCBAPです。つまり、エタノールなどの発酵生産へと効率よく導くことができるのです。私たちはCBAPの構造を調べることで、「どのように微生物が発酵につながるプロセスを助けているのか」という重要な情報が得られました。

 

 

――ずっと気になっていたんですが、左端の上にある「BGL」っていうのはなんですか。上でちょきちょき何かを切っているようですが。

 

セロビオースをグルコース二つに分解する酵素で、「β−グルコシダーゼ(BGL)」といいます。(図5)私たちは、2013年にこのBGLの仕組みも明らかにして発表しました。

 

 

図5 β−グルコシダーゼ(BGL)による糖化過程

図5 β−グルコシダーゼ(BGL)による糖化過程

 

糖化の過程で用いられる、最もコストが低く有望とされているセルラーゼはTrichoderma属(トリコデルマ属)と呼ばれる微生物が作るものです。しかし、これに含まれるBGLがセルビオースを分解する活性は比較的低いことが問題でした。

 

そこで、セルロースを分解する製剤をつくる際には、Trichoderma属のセルラーゼに、より活性の高いBGLを添加したものが作られています。ここでよく用いられるのはAspergillus属という微生物が作るBGLです。このAspergillus属というのは、お酒や味噌、醤油を作る麹菌(コウジカビ)と同じ仲間なんですよ。(図6)

 

 

図6 Aspergillus属β−グルコシダーゼ(BGL)の構造

図6 Aspergillus属β−グルコシダーゼ(BGL)の構造

 

――CBAPの形と全然違いますね。

 

Aspergillus属のBGLはタンパク質のまわりが糖鎖でおおわれていて、まるで鎧を着ているようでした。この糖鎖の「鎧」がこの酵素を守っているのではないかと考えています。また、この酵素には、セロビオースがぴったりとはまるポケットがあり、セロビオースの分解に適していることも分かりました。

 

そもそもTrichoderma属は、もともと第二次世界大戦中にアメリカ軍が見つけてきたカビなんです。日本軍を追い詰めていた時に、ブーゲンビル島で木を腐らす菌を発見して、それを持ち帰ったと言われています。その後、これはセルロースをとても効率よく分解するカビだと分かり、今日に至るまでさかんに研究されてきました。

 

そのため現在では、Trichoderma属は与えられた栄養源のほとんどを使って、全力でセルラーゼを作れるように育種され、工業的に最も多く使われているわけです。

 

 

地道な戦いは続く

 

このように、ここ数年の研究によって酵素によるバイオマスの糖化の能力は大幅に向上しています。また発酵の段階に関しても開発は進んでいます。

 

たとえば、一般的な酵母はセロビオースやセルロースは発酵できないので、様々な能力を持つ酵母を探してきたり、育種や遺伝子組み換えなどでセロビオースを分解できるようにしようとか、そういう分野はとても進んでいます。

 

我々が研究しているのは主に糖化と発酵に関わる酵素です。近年では糖化と発酵を同時に行う技術が有効だとされていて、今後はこの二つのプロセスをどのように連携させるかが重要だと考えられています。

 

 

――そういった内容も農学部の研究範囲なんですね。

 

農学部なので応用に近い酵素をやりたいというのもありました。澱粉系の酵素をはじめ、糖関連は工業的に利用されている酵素もたくさんありますし。

 

今から10年くらい前にバイオマスの研究が最も盛んだったころは、自動車会社やエネルギー系の会社、たくさんの企業が参入してセルラーゼに関する研究をやっていました。現在は当時ほど盛んではないように見受けられますが、それでも、バイオマス分解、特にセルロース系のバイオマス分解は、まだまだ解決すべきイシューがたくさん残されています。

 

例えば、前処理、糖化、発酵、それぞれの段階で生じるコストをどのように下げていくか。また、セルロース系バイオマスは液体じゃないので、運搬も大変です。森林から木を切ってきて工場に運ぶにしても、それにはある程度広い土地が必要ですし、それを山間部で集積してやるのは、山がちの日本だと相当大変なんですね。

 

 

――でも多少は実用化されているのでしょうか。

 

国内の事情に合わせた、小規模でのバイオマス利用システムの開発は進んでいます。例えば、稲わらのような草本系のバイオマスを利用して、各地域で持続的かつ環境に大きな負荷を与えないようにバイオエタノールを作る方法も模索されています。

 

また、「バイオリファイナリー」といってバイオ燃料に限らずバイオプラスチックの原料など、他の化成品を生産する技術も期待されています。

 

プラスチック原料など、エタノール以外の化合物を作るには、酵母をいじればいいのです。「メタボリックエンジニアリング(代謝工学)」といって、酵母の中にある代謝酵素の遺伝子を組み換えれば、目的にあったものを作る酵母を作ることができますし、これはさかんに研究されています。

 

また、コストを下げるための研究も続いています。しかし、結局石油価格の変動に関わってしまうので、安定的で大規模な実用化にはまだしばらく時間がかかりそうです。

 

バイオマスの継続的な利用が石油価格に影響されないくらいまで、コスト面で安定的かつ有利なものでないと、社会への貢献にはならないわけですよね。

 

実際、セルラーゼのブースターであるLPMOのおかげで、酵素の部分に関してはコストが明らかに下がったと言えると思います。また、BGLもコスト低減に関わっていますし、CBAPも酵母に組み込めば、もう少し無駄なく産物が作れるようになるのでは、と期待しています。

 

そのような地道な作業で、セルロース系バイオマスの分解利用のコストを下げていくことに少しでも貢献できたら、と思っています。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

 

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