2015.12.25

福島第一原発3号機は核爆発していたのか?――原発事故のデマや誤解を考える

菊池誠×小峰公子

科学 #3号機#核爆発

放射線の本を書いたわけ

小峰 どうして菊池さんと本(「いちから聞きたい放射線のほんとう」)を書くことになったの? ってよくきかれるんで最初にちょっとだけ紹介しましょう。

菊池 知りあったのは小峰さんのバンド、zabadakのコンサートを見に行ったのがきっかけでした。

小峰 ええ。打ち上げの席で、フィリップ・K・ディックの翻訳もやってる物理学者でテルミン奏者でもある、と紹介されて、面白そうなひとだな、と。ロン毛だし。

菊池 だいたい第一印象は「ロン毛のひと」なのよね。その後はよくTwitterでおバカな話をしてましたね。

小峰 ああ、平和な時代でしたね。そこに震災が起きて……

菊池 いろんなことが変わってしまった。

小峰 私は福島県で生まれ育ち、郡山の実家は地震でぐちゃぐちゃになっちゃったし、放射線問題も切実でした。もとから原発問題には関心がありましたし、恐れていた事故が現実になり、あの頃の絶望……どうしていいかわからず、ただただ超オロオロしていました。

菊池 地震、大津波、そして原発の爆発と、僕もテレビの前で呆然としていました。

小峰 いろんな情報がわあっとやってきたけど、菊池さんがネットを通じて放射線やその影響について丁寧に説明してくれて。おかげで変な情報に惑わされずに済みました。とても感謝しています。菊池さんの開催してた放射線勉強会に参加して、少しずつ科学的にものを見る目がついてきたのは大きかったです。

菊池 少人数でやらないとちゃんと伝えられないと思って、小規模な勉強会を何度もやって。小峰さん主催でも一度やりましたね。

小峰 はい。それから興味のあるいろんな勉強会にも参加して、ネットで話題になってる情報でも的はずれなことがあるのがわかるようになったりしたけど、私の周囲にもどんどん危険な方に煽られて行ってしまうひとがいたのも事実で……

あ、でも、あとで知ったら、かなり冷静なひとたちもたくさんいました。「いちから聞きたい放射線のほんとう」を出してから、「実は私はこう思ってる」とカミングアウト(?)してきた友人もいっぱいいて、ちょっと驚きでした。原発や放射線に関心があるなんて見えなかったというか、そんな話はしたことがないひとたちだったから。

菊池 極端な発言をするアーティストも目立ちました。いろんな話が飛び交ったし、数値とは別に気持ちの問題もあるから難しいところだとは思うんだけど。

小峰 反原発を掲げたイベントも多かったですしね、被災地のために何かしたい、っていうのは心からそう思って参加しているんだと思います。でも表現活動とは別として、デマみたいなのを信じてるひとも結構いるんだなあっていうのもわかったんですよね。

菊池 原発事故はいろんなことをあらわにしたというか。

小峰 それで、最初は友人たちが変な情報を信じてたりすると、「原発から煙が!って流れてる画像は爆発じゃなくていわき名物の海霧だよ」とか「雨で放射線量が上がるのは昔からで、事故とは関係がないよ」とか「放射線を消す石なんてないよ、行商でそんなん来ないよ」とか、個別にやり取りしたりした時期もあったんですよ。

菊池 ネットでもいろんなやり取りがあって、僕もいろいろ説明したりしたけど、中には徒労に終わったものもあったり。

小峰 ねー。すごかったですね。あれは傍から見てて胃痛がすることありましたよ。労力いりますよね。時間もかかるし。説明するってこっちがちゃんと理解してないと無理だし、大変なんですよね。そんな経緯もあって、菊池さんと、文系でもわかる日本一わかりやすい放射線の本を目指して「いちから聞きたい放射線のほんとう」を出版したのですが、それが自分では放射線関係でできることの一区切りかな、と思っていました。デマが回ってきても、まあある程度はもうしょうがないかな、と思ってたんですよ。

菊池 原発事故からこれだけ時間がたてば、勉強する気があるひとは自分で勉強して知識を得ているだろうし。

小峰 うん。前よりはひどくなくなってきたかなあと思ってたけど、うーん、そうでもない。

菊池 あり得ないようなあやしい話も姿を変えて何度でも甦ってくるね。

小峰 以前、微生物で放射線を除去するという話をなんで科学者が否定しないのかと菊池さんにきいたら、「それはあり得ないから」で終了、だった。だけど、一般のひとはその「あり得なさ具合」がわからないんですよね、だから信じちゃう。

菊池 微生物除染に関しては本でも触れて、少ない行数であり得なさ具合の説明に挑戦したつもりなのだけど。

小峰 でも一度誰かが徹底的に検証して否定しなくちゃいけないんじゃないかな、って思うこともあります。

菊池 「誰かが」っていっても「いったい誰が」っていう問題もあるし。そもそも真剣に否定するのもバカバカしいようなこととなると。

小峰 相手にしたくないですよね。これにかぎらず「科学者ならこういうことには責任をもって対処すべき」みたいな意見は事故以降かなり無責任に言われてきたと思う。あれはたしかに気の毒というかなんというか。

菊池 とんでもないデマを否定するのは、本来科学者の義務でも責任でもないと思うんだ。デマを流すのは簡単だけど、否定するにはものすごく手間がかかるし。

小峰 震災後、それこそ手弁当で尽力してくれた多くの科学者がいらしたのもたしか。感謝しています。これ以上彼らの時間をムダに奪うようなことはないようにとは願うのですが。

「核」のイメージ ~ チェルノブイリと核爆発

小峰 しかし! 最近久しぶりに会った友人たちと飲んでいたら、ひとりが「福島は実はチェルノブイリよりもひどい事故なんだから」って言ったんです。

菊池 たしかにそういう説は流れたし、今もそう主張するひとはいる。

小峰 それでね、さらに別の友人が「福島の3号機は実は核爆発だったんだ」って言ったんですよ。がっかりしたんだけど、反論するのも場の空気を悪くするかなあと、何も言わずにただ聞いてました。ここで反論すべきだったのか、後に悩むことになるのですが。

菊池 それは対応に困る状況ですね。

小峰 核爆発だというのは、爆発が起きた時の煙の形はきのこ雲だったから、と。きのこ雲イコール原爆というイメージはやはり強烈。

菊池 きのこ雲だからって核爆発とはかぎらないよね。火山の爆発でもきのこ雲が見られるじゃない?

核爆発説を最初に誰が言い出したのかはわからないんだけど、東電原発事故から1ヶ月半後にイギリスのバズビーとアメリカのガンダーセンというふたりのひとが、それぞれ3号機の使用済み燃料プールで核反応が起きたと発表したから、その影響が大きいのかもしれない。バズビーは核爆発、ガンダーセンは即発臨界という説なので、ちょっと違うんだけど、どちらも根拠はただ「爆発が激しかったから」だ。

小峰 即発臨界っていうのは核爆発とは違うもの?

菊池 違うものだけど、核分裂連鎖反応の暴走だよ。

小峰 そのひとたちはいわゆる専門家、なんですよね?

菊池 バズビーは欧州放射線リスク委員会(ECRR)科学事務局長という大層な肩書きの持ち主、ガンダーセンのほうは元原子力技術者で、どちらも原発事故直後から雑誌でよくコメントが取り上げられていたし、本も出版された。そういう意味では、一部のマスコミで原発事故の専門家扱いされていたひとたちと言えばいいと思う。

核爆発説はそもそもナンセンスな話だったんだけど、その後、3号機屋上の瓦礫が片付けられて原子炉の爆発じゃなかったことは誰の目にも明らかになったし、使用済み燃料プールの中の様子も撮影されて、使用済み燃料が破損していないことも確認されてる。原子炉の中であれプールであれ、核爆発説ははっきり否定されてるんだ。

小峰 裏付けされたんですね。

菊池 今は3号機の使用済み燃料プールから燃料を取り出す準備が着々と進められてる。この様子は東電のウェブサイトで見られるよ。

小峰 核爆発説はとっくに終わった話になったんだ。

菊池 核爆発も即発臨界もね。そもそも彼らはどうして核爆発だったことにしたかったのだろうな。結局彼らはネットで見た3号機の爆発映像だけを根拠に、核爆発だの即発臨界だのと言っただけなわけですよ。

小峰 その説が生き残ってるのはいやですねー。否定されちゃってるのに。ああ、あの時にそれをちゃんと言える私でありたかった。でもあの爆発の映像を見たら、これはまずい、って思いましたよ。終末がきたのか、って。水素爆発も核爆発も何も知識なかったし、原発で爆発、っていうだけでおそろしくて。だから何が起きたのか、正体を知りたい、とも思いましたけれど。

菊池 水素爆発だって、大事故には違いないから。しかも原子炉がいくつも。

小峰 あの……私達の世代だとジュリー(沢田研二)の主演した「太陽を盗んだ男」という映画を見てますよね。

菊池 見た見た。主人公が東海原発からプルトニウムを盗んで。

小峰 あの頃のロケンローラーは大抵はあの映画大好きだった。カルトっぽい人気でしたよね。ジュリーの演じる教師が、自作の原爆をタテに、政府に野球中継やストーンズの日本公演を要求するのです。

菊池 実際には原子炉から放射性物質をそのまま持ってきても核爆弾は作れない。原発から盗んだプルトニウムを自宅で精製して原爆にするっていうのは映画ならではの荒唐無稽な設定だよ。爆弾で放射性物質を撒きちらす、いわゆるダーティ・ボムなら作れるかもしれない。でも、あの映画のジュリーはかっこいい。

小峰 この映画で、原子炉の放射性物質から容易に、っていうか個人でも核爆弾が作れるっていうイメージが強烈に植え付けられた気がします。原爆、作れちゃうんじゃね? みたいな。もしかして、GS世代が一番誤解してるような気がしてきたぞ。

菊池 プルトニウム爆弾は構造が難しいから映画のように簡単には作れないよ。ウランを使った原爆なら個人で作れるとも言われるけど、原発のウランを盗んできても使えないから。

小峰 原発では原爆は作れない?

菊池 原発と原爆はどちらも核分裂の連鎖反応を使うとはいえ、しくみは全然違う。核分裂を制御して連鎖反応をゆっくり持続させるのが原子炉、一気に爆発させるのが原爆。そのために使う核物質の純度もぜんぜん違うんだよ。だから、原発の燃料に使うウランで原爆は作れない。核爆発させるには純度の高いウランが必要なんだ。その意味でも、3号機核爆発説は初めから成り立たない。

小峰 物理学者の前でいうのもはばかられますが、原発事故で降った放射性物質「同士」が地面などで触れた際に反応を起こし、それは連鎖的に続き、放射線を出し続ける、それはプルトニウムなら2万年以上も続くのだ、というひともいました。

菊池 いろいろごっちゃになってるね。2万年以上ていうのはプルトニウムの崩壊の半減期で、原子炉の中で起きてる連鎖反応は核分裂が続くことだから、別の現象だよ。

小峰 連鎖反応が起こる、っていう核反応の知識もなんとなーく、原子炉に関する番組なんかで昔はよく目にしてたので、放射性物質といえばどんどん放射線が出ちゃうイメージも、いろいろ誤解を生んでるんじゃないかって思うんですよ。初めてのことばっかりで、おぼろげに知ってることの断片をつないでいってしまって。

菊池 原発事故前は崩壊で放射線が出ることなんか考えなかったでしょう。だから、放射性物質から放射線が出るといえば、核分裂で中性子が出ることしか思い浮かばなかったんじゃないかな。

小峰 そうそう、そういうイメージが強かった。放射性物質は崩壊して減っていく……放射線を出したら、別の、放射線を出さない元素に変わるなんて知らなかった。

菊池 そこは、半減期についての誤解にも通じるね。

小峰 そう。この際、半減期についてもう一度おさらいしてもいいですか? 一番多いのは、放射性物質っていうのはずーっと放射線を「出し続けて」いて、「そのパワーが半分に弱まるまでの時間が半減期」っていう誤解……これはさっきのプルトニウムもそうだけどかなりのひとがまだそう思っている。まちがいない!

菊池 そこで太鼓判を押されても困るのですが。

小峰 けっこう自信ありますよ、この誤解。だから半減期が長いほどおっかない、と思っちゃうのです。さて、では解説いきましょう。

菊池 簡単に言うと、放射性物質の原子がひとつまたひとつと崩壊して減っていき、その数が半分に減るまでの時間が半減期。放射線を出すと、別の種類の原子に変わってしまうから、数が減っていくわけ。

小峰 数が半分になる、がポイントです。なんとセシウム137はβ線とγ線を出して、安定したバリウムになるんですよね。これ知った時はもうびっくり。

菊池 安定したバリウムはもう放射能を持たない。つまり、放射性物質じゃなくなるわけだ。ウランのように、変化した先の原子にも放射能があって、その先の原子にも放射能があってと、放射線を出す原子が何段階も続くものもあるけれども、それでも放射線をいくつか出すと最終的には放射能を失ってしまう。

小峰 放射性の原子がひとつあったとして、これがいつ放射線を出すかはわからない。すぐかもしれないしずっと先なのかもしれない。それは予測できないのでした。

菊池 ただ、そういう原子がたくさん集まっていれば、どういう率で減っていくのかはわかる。

小峰 いっぱいあれば、そこから出る放射線をカウントしていつ半量になるかが予測できる。

菊池 そう。そしてその長さは物質ごとに決まっている。

小峰 今回の事故で問題になったヨウ素131は8日間で半分に。セシウム134 は2年、セシウム137は約30年、でしたね。

菊池 天然のウラン235の半減期は7億年。半減期が長いほど安定していて壊れにくい。

小峰 おっかないと思いがちな長いものは、実は放射線を出しにくい。(なんでそんな長い半減期を調べられるのだ? と疑問を持った方は「いちから聞きたい放射線のほんとう いま知っておきたい22の話」を見てください)ここで誤解していると間違った方向に気をつけちゃうから。

菊池 半減期が長いから怖いとか短いから怖いとかじゃなくて、どれだけの放射線を出しているかが問題だよね。量が多いか少ないか。それを表す単位がベクレル。

小峰 1秒間に崩壊する原子の数ですね。半減期が長くても短くても、量が1ベクレルあれば1秒間に1個が崩壊する。

菊池 いっぽう、もし原子の数が同じなら、半減期が長いものほどベクレルは少なくなる。

小峰 何を問題にするかによるわけですね。

菊池 プルトニウム239は半減期が2万4000年もあるからって心配するひとをたしかに見かけるけど、ベクレルで言ったらほんとに微々たるものだから。

小峰 何に気をつけなくちゃいけなくて、何は気にしなくていいかなとわかるためにも、放射線の基本的なことは知っておきたい。

菊池 半減期について誤解が多いっていうのは、専門家がなかなか思い至らなかったことだと思うんだ。事故当初には半減期の2倍経つと全部無くなるっていう誤解も目についたし、半減期とは何かというのは今でもあまりよく理解されていないよね。

幻想の「フクシマ」

小峰 「3号機は核爆発だ」と言っても、核爆発ってなに? ってきいたら、たぶんたいていは答えられないと思うのです。

菊池 映像の印象だけで、センセーショナルな言葉を弄ぶものではないよね。特に日本で「核爆発」と主張するのがどれだけ重大なことか、ですよ。

小峰 無責任に発する言葉がどれだけのダメージをどこに与えるのかということも、不たしかな情報を前にした時に考えて欲しいですね。この連載の一回目にも林智裕さんが書いていらしたことですけれど、「フクシマでは一年後にはバタバタとひとが死ぬ」というのを信じて離婚までしちゃったかたもいるわけですよね。

菊池 子供のためにどうすればいいかで意見が食い違っちゃったとか、そういう話はよく耳にします。

小峰 実際に傷つくのは誰か、デマを拡散するひとは見えていないんですよね。ヘイトスピーチとかにも思うんだけど、私には韓国人の友だちも中国人の友だちもいるから、ひとくくりにして差別、というのが理解できません。ひとりひとりの顔がすぐに浮かぶから。

菊池 個人が見えているかどうかはだいじだよね。

小峰 デマを安易に流せるっていうのは、それによって傷つくひとを想像できていないんだと思うんです。

菊池 よく掲げられる「フクシマのこどもたち」っていう括り方もよく顔が見えていない表現ではあるね。福島といってもいろいろな地域と暮らしがあるんだから。カタカナ書きの「フクシマ」っていうものがそもそも幻想の土地なんだけど。

小峰 「ひとがバタバタと死ぬ」「隠蔽された」フクシマを煽ったひとたちが、それを補強するべくデマをまた流す……それは幻想のフクシマじゃなくて現実の福島にダメージを与えてしまうことがあることを、情報をシェアする前に、少し考えて欲しいです。先日、南相馬の小高のイベントに呼ばれてコンサートをしたんですよ。

菊池 小高の避難指示解除準備区域ですね。

小峰 まだそこで暮らすことは出来ないけれど、元の暮らしに戻れることを心待ちにして、震災前からあったお祭りをひとつひとつ復活させようとしている方々に会いました。コンサートをした街の通りで、こどもたちが遊んでて。こういうお祭りに、みんなどんどん来て、どんなひとが住んでるのか知って欲しいなと思いました。

菊池 ではまずは小峰さんが飲み屋で反論できなかった「3号機核爆発説」から見ていきましょうか。

小峰 はい、お願いします!

「3号機は核爆発していた」のか?

3号機が水素爆発ではなく核爆発だったという説は今もネットでたびたび見かける。誰かの説というよりは、さまざまなひとたちが同時発生的に言い出したものなのだと思う。この核爆発説の根拠は突き詰めるとたったひとつで、「他の原子炉より激しく爆発して、きのこ雲が上がったから」に尽きている。映像を見ると、たしかに1号機では横に広がるように白煙が出ているのに対して、3号機は黒い煙がきのこ雲のように勢いよく上がっている。

しかし、実際には核爆発でなくてもきのこ雲はできる。煙が黒かったのは、爆発時になんらかの可燃物が燃えたことを示唆している。実のところ、核爆発説を唱えたひとたちはただ印象を語っているだけで、建屋に溜まった水素が爆発しただけではあのような爆発にならないという根拠は示されていない。核爆発という突拍子もない説を言うなら、その前に水素爆発ではないことをきちんと説明するのが筋というものだろう。

核爆発と聞いて、多くのひとが即座に「ありえない」と判断した理由から書いておこう。たしかに、原発と原子爆弾とは同じようなものだという乱暴な話は昔からある。どちらも核分裂の連鎖反応を利用するという意味では同じなのだが、だからと言って原発は核爆発を起こしたりしない。その理由は、核分裂をゆっくり持続させる原子炉と急激に反応させる原爆とでは使うウランの純度がまったく違うところにある。

天然ウランはほとんどがウラン238という同位体でできていて、わずかにウラン235という同位体が含まれている。ところが核分裂連鎖反応を起こすのはこの微量のウラン235のほうだ。ウラン235の原子核に中性子が当たるとふたつの原子核に分裂し、同時に中性子がいくつか出る。この中性子が別のウラン235原子核に当たれば、それもまた核分裂を起こす。これが次々と続くのが連鎖反応だ。

連鎖反応を持続させるには大きくふたつの障害がある。ひとつはウラン235から出た中性子はそのままでは速度が速すぎて次のウラン235にほとんど当たらないこと、もうひとつは天然ウランの大部分を占めるウラン238が中性子を吸収してしまうこと。核爆弾には、邪魔もののウラン238を取り除いた高純度のウラン235を使う。ウラン235を充分な量集めれば、高速の中性子でも連鎖反応を急激に進めさせることができる。

いっぽうの原子炉ではウラン235の純度が低いものを燃料として使い、「減速材」で中性子を遅くすることによって、中性子がウラン235に当たる確率を高めている。東電福島第一原発のような軽水炉では水が減速材として使われている。そんなわけで、原子炉の燃料ではそもそも核爆発を起こさせることができない。ネットでよく見かける「核爆発説」に対してはこの説明だけで充分だと思う[1]。核爆発ではないことを示す傍証としては、中性子が検出されていないことも付け加えておこう。

この3号機核爆発説を主張したひとは何人もいる。その中でも特に有名人としてECRR(欧州放射線リスク委員会)科学事務局長のクリス・バズビーを挙げておく。バズビーは東電原発事故から一ヶ月半後の2011年4月25日にRussia Todayというテレビ番組に出演して、3号機の使用済み核燃料プールで核爆発(nuclear explosion)が起きたと語った[2]。

この説にはまさに上に書いた理由で相当の反論があったらしく、1年以上経った2012年7月末に出版された著書『封印された「放射能」の恐怖』ではわざわざ核爆発説の「改訂版」を披露している[3]。そちらによれば、使用済み核燃料プールではなく圧力容器内でプルトニウムによる核爆発が起きたらしい。「大砲を垂直に宙に発射するように、3号機からは激しく煙が噴き上がりました」というのが3号機で圧力容器が爆発した証拠なのだという。そこから核爆発という結論にいたる根拠らしい根拠はこの改訂版でも特に見つけられない。

たしかに3号機は酸化ウランに酸化プルトニウムを混ぜたMOX燃料だったから、バズビーのようにプルトニウムの核爆発を想定しようとするひとがいるのもわからなくはない(もっとも、プルトニウムは原子炉内でウラン238が中性子を吸収して作られるので、実はMOXではない他の原子炉の燃料にも含まれている)。実際、長崎に投下された原子爆弾にはプルトニウム239が使われていた。

しかし、そうなるとこんどは燃料の中からプルトニウムを取り出して集めなければならず、そのための再処理と呼ばれるプロセスが必要になる。バズビーは、プルトニウムの沸点がウランより低いので圧力容器内でプルトニウムが先に蒸発して、濃縮された「プルトニウムの蒸留液ができ、それが核爆発を起こしたのではないか」と推測している。

つまり再処理しなくてもプルトニウムが自然に取り出されてしまったというわけだが、これにはさすがに無理があるし、蒸発して集まっただけで核爆発するならプルトニウム爆弾もずっと簡単に作れるに違いない。核爆発説の引っ込みがつかなくなって、苦し紛れの説明を思いついたというところだろう。

いずれにしても、原発は核爆発を起こさない。広瀬隆は週刊朝日2011年5月6日号でチェルノブイリ事故を「原子炉の原爆化」と表現したが、もちろん原子炉は原爆にはならない。

一方、アメリカの原子力技術者アーニー・ガンダーセンもほぼ同時期の4月26日に、3号機の爆発は水素爆発ではなく即発臨界だったと主張するビデオをインターネットで公開した[4]。核爆発ではあまりにばかばかしいので、即発臨界という耳慣れない言葉で幻惑を誘ったというところだろうか。

では、その即発臨界とはなんだろう。運転中の原子炉の中では核分裂連鎖反応が一定に維持されている。これは臨界状態と言われる。臨界状態を作り出すためには厳しい条件があって、適切な間隔で並んだ燃料の間に、上述のように減速材としての水が入っていなくてはならない。

実は中性子には核分裂と同時に出る即発中性子と、核分裂よりずっと遅れて核分裂生成物から出る遅発中性子の2種類があって、原子炉では両方合わせて臨界状態になるように制御棒で制御されている。即発臨界というのは即発中性子だけで臨界状態になってしまう一種の暴走状態を言い、万が一原子炉の中でこれが起きると連鎖反応を制御できなくなってしまう。

とはいっても、際限なく暴走し続けるわけではなく、どこかで終息する。過去には、1999年に北陸電力志賀原発1号機で制御棒が抜けてしまった事故の際、即発臨界が起きた可能性が指摘されているが、即発臨界だったのだとしても、燃料の破損などの痕跡を残すこともなく終わっている[5]。

ガンダーセンによれば、3号機の使用済み核燃料プールで水素爆発が起こり、貯蔵されていた核燃料がその衝撃波によって集まって即発臨界を起こしたのだという。ところが、ガンダーセンが水素爆発を否定する理由もやはり、激しい爆発で煙が上に吹き上がったからの一点でしかない。広瀬隆がこの説を週刊朝日5月27日号で「論理的で納得できるものです」と紹介しているのだが、実際にはただの憶測にすぎず、論理らしいものはどこにもない。ガンダーセンは2012年2月に発行された著書『福島第一原発 真相と展望』の中でもこの主張を繰り返している[6]。

実は国会事故調の調査報告書も3号機プール内の使用済み核燃料が水素爆発の衝撃で集まって再臨界した可能性に言及している[7]。といっても、それが即発臨界だったとも爆発が起きたとも言っているわけではなく、ただそれでプールの水温が上がったのではないかと言っているだけだ。もちろん、そもそも使用済み燃料プールは核燃料が勝手に臨界状態になったりしないように設計されているので、なにがしかの事故で偶然が重ならない限り臨界状態は起こらない。

たしかに、使用済み核燃料プールの燃料棒が水素爆発の衝撃で変形して再臨界する可能性がないわけではないようだ[8]。しかし、万が一再臨界が起きて、さらにそれが即発臨界に達したとして、それで水素爆発より激しい爆発が起きたという根拠があるわけでもない。そして、実のところ、この可能性を真剣に検討する価値はとっくになくなってしまった。『福島第一原発 真相と展望』には「使用済み核燃料があるべき位置に並んでいれば、私は間違っていたことになります」と書かれているのだが、まさにその通りになったからだ。

ニュースを追っているかたならお分かりの通り、今となってはこの問題にはとっくに結論が出ている。バズビーやガンダーセンは3号機の様子がわからないのをいいことに突拍子もない予想を展開してみせたわけだが、2013年10月には3号機上部にあった瓦礫が撤去されて状況が見られるようになったし、それに先立って2013年2月には水中カメラで使用済み燃料プールの中が撮影され、燃料を格納しているラックなどが損傷していないことが確認されている。もちろん、それ以後も使用済み燃料プールの様子は何度も撮影されている。格納容器を吹き飛ばすような核爆発やプールでの即発臨界はもちろん、ただの再臨界も起きていなかったのは明らかだ。

ところが、驚くべきことに、2015年になってもまだ3号機核爆発説を唱え続ける人がいる。広瀬隆は近著『東京が壊滅する日 フクシマと日本の運命』で、ガンダーセンが「原爆と同じ核暴走による爆発が起こった可能性が高い」と指摘したと、2011年とまったく変わらない調子で書いている[9]。少し引用しておこう。「1号機の最初の水素爆発と違って、3号機では核燃料を空高く吹き上げ、次頁の写真のように、その黒いかたまりが空から降ってくる爆発の映像から”核爆発と推定される”として、多くの日本人に衝撃を与えた原発である。実際、空から降ってきたのは、とてつもない量のプルトニウムを含む燃料であった」。これが2015年7月に出版された本の文章とはちょっと信じがたいのだが、期限切れのデマでも書き続けていれば信用する読者がいるという判断だろうか。もちろん、上に書いたとおり、核燃料を吹き上げたなどという事実がなかったのははっきりしている。

バズビーもガンダーセンも東電原発事故直後から日本の雑誌にしばしば登場してコメントをしていた「専門家」だった。特にバズビーはECRRという組織を背負っていたので、日本でも一部のひとたちから絶大な信頼を得ていた。それだけに、彼らが英語で発表した核爆発説も日本ですぐに注目されて、ネットで広まっていったようだ。

しかし、そんな彼らが実は基本的な科学知識すら怪しかったことがこの一件でわかる。では、彼らはなぜ水素爆発ではないとことさらに言い張ったのだろう。彼らの著書や映像で判断するかぎり、「自分には映像が尋常なものとは見えなかったのだから、尋常ではないことが起こったはずだ」という思い込み以外に根拠はない。

これで思い出すのは、2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロのことだ。世界貿易センターのツインタワーが旅客機の衝突からしばらくしていきなり崩壊する映像は世界中のひとに衝撃を与えた。そして、しばらくすると「映像で見られるビルの崩壊のしかたがおかしい。飛行機が衝突しただけでビルがあのように崩壊するはずがない」と言い出すひとたちが現れた。Truther(真実派)と呼ばれた彼らは、崩壊映像がビルの爆破解体に似ているというだけの理由で、ツインタワーは実はアフガン・イラク侵攻の口実を作るためにアメリカ政府の手で爆破されたのだと言い張った。

もちろん、あのような巨大ビルの崩壊など誰も見たことがなかったのだから、「おかしい」というのもただの根拠のない思い込みにすぎない。Trutherたちは「映像が尋常ではなかった」というだけの理由でありもしない巨大な陰謀の存在を紡ぎ出してしまった。これは3号機核爆発説の論理と似てはいないだろうか。バズビーもガンダーセンも、そして核爆発を主張したその他のひとたちも、映像を見ただけで核爆発説を紡ぎ出した。彼らがことさらに水素爆発を否定してみせたのは、「自分だけは隠された真実を知っている」というアピールだったのかもしれない。これはデマのひとつの典型的なパターンだろう。

参考文献

[1] リチャード・A. ムラー「今この世界を生きるあなたのためのサイエンス」(2010,楽工社)、多田将「ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>」(2015,イースト・プレス)

[2] https://www.youtube.com/watch?v=x-3Kf4JakWI

[3]クリス・バズビー「封印された「放射能」の恐怖」(2012,講談社)

[4] http://www.fairewinds.org/nuclear-energy-education/gundersen-postulates-unit-3-explosion-may-have-been-prompt-criticality-in-fuel-pool

[5] 石川迪夫「原子炉の暴走―臨界事故で何が起きたか」(2008, 日刊工業新聞社)

[6] アーニー・ガンダーセン『福島第一原発 真相と展望』(2012, 集英社)

[7] 国会事故調報告書2-2-4 http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/blog/reports/main-report/reserved/2nd-2/#toc-44

[8] 中島健「再臨界について」(炉物理の研究64, 2012, http://rpg.jaea.go.jp/else/rpd/annual_report/RPDNo64.html

[9] 広瀬隆『東京が壊滅する日 フクシマと日本の運命』(2015, ダイヤモンド社)

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プロフィール

小峰公子ZABADAK

福島県生まれ。1991年にkarakというユニットで キングレコードよりデビューし3枚のアルバムをリリース。ZABADAKとデビュー当時より活動を共にし、作詩とヴォーカルを担当。コンセプチュアルワークやアートディレクションにも参加していたが2011年に正式メンバーとなる。TVCMは200曲以上、アニメやゲーム、TV番組、演劇作品などへの詩や歌唱の提供も数多い。2014年3月に、物理学者・菊池誠氏、漫画家・おかざき真里氏との共著『いちから聞きたい放射線のほんとう~いま知っておきたい22の話』(筑摩書房)を刊行。

この執筆者の記事

菊池誠統計物理学 / 計算物理学

大阪大学サイバーメディアセンター教授。1958年生まれ。専門は統計物理学・計算物理学。テルミンという怪しい電子楽器も弾く。著書に『科学と神秘のあいだ』(筑摩書房)、『おかしな科学』(渋谷研究所Xと共著、楽工社)、『信じぬ者は救われる』(香山リカと共著、かもがわ出版)、訳書に『ニックとグリマング』『メアリと巨人』(ともにフィリップ・K・ディック、筑摩書房、後者は細美遥子と共訳)などがある。

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