鼻血は被曝影響だったのか――原発事故のデマや誤解を考える

小峰 私は大学生の男子の母なのですが、うちの子は頻繁に鼻血だしてたんですよ。保育園の集合写真では鼻にティッシュ詰めてるのが何枚かあったくらい。

 

菊池 こどもはよく鼻血をだすものだよね。

 

小峰 保育園の先生は慣れたもので、鼻血の止め方を園児に教えてました。強力に鼻をつまんでゆっくり10数える、っていうだけですけど、それがわりと効果あるんですよ。うちはアレルギーもあってしょっちゅう鼻をぐずらせてたし、粘膜も弱かったんだと思います。中学生くらいまではよくワイシャツを鼻血で汚して帰ってきてました。それでね、先日「そういえば最近は鼻血出ないね」って言ったらなんと「鼻のほじり方がうまくなったからな」という「鼻血の真実」にせまる答えを。

 

菊池 無意識に鼻をほじってたっていうのも、こどもの鼻血ではわりとありがちなことみたい。血管が集まってるから、傷つくと出るんだよね。

 

小峰 で、それをTweetしたら、友人のこどもも同じく鼻血がひどくて、レーザーで鼻の粘膜焼いたんですって。二人子どもがいて二人ともひどかったらしい。私の兄もしょっちゅう鼻血だしてたのをおぼえてましたからそんなに慌てなかったけど、たまにいつまでも止まらない時があって、心配しました。学校に行く前によく出してたんで、お医者さんに「朝出るんですけど」って相談したこともありました。気にしないでいいですよ、っていう答えでした。

 

菊池 僕はおとなになってからはたまに、かなあ。やっぱり子どもに多いんだよ。原因はいろいろあるよね。大量に出るのも珍しくないって、耳鼻科のウェブサイトに書いてあった。

 

小峰 私は、小さい時は出なかったけど、おとなになってから乾燥すると出るようになっちゃった。フランスって乾燥してるでしょう? お肌もカサカサになるけど、鼻の粘膜も乾いて、パリ行くたび鼻血だしてたな。かっこわるーい。ライヴ前にたらーって出てきて、本番に出たらどうしようってあせったことも。

 

 

鼻血は放射線被曝のせい?

 

小峰 で、その鼻血のことですが、放射線被曝との関係が度々取り上げられますよね。確かに原発事故以前の鼻血と、事故の頃の鼻血では心配の度合いが違ったとは思います。でも、事故での被曝量から鼻血との関係は早くから否定されていましたよね。それでも鼻血の話題は不安を煽るようにいまだに繰り返されてる。こどもが鼻血をだしているイラストに「おかあさん、どうしよう」っていうコピーの画像がネットで流れてたこともありました。あれはいやな感じだったなあ。

 

菊池 母親たちをただ不安にさせるような印象操作はたちが悪い。そういうのが「デマ」なんだよ。今回、4年前の雑誌や本をあらためて確認したんだけど、被曝で鼻血が出ると主張していた人たちは、ほかにも下痢や喉がいがいがするのを代表的な症状として挙げていた。むしろ、まず下痢から、かな。

 

小峰 まず下痢だったんですか。こどもは下痢も鼻血くらいよくあった。これも原因はいろいろありますよね。「福島に行ったら下痢」というのは聞きませんね。下痢の…イラスト…うう、むずかしい…よりは鼻血のほうが、なんというかびっくりするかな。出血だから。

 

菊池 どれもよくある症状だよね。その中では鼻血がいちばん印象的だったんじゃないかな。結局、鼻血だけがクローズアップされた。

 

小峰 私と同年代の方が、放射線の件で鼻血が出てくるのは山口百恵の「赤い疑惑」って番組の影響があったんじゃないかって。

 

菊池 宇津井健と三浦友和の。

 

小峰 はい、私は見てなかったんですけど、百恵ちゃんが放射線を浴びて白血病になるという設定で、鼻血出して倒れるシーンがあったらしくてですね。

 

菊池 「赤いなんとか」ってシリーズがあったのはよくおぼえてるけど、鼻血の場面はおぼえてないや。そもそも見てないかも。

 

小峰 それでね、被曝で白血病になる、ということと、白血病の症状は鼻血、っていうイメージが、ある世代には強烈にくっついているのではないかとおっしゃってました。

 

菊池 それは「太陽を盗んだ男」でパーソナル原爆を作れるというイメージができた、っていうのと似たような話だね。

 

小峰 ええ。鼻血が出たら白血病かもしれないぞ、という。白血病と特定はしなくとも、原発事故で「鼻血が初期症状で、今後いろいろな健康被害が出る」と考えてる人がいるからこんなに何度も鼻血騒動が繰り返されてる。

 

 

鼻血で病院に行った人の数は増えてない!

 

菊池 鼻血は前兆だというわけだね。たしかに大量に被曝して下痢や鼻血が起きたのなら、それだけでは済まない。命にかかわる可能性もある。でも、震災から5年近く経つけど、そんな話はないよね。そんな大量の被曝をした人はいないんだから当然なんだ。結論から言っちゃうと、震災のあとにも鼻血で病院に行った人の数は増えてない。

 

小峰 え、ちゃんとそういうデータがあるんですか。

 

菊池 ある。福島県内の病院で患者数の変化を調べてる。被曝が原因かどうか以前に、そもそも鼻血そのものが増えてないんだ。そういうデータが最近になって出てきた。

 

小峰 なんかもう、鼻血、取り上げなくていいような気がしてきた……。

 

菊池 鼻血が前兆だって言うのなら、鼻血を出す人が本当に増えているかどうかがいちばんの問題のはずだよ。

 

小峰 そうですよね、本当に増えてたらその人たちの追跡調査をして健康被害をチェックしていくべきだと思うし。

 

菊池 仮に本当に増えていたとしても、震災によるストレスとかほかの理由のほうが被曝よりもずっと可能性が高いでしょう? でも、実際にはデータに現れるほどは増えてない。

 

小峰 でも、鼻血からだんだんひどいことになっていきますよ、っていう被曝のシナリオみたいなものは聞きますよ。

 

菊池 実際、原発事故後にそう言ってみんなを脅した人たちがいるんだ。まず下痢や鼻血で始まって、それからいろいろ起きてくるって。それも、低線量被曝でそうなるって。

 

小峰 先日、福島から関西に保養に行った先で「震災当時、鼻血がでなかったかどうか」と訊かれたっていうお母さんの話を聞いたんですけれど、「そういえばあの頃鼻血を出したことがあった」と思い出して泣いちゃったそうなんです。

 

菊池 被曝したら必ずからだに影響が出るって決めつけてるんだね。わざわざ関西まで行くくらいの人なら、もともと不安を抱えているわけでしょう。その不安をさらに大きくしようとしてる。

 

小峰 早く避難するべきだったと言われたそうです。「心配する」「心配してあげる」っていう範疇を超えちゃってる。

 

菊池 心配する気持ちは本当だとしても、知識がなければ逆効果になりかねない。そういう閉鎖的な場でデマが広まってる。その言葉は無責任にもほどがあるよ。

 

小峰 あ、でもそんな保養ばかりじゃなくて放射線の「ほの字」も言わない保養先もあるそうです。それって大事ですよね、心からリラックスするには。震災以降「不安に寄り添う」って嫌いな言葉になりました。寄り添うという言葉に責任が伴わないことが多すぎたと思うのです。当事者性っていうのも微妙な言葉ですけれど、当事者じゃないからそんなことも平気で言えるんだろうなと。

 

 

ほんとうに鼻血が出るとしたら

 

小峰 わたし、昨年末に第一原発の敷地内の視察ツアーに行きましたけれど、鼻血出してる人にはひとりも会いませんでしたよ。いわきでも原発でも。

 

菊池 原発敷地内だと、それなりに線量の高いところに行ってますよね。

 

小峰 はい、バスからの視察ですが、かなり線量高いところも通りました。鼻血出ませんでした。竜田一人さんの「いちえふ」の中に、原発作業員さんの最も困ることとして、鼻がかゆくなってもマスクをかなり着けているので掻くことができない、かゆい!! っていう描写があったんだけど、もし鼻血がそんなにバンバン出るとしたら、作業員さんは鼻血でマスク内溺死してしまうだろうな、と思いましたよ。作業どころじゃなかろう、と。もしよくあるなら鼻血排出装置つきマスク、とか開発されるに違いない。

 

菊池 原発の視察に行った人はこれまでに16000人なんだって。鼻血を出す人がたくさんいたら、とっくに大ニュースになってるよね。歯科医の方もその程度で鼻血がでるならレントゲン室は血の海だろうと言ってた。

 

小峰 宇宙飛行士も研究作業どころじゃないすね。宇宙は放射線量高いですからね。

 

菊池 国際宇宙ステーションでは1日で1ミリシーベルト被曝するらしいよ。あとは、長距離の飛行機の中とか。どっちも宇宙線による被曝。

 

小峰 ああ、でもね、原発で出た放射線だけが身体に悪さする、レントゲンや宇宙線は人体に害はない、っていう誤解をしてる人にはこの話は通じないな。

 

菊池 そんなわけにはいかないよね。元がなんであれ、放射線は放射線、被曝は被曝。

 

小峰 自然放射線は人体に害がないと主張するひとが実際身近にいて、これもデマの元になっている「思想」のひとつと思うのですが、私たちのからだには自然放射線か人工か見分けられる能力はないですよね……。このあたりは『いちから聞きたい放射線のほんとう いま知っておきたい22の話』を読んで理解していただきましょう。そもそも、鼻血が出るのは高線量被曝の症状なんですよね?

 

菊池 ほんとうに鼻血が出るとしたら、それは高線量を浴びたときの確定的影響というものの範疇。その場合には、鼻以外の粘膜からも出血する。

 

小峰 高線量被曝と低線量被曝っていう境目は?

 

菊池 低線量っていうと100ミリシーベルト程度より下を指すことが多いと思うけど、出血が起きるとなると、境はずっと高くて、ミリがつかないシーベルトだね。しかも、それを短時間に浴びないと起きない。

 

小峰 下痢や鼻血も内部被曝の症状ということですか?

 

菊池 いや、内部被曝か外部被曝かじゃないよ。ガンマ線なら外からでもからだの中まで入ってくるから、外部被曝でも大量に浴びれば粘膜に確定的影響が出る。

 

小峰 つまり重篤な事態の初期症状であって、たまに出た鼻血がそれにあたるか、というとそうじゃない、もし鼻血が続き粘膜からの出血が始まった、というなら本当に危険、ということでしょうか。

 

菊池 そう。もちろん、今回の事故でそんなふうになることはありえない。そんな心配をしなくてはならないほど大量の被曝をした人はいないから。鼻血にはいろんな原因があるけど、震災の時に指摘されていたのは、瓦礫の埃などで鼻の粘膜が傷ついた可能性とか、あとは花粉の季節だったことも。それにストレス。

 

 

厄介な「腑に落ちるかどうか」

 

小峰 放射線を気にして鼻血がでるんじゃないか、ってしょっちゅう鼻かんだりしてたらよけいに傷つきそう。最近また北関東に行った芸能人が宿泊したホテルで鼻血を出した、ということで「被曝=鼻血」の話題がありましたね。Twitter上のやり取りですぐに決着したみたいですけれど。

 

菊池 「これまでに鼻血が出たことなんかなかった」という自分にとって珍しいできごとと「放射線量が高そうなところに行った」ことを結びつけてしまったのでしょう。

 

小峰 郡山の友人が「そんなんだったら私たちは毎日鼻血出してるよ」って怒ってた。あ、ホテルの部屋って乾燥してるからそのせいだったりはないのかな。

 

菊池 鼻血の原因にはいろんな可能性があるよ。行っただけで出た、っていうのは「美味しんぼ」もおなじだった。

 

小峰 体験不足や観察不足だったことがらを放射線と直結させて考える、っていうのは前回前々回も話した、放射線デマや誤解のよくあるパターン。

 

菊池 それまで体験したことのないできごとに出会ったとき、なんとか「理由をつけて納得したい」という気持ちになるのはどうしようもないかもしれない。だからって、なんでもすぐに放射線と結びつけてしまってはいけない。低線量の放射線被曝でそんなにいろんなことが起きるはずはないんだ。放射線がすべての答えを与えてくれるわけじゃないよ。

 

小峰 答え、ね。「腑に落ちる」「腑に落ちない」、これも事故後あまり好きじゃなくなっちゃった言葉なんですけど。

 

菊池 「腑に落ちるかどうか」にはデータも根拠もいらないから厄介だね。

 

小峰 理解ではなく、気持ちの問題ですからね。で、最初にも話したんだけれど、こどもの鼻血も「心配しなくていいですよ」と言われて私は安心しましたが、そう言われても「なにか病気なんじゃないか」って疑ってしまうこともあると思います。不安な気持ちがまるでないなんてひとはいないと思うし、他人の不安を非難するなんて誰もできないと思います。

 

不安な気持ちって、抱えたまま放置しておくというのは過酷なことですから、その落ち着き先みたいなものを求めてしまうのはわかるんですよね。「症状の原因に病名をつけてもらったほうが安心する」というか「病気であっても病気とわかれば安心」というのもヘンですけど、そんな気持ちもひとにはあって、そうなると鼻血被曝説は支持されるだろうな、というのが今回の事故後の個人的感想なんですけど……

 

菊池 デマを受け入れるというのは、結局そういうことなのかもしれないよ。子どもが鼻血を出せば、とりあえずびっくりするのは普通だと思う。そのときに「ただの鼻血です。異常ありません」で納得できないと、あらぬ方向へ行きかねない。

 

小峰 鼻血が放射線の影響によるものだとするデマの背景については、これから菊池さんに詳しく説明していただくとして……最後に「これまでもずっとこどもたちがよく鼻血を出してきたように、これからもこどもたちは鼻血を出すことがあるだろう、でもそれだけなら問題はないのだ」ということは、確認したいです。

 

菊池 鼻血だけじゃないよね。本当はありふれているはずのさまざまな症状や現象をつい放射線と結びつけてしまいたくなることはあるかもしれない。そんな時に、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいな。デマには、作る人と広める人と受け入れる人がいる。デマを作る人は止められなくても、せめて広める側にはならないようにしないと。

 

小峰 この世の中、この世界で生きていくのは不安だらけだから、不安な気持ちになるのはしょうがないですよね。でもちょっとの知識やちょっと違ったものの見方がそれを解消してくれることだってある、っていうことも今回の事故後の個人的感想です! 【次ページにつづく】

 

 

 

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