魚は性を自由に換える

はじめに

 

一部の魚には、成熟した親でありながらあっさりと反対の性に転換する種が知られています。今まで卵を産んでいたメスが短期間でオスとなって精子を作り、別のメスが産んだ卵と受精して子供を作る、ということが平気で起こります。このように魚の性転換の特徴は子供も作れる機能的なものです。同時に、性行動も雌型から雄型へと変わりますので、脳も転換してしまうのです。オスからメスの逆の転換も見られます。

 

私は、魚の性転換の生理的仕組み(ホルモンや遺伝子)や「なぜ性転換できるのか?」ということに興味を持ち、大学院生とともに過去15年間沖縄で研究してきました。今回はその成果について紹介いたします。

 

 

多様な魚の性転換

 

性転換する魚は約400種いると言われています。性転換と言っても多様で、オスからメス(雄性先熟)、メスからオス(雌性先熟)、雄雌どちらの方向に何回でも転換できる(双方向性転換)の3タイプに大きく分けることが出来ます。我々は雄性先熟として、水族館で人気者のクマノミ(写真1)、雌性先熟魚として、沖縄に沢山生息するベラの仲間のミツボシキュウセン(写真2)とカンモンハタ(写真3)、双方向性転換魚としてオキナワベニハゼを飼育しながら研究をしてきました。3タイプの性転換全てをお話しすると混乱しますので、分かり易い例をあげて説明します。

 

 

写真1 クマノミ、雄性先熟(オスからメスへ性転換)

写真1 クマノミ、雄性先熟(オスからメスへ性転換)

 

 写真2 ミツボシキュウセン(ベラの仲間)、雌性先熟(メスからオスへ性転換)


写真2 ミツボシキュウセン(ベラの仲間)、雌性先熟(メスからオスへ性転換)

 

写真3 カンモンハタ、雌性先熟(メスからオスへ性転換)

写真3 カンモンハタ、雌性先熟(メスからオスへ性転換)

 

 

何のために性転換するのか

 

諸説はありますが、どうして魚は性転換するのでしょうか。ヒトの子供はお母さんのおなかにいる時に卵巣と精巣が作られ、女、男の区別ができます。魚は卵から孵化した直後くらいに卵巣と精巣ができ、そこで雌雄が決まります(図1)。性転換するクマノミとハタの性の決まり方を調べてみると、両種の孵化した直後の子供は、全ての個体が卵巣を持つメスであることが分かりました(図2)。オスからメスに性転換するクマノミもはじめは全て卵巣(メス)でした。生まれつきのオス(精巣)がいないのです。

 

 

図1 雌雄異体魚の性決定(オスが性決定遺伝子を持っていて精巣を分化させる。メスは持たないので卵巣へ分化する。)

図1 雌雄異体魚の性決定
(オスが性決定遺伝子を持っていて精巣を分化させる。メスは持たないので卵巣へ分化する。)

 

図2 クマノミやハタの性決定 (性決定遺伝子を持たないので生まれつきのオスがいない。全て卵巣を持つメスとなる。全てのオスはメスが性転換して作られる。)

図2 クマノミやハタの性決定(性決定遺伝子を持たないので生まれつきのオスがいない。全て卵巣を持つメスとなる。全てのオスはメスが性転換して作られる。)

 

 

卵と精子による受精で繁殖する有性生殖では雌雄がいなければ子供を残せません。このままでは子供が出来ずに滅びてしまいます。従って、この場合、性転換によりオスを作る必要があります。性転換とは、子孫を残すためにいない方の性を作るための現象である。これが我々の結論です。

 

 

空気を読み性転換

 

性転換の開始は、「社会の空気を読むこと」が引き金となります。良く知られているハワイのベラの例を紹介しましょう(図3)。ベラはメスからオスに性転換します。①大きいメスと小さなメス、または小さなオスを同じ水槽に入れると、いつも大きい方がオスとなります。②三尾のメス(♀)では一番大きなメスがオス(♂)になります。ところが、③メス単独では、体が大きかろうと小さかろうと性転換しません。また、④大きなオスとそれよりも小さいメスとでも、性転換しません。このことから、メスからオスの性転換には周りに同種の小型のオスかメスが必要であることが分かります。

 

 

図3 ベラの性転換 ①メス2尾で飼育すると、大きい方がオスへ性転換           ②メス3尾では一番大きな個体がオスへ性転換           ③メス単独では性転換しない           ④大きなオスと小さなメスでは性転換しない

図3 ベラの性転換  (1)メス2尾で飼育すると、大きい方がオスへ性転換
        (2)メス3尾では一番大きな個体がオスへ性転換
(3)メス単独では性転換しない
       (4)大きなオスと小さなメスでは性転換しない

 

 

次に、性転換のシグナル(空気)は、視覚、触覚、臭覚(フェロモン)のいずれであるのかを、以下のような水槽を準備して大小二尾のメスを飼育して調べました(図4)。その結果、①お互いが見えて接触できる状態では性転換しました。②お互いが見えるが接触出来ない、ただ水の交流がある仕切り(網など)を入れて飼育すると大きい方のメスはオスになります。③二つの水槽の間に水の交流が出来ない、お互いが見えない仕切りを入れた場合、どちらも性転換しません。④水の交流があるがお互いが見えない様にして飼育すると、共に性転換しません。

 

 

図4 ベラの性転換 ①お互いが見え、接触し、匂いを感じると性転換           ②お互いが見え、接触出来ない、匂いを感じても性転換           ③お互いが見えず、接触できない、匂いを感じないと性転換しない           ④お互いが見えず、接触できない、匂いを感じても性転換しない

図4 ベラの性転換 (1)お互いが見え、接触し、匂いを感じると性転換
              (2)お互いが見え、接触出来ない、匂いを感じても性転換
                                 (3)お互いが見えず、接触できない、匂いを感じないと性転換しない
                            (4)お互いが見えず、接触できない、匂いを感じても性転換しない

 

 

このことから、視覚による情報(空気)を読み取ることで性転換することが明らかとなりました。クマノミもオキナワベニハゼも同じ様に、空気を読んで性転換します。

 

 

性転換とは生殖腺(卵巣と精巣)が換わる現象

 

魚のメスとオスの定義はヒトと変わりません。メス(女)は卵を作る卵巣を持つ個体、オス(男)は精子を作る精巣を持つ個体です。従って、雌雄は「生殖腺」(卵巣か精巣)で判断しますので、性転換とは、生殖腺が劇的に変わることなのです。実際にベラでは卵巣が精巣に完全に換わります(写真4)。

 

 

写真4 ハワイのベラの性転換、卵巣が精巣に換わる。卵巣中には多数の卵(大小の丸いもの)だけで精巣組織はないが、性転換後には卵が無くなり精子(黒い小さなつぶつぶ)だけとなる。

写真4 ハワイのベラの性転換、卵巣が精巣に換わる。卵巣中には多数の卵(大小の丸いもの)だけで精巣組織はないが、性転換後には卵が無くなり精子(黒い小さなつぶつぶ)だけとなる。

 

 

つまり、今まで卵を産んでいた魚が精子を出すようになるのです。しかも、一ヶ月という短期間で換わります。卵巣が精巣に換わるのですから、性決定の生理機構があるはずです。そこの仕組みを解明すれば、性転換しない魚でも性転換を可能にする技術を開発できるかもしれません。

 

ひとつ予想できるのは、主に卵巣では女性ホルモン、精巣では男性ホルモンがそれぞれ作られますが、これらの性ホルモンが関係して性転換を誘導しているのではないか、ということです。そこで、メスからオスへ換わる過程の性ホルモン量の測定を行ないました(表1)。

 

 

表1 ベラの性転換に伴う女性ホルモンと男性ホルモン変化、性転換の開始にともない急激に女性ホルモンが低下する。

表1 ベラの性転換に伴う女性ホルモンと男性ホルモン変化、性転換の開始にともない急激に女性ホルモンが低下する。

 

 

性転換前と後との変化をみてみると、メスの時に高かった女性ホルモンが性転換のごく初期に劇的に低下していることが分かります。つまり、この女性ホルモンの低下が性転換のきっかけとなっているのではないかと考えられます。そこで我々はメスの女性ホルモンを無理矢理低下させると性転換を引き起こすかどうか、実験をしました。

 

ここで用いたのが、ヒトの乳癌の治療で用いられる女性ホルモン合成阻害剤(以下AIと略)です。乳癌は卵巣から分泌される女性ホルモンが高いと進行しますので、体の女性ホルモンの合成、分泌を低下させるために、このAIが開発されました。実はAIは、魚の女性ホルモンの低下にも有効なのです。ベラ成熟メスへのAI投与結果は驚くべきもので、たった5日間投与だけで一ヶ月後には成熟した精巣となりました。

 

ところがAIを投与しても女性ホルモンを補ってやると性転換が抑制され卵巣のままでした。これらの実験から、性転換には女性ホルモンの急激な低下が引き金となることを突き止めました。つまり、性転換魚は遺伝による性決定の変わりに性ホルモンによる性決定の生理機構を持っていたのです。【次ページへつづく】

 

 

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