スピリチュアリズムの危険性――『反オカルト論』

『理性の限界』(講談社現代新書)をはじめとする「認識の限界」シリーズや、天才数学者たちの思想を論じた『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)などの人気著者・高橋昌一郎氏が、科学の発達した現代になおも潜む「オカルト」をバサバサと切っていくのが本書『反オカルト論』だ。

 

「血液型」「星座」「六曜」「おみくじ」など日常に溢れている「占い」も、楽しむレベルなら問題ないが、それらを信じ込み、実際の行動に影響を及ぼすようなら、まさにオカルトの罠に陥ってしまっている。有名な「丙午」は出処も分からない迷信だが、前回の昭和41年は出生率が25%も激減。その前の明治39年には4%しか減らなかったことを考えると、時代錯誤の驚きの事実である。

 

こうしたオカルト現象は、一般市民にとどまらず、「死後の世界」を煽って〝霊感セミナー〟を行う大学医師やSTAP細胞事件など、学問に携わる専門家や研究者の間でも頻発している。なぜ最先端の知を求める科学者やエリートまでも根拠のない〝トンデモ〟に騙されてしまうのか? ここでは、本書『反オカルト論』から『人は死なない』を著した東大病院の矢作直樹氏について論じた第六章を紹介し、「霊魂」や「来世」の問題について考える。(光文社新書編集部)

 

 

溺れる者は藁をも掴む!

 

助手 二〇一五年十一月二十六日、1型糖尿病と診断されている七歳の男児に対して、治療に不可欠なインスリンを「あれは毒だ」と言って注射させず、衰弱死させた「自称祈祷師」の六十歳の男が、殺人容疑で逮捕されました。この種の事件が起こるたびに、犠牲者が痛ましくて……。

 

教授 生活習慣の影響から成人に多く発症する「2型糖尿病」と違って、「1型糖尿病」は自己免疫性疾患などが原因で小児期に多く発症する。日本では、毎年十五歳未満の小児十万人に約二人の発症率といわれる。血糖値を調整するホルモンのインスリンが膵臓から分泌されなくなる病気だから、これを注射で補わなければ、血糖値が異常に増加して意識障害や昏睡に陥り、最終的には死に至る。

 

助手 逮捕された男は、自ら「龍神」と名乗り、「心霊治療」で「どんな病気も治せる」と豪語していたそうです。「死神を祓う」という名目で、呪文を唱えながら手かざしを繰り返し、両親から数百万円を搾取していたということです。どうしてこんなバカげた話に騙されてしまうのか、理解できないんですが……。

 

教授 現在のインスリン注射器は万年筆型で、細い針を使用しているため、ほとんど痛みを感じさせないものもあるようだ。一日数回のインスリン注射さえしておけば、健常者とまったく同じように運動も生活もできる。私の友人にも1型糖尿病患者がいるが、一緒に飲みに行くと平気でワインのボトルを空けているよ。

 

そうはいっても、小学校低学年の児童が一日に何度も自分で注射しなければならないのは大変な負担だろうし、両親にとっても重荷であろうことは推察できる。そして、人は、苦悩が深ければ深いほど、その苦悩から解放してくれる話に、安易に飛びつきやすくなってしまうからね。

 

助手 両親も保護責任者遺棄致死容疑で書類送検されているようです。二人は男児が「どうして僕だけ注射を打たないといけないの」と嫌がっていたので「藁にもすがる思いで頼んだ」と話しているそうですが……。

 

教授 一九六〇年代のアメリカで、その男児と同じ七歳の女児が亡くなった事件がある。彼女の父親は「アメリカ自然健康法協会」の元会長で、現代医学を否定し、あらゆる病気は、断食や菜食などで「自然治癒」できると信じていた。

 

彼は、娘が病気になると、十八日間水だけの断食を行わせ、その後の十七日間はジュースしか与えなかった。女児は、栄養失調のため衰弱死に至った。

 

助手 悲惨なのは、いつでも子どもたちですね。

 

教授 そもそも「溺れる者は藁をも掴む」というのは、溺れたときに藁などを掴んでも助かるはずがないのに、人は非常に困窮すると、役に立たない無用なものにすがってますます困窮してしまうという、どちらかといえば他者を嘲笑する言葉だ。同情を誘うための言葉ではないんだがね。

 

男児の事件では、インスリン注射という「救命ボート」から男児を引きずり下ろし、わざわざ役に立たない心霊治療という「藁」を掴ませたのだから、関係者の責任は限りなく重大だ。

 

助手 二〇一五年九月二十四日に胆管がんのため五十四歳で逝去した女優の川島なお美氏も、抗がん剤治療を拒んで、心霊治療に頼ったことが話題になりました。彼女が通った「貴峰道」のサイトを見ると、「万病一邪。邪気を祓えば病が治る」と説き、純金製の棒で患部をこすれば「邪気(病を引き起こす気)」を取り除け、「難病」に効果があると述べています。

 

教授 棒で患部をこするだけでがんが消えていたら、今頃はファンも大喜びだろうが、結果的に病は治らなかった。彼女のすがった心霊療法も「藁」にすぎなかったというわけだ。

 

助手 何より許せないのは、溺れかけている人に幻想の「藁」を掴ませて儲ける「霊感商法」。もっと厳しく取り締まれないのかしら!

 

 

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いつから人間になるのか

 

助手 先生、私の親友が流産してしまいました。昨年の秋に結婚式を挙げて、「ハネムーン・ベイビー」だと大喜びしていたのに……。

 

新婚夫婦ともにガッカリしているところに、追い打ちをかけるように、流された「水子」を「供養」しなければ「祟り」があると言ってきたオバさんがいるそうで、世の中には本当に無神経な人がいるものですね。

 

教授 「水子」とは、『古事記』でイザナギとイザナミの最初の子「水蛭子」が海に流された故事から転じて、亡くなった胎児や新生児を指すようになった言葉だ。

 

最も辛い思いをしているのは当事者の女性だろうが、日本ではそこに付け込んで「水子供養」を売り物にする占い師や新興宗教が一九七〇年代から増えてきた。

 

助手 そもそも胎児は、どの時点から「人間」とみなされるのでしょうか?

 

教授 「母体保護法」では、母親の身体的あるいは経済的理由などにより、妊娠二十二週未満の胎児の人工中絶手術が認められている。つまり、二十二週未満の胎児は、法的に人間とはみなされていないことになるね。

 

しかし、たとえばキリスト教原理主義は、受精卵の時点ですでに神が人間の生命を与えているとみなし、人工中絶を殺人に相当する大きな罪と考える。そこで欧米では、女性の自己決定権を重視する「プロチョイス」派と、胎児の人権を重視する「プロライフ」派の二つの対極的立場が、大きな対立を続けている。

 

助手 受精卵から胎児になっていく過程は、どのようになっているんですか?

 

教授 精子が卵子と結合して「受精卵」になると、合体した細胞は、即座に細胞分裂を始める。細胞分裂を始めた受精卵は「胚」と呼ばれるが、受精後数時間で胚に「内胚葉・中胚葉・外胚葉」の三層構造が生まれ、それぞれが多種多様な器官に分化し始める。

 

二、三週目には、外胚葉に神経管が形成され、その底部にはニューロンのような細胞が発生して中枢神経系が形成され、上部には末梢神経系が形成される。四週目になると、この神経管の中央部に「前脳・中脳・後脳」の三つの領域が生まれ、脳の基礎が形成される。五、六週目には、脳内に電気的な活動が始まる。

 

助手 ということは、知覚が始まっているのかしら?

 

教授 いやいや、この時期の神経活動は、ニューロンが無秩序に電気信号を発するだけで、エビの神経系よりも未熟だ。この時点では、まだ人間の胚もブタの胚も区別できないくらいだからね。しかし、八週目を過ぎる頃から、人間の胚らしくなって「胎児」と呼ばれるようになる。ニューロンは急激に増加して脳内を移動し、全身で反射運動が生じる。

 

十二週目には、左右の脳半球が分かれ、十三週目にはそれらの脳半球をつなぐ「脳梁」と呼ばれる線維の束が作られる。この頃の胎児は、一種の「反射神経の塊」となって、刺激に対して身体を動かすようになるが、まだ何かを知覚しているとはいえない。

 

十六週目になると、「前頭葉・側頭葉・後頭葉・頭頂葉」が形成され、大脳皮質の表面にしわが寄り始める。十七週目には、ニューロンとニューロンを結合するシナプスが形成され、これによってニューロン間の情報交換が可能になる。

 

助手 その時点でも、人工中絶は可能なんですね……。

 

教授 二十二週目には、胎児が不快な刺激に対して明確に反応するようになり、現代医療のサポートさえあれば、母体の子宮から出て、保育器の中でも正常な脳を備えた人間として生存できるようになる。そこで先進諸国では、胎児を「人間としての尊厳を備えた存在」として法律で保護すべきなのは、「二十二週」以降が妥当だとみなしている。日本の「母体保護法」も、この見解と一致しているわけだ。

 

助手 いずれにしても、科学的事実に基づく「生命」の議論に、「祟り」のようなオカルトが入り込む余地はないですよね。

 

 

矢作直樹氏と「見えない光」

 

助手 昨夜、時間をかけて話し合った結果、母が父の霊を気にしている理由がわかりました。矢作直樹著『人は死なない』に、人間の肉体は滅びても霊は生き続ける、つまり「人は死なない」と書いてあって、それに影響を受けているんです!

 

この本の表紙には、出版当時の矢作氏の肩書が「東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授、医学部附属病院救急部・集中治療部部長」と大きく宣伝されていて、母は、この肩書で信用したらしくて……。

 

教授 矢作氏といえば、新聞記事のインタビューで、立派な意見を述べていたよ。「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」(『読売新聞』二〇一三年二月十五日付)とね。この「危険な宗教」の見分け方は核心を突いていて、一般読者にも有益なのではないかな。

 

助手 でも、最近の矢作氏は、まさに自分が批判している「金品を要求する」スピリチュアリズムに加担しているらしいんですよ。

 

「告発スクープ・大ベストセラー『人は死なない』著者・東大病院矢作直樹救急部長・大学内で無断霊感セミナー」(『週刊文春』二〇一五年四月十六日号)によると、矢作氏は、都内マンションの「ヒーリングサロン」に現れては「手かざし」を行っているそうです。

 

「矢作氏はひとりの女性に近づき、掌 をかざして頷きながら目を瞑る。約三分続けた後、こう語りかけた。『いま見えない光を送り込みました。うん、見えない光をね』」と……。

 

教授 「見えない光」だって? 一般に、電磁波の中で、視覚で認識できる波長を「可視光線」つまり「光」と呼び、それ以外の紫外線や赤外線のような「不可視光線」は「光」とは呼ばない。だから「見えない光」という言葉自体、矛盾しているんじゃないかな。

 

助手 ですよね。それで私も矢作氏の本を読んでみたら、その類の科学用語のオカルト的流用や飛躍が多くて、ビックリしたんです。

 

たとえば矢作氏は「人知を超えた大きな力の存在」を「摂理」と呼びながら、その存在の根拠には触れていません。それどころか「そもそも摂理や霊魂の概念は、自然科学の領域とは次元を異にする領域の概念であり、その科学的証明をする必要はないのではないでしょうか」と述べています。

 

この論法を認めると、自然科学と「次元を異にする」と開き直れば、どんな概念でも「科学的証明」なしで使えることになってしまいます。

 

評論家の立花隆氏は、矢作氏の著作について、次のように評価しています。「文章は低レベルで『この人ほんとに東大の教授なの?』と耳を疑うような非科学的な話(たとえば、百年以上前にヨーロッパで流行った霊媒がどうしたこうしたといった今では誰も信じない話)が随所に出てくる。これは東大の恥としかいいようがない本だ」(『文藝春秋』二〇一四年十月号)

 

教授 それで、「金品を要求する」スピリチュアリズムとは、どういうことなの?

 

助手 『週刊文春』の記事によると、矢作氏が「手かざし」を行っているサロンの経営者は、一度の「ヒーリング」で三万円、さらに「不健康を避けるためには先祖供養が必要」と十万円の追加料金を徴収することもあるそうです。

 

矢作氏は、その経営者と同じ部屋に居るわけですから、「患者」からすれば、東大教授がお墨付きを与えているように映るのではないでしょうか?

 

教授 もし現役の医師が治療と称して「手かざし」を行ったり、先祖供養に金品を要求する「霊感商法」に関わっていれば、「医師法」に抵触する可能性がある。

 

そもそも矢作氏は、自分の書いた書籍が一般読者に及ぼす影響力を、どのように認識しているのかな……。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

・稲葉剛氏インタビュー「全ての人の『生』を肯定する――生活保護はなぜ必要なのか」

・内田良「児童虐待におけるスティグマ――『2分の1成人式』を手がかりに考える」

・金泰泳(井沢泰樹)「在日コリアンと精神障害」

・加藤武士「アディクション(依存)は孤独の病」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第五回