AI創薬の革新――低コスト・低リスクで迅速な新薬開発に向けて

近年、創薬の現場では新薬開発の低迷、薬価の高騰が続き深刻な問題となっている。そんな中、注目を集めているのは人工知能(AI)の技術を利用した創薬戦略だ。AI、ビッグデータによって、医療と創薬の未来はどう変わるのか。九州大学生体防御医学研究所の山西芳裕准教授にお話を伺った。(聞き手・構成/大谷佳名)

 

 

低迷する新薬開発

 

――山西先生のご専門の「バイオインフォマティクス」とはどういった分野なのですか。

 

簡単に言えば、生命科学とITの融合分野です。近年、ゲノムを読む技術が発展し、ヒトをはじめ様々な生物種のゲノムを高速に読めるようになってきました。それに伴い、遺伝子やタンパク質の働きに関する動的なデータも計測可能になり、膨大な量のデータが生み出されるようになりました。それらをIT技術によって解析して新しい生物学的発見に繋げるのがバイオインフォマティクスという分野になります。

 

生命システムは、遺伝子やタンパク質、低分子化合物(分子量の小さい化合物)など、さまざまな分子が相互作用しあうことで全体としての機能を果たしています。しかし、その相互作用ネットワークの大部分はまだ分かっていません。たくさんの分子がどのように相互作用しあい、全体の生命システムを維持しているのか、また病気の発症や進行に関わっているのか。ゲノム解析や関連技術によってもたらされたビッグデータを活用し、未知の分子間相互作用ネットワークをコンピュータ上で予測することで、新しい医学的発見や医療につなげようというのが僕の研究です。

 

 

――山西先生は「AI創薬」とも言われる、人工知能の技術を利用した新薬開発にも関わられていますが、なぜ創薬においてこのような手法が求められているのでしょうか。

 

最近、新薬の開発が非常に難しくなってきているのです。一つの薬を作るのに約1000億円、最低でも10年以上かかると言われています。新薬開発の成功率が三万分の一というデータもあり、ほとんどが失敗に終わっているんです。失敗する理由はさまざまですが、例えば、良い薬がデザインできたとしても大量生産するのが難しい、体内での吸収や代謝が不十分、動物ではうまくいくのだけれどもヒトでは有効性が低い、最後の臨床試験で毒性が判明する、などなど。開発費用は年々増加する一方で、成功件数は減少が続いている状況なのです。

 

一方、今この時も病気で苦しんでいる患者さんはたくさんいるわけで、迅速な新薬開発は常に求められています。日本の場合は、特に医療費が増え続けており、さらに今後、少子高齢化社会のために医療費が増え続けるだろうという社会的な問題もあります。さらに最近は薬価も高騰しており、よく新聞やテレビでも話題になっていますが、C型肝炎の薬である「ハーボニー配合錠」は、1錠が約8万円もします。必要な新薬は作らなければならない、しかし、医療費は抑制しなければならない、非常に難しい状況にあるのです。

 

そこで、僕が取り組んでいるのは「ドラッグ・リポジショニング」と呼ばれる創薬戦略です。これは何かというと、すでに承認されている薬や過去に医薬品開発に失敗した化合物の新しい効能を発見し、それを本来とは別の病気の薬として開発しようというアプローチになります。そのために、近年大量に生み出されてきた医薬ビッグデータを活用し、AIの基盤技術である機械学習を駆使した手法を研究開発しています。

 

 

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山西氏

 

低コスト・低リスクで効率的な創薬

 

――すでに承認されている薬にも、まだ発見されていない治療効果を持っている場合があるんですね。

 

そうなんです。例えば有名な例ですと「シルデナフィル」、商品名の「バイアグラ」でよく知られていますが、この薬はもともと狭心症という心臓病の治療を目指して開発されました。しかし、今では勃起不全の治療薬として使われ、更に最近では肺高血圧症の薬としても認可されています。こうした成功例は今まででもいくつかあるのですが、ほとんどが偶然の発見によるものでした。様々な医薬データが手に入る現在では、偶然ではなく論理的に科学的な根拠に基づいて予測する手法が必要とされています。

 

ドラッグ・リポジショニングで扱う承認薬の場合、人間の体で安全性や体内動態が確認されているので、開発途中で失敗するリスクが低いだけでなく、そのまま臨床試験でヒトに対する効果を確かめることができます。従来の医薬品開発ではゼロから作るので、長い複雑な行程があるのに対して、中間の過程をスキップできるわけです。だから、高速に、低コスト・低リスクで開発できるのが特徴です。

 

 

――既存薬の適用範囲を広げていくことで、効率の良い新薬開発が可能になるんですね。

 

はい。そもそも薬の効果というのは、人の体内に入って標的としているタンパク質にくっつき、そのタンパク質の機能を阻害したり、活性化させることによって生じます。しかし、本来目標としている標的タンパク質以外のタンパク質にくっついて、予期しない作用を引き起こしてしまうこともある。これが副作用が起きるメカニズムの一つです。ただ、ある薬の副作用は別の病気の患者さんにとっては効能になる場合もあるんですね。

 

現在、認可されている薬が数千種類、ヒトのタンパク質は数万種類、何らかの病名が付いている病気は数千種類あります。この中で、どの薬がどのタンパク質に作用し、どんな病気に効くのか、そうした未知の関係性は我々が知らないだけでたくさん眠っているはずです。意外かもしれませんが、すでに病院などで使われている承認薬でさえも、なぜ効くのか分からないものがたくさんあるんです。承認薬のうち半分以上が薬効に関与する標的タンパク質が分かっていません。ですので、承認薬を徹底的に解析することで未知の効能が見つかる可能性は高いと思います。

 

以前まで創薬関連のデータは非公開のものが多かったのですが、最近になって、公共のデータベースで次々に公開されるようになってきました。新薬開発を進めるために、重要なデータはシェアして有効に使っていくべきだ、という考え方が広まってきたからです。機械学習で解析できる医薬データが揃ってきたことで、ドラッグ・リポジショニングの研究は大きく躍進しています。【次ページにつづく】

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シノドス国際社会動向研究所

vol.220 特集:スティグマと支援

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