「地球惑星科学の哲学」ってどんな学問?

あなたのアイデンティティが変わっていくかもしれない

 

私たちが、自身をどのように捉えるのかというアイデンティティの問題にも、地球惑星科学は密接に関わってくるだろう。ここで興味深いのは、「あなたは何人(なにじん)ですか?」という質問への答えが、我々が関心を持ちうる限りでの「世界」と密接に関わっている、ということだ。

 

日本での例を挙げると、明治の国民国家が生まれる前まで、江戸時代では、日本人は自分たちの国(くに)で自らを呼ばわっていた。「会津人」だとか「長州人」といったように。それが、明治政府ができてから西欧列強に対抗するため国民国家意識が高揚され、私たちは自身を「日本人」と認識するようになった。それが、戦後まで続いている。現在、「あなたは何人ですか?」という質問に対して、「福島県民」だとか、「地球人」という風に答える人は、まずいないだろう(戦前では、「アジア人」としての意識が強まった時代も一時あったが)。

 

しかし、私たちの活動の場が宇宙に広がり、「地球惑星の一員」という認識が日々の生活の中で強まっていけば、自身を「地球人」と呼ぶようになる日もそう遠くないかもしれない。ここでも、SFやアニメの世界が、私たちに想像の翼を与えてくれている。

 

SFのスターウォーズやスタートレック、日本のアニメであればガンダム等の世界を思い起こして欲しい。スペースノイドvs地球人という図式が、そこでは当たり前のように使われていることが分かる。Zガンダムには、「地球の重力に魂を引かれた人々」という表現が出てくるが、これは宇宙居住人から地球の表面に這いつくばる人類を眺めたときに、実に自然と口から出てきそうな言葉ではないか。

 

地球惑星科学の進展が、こうしたSFを超える形で私たちに示していくであろうことは、むしろ現在のSFの想像力の乏しさであるかもしれない。私たちはつい、「宇宙人」というと、地球上の人類と何らかの仕方で似たような存在を想像しがちである。しかし、系外惑星の発見によって明らかになったのは、まるで太陽系の惑星とは似つかないその異形な形態である(注7)。

 

典型例としてよく取り上げられるのが、ホットジュピターという、木星ほどの大きさを持ちながらも恒星(太陽系なら太陽に相当する)のすぐ近くを回る灼熱の巨大惑星である。このような惑星が存在するなんてことは、観測されるまで誰一人の惑星科学者も想像すらできなかったことである。私たちが考えている「宇宙人」も、あくまで太陽系にある地球惑星からの延長線上にすぎず、今後の惑星科学からの驚異的な発見が、そうしたコンベンショナルな「宇宙人」のイメージを塗り替えていくのは大いにあり得ることだろう。

 

ちょうどこの記事を執筆している最中の、2017年2月23日にNASAからの発表があり、39光年先に7惑星のうち3つの地球型惑星を持つ系外惑星系が発見されたという、驚くべきニュースがあった。これもホットジュピターと同様、常識的には理解しがたいことではあるが、3つの地球(型惑星)が並んで同じ太陽の周りを回っている、といった構図をイメージすればいいのだろう。まさに、「事実は小説よりも奇なり」である。

 

このニュースは、Yahooにトップニュースとして掲載されたほか、Googleのトップページもこの発見をフィーチャーしたものに替えられた。宇宙への関心はここ近年に至って、一般人へも膾炙したものになっていることを如実に表している例だ。

 

 

 

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2017年2月24日付けのGoogleのトップページ。

NASAによる7つの系外惑星の発表にちなんだものに替えられている。

 

 

そのほか、地球惑星科学の進展がもたらす哲学的諸問題

 

ここまで、私たちの<存在意義>や<アイデンティ>といった深い問題と関わる意味での「地球惑星科学の哲学」を取り上げてみたが、近年、他にも宇宙開発や未知の存在との遭遇といった観点から、哲学的な問題が盛んに論じられるようになっている。ここでは、特に興味深いと思われる2つの論点を紹介して終わることにしよう。

 

1つは、宇宙資源の所有権の問題である。日本では「はやぶさ」に代表される、イトカワからのサンプルリターンなど小惑星探査の輝かしい実績があるのは周知のことであろう。こうした流れのなか、2015年にアメリカでは宇宙法という国内法が整備され、2つのベンチャー企業が先頭に立って、宇宙開発や資源採掘へと乗り出そうと急ピッチで動き出している。

 

国際的に見れば、冷戦時の1966年につくられた宇宙条約という枠組みがあり、天体(小惑星も含む)の領有は禁止されているのだが、そこにある資源の活用、とりわけ商業的利用については何も言及されていないため、宇宙開発先進国のアメリカや、国際的なハブ機関としての地位確立を目指すルクセンブルクが先頭になって、なし崩し的に資源採掘が進んでしまうのではないか、という懸念の声が上がっている(注8)。

 

これは哲学の観点からすれば、そもそも月や小惑星といった宇宙天体は「誰のものか(あるいは、みんなのものなのか)」、「どのような理屈で所有権を主張できるのか」という、新たな問題領域を生じさせている、ということである。問題の解決には、もちろん法的ないし政治的な取り組みが不可欠であるが、原理的な問題として、天体の「領有」ではない「資源採掘(資源の所有)」が許されるのか、という問題が今後激しい論争の火種になっていくのは想像に難くない。小惑星探査において指導的立場にある日本は、この資源所有の問題を今後注視していく必要があるだろう。

 

もう1つは、未知との遭遇にまつわる認識論的な問題である。未知の存在(The Unknown)と呼ばれるように、宇宙における知的存在の形態は未知数である。惑星探査や宇宙生物学の草分け的存在であったカール・セーガンによる『コンタクト』が描くように、私たちが宇宙人からのメッセージを傍受したとしても、それを解読できるという保証はない。

 

同作では、「数学は宇宙の共通言語である」という台詞が現れ、メッセージを読み解いた情報が移動装置の設計図に相当することが判明したり、移動装置に乗った主人公エリーが亡き父と遭遇して英語によって意思疎通するといったシーンが描かれているが、これも相手の方が地球人の思考言語やコミュニケーション形態に合わせてくれているわけであって(そうでないと、小説や映画によって私たちは理解することすらできない)、実際にコンタクトがあった場合には私たちには全く理解できない、あるいはメッセージであることすら認識できない、といったケースが出てくることも否定できないだろう。この地球外存在とのコミュニケーションの問題は、地動説が唱えられた科学革命の時代からつとに指摘されてきたが(注9)、近未来において惑星間移住や異星人とのコミュニケーションの問題が現実化していったとき、リアルな認識的問題として浮上してくる可能性がある。

 

冒頭で述べたように、人類と宇宙との付き合いは有史以来であり、それは「私たちがどこで生まれ、どのような生き方をし、今後どう生きていくのか」という哲学と密接な関係にある。今後、系外惑星や小惑星の探査によって広がり変貌していく「地球惑星」の姿は、どう変わっていき、私たちの常識を塗り替えていくのであろうか。興味は尽きない。

 

 

脚注

(注1) 日本地球惑星科学連合の説明より [2017.2.28 閲覧]

http://jpgu.org/index/general/abouteps.html

(注2) 『地球外生命――われわれは孤独か』(長沼毅・井田茂著, 岩波新書, 2014)などを参照されたい。宇宙スケールで地球惑星はありふれた存在と考える惑星科学者は、地球外生命の可能性について楽観的なのに対して、地球上での生命の進化史の偶然性・複雑性に目がいく生物学者は、その可能性について悲観的であるのが興味深い。

(注3) 例えば、国際的に著名な地球科学者である都城秋穂は『科学革命とは何か』(都城秋穂著, 岩波書店, 1996)を遺しているが、変成岩が専門である著者は、特にその領野に即して科学理論の変遷を叙述しているのが同書の大きな特徴である。

(注4) 系外惑星の発見に触発されたものが多々見られるが、日本での状況とは異なり、宗教(具体的にはキリスト教)を念頭においた関係が論じられているものが多いのが特徴である。

(注5) 天動説から地動説へと至る「科学革命The Scientific Revolution」が、コペルニクスに始まりニュートンによって完了する、というのも現代ではほぼ定説化している(この間、150年くらいかかっているので、「革命」というにはやや長すぎるが)。この転換が持つ哲学的な重要性については、『閉じた世界から無限世界へ』(アレクサンドレ・コイレ著, みすず書房, 1973)に詳しい。

(注6) NASA Exoplanet Archiveより [2017.2.28 閲覧]

http://exoplanetarchive.ipac.caltech.edu/

(注7)  エキサイティングな系外惑星についての発見物語や解説については、『異形の惑星―系外惑星形成理論から』(井田茂著, NHKブックス, 2003)を参照。

(注8) 寺薗淳也による記事、「小惑星に突き進むアメリカに死角はないのか?」を参照。

http://mainichi.jp/articles/20160921/mog/00m/040/001000d

(注9) 例えば、近代哲学の認識論的転回を担ったジョン・ロックの『人間知性論(1690)』にも、すでにそうした問題意識が読み取れる。同書の2巻23章13節、4巻3章23節などを参照。

 

 

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