続・STAP細胞が映し出すもの――「科学」と「社会」の関係

前稿「なぜSTAP細胞は驚くべき発見なのか――STAP細胞が映し出すもの」を執筆してから、STAP細胞が置かれた環境はずいぶん大きく変わってしまった。

 

論文中の画像データについて不審な点がある、という外部からの指摘がなされたことにより、小保方晴子博士が在職する理化学研究所が調査を行うことになった。そのことは、インターネット上のみならず、新聞やテレビといったメディアでもその事実が伝えられ、さざなみのようにその影響が広がっている。

 

実際どのような調査が行われているか承知はしていない。ただ、一般論ではあるが、社会において、組織に属する人間の所属機関で調査が始まったのであれば、結論やその後の対応など、まずは当該機関の判断に委ねるべきで、部外者があれやこれやと憶測を開陳することは避けたほうがよいだろう。

 

その上で、科学コミュニティの、しかも幹細胞という分野にいる人間として、省みて伝えておきたいことはある。なにより、前稿で副題に「STAP細胞が映しだすもの」と付した文章を書いた人間として、いまなにを映し出しているのかを書き留めておきたいと思う。まず、今回の話題については、層を分けて考える必要があるのではないか。ひとつは科学、ひとつは社会。そして、その間をつなぐものだ。

 

 

「幽霊」を見るためには

 

幹細胞に興味を持つ人間にとって、身体を構成するあらゆる細胞へと分化する「多分化能」を創りだすというのは夢といってもいい。俗っぽい言い方をすれば、埋蔵金の発掘に挑むようなもので、あるかないかはわからない、伝承はあれども証拠はない、そんな存在だ。そして、多能性においての「伝承」といえば、「身体のほとんどの細胞は受精卵と同じゲノム配列を保存している」という点だろう。

 

プラナリアやイモリやトカゲにできて、哺乳類ともなればなぜそれができなくなるのか。なんらかのトリガーで可能になるのではないか。そんな夢を見て筆者も大学院の扉を叩いたし、多くの人々がその目標に向かって「穴」を掘り続けてきた。研究目標として「多分化能維持における○○の分子機構の解明」などというのは、それを科学のジャーゴンによってそれらしく書きなおしたものにすぎない。

 

埋蔵金は掘らなければ出てこない。ただ、掘り出されたと称されたものを本人は「埋蔵金」と思い、一過的に埋蔵金に見えたとしても、のちにさまざまな方面から検証された結果、ただの土塊だったり埋まった瓦だったり黄鉄鉱だったりすることが明らかになっていく。言い方を変えれば「幽霊を見た」という人がいれば、その人にとってそれは真実なのであろう。「こういう天気で、こういう場所で、こういう時間に必ず見えるのだ」とその人が報告したとすれば、その時点では当事者以外は疑う根拠を持たない。

 

ただ、報告者が示した条件を再現しながらも、「幽霊が現れない」ということが繰り返されていけば、他人はそれが真実であると信じることはできなくなるだろう。STAP細胞に先立って報告された、体内に存在するという多能性幹細胞たち。MAPC(骨髄由来、2002年)にしろ、VSEL細胞(臍帯血、骨髄由来、2006年)にしろ、MUSE細胞(骨髄、その他体細胞由来、2010年)にしろ、そうした細胞であったということである。

 

それを判断するために、科学という営みの中では「再現性」というものが重視される。

 

さまざまな報告の中で唯一、条件を満たせば本当に「幽霊が見える」、いや「幽霊を作り出せる」ことを万人に示したのがiPS細胞である。iPS細胞はどんどんとその樹立技術を洗練させ、細胞の初期化システムの解明という科学の成果にとどまらず、再生医療や創薬研究へとその幅を広げ続けている。これもつきつめれば、「万人が再現できる」、そのことによって多くの研究者が研究に参入できたことに尽きるのである。

 

それでも、である。前述の細胞たちはただのデタラメだったのか。それらが示した条件を抽出し、一般化できれば……。他の知られざる条件を示すことができれば、「幽霊」は現れてくれるのではないか。心の片隅でそう考える研究者は少なくなかった。そして現れたのがSTAP細胞だった。

 

 

実験結果の図を「読む」ということ

 

その論文は、「弱酸性というストレスによって」細胞を初期化ができる、という点はとんでもなく見える話ではあったが、示されている実験のデータや論旨の展開に問題はなかった。なにより、これまでに報告されてきた細胞たちが見出された状況に「ストレス」という理由を与えてくれたこと、そしてこれまでのES細胞やiPS細胞研究で明らかにされていた、いくつかの分子メカニズムと矛盾しない現象が記述されており、コンセプトとして受け入れやすいものであった。

 

もちろん後出しジャンケンで言えば、筆者が一読したときに、不思議に感じた図もあった。たとえばFig1iで提示されている画像である。この図はゲノムのある配列部分の存在を検出する目的で作成された図だ(H Obokata et al. Nature 505, 641-647 (2014) doi:10.1038/nature12968から引用)。

 

 

H Obokata et al. Nature 505, 641-647 (2014) doi:10.1038/nature12968より引用、改変

H Obokata et al. Nature 505, 641-647 (2014) doi:10.1038/nature12968より引用、改変

 

 

1、2というレーンにはGLというバンドがある。これは受精卵や皮膚など、免疫系以外の細胞のゲノム上にある配列である。一方、3のレーンの免疫系の細胞ではGLのバンドがないかわりに、階段状のバンドが見える。他の細胞とは異なり、GLのバンドの不必要な部分が切り捨てられて再構成されることによって、再構成された遺伝子が階段状のバンドとなって現れることが知られている。

 

だが、哺乳類の体内には、二対の遺伝子が存在する。実際にタンパク質となって機能を発揮するのは再構成された一対のみで、再編成されていない一対は機能しないまま保存される。これを対立遺伝子排除、アレリック・エクスクルージョンというのだが、本来であれば、この図のようにGLのバンドが消失するのではなく、保存されたもう一対のバンドが現れるはずである。このバンドがない、ということがひとつの違和感ではあった(ただし、PCRという操作の条件にもよるし、その他にもさまざまな理由は想像できるため、GLのバンドが現れないこと自体が論文の信頼性を揺らがす根拠とまでは言えない)。

 

また、この図の4、5のレーンの通り、STAP細胞が再構成された階段状の配列を保持しているというのであれば、STAP細胞から構成される個体の細胞はすべてこの配列を持つはずである。つまり、胎児の解析において、蛍光顕微鏡下でのGFPによる緑色の蛍光以外にも、この図同様のゲノムの情報を示せば、STAP細胞成立のより強固な証明になりえると感じていたし、査読者もそれは指摘できたことだろう。

 

このように、論文に記載された図は、論文の論旨展開を行うために必要なものであり、論文を読む研究者は、図から表層深層さまざまな意味を読み取る。また、査読を行うものは、原著者が見落としていたミスを探すといったように、慎重に論文の質を吟味していくのである。

 

 

 

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