2014.08.27
データに騙されないための3つの方法――「社会実情データ図録」管理人に聞く
ニュースサイトや書籍にデータやグラフが掲載されていても、読み方がよくわからないから解説しか読まない。違和感を覚えるものの、データが載っているので、とりあえず納得しておく……。そんな経験をした方も多いだろう。データを確認すれば一目瞭然で間違っている俗説も、怪しいデータで語られた議論も、データが読めれば騙されずにすむ。データをみることの面白さ、データに騙されないためのテクニックについて、「社会実情データ図録」管理人の本川裕氏と飯田泰之が語り合った。(構成/金子昂)
歩く県民、歩かない県民
飯田 以前から本川さんの「社会実情データ図録」を拝見していました。ずらっと並んでいるありとあらゆる図録から、適当なページを選んで、ぼんやり眺めているだけでもすごく面白い。いつかお会いしてお話をお聞きしたいと思っていたんです。
「社会実情データ図録」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/
本川 ツイッターで、ときどき飯田さんが言及していらしたので、お名前は存じ上げていました。
飯田 ありがとうございます。
日本では、データを見れば一目瞭然で誤っていることがわかる議論が、繰り返し行われることがあります。ネットが普及したことで以前に比べればデータへのアクセスは格段に容易になっているにもかかわらずです。このままではもったいない。ただ、多くの方はデータをどうやってみればいいのかわからなかったり、そもそもデータを見るという発想を持っていないと思うんですね。今日は、トリビア的な、データを眺めることの面白さ、そしてデータに騙されないためにはどうすればいいのかなど、お話いただければと思っています。
最初に、「社会実情データ図録」っていつ頃からはじめられたのか教えていただけますか?
本川 2004年の2月に開設したので今年でちょうど10年ですね。
飯田 過去のデータも細かくアップデートされていますよね。
本川 週に1つは新規図録を追加するようにしています。還暦前は一週間に2つに決めていたんですけど、さすがにキツくなってきちゃって。最近は、新しいものを掲載するというよりは、過去のデータを更新するほうに時間がとられていますね。なんせ1200くらい項目があってね。更新できていないのもあるんだけど、趣味でやっているサイトなので、まあ許してもらえると思っています(笑)。
飯田 個人サイトとは思えない充実っぷりですよね。最近だとなにが話題になりましたか?
本川 「歩く県民、歩かない県民」はよく読まれましたね。
厚生労働省の国民健康・栄養調査では、歩数を調査しているんですね。調べてみたら、男女ともに歩く県と男女ともに歩かない県は当然あるんだけど、男がよく歩いている県、あるいは女がよく歩いている県というよくわからない県がある。
飯田 うーん、車に乗る人が多いから歩く、あるいは歩かないんですかね……考えてみると面白そうですね。
本川 どうなんだろうね。大まかな傾向としては、首都圏はよく歩いて地方はあまり歩かないんだけど、県ごとにみると、なかなか説明が思いつかなくてね。あとはこれよりももっと関心を引くと思って「太めな県民、スリムな県民」もグラフにしてみたんだけど、これはあんまり人気がなかったな。不思議なものです。
飯田 シノドスでも、「なかなかマニアックなことを書いているのに、妙にこの記事は読まれるなあ」というものもあれば、「これはめちゃくちゃ読まれるだろう!」と思ったら、いつもとアクセスが変わらない記事もあるんですよね。よく首を傾げています。
見たいものを見てしまう
飯田 長期にわたって人気の記事ってありますか?
本川 「ロシア人の平均寿命の推移グラフ」は長いことアクセスされて、よく引用されますね。
これは、チェルノブイリ原子力発電所事故の影響で、平均寿命が短くなっていると誤解とともに引用されることが多い。そうじゃないという解説をちゃんとグラフの下に書いているんですけどね。そもそも社会経済的なデータで、放射能の影響を簡単に示すことができるはずないんだけど、なんでかなあ。
飯田 そもそもどれだけロシアが広大だと思っているでしょうね。
本川 そうなんだよね。原発事故が原因ならロシアよりベラルーシのほうが影響があるはずなのにそうはみられないとか書いているんですけどね。
別に間違ったデータを載せているつもりはないので、誤解されるから撤回するというわけにもいきませんし、まあちゃんと読んでくれる人もいるので、このページがなかったらもっと酷いことになっていたのかもしれないと思って自分を慰めていますよ。
飯田 解説があるにもかかわらず、どうして誤解されてしまうんでしょう。
本川 やっぱり「みたいものをみる」という人間の性が出ちゃうんでしょうね。
飯田 ある程度訓練された研究者ですら、自信のある仮説を胸に秘めている場合、それっぽいデータを見つけると飛びついちゃうことがありますからね。シノドスでは『もう騙されないための「科学」講義』(光文社)という新書を出していますが、その中に「テレビの普及率」と「平均寿命(女性)」が綺麗に相関している図が載せられています。もちろんここまで馬鹿馬鹿しい関係ならば普通はその無意味さに気づくでしょう。しかし、それでもなお「テレビの電磁波か何かが寿命を延ばしている!?」と解釈する人はいるみたいなんです。
本川 簡単な分析をするだけでも、その相関が信用に値するかどうかは調べられるものなんですけどねえ。
データはデータ、解釈はそれぞれ
飯田 専門家か趣味でデータをいじっている方でもない限り、いちいち分析をするというのも難しいですよね。ちなみに、意図とは違う捉えられ方をしてしまうグラフに共通点ってありますか?
本川 世間の常識と反するようなものは批判がきますねえ。
「日本人は働きすぎだからストレスが溜まって過労死している」という単純な理屈が通用していますが、OECDのデータを見てみると、日本人は、ストレスを強く感じている人と、あまり感じていない人の両方が多くて、平均的にみると大してストレスを感じていないんですね。これは途上国全般で見られる傾向でした。
「仕事のストレスの国際比較」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3274.html
「日本は仕事のストレスの多い国か」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3276.html
でもそういう風に書いたら「日本人がストレスを感じていないなんて嘘だ! これは道徳的に承認できないデータであり、撤回すべきだ。過労死で死んだ人の時系列変化をグラフに差し替えなさい」というメールが届きました。確かに日本が長時間労働であることはデータからはっきり見てとれますが、だからといってそれが「ストレスが多い」というわけではありませんよね。
飯田 提示されたデータには、政治的な意図が含まれていて当然だと考える人は結構いるみたいですね。遺伝を研究している方が「人間の能力のうち、遺伝が支配している部分が○割です」と書いたら、やはり批判されてしまったそうです。でも、「遺伝がすべてを決める」なんて書いていませんし、そもそも遺伝要素がまったくないなんて思ってる人ってほとんどいないでしょう。データはデータ、解釈は人それぞれということはなかなかわかってもらえていない。
日本のジャーナリズムは民間療法的?
本川 それこそ「日本は貧困国である」なんて到底考えられないようなものを信じている人がいますよね。数ある貧困度に関する指標の中で、海外に比べて高く出ているのは相対的貧困率くらいのものですよ。相対的貧困率自体、いろいろと複雑な計算をしていて、中には説得力のないものもある。もちろんそれなりの整合性があるんですけど、どうしても癖がでてしまいますからね。
飯田 しかも高齢化要因がでかいですよね。
本川 そうそう。ぼくは高齢化要因と年功序列型要因が効いているんだと思っています。
それこそ一昔前にメディアがこぞって取り上げていた「一億総中流化」なんてすっかり忘れ去られていますよね。あの話は、内閣府の世論調査がもとになっています。ざっくばらんにいえば、生活の程度を上中下で聞いているわけですけど、「下」と答えている人が増えているわけではありません。でもそういう話は取り上げられませんよね。もちろん貧困問題は取り組まないといけないものだと思いますよ。だからといってデータに反した取り上げ方はよろしくない。
飯田 ご著書にもお書きになられていましたが、社会改良運動をされている方は、自分が取り組んでいる問題を特殊に大切なものだという思いを強くしすぎてしまっているのかもしれませんね。貧困問題は昔も今も変わらずあるもので、そして変わらず改善の必要がある――というよりも悪化しているから対策しなければいけないという方が通りが良い。
本川 日本のジャーナリズムをみていると、どうも近代医学的というよりは、漢方医学的、あるいは民間療法的なんじゃないかと思うようになっています。真実を見極めることよりも、結果がよくなることが重要だと思っている節がある。国民が道徳心を堅持していれば、結果として社会が良くなる、みたいな……。
飯田 民間療法を通り越して占いや呪術の領域ですね(笑)。
ぼくが経済学出身だから感じるのかもしれませんが、メディアでの社会問題議論においてもデータやモデルはあまり参照されません。そして論理的な理屈よりも、ふんわりした感覚みたいなもののほうが受けがいいように見えてしまいます。
本川 仮説と実証という考え方が薄いですよね。これは儒教の影響なのではないかと考えています。もちろん、台湾や韓国といった国をちゃんと調べないといけませんが、大きなくくりで話をすることから逸脱できていない節があるように感じる。
韓国ドラマをみてると、官僚が王様に「ペーハー!(陛下)」って頭を下げているんですけど、「ああ、道徳的な感覚で政策を決定しているんだなあ」って思っちゃうんですよね。とはいえ、韓国を笑えるわけじゃなくて、日本もいまだにそんな気がしてきて心配になる(笑)。
飯田 悪い政治家が打ち出した政策は悪い結果が、良い政治家が行った政策は良い結果がでるみたいな信仰があるのも問題です。論理がいつの間にか道徳の問題にすり替わってしまっている。ここなんかが本川さんの儒教仮説にも近いかな。めっちゃくちゃ悪い人間が、悪意を持ってやった政策が、結果として国民を豊かにすることもあるとぼくは思うんです(笑)。少なくとも悪い結果をもたらした政策には、悪い意図があるんだと考えるのは違うでしょう。
本川 ええ、道徳的な観点を否定するつもりはありませんが、それとは別にしっかりデータをみるというのは重要なことです。
楽しくて寝てられない!
飯田 いま儒教のお話がでてきましたが、日本人ってどうしてこんなに悲観論が好きなんでしょうね。例えば、本川さんのサイトにも本にも書かれている、日本の特許数の話ってみなさん意外なんだと思うんですよ。
本川 そうですか? 意外だということが意外ですねえ。そりゃぼくも東京がシリコンバレーより特許数が多いのは驚きましたけど。東京が多いのは本社で特許申請をするから多いのかもしれませんね。それにしても多いけど、でも、アメリカの総合力にはかなわないですね。
「世界のテクノポリス地域」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5950.html
飯田 対人口で置き換えたらかなり頑張っていますよね。
本川 このグラフって80年代前半のハイテクブームの頃だったらみんな引用したんでしょうね。「ほら、さすが世界に冠たる日本だろ」って。いまは自信をなくしてしまっているから意外なのかもしれませんね。でもそんな酷いはずないんですよね。
飯田 ええ、そう思います。どうも悲観になりがちだと思う。
「国の競争力が失われたんだ」「日本にはもう比較優位がない」みたいな話があります。ぼくは大嫌いな議論なんですけど(笑)。あと「失われた20年」の経済論争でも、「日本企業の生産性が落ちたことが原因だ」という議論があるんですね。80年代まで高かった生産性が、どうしてがけを落ちるように下がるのか、ぼくにはわからないんですけど。
本川 大きなトレンドで動いているんだから、急に良くなったり悪くなったりするわけがないですよね。技術だって経済だって生き物なんですから。
飯田 あと「日本人の睡眠時間が短いのは、働きすぎだからだ」という議論を耳にしたので、連載を持っている週刊誌「SPA!」で検証してみたんです。ウェブで、一日あたりの平均労働時間と睡眠時間などを、300人にアンケートをとってみました。そしたら他の要因をコントロールしてみても、まったく関係がなかった。むしろ若い人の場合、プラスの相関が微妙にあったりして。たくさん働いている分、疲れ果ててたくさん寝ているんだと思うんですけど。
本川 そもそも一人あたりの労働時間ってそんなに増えていないですよね。
飯田 ええ、むしろ週40時間労働制の影響で短くなっていますね。
本川 パートタイムを除いても増えていません。ぼくも時系列で睡眠時間の推移を見ていますけど、睡眠時間が減っているのは、労働時間が増えているというよりは、趣味にあてる自由時間が増えているからなんだと思いますよ。
飯田 体を使った仕事が減っているので、たくさん寝なくても大丈夫になったのかもしれませんね。
裕福なわりに幸福を感じない儒教国
飯田 悲観論でいうと、典型的なのは幸福度ですよね。
本川 幸福度については、世界価値観調査をつかって、「幸せはお金で買えるか(所得水準と幸福度の国別相関)」というページを作っています。
ぼくは勝手に「片相関」という理屈で考えているんですけど、つまり所得の低い国は幸せなところもあれば不幸せなところもあり、所得が高くなると、不幸せな人が少なくなるという傾向がある。
飯田 先進国は一様であるが、途上国はそれぞれであるということでしょうか。貧しくても幸福というケースはあるが、やはり豊かだと不幸ではなくなるという……。
本川 極端に不幸という状態にはならないということかもしれません。所得水準は高くないけれど、すでに幸福度の高いマレーシアは、これから所得が高くなると右肩上がりで幸福も上がっていくかというと、おそらくそうではないんでしょうね。
それをね、今度はアジアバロメーター調査を使って、「幸せはお金で買えるか(アジア版)」を作ってみたんです。
飯田 おお、モルジブは幸福そうですね、なんとなく(笑)。
本川 やっぱり「片相関」になっているんですね。でも例外の国がある。それがシンガポール、日本、韓国、台湾。つまり所得の割には幸せになれない連中(笑)。儒教国はそういう傾向があるのかもしれないですね。
飯田 豊かになったことへの罪悪感があるのかもしれませんね。
本川 ブルネイみたいになっちゃえばいいのにね。「俺たち金持ちだし、楽しい!」って(笑)。
飯田 ですよね(笑)。そっちのほうが楽しそうなのに。
シンプルでわかりやすいことは大事
本川 このデータだけで学問的な議論はできないと思いますが、ただ見ているだけでも、いろいろとイメージはわいてくる。こうした調査は今後も繰り返し行われていきますから、何回もグラフにして眺めていけば、次第に真実のようなものは見えてくるんじゃないかとぼくは思っています。
飯田 ええ、アカデミックな論文だと、パーフェクトなデータで、サンプル数は多ければ多いほど良くて、有意であることが好ましいと思われがちですけど、似通った調査を眺めるだけでも、だいたいの傾向を掴めるし、その繰り返しによって徐々に傾向性をつかんでいく方が有用なことは多々あると思います。
本川 決めうちで大規模な調査をして真実を明らかにするなんて大それたことを考えないで、ちょっとずつ積み重ねて真実に近づいていけばいいんですよ。
あとはね、いろいろなデータを集めてひとつの総合指数になっているものがあるじゃないですか、あれは判別しにくいですよね。10個も20個もデータを使っていると、なにを言っているのかよくわからないんですよ。せめて3個くらいにしてほしい。ぼくのサイトではなるべく取り上げないようにしています。
飯田 最近、factor augmentedといって、マクロの時系列データを200個使った指数を作って、景気の代理変数にすることが流行っているんですよ。要は主成分分析です。しかし、ここまで加工してしまうと確かに何を言ってるのかわからなくなっていく(笑)。なんかすごいことやっているっぽいんですけど。普段からデータに触れていない人にとっても、シンプルでわかりやすいことって大事だと思います。
コンドームを使う日本は優れている?
本川 10年間サイトを運営してきてときどき空疎な気持ちにもなるんだよね。真実を求めているつもりなんだけど、揚げ足取りをしているだけの気もしてくる。みんな社会を良くしようと頑張っているわけで、批判して喜ぶだけなのはよくないじゃないですか。もちろんおかしい部分があったら言わないといけないけど、前向きな批判を持続的にやっていくにはどうすればいいんだろうと考えることが増えました。
飯田 揚げ足どりが趣味みたいな人たちのことはさておき、間違いを指摘されるとありがたいことって結構ありますよ。それこそツイッターで指摘されたときは「あーテレビでいわなくてよかった、雑誌で書かなくて良かった……」と思います(笑)。ちょこちょこ間違いを指摘してもらって、訂正していると「あぁ飯田はこういうのに耳を貸すタチなんだな」という認識が広がって、皆さん優しく指摘してくれるようになります。
本川 そうですねえ。「この解説はおかしいんじゃない?」ってメールはときどき来ますが、やっぱり助かるんですよ。前に、世界の避妊法を図録したときがまさにそれでした。
ご覧いただけばわかるように、各国でぜんぜん違うんですけど、ドイツはピルが圧倒的に多いですね。日本だとコンドームです。ということで、コンドームは避妊だけでなく感染症予防にもなるので、ピルよりも優れていて、日本は素晴らしいみたいなことを書いたら、ドイツに住む日本人女性の方から「ドイツはコンドームを感染症防止のために使っているんですよ」とメールをいただきまして。
飯田 ああ、なるほど! コンドームの位置づけが違うわけですね。
本川 避妊法について聞かれたからピルと答えているだけで、感染症予防としてはコンドームをしっかり使っているらしいんですね。これは指摘されて助かりましたよ。
飯田 元のデータを見てもわからないことですよね。意味ある指摘の例だと思います。
本川 勝手に日本の方が優れているなんて言っちゃ駄目なんだね(笑)。
データに騙されないために(上級編)「調査票を見よ」
飯田 データって、ただ数字を眺めているだけで面白い人と、意味が見いだせないと面白くない人がいるんだと思います。ぼくはデータをなんとなく眺めているのが好きなタイプなので、もっとデータの面白さをみんなに知って欲しいと思うんですね。
ネットのおかげでデータを調べることは簡単になりました。それこそ口癖のように「ソースは?」と言うようにもなってきている(笑)。それにどれだけの意味があるのかはさておき、恣意的なグラフが載せられている記事や出典がよくわからないデータを調べるきっかけにはなる。
ただ、そもそもデータやグラフの見方がよくわからないという方は少なくないと思いますし、データを見るという発想のない人もいると思います。データに敏感になるためにはどうすればいいのか、そして怪しい記事やデータに騙されないためにどうすればいいのか。「ソースは?」と聞かれたときに、引用されることの多いであろうサイトを運営されている本川さんのお考えをお聞かせいただきたいです。
本川 まず信頼できるデータということであれば、やっぱり省庁が収集しているものはそれなりに信頼できると思います。すべてのデータを比較的ニュートラルに発表しているという意味で、省庁のデータは民間調査期間より優れている。ただ、収集したものをメディアに発表する際の資料が都合よく作られている傾向があるので、無条件に信じるのではなくて、元のデータには当たったほうがいい。最近だと新聞記者も各省庁の発表をそのまま載せてしまうので……。あとは調査票を見るといいですよね。
飯田 僕が院生の時にアルバイトしていた省庁で、記者レクチャー資料のタイポ(元データからの転載ミス)がそのまま新聞に載ってしまったことがあります。それもほぼ全紙。ほとんど元データみてないんだなあと。
本川 一方で,昔と比べてデータに直にアクセスできるようになったぶん、調査票を見る人が減りましたよね。昔だったらわざわざ図書館にいって、統計書を調べなくちゃいけなかった。冊子でデータを見ると冒頭に調査方法とか重要なことがきちんと書いてあって、最後には調査票が付けられていたので、調査票をみる習慣がついたんですよ。ネットにも調査票はアップされていますけど、いろんなところをクリックしてようやく見つかるので……。
飯田 わかりにくいですよねえ(笑)。
本川 調査票に始まり調査票に終わるくらいのところがあります。調査票自体は1、2枚程度ですから、別にむずかしいものじゃない。集計されたデータを見る前に、調査票を見ておけば、どこにどんなデータがあるかもわかります。それを活用する手はないでしょう。
飯田 新聞記者や、特に関心の強い社会問題のある人は、関係のある調査については調査票を読むと見通しがよくなるかもしれない。まあでもこれは上級者向けですね、難易度が高いような気がします(笑)。
データに騙されないために(中級・初級編)「まずは調べよ」
飯田 中級・初級編として、ネットやメディアで流布している怪しい話を解毒するためにデータを活用するとしたらどうすればいいでしょう?
本川 まともなメディアなら、ちゃんとデータの出所が明らかになっているので、まずはそれを検索するといいよね。
余談だけど、ちょっと前にNHKのクローズアップ現代で男女の幸福度について特集を組んでいたので見ていたら、ひたすら男性の幸福度が低いって話をしているんですよね。女性の幸福度が高いだけなのかもしれないのに、それをおくびにも出さないで、悲惨な男たちを強調していてさ、まいっちゃったよ(笑)。
飯田 疲れて帰ってきたお父さんたちが見ているからかもしれませんね(笑)。
本川 過去の経緯でいえば、男だって幸福度はあがっているんですよ。ただ女性の方が伸びがいいってだけなんです。
「図録幸福度の男女差(推移と国際比較)」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2472.html
クローズアップ現代がデータを使っているのか気になって調べてみたら、「平成26年度版男女共同参画白書」だった。これいろいろみていると結構面白いんだよね。そういう意味でも、出所が記載されていたら調べてみるといい。
ジャーナリズムは、いろいろと解釈をして、それぞれ癖のある見せ方をするから、正しいとは限りません。だって、ローラさんみたいに「おっけー!」とか言っている幸せそうな女性だけ集めてもなかなか番組として成り立たないよね(笑)。
飯田 生のデータでなくても、グラフになってまとめられていれば、横軸と縦軸の単位が違っているとか、番組では棒グラフだったものが線グラフになっているとか、印象がぜんぜん違う場合だってありますよね。
データを見たことがない人は見る癖をつけてもらう。ただ見ているだけの人は、出典にあたり、グラフを見比べてみる。そして上級者は、さらに踏み込んで調査票を見てみるといい、ということですね。
本川 そうですね。データを見るのはそんな難しいことじゃないと思うんですよ。ちょっとしたコツが身につけば、感覚的にわかるようになる。あとはまあ、私の本を読んで欲しいですね(笑)。
データサイト募集中
飯田 10年間、データを使ったサイトを運営されてきて、後進のためにもいま本川さんがお思いになっていることをお聞かせください。
本川 「社会実情データ図録」のようなサイトはもっとたくさんあってもいいんじゃないですかね。同じデータを使っているのに解釈の違うサイトが複数あれば、見比べることもできるじゃないですか。ぼくも刺激になって楽しいですし。
飯田 パッと思い浮かぶのは、「ガベージニュース」というサイトです。このサイトはもう少しニュースサイトよりですが、見ていて結構楽しいです。
データを扱うサイトが複数あれば、「ああ、どのサイトも同じような解釈をしているから信じていいのかもしれない」とか、「どのサイトも別々のことを書いているし、確たることは言えないんだろうな」とか、比較することができるからいいですね。
本川 それこそNHKのようなでかいところが、データを使ったサイトを運営してくれたらいいんだけど、まあそれはそれで、どのデータをどうやって使うかを決めるためにいちいち会議を開いて、うだうだやることになるのは目に見えていますからね(笑)。
ぼくはとりあえず個人サイトですし、これからも自分のペースで面白そうなデータをグラフにしていこうと思っていますよ。
飯田 いち愛読者としてこれからも拝見させていただきます。今日はありがとうございました。
プロフィール
本川裕
1951年神奈川生まれ。経済研究者、アルファ社会科学株式会社主席研究員、「社会実情データ図録」サイト主宰。東京大学農学部農業経済学科、同大学院単位取得済修了。シンクタンクで地域農業調査・計画、自治体調査・計画、産業調査、開発援助調査など多くの分野の調査研究に従事。元財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長。著作は『統計データはおもしろい!-相関図でわかる経済・文化・世相・社会情勢のウラ側-』(技術評論社)、『統計データが語る日本人の大きな誤解』(日経プレミアシリーズ)など。
飯田泰之
1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。