医療観察法という社会防衛体制

忘れられた病棟がある。

 

この病棟には、たとえばこんな人々が強制的に送られてくる。精神の疾患が悪化して行動のコントロールが難しいまま傷害致死などの事件におよび、不起訴や無罪になった人たち。そう、忘れられた病棟とは、刑事責任能力が問われない触法精神障害者が送られる特別病棟のことだ。国内30カ所の公立病院のなかに整備され、病床数は800床ほどだ。34万床といわれる特異な日本の精神病院事情にあって、その数だけを見れば小さい。

 

専用病棟の存在は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を起こした者の医療と観察に関する法律」、略して「医療観察法」と呼ばれる法が土台となっている。入院期限に上限はない。患者の平均在院日数は長期化し、2年半になろうとしている。退院後も、法務省の保護観察所の監督下で、原則3年、最長5年間の通院義務が科せられる。従来の措置入院制度に加え、治療の継続と収容が強化された。

 

この社会を犯罪から防衛しようとする国の体制のもとで自由を制限され、障害者としての権利さえろくに保障されていない人々がいる。この度、筆者はこうした問題に関する2年間の取材をまとめた『ルポ刑期なき収容~医療観察法という社会防衛体制』(現代書館)を上梓した。施行から丸9年を迎えた今、しばし立ち止って医療観察法について考えてみたい。

 

 

おおいなる誤解

 

医療観察法成立の引き金になったのは2001年、児童8人が犠牲になった大阪教育大附属池田小学校の無差別殺人事件である。たいていの人はこう思うだろう。「処刑された宅間守死刑囚のような通り魔を入れる病棟ですか?」と。しかし、それは誤解である。医療観察法は、その名の通り「医療」の提供をひとつの大義名分にしている。つまりこの法律は、宅間のように、薬物療法に容易には反応しない反社会性人格障害などと診断された人は、原則、対象にしていない。

 

実際に法の網にかかってしまうのは、多くが初犯の統合失調症患者であり、こうした人たちの再犯率はもともと低いという研究データもある。猟奇的な事件を起こした人が入る病棟ではなく、被害者は同居する親族であるケースが相当な割合を占める。国のデータによると、こうした不幸な事件に至るまで、地域の福祉とはあまり縁のなかった当事者は決して少なくない。

 

先日、「医療観察法について、いちど話を聞いてみたい」という要望を受け、精神科ソーシャルワーカーの団体と語り合う機会を得た。小さな県になると、法に基づく強制入院は年間2、3件あるかないかの程度だ。それこそ忘れたころに、退院してくる人をどのようにグループホームなどでケアするか、話が持ち上がる。「医療観察法って何だったっけ」というふうに。医療観察法は福祉の現場ですらもなじみの薄い制度なのである。

 

 

あいまいな収容

 

取材を続けるうちに、いろいろな疑問が浮かんできた。

 

国が好んで使うスローガンに「司法と医療の連携」という言葉がある。字面だけを見ると何となく聞こえのよい言葉に感じるかもしれない。

 

実際には、治療を選択する自由が認められない。また、地域に福祉資源が乏しいばかりに重装備の病棟に収容され、長期にわたってそこで寝起きしている人々がいる。刑事事件のように再審を請求することもできない。その上、患者を強制的に入院させる根拠になっている精神鑑定の結果が、まちがっていたと後に判明しても、すぐには釈放されない。病状の診断や責任能力に疑いがあっても、審判が一からやり直されることはない。

 

制度の入り口に当たる鑑定入院中に、きちんとした治療を受けられず、病状が悪化したと訴える人もいる。事件(容疑)直後の捜査段階において、福祉のプロによる支援があればまだしも、そういう仕組みにはなっていない。

 

矛盾点をあげればきりがない。先に述べたように、治療に容易には反応しない人格障害の人はもとより、発達障害、知的障害などの人は原則、医療観察法の強制治療の対象にはならない。ところが実際には、こうした障害が主診断の人たちが各地の病棟で起居しているのだ。あいまいな根拠で人を収容している事例はいくつもある。ある専用病棟の会議録によると、統合失調症と発達障害などの双方の症状があらわれるような「併存診断」が認められる患者は半数に上る。

 

 

源流

 

附属池田小事件が医療観察法成立の引き金となったと先に述べたが、医療観察法の源流は、1970年代に練られた刑法の改正草案であるとみる人もいる。もっとさかのぼり、大正時代において、保安処分的な病棟を画策する動きがあったと言及する研究者もいる。刑事責任が問われない触法精神障害者を特別に隔離する志向は、ずっと以前からあったのだ。なぜ、いま医療観察法なのか。国民の体感治安が極度に悪化したと言われる附属池田小事件を奇貨として、主流に躍り出ようとした一群があるのだろうか。

 

政府の医療観察法案は当初、科学的に不可能とされる再犯を予測し、人間を拘束することが可能になる条文があった。精神科医の学会や野党などから猛反発を受けて、いったんは引き下げた。修正案は、それまで濃厚であった保安処分的な色あいを薄め、表看板として「医療と社会復帰」を掲げている。それでもその根底には、やはり再犯の予測を志向するものがあった。そして2003年の国会で医療観察法が成立した。自民、公明、保守が賛成し、民主、共産、社民が反対した。強硬採決だったといわれる。

 

 

 

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