2015.07.09

「新型うつ」は若者のわがままか?

井出草平 社会学

社会 #若者論#新型うつ

新型うつとは何か

「新型うつ」と呼ばれるものが、20代から30代の若手社員を中心に増えていると言われています。「新型うつ」の特徴はいくつか挙げられています。

たとえば、気分が沈み出社できないが、プライベートでは遊びに出かけているというもの。仕事でうまくいかないことがあると、上司や同僚の責任にするなど他罰的な傾向があるといったものです。「新型うつ」は「現代型うつ」と呼ばれることもあります。

まず、指摘しておきたいのは、「新型うつ」という言葉や概念は、病名や診断名といった医学の専門用語ではないことです。2007年ごろからメディアを中心に広まった言葉で、精神科医の香山リカさんが使い始めてから広がっていきました。

「増加する新型うつ」といったようなことが言われますが、「新型うつ」の増加を示す調査はありません。病名でも診断名でもないわけですから、調査がされたことがありません。また、この言葉は日本独自のもので、海外では全く使われていません。

「うつ病」の一般的によくある言説は、生真面目な人がなりやすいといったものや、一日中、抑うつ気分が続く、やる気が起きないものだろうと思います。「新型うつ」の言説を支持する人たちの中には、こういったうつ病を「従来型うつ」と呼ぶ人もいます。

それに対して「新型うつ」は、「わがままで不真面目な人」だとされます。会社を休んでいるのにもかかわらず旅行に行ったり、会社でうまくいかないことを上司や同僚の責任にするなど、非常に不真面目なものとして描かれます。

「新型うつ」はうつ病の症状そのもの

嬉しいことがあると気分が少し高まったり、嫌なことがあると気分が落ち込む症状は「気分反応性」と言われます。気分反応性はうつ病の少なくとも7割に見られることが調査で判明しています。

嫌な会社に行けないけども、プライベートでどこかに遊びに行けるというのは、珍しいことではありません。遊びに行けるといっても、うつ病ですから、心の底から楽しいと感じられるわけではなく、実際には、辛うじて出かけられるというというレベルです。

また、うつ病他人の責任にしたがる「他罰的な思考」はうつ病ではよく見られるものですし、「新型うつ」によくあるとされている「過眠」や「過食」なども、うつ病の診断基準そのものに含まれているので、これらの症状が「新型うつ」に特徴的なことだとは言えません。

ですから、日本で「新型うつ」と呼ばれている人は、欧米では当たり前のようにうつ病とされます。また「新型うつ」は若者に多いとされていますが、そういった関連付けも行われていません。

若者叩きのための「新型うつ」

「新型うつ」の一番の問題点は、若者と結び付けられるということです。最近の若者は不真面目だとか、責任を他人のせいにするといった年長世代の不満は古今東西どこにでもあります。こういった言説のパターンの一つとして「新型うつ」を捉えるのが正確です。

先ほども述べたように「新型うつ」の症状は不真面目に描かれます。うつ状態になったとしても同情の余地がありません。

会社の中で若手社員がうつ状態になったとします。原因はいろいろ考えられるでしょう。雇用環境が悪いブラック企業なのかもしれませんし、上司がいじめをしているのかもしれません。しかし、そういった就労環境や人間関係を考慮せずに、体調が悪くなったことを個人の責任にするのが「新型うつ」の概念です。

しかも、「新型うつ」はわがままな病気なのですから、会社や上司に落ち度があったとしても彼らは免罪されるのです。「新型うつ」は社員を管理する側にとっては非常に使い勝手のよい言葉なのです。

社会にあるいろいろな問題を改善しようとせず、「最近の若者はなってない」と結論付けるもの。それが「新型うつ」という言葉の正体だといえます。

科学的装いを持つ「新型うつ」

「新型うつ」は科学的・医学的な装いをしているように見えます。疑似科学と同じ問題を持っています。科学的に見える言葉というのは私たちの判断力を奪う力があります。「科学的に証明されているものだろうから正しいのだ」と。

専門的にいえば、「新型うつ」に科学的な根拠はないのですが、精神科医や臨床心理士といった肩書を持った人が主張するとお墨付きが与えられます。

医師や大学教授の肩書をもった人間が科学的に効果の示されていないサプリや健康食品を売ったり、広告塔になっていることがありますが、そういったものとよく似た性質があります。

一般の人たちは科学的に何が間違いで何が正しいか判断するために論文を読んだり、専門書を読む暇はありませんから、自分で確認をするのは困難です。人によっては「新型うつ」という病気があるのか、と信じてしまうかもしれません。

「最近の若者はダメだ」というようなことを日ごろから愚痴ったり毒づいたりしている年長者にとっては「新型うつ」は「我が意を得たり」というところがあるでしょう。

「新型うつ」を支持する専門家の傾向

「新型うつ」には科学的根拠がありません。これは間違いないことなのですが、一部の専門家が「新型うつ」を主張しているのも事実です。そのような主張が生まれ、彼らが確信をもって主張をしている理由について考えてみたいと思います。

専門家であるのに勉強不足だと批判をするだけでも良いのかもしれませんが、背景には精神医学という学問がこの半世紀の間に目まぐるしい変化し、科学として確立されていった歴史があります。あまりの急激な進歩に取り残された専門家はたくさんいるのです。

「新型うつ」や「現代型うつ」を肯定する専門家には傾向があります。一つは比較的年長世代であるということです。先端の精神医学を学んでいる人が「新型うつ」主張することはまずないでしょう。

もう一つの傾向は、精神分析・力動や比較的古い精神病理学を学んでいる人に多いということです。現代的な精神病理学は遺伝研究や脳の画像研究などの成果を取り入れた発展を遂げていますが、そういった病理学は日本ではあまり一般的ではありません。「新型うつ」の概念を広めた香山リカさんも精神分析や精神病碩学が専門です。

臨床心理の分野では、フロイトやユングといった一世紀も前の知見を基に精神疾患を理解し、近年の科学的エビデンスに基づいた研究を考慮しない専門家も少なからず存在います。そういった人たちは何十年も前の古典読解はするのでしょうが、最新の統計学が応用された研究や遺伝子研究や脳の画像研究、薬理学の文献は読まない傾向にあります。

一般書を書いたり、メディアへの露出をする専門家は精神医学が科学になる前、人文的であったころの精神分析を専門とする人が多い傾向にあります。科学的なエビデンスを考慮しない議論を行うため、「新型うつ」という科学的根拠を欠いた説が支持されるのだと考えられます。

精神医学におけるパラダイムシフト

では、「新型うつ」はなぜ日本で生まれてしまったのでしょうか。ここからは、精神医学の歴史を紐解きながら考えてみたいと思います。

精神医学が科学的な学問として確立されるようになったのは、それほど昔のことではありません。1980年に精神医学にパラダイムシフトが起こります。その年に、アメリカ精神医学会によってDSM-III(精神障害の診断と統計マニュアル第3版)という診断基準が発表されました。

それ以前には精神医学には、診断に科学的根拠がないという強烈な批判がありました。

この批判は2つの問題に集約されます。第一の問題は精神科医によって診断が異なるということでした。2人の精神科医の診断が一致することは稀であり、ほぼ偶然と言っていい一致率の低さだという研究が1949年に発表されています。当時は診断システムが確立されていなかったので、診断が医師によって違うことが日常茶飯事でした。

第二の問題は、国によっても診断が異なっていた点です。70年代には統合失調症の診断をめぐって大きな議論が起こりました。医師が統合失調症と診断する範囲がイギリスよりアメリカの方が広いという研究が1972年に発表されました。

イギリス人医師は統合失調症と診断する範囲が狭いということは、イギリスでは統合失調症ではなかった人が、アメリカでは統合失調症になってしまうということです。診断はその国の中で影響力のある研究者の見解に沿った形で行われていたと言われています。

国によって診断が異なる、そして、医師によっても診断が異なる状況が長く続いていたのです。その時代に診断の「確からしさ」を保障していたのは「医師」という資格や社会的な影響力のある研究者といった社会的な権威でした。いうまでもなく、それは「科学」ではありません。

ですから、精神医学を科学として成立させようと動きが70年代のアメリカで盛んになってきました。そういった「資格」や「権威」を根拠にした診断から「科学」によって根拠づけられた診断への転換というパラダイムシフトが1980年に策定・発表されたDSM-IIIという診断基準です。

DSMの診断方法の特徴

DSM-IIIの特徴は「なぜその疾患になったか」という「原因」を不問にするという点に尽きます。これは精神医学の独特な方法ではありません。

肺がんを例にしましょう。肺がんの原因の一つとして喫煙があることは広く知られています。疾患を予防するという点では原因を探求することは重要です。

しかし、肺がんという診断をする場合に原因は必要ありません。必要になる情報は、画像検査や血液検査、生検、症状の所見といった情報です。肺がんという「状態」を確認するために、いくつかの角度から情報収集することによって、肺がんが確定するのであって、「原因」は関係がないのです。

DSM-IIIまでの精神医学では「反応」という概念が重要だと考えられていました。例えば人間関係やストレスによってうつ病になった場合には「反応性うつ病」だとされていました。

「内因性」という概念もあり外界の刺激がなくても疾患になる、原因はもともとの気質などに求められるというような意味です。従来の精神医学は、原因によって診断が変わっていたのです。

昔は反応性だろうか、それとも内因性だろうかと原因を探って診断していたのですが、DSM-IIIへの診断基準の変更によって、原因は考えずに診断するようにということになったのです。

これは、精神医学の診断方法が、他の医学と同じような方法に変更したということなのですが、やり方が変わると反発も起きました。診断基準が変更されても人材は急に変わることがありません。DSM-III以降のDSMへの批判というのは今も根強く行われています。

うつ病にかかりやすい病前性格

精神医学のパラダイムシフトとDSMの改定は世界的な出来事です。この出来事だけでは、日本のみにおいて「新型うつ」という概念が生まれた説明にはなりません。

日本独自の言説が生まれた理由は2つあると考えています。

第一に日本社会では、精神疾患と社会的な状況の区別を曖昧にして現象を理解するということです。「ひきこもり」などがその代表例ですが、日本では社会現象が精神病理として語られたり、逆に精神病理が社会現象として語られることがあります。精神病理と社会現象の境界が非常に曖昧に認識されているということです。

この境界の曖昧さは、精神病理を病というよりも社会や家族の問題だとして取り組むことができる利点がある一方で、「新型うつ」のように労働問題が精神病理として語られる危険性もあります。

今回は第二の理由である、「病前性格」という考え方が日本の専門家のあいだで広く共有されている点に注目したいと思います。

うつ病の「病前性格」とは、「うつ病になりやすい傾向の性格」のことです。日本の精神科の教科書やうつについての専門書には、うつ病の病前性格としてテレンバッハの「メランコリー親和型性格」という説への言及がされています。メランコリー親和型性格とは几帳面、秩序志向、他者配慮の三つの特徴からなる性格傾向だとされます。

テレンバッハの出身地であるドイツでは病前性格の議論がされることがあるようですが、ドイツと日本以外の国では病前性格という考え方が存在しません。現代の精神医学では、うつ病になりやすい性格(パーソナリティ)はないとされており、教科書・専門書にもそういった記述がありません。

しかし、現在でも日本の精神科の教科書や専門書には、一部を除いてテレンバッハへの言及が当たり前のように書かれています。

病前性格は先ほどの「内因性」の議論と関連があります。病前性格を持った人がうつ病になった場合には、その原因は内因ですから、内因性うつ病になります。疾患の原因を探る旧来の診断でした。そういった考え方が成立するには、うつ病には内因がなくてはありません。

ですから「新型うつ」という言葉は登場してから10年も経っていないのですが、考え方は数十年も前のものなのです。

日本の専門家・研究者の中には病前性格への批判をしている人もいます。ただ、多くの臨床家が勉強してきた古い教科書には病前性格の説明が載っていることもあり、多くの臨床家は教科書に書いてあることを信じているのが実際です。

「新型うつ」のに関する本や論文ではほぼ間違いなくテレンバッハへの言及があります。「うつ病患者は真面目である」という思い込みをもった人たちが、テレンバッハ説に当てはまらない「不真面目な」病前性格をもったケースに直面した時に、「これは新型だ」と感じるようになったのです。

精神医学の古い考え方と「若者叩き」が合体し「新型うつ」が生まれました。「堪え性のない、わがままな若者」を古い精神医学の考え方に則って病理化したのが「新型うつ」なのです。

従来型うつは治るが新型うつは治らない

さらに、従来型うつは抗うつ薬が効いて治るが、新型うつは治りにくいと言われます。これは明らかな間違いですが、一部の専門家に支持されているのも事実です。この認識がされるようになった理由も歴史的に解読したいと思います。

抗うつ剤が登場するのは1950年代です。それまではうつ病に対して有効な手立てはありませんでしたが、抗うつ薬によってうつ病に対抗する手段を人類は手に入れることができました。

短期的にはうつ病は回復する

抗うつ薬はどの程度有効なのかという研究が膨大にあります。その中から最も有名なSTAR*Dという投薬アルゴリズムについての大規模研究のデータを確認してみたいと思います。

抑うつ状態が消失して正常気分になることを「寛解」と言います。この投薬の成績において正常気分になる、つまり寛解状態にまで達したのは全体の67%でした。残りの3割程度の人たちの中にも正常気分までは戻らないまでも、薬がある程度反応して苦痛が緩和されていることを考えれば、治療結果としては悪くないと言えるでしょう。

もちろん、100%治療ができるわけではないので、不完全な治療かもしれませんが、他の精神疾患への介入効果を考えると短期的な回復がうつ病では比較的容易です。

抗うつ剤が開発されてから、臨床医はうつ病は治すことができる病気だという認識が広まりました。うつ病は治るというのが医師のあいだのコンセンサスになっていましたし、一般向けに放送される医療番組でも、うつ病は「治療で治る病気」だと言われるようになっています。

中・長期的にはうつは再発を繰り返す

ただ、うつ病の研究が進むにつれて、当初考えられていたよりも容易に治るわけではないということがわかってきました。抑うつ気分から寛解に持ち込むことは難しくはありませんが、これは短期的な治療成績でしかありません。

一度、寛解し正常気分になったとしても、再び抑うつ症状が現れる「再発」がうつ病には非常に多いということがわかっています。「うつ病とは再発の病である」と言われるほど、再発が多い疾患です。

長期間の追跡調査はいくつかありますが、ここでは1979年の時点から25年間追跡したチューリッヒ・スタディを紹介しましょう。この研究では回復を過去5年間にうつ病の症状が出なかったものと定義しています。25年後に回復していた人は全体の26%でした。

一般的に「病気が治る」というのは、薬を飲まずに元気でいられるということだと思いますが、それが可能なのは4分の1程度です。一般的なイメージの回復は、うつ病では比較的難しいと言えるかもしれません。

慢性の経過をたどる人は13%でした。慢性というのは、うつ病に罹患してから抑うつ気分がずっと続いている状態です。そして、残りの半数程度は「再発」を繰り返していました。再発の経過を辿る人が多いことがわかります。

この研究が示しているのは、うつ病に罹患した74%の人たちは投薬などの治療を継続する必要があるということです。うつ病は、風邪のように治る病気というよりも、高血圧や糖尿病のように薬を飲み続けることによって生活を維持していくものだと捉えるのが正しいのです。

「従来型のうつ」の幻想

この長期予後の論文は1994年に出版されているので、すでに20年ほど前からうつ病の予後は知られていました。しかし、20年くらい前から勉強をしていない臨床家は多くいるのが現状ですし、英語が読めない専門家はこういった情報を手に入れる術がありません。

「新型うつ」を支持する人たちがいう「従来型うつ」というのは、実態として存在していたわけではありません。長期予後調査が示すように、昔(1979年)にうつ病だった人も回復率があまりよくありませんでした。短期で見ると、薬によって抑うつ気分がなくなるので、治ったように錯覚していただけなのです。

研究があまり進んでいなかった頃はそういった誤解が生まれるのは仕方がありません。また、かつては精神科が対応していたのは統合失調症の患者で、うつ病の患者に出会うことは現在に比べれば稀でした。症例数が少ないために、正しいうつ病の姿を認識できないということはあったかもしれません。

しかし、現在の精神科の患者はうつ病や不安障害が大半を占めるようになりました。うつ病の罹患率が増加していることもありますが、精神科への通院に抵抗を感じる人が減ったため、受診率が増加していると言われています。

今では大量の患者が外来に訪れるわけですから、経験した症例数が少ないという状況にはありません。また、この数十年で研究が飛躍的に進んでいるのですから、うつ病の性質や予後を専門家は知っておくべきでしょう。

新型うつは治りにくいのか

古くからの考え方だとうつ病は、投薬をしっかりして、半年程度ゆっくりと休んでいれば治る疾患です。これはイメージにおける「従来型うつ」です。しかし、うつ病はそれほどたやすく回復するものではありません。

「うつ病は投薬して休めば治る」という従来のうつ病像を信じている専門家が、実際にうつ病の治療をし始めると、治らない患者に多く出会うようになります。「うつ病は治るはずなのにおかしいな」と思うでしょう。病前性格とともに、うつ病の患者を多く見るようになったということも「新型うつ」が専門家のあいだで一定の支持を受けている理由の一つではないかと推測しています。

ですから、「新型うつ」と「従来型うつ」を分けているのは、治療がうまくいったか否かだと言っていいでしょう。治ったうつ病を「従来型うつ」、治らなかったうつ病を「新型うつ」に事後的に分けているのです。

メランコリアは治りにくい

「新型うつ」や「従来型うつ」について書かれた論文が精神医学や臨床心理のジャーナルに掲載されることがあります。そこでは多少専門的な議論がされているのですが、その際には「従来型うつ」の代わりに樽味伸の提唱した「メランコリア親和型うつ」(注)という概念が使われています。

(注)樽味は「ディスチミア親和型」という「新型うつ」に近い概念を提唱したことで日本では有名である。同じ論文でディスチミア親和型と対比するために「従来の」うつ病を「メランコリア親和型」として概念化している。

メランコリアとは、気分反応性がなく終始抑うつ状態であることや一日の中で朝に調子が悪くなるといった日内変動、体重減少などが主な症状です。「従来型うつ」「メランコリー親和型うつ」は投薬によって回復しやすいとされています。

しかし実際には、メランコリアの特徴を持ったうつ病の治療成績が悪いことが複数の調査で明らかになっています。先ほど引用したSTAR*Dの研究でも、治療効果にマイナスの影響を与えるものとしてメランコリアと不安うつ病anxious depression(不安を併存するうつ病)があげられています。

やはり、ここでも科学的なエビデンスがある研究を軽視し、学生時代に受けた古い知見と臨床の日常感覚をいつまでも信じているという専門家の問題が指摘できます。

解雇理由としての「新型うつ」

「新型うつ」の問題は精神医学や臨床心理学の学問的な問題にとどまりません。

一定規模以上の会社では、産業医を雇うことが義務付けられており、社員の健康状態を管理しています。産業医や会社側が「新型うつ」という概念を使うとどうなるでしょうか。

うつ病だと判明すると、標準的な対応である投薬と半年ほど休職させるという措置が取られます。半年後に治っていれば「従来型うつ」で、会社に復帰できるでしょう。しかし、治らなかったら「新型うつ」だと判断されるでしょう。医者から「この社員は新型うつだから、もう使えない」と烙印を押されるようなものです。

しかも「新型うつ」は「性格が不真面目」「勤務態度に問題がある」「プライベートでは遊べるのに仕事に来ない」といった状態像です。うつ病になったのは、本人の責任にされ、自業自得だとみなされるのです。

先に述べたように、社員がうつ病になるのは、会社の勤務状況や上司との人間関係が問題かもしれません。しかし「新型うつ」という概念によって、そういった周囲の悪い環境は問題視されなくなります。

うつ病になった社員を解雇して、新しい若者を雇っても、環境が悪いままでは、新しい若手社員もうつ病になるかもしれません。本来は、会社側の問題を改善しなければならないのですが、若手社員は不当な扱いをされ続けます。

労働環境が悪いために若手社員が次々と辞めていったとしても、最近の若者は仕事をすぐにやめて、頑張ることをしないとさらに若者叩きが増幅していくでしょう。

うつ病が再発をしやすい病気であることと、「新型うつ」の概念が組み合わされると、恐ろしいことが起こる。

しかし、産業医たちが「新型うつ」やその類似概念に警鐘を鳴らすといったことはしているようには思えません。「新型うつ」で雑誌記事を検索すると、かなりの割合がビジネス関連のものです。産業医の中には、「新型うつ」を積極的に取り上げている人もいます。

産業医というのは会社が雇うものですし、給料も会社から出ます。会社にとって都合の良い働きかけをする立場なのです。もちろん、産業医の中には様々な人がいて、うつ病に詳しい人もいれば、従業員の立場に立つ人も多くいます。しかし、もともと会社に逆らうことできないポジションなのです。

会社の業務によってうつ病になったとしても、うつ病の人に長期間にわたって給与を与え続けると業績にマイナスになります。ですから、会社は病気に罹患した社員などさっさと解雇したいのです。そこで会社側が責任を取らなくていい「新型うつ」という概念が活躍します。「新型うつ」は病気の社員の首を切ることのできる会社側にとって強力な武器になるのです。

プロフィール

井出草平社会学

1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。

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