2015.07.22

書くのは簡単、消すのは大変――ネットで中傷、どうすれば?

清水陽平×スマイリーキクチ

社会 #ネット中傷

殺人事件の犯人だと間違われてネットで執拗な中傷と嫌がらせを受けたスマイリーキクチさん。ネットでの誹謗中傷の書き込みの削除の他、TwitterやFacebookで誹謗中傷を投稿した加害者の情報開示請求に日本初で成功した清水弁護士。ネット中傷問題に取り組んでいるお二人に、もし自分がネット中傷被害にあったとき、どうしたらいいのか、お話いただきました。(構成/片瀬久美子)

ネット中傷対策に蔓延るあやしい業者

キクチ 普段、ネット関連の番組がないか注意してテレビの番組表を見ているんですよ。それで、たまたま見た番組で清水さんがお話されている内容にすごく興味を持ちました。真剣に取り組んでらっしゃるなぁと。もっと言うと、中傷された人の気持ちを考えた話だったので、ああこの弁護士さんは信頼できそうだと思ったんです。

清水 そうでしたか…。

キクチ 僕がこれまで、ネットいじめ関連で10人、20人の専門家の方々と会ってみたんですが、真剣に取り組んでおられる方は、今まで数人しかいなかったんですよ。実際にお会いしてみて、すごく安心しました。(笑)清水さんはネット中傷問題に関する講演とかはされていないんですか?

清水 依頼を受けた時にやるくらいで、自分からは積極的にやりません。ほとんどやらない、というか、やったことがないですね。

キクチ そうなのですか。結構、ネット関連の講演は、いつもどこかで誰かがやっているんですよね。

清水 最近、やっている人は多いみたいですけれどね。集客目的もあるかもしれません。

キクチ そうなんですよ。何人か聞いたことはあるのですけれど、信用できるのかなと疑問を持つものが多いです。正直、自分の体験から見ると、ネットの危険性や対処法の話を聞いていても、適当に言っている人がいて…。「ネットの誹謗中傷対策します」という広告をみかけますが、ちょっと怪しそうな業者も多いですね。

清水 非弁提携という問題があって、弁護士以外の者が依頼者を代理して削除を依頼することはできません。誹謗中傷対策とかで検索すると企業がたくさん出てくると思います。実際に誹謗中傷対策で検索すると、ここも、ここも…。こういう会社などが、削除の依頼をすることは法律違反になるんです。弁護士法72条というものがありまして、代理してはいけないことになっています。

キクチ 違反になってしまうんですか。

清水 はい。削除というのが最近はまずいということが分かってきているみたいで、明確には書いていないところが増えてきていますが、実際には削除依頼をしていたりします。

こういう業者と弁護士がつながって、弁護士がバックマージンを受けることをやっているケースもあります。講演をしている業者の中には、そうしたものがあるかもしれませんから、注意が必要ですね。

キクチ ネット中傷対策をしている団体には、あやしいものも多いみたいですね。僕のブログにも中傷を受けている人から相談のメールが来るのですが、僕に来るってことは、多分いろいろ手を尽くしてダメだったからではないかと思っています。

片瀬:やはり、経験者からのアドバイスが欲しいと思っているのではないでしょうか。

キクチ もしかしたら、相談する人がいなかったり、警察にも行ったけれどもダメだったから、僕のところに相談に来たのかもしれません。自分のわかる範囲で答えてはいるのですが、なかなか力になれなくて申し訳ないと思うことが多いです。

僕は削除などをどうこうできないので、証拠の集め方や警察に行く前の準備と手順を伝えて、「どこの課へ行って下さい」という話しをしています。結構多いのが、知らずに交番に行ってしまうというケースです。交番は地域課なので、担当が違ってしまうんです。

清水 そうですよね。できれば警察署の刑事課に。

キクチ 一応、リベンジポルノとかストーカーに関しては、生活安全課がやってくれるという形式上の話しはするのですが、安心面なら刑事課に行く方がいいと思います。

清水 そうですね。

キクチ 僕の場合は、担当してくれた刑事さんが「俺、パソコンオタクだから」という方だったので、本当に運が良かったです。でも、そういう人が各署に1人いるかというと、いなくて。

清水 いないですよね。

片瀬:ネットの名誉毀損は、そもそも警察が請け負うものじゃないという考えの人も多かったりしますよね。警察に行って訴えても、それまで刑事事件として扱った経験がなくて、「そういう揉め事は民事でやりなさい」と言われる場合がよくあるようです。

清水 やはり、「どうせ口げんかレベルだろう」という偏見で見られがちですよね。

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清水弁護士

清水弁護士がネット中傷対策を始めた経緯

キクチ 清水さんが、ネット中傷対策を始めたのはいつ頃からですか?

清水 2009年くらいからです。

キクチ 清水さんが弁護士になられた時には、何か目指す専門分野はあったのですか?

清水 ネット関係の事をやろうというのは、当初はあまり考えていなくて、面白い分野があればそれをやればいいか、という風に考えていました。特にビジョンもなかったのですが、3年くらいで独立しようとは思っていました。

キクチ では、ネットでというのは、最初はあまり考えていなかったのですね。

清水 全然、考えていませんでした。1年で最初にいた事務所を辞めてコンサルティング会社に行ったのですが、そこでリスクコンサルティングのような仕事をしていました。企業不祥事があった時に、プレスリリースを作ったり、記者会見の原稿やQ&Aを作ったり、あとはマスコミからの問い合わせをどういう風にさばくかなどをやっている会社でした。

企業不祥事があった時には、企業がいろいろと叩かれるわけです。ネットでもいろいろと書かれるので、何とかしたいという相談があり、「弁護士さんだから何か対策方法を考えて」と無茶振りをされまして(笑)。

その時に、IT関係の仕事をやっていた友達の弁護士から、「2ちゃんねるの削除と情報開示の依頼を受けたけれども、共同受任でやらないか?」と声を掛けられたのでやってみたんです。

キクチ その時には、まだ経験はないのですよね?

清水 ありません。自分もだからそれで、面白そうだなと。仕事で普通に検索くらいですがネットは使いますし、まあ丁度良いなという事で始めてみました。それで1件目が上手く行き、削除ができました。今の2ちゃんねるとはちょっと違う方法ですが、まあ、それはそれで上手く行って、削除をしてもらえたし開示もしてもらえたという事で、そこから始まりましたね。

キクチ へぇ。でも、元々ネットに関しては知識もあったのですか?

清水 いえ、全然ないです。

キクチ そうなんですか。

清水 IPアドレスとか、そういう知識は必要ですけれど、本当に多少の勉強でなんとかなります。自分は文系なので、もともと知識はないですし今でも技術的な事はほとんど知らないです。

キクチ じゃあ、元々インターネットに興味があったとかパソコンに詳しかったというのではないのですね。

清水 全然。そういうわけじゃないですね。もちろん仕事でパソコンもネットも使っていましたが、どちらかというと、ネットで困っている事件を解決する道具として使う様になったという感じです。

キクチ いろいろとネット関連のニュース、特に中傷や人権に関するものを調べていたので、そうすると必ず全国初とか、何かというと清水さんのお名前が出てくるので、ずっと興味があったんです。僕が困っていたのは2007年から2008年頃でしたが、その頃清水さんは?

清水 丁度、弁護士になったくらいですね。2007年から弁護士でした。

キクチ  2008年当時に、ネットで調べても誹謗中傷の対策であまり弁護士事務所は出てこなかった記憶があります。多分、広告がなかったのでしょうね。今でこそ笑って話せますが、最初に相談した弁護士さんに中傷の書き込みをプリントアウトして見せた時、URLを指しながら「このダブリュダブリュって何?」と聞かれました。

「2ちゃんねるの住所と電話番号を調べて下さい。誰がやったか聞くから」と言われた時には、ほんとに藁にも縋る気持ちで行ったのに落胆しました。情報の秘密と情報の開示の争いをしなければいけないのに、掲示板の運営会社が「分かりました、じゃあ電話で言われたその通りその相手の住所を教えます」ってなるわけがないだろうと。

清水 そもそも匿名掲示板ですからね。

キクチ その時には、ほんとにインターネットでそういう裁判をやった事があるっていう弁護士さんというのが珍しくて、探すのがもう大変な状況だったのです。

清水 そうですよね。分かります。自分も、最初にやった時に、何かないかなとやっぱり探すわけですが、調べても全然出てこなくって。書籍も探してみたのですけれど、なかなか無くて。

キクチ 今は、その時に比べると何倍も開示請求などの事例が増えていますね。実際、清水さんのところには月にどれくらいの相談がくるのでしょうか?

清水 年明けから4月くらいまでは多かったですね。やはり、新学期が始まるとか、新年度が始まるのと関係しています。あとは、例えば企業の採用活動で、転職サイトなどでブラック企業などと誹謗中傷をされているから、それを削除したいとかですね。というので、1月から4月くらいまでかなりの量の相談が来ていましたね。

キクチ 清水さんの事務所では、個人と企業では何か対応に違いはありますか?

清水 それは特に差が無いですね。費用も変わりません。

キクチ どういう形で相談を受けているのでしょうか?

清水 基本的に電話で受付をすることはほぼなくて、メールフォームがHPにあるので、そこから問い合わせをして頂いています。内容を見ないと対応できるかどうか分からないので、そこにURLと、掲示板などでしたら具体的にレスの番号とか、それと書かれた事が本当なのか、その辺の事情を書いて頂いて、それに基づいて対応できそうかどうかを判断しています。そのメールのやりとりは基本的にお金をとらずにやっています。

キクチ 僕の時は弁護士さんとの相談料が1時間で3万5千円だったんです。しかも、2人だったので7万円でした。でも、友達の紹介だったので安くして頂いたのですが、通常ですと、この料金のようです。

清水 タイムチャージ制の大手事務所へ行くとそうなりますね。大手事務所のパートナー弁護士になると、1時間5万じゃきかないケースもあると思います。

キクチ そこも、他の人に紹介する時に気になるところです。依頼者にとっては弁護士さんにかかる費用も重要ですからね。

清水 メールでの問い合わせで相談料をいただくことは基本ないですね。面談の場合は、一応、30分5000円と言っていますがいただかないことも多いです。

キクチ それって良心的ですよね。警察で捜査をして頂く前、民事で裁判の準備をしていた時に、詳細についてどういう意味なのか分からないところがあったので電話で質問をすると、それも料金にカウントされていたので、僕はそうした経験がなかったから、いろいろと戸惑いました。(笑)

清水 まあ、弁護士に相談する経験がないのが一番ですけどね。(笑)

キクチ 僕が弁護士事務所に行く時には、相談料がかかってしまうので、事前に図書館に行って、いろんな刑事訴訟や民事訴訟の本を読んで、ある程度の知識を得てから、分からないことを直に聞くという様にしていたのです。

清水 そういう事務所も、あります。タイムチャージ制だとそうなりますよ。

サイトによる対応の違い

キクチ サイト運営会社によって情報開示の差はありますか? 例えば2ちゃんねるとヤフーだったら、どちらが開示しやすいでしょうか?

清水 ヤフーの方が大変ですね、圧倒的に。2ちゃんねるの方は、争ってこないので。2ちゃんねるは、いろいろと手続きが面倒なことはあるのですけれど、自分は慣れているのでそんなに面倒ではありません。でも、ヤフーだと相手に代理人がついて細かいところまでしっかり反論してきます。これは当然に認められて然るべきでしょうという事にも反論をしてくるので、この反論を見つけるスキルが凄いなと思って、逆に。(笑)

キクチ ヤフーは、僕の時には削除にも応じてくれなかったんですよね。

清水 ソフトバンク系は、大体厳しいです。ただ、実際に捜査員が行って差し押さえを要求すると、出すようになっています。それをCD-R等に焼いてもらい、その提出を受ける形で差し押さえていくので、令状さえ出れば素直に出すんですよ。

キクチ 清水さんがフェイスブックで開示をした時の記事を読んだのですが、被害を受けた方が警察に行ってもフェイスブックはダメだと言われてしまったとか。もし、フェイスブックで殺害予告を書いたら、捕まらないのかっていう話になりますよね。

清水 フェイスブックは分からないのですが、ツイッターは殺人とか人命に関わるものについては話し合いができているみたいで、窓口に連絡するとすぐ開示してもらえる扱いになっているそうです。

キクチ 削除と情報開示では、どちらが面倒ですか?

清水 やはり、情報開示請求の方が大変です。削除はそれだけでよいですが。

キクチ 例えば、よくYouTubeとかで動画を出されてしまった場合の削除というのも、清水さんはやられた事とかはありますか?

清水 YouTubeもありますよ。ただ、YouTubeは、著作権侵害だと削除してくれると思うのですが、名誉毀損については、なかなか対応してくれない時が多いです。(パソコンの画面を見せながら)YouTubeは対応すると、このように「この動画は非公開です」と出ます。何が非公開かと言うと、本当に削除されているのではなく、実は削除されていない可能性が高いのです。

片瀬 「お住まいの国のドメインで表示されないようになっている」と説明がありますね。外国経由だったら見られるのですか?

清水 そうです。まあ、わざわざ外国経由で見る人はあまりいないのですけれど、どうせなら削除してよって思いますよね。

片瀬 ドメインで見えなくするくらいだったら、さっさと削除してしまった方が早いですよね。

清水 他の国からだと実際に見られるので、以前は他の国のドメインから入ればその国からアクセスできました。今はリダイレクトされるみたいで、全部を試したわけではないのですけれども、日本のサイトを通じていくと、国外から日本のドメインにリダイレクトされます。実際上、国内からは見えなくなっているので侵害の程度は低くなっているとは言えます。

例えば、グーグルに対して、検索に出てきたネガティブな結果を全て削除して検索に出ない様にしろという裁判ができるのですが、「co.jpからのものしか対応しませんよ」という風になっています。

検索でgoogleと入力するとgoogle.comが出てくるので、以前は、そこから削除対象のキーワードで調べると出てきてしまう、という状況になっていました。

それが今年に入ってからだと思うのですが、日本のサイトにリダイレクトされる様になったので、そちらも実際上見られなくなっています。

キクチ グーグルは結構、忘れられる権利とか、リベンジポルノも検索できない様にするという話がニュースになっていて、グーグルはちょっとこう、何かをやってくれるのではないかなという期待があります。

清水 いや、基本は期待しない方がいいと思います。グーグルは、裁判で負けたのでしょうがなくやっているという感じです。

書くのは簡単、消すのは大変

キクチ 清水さんが最近出された本(『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル』弘文堂)を読みましたが、いろいろな事例も含めて具体的な内容が書かれていて、凄いな~と思いました。僕が誹謗中傷を受けた時には、2ちゃんねるに削除依頼をすると、まず事実無根を証明して下さいと言われて、どうやって事実無根を証明すればいいのかと困惑しました。

清水 やってない事はなかなか証明できないですからね。

キクチ 2ちゃんねるは、今まで何回も削除依頼をしたのですがダメでした。それに、削除依頼スレッドに削除を申し入れることで火に油を注ぐ状況になったりしますし、かといってそれで削除してくれるかと言うと、結局してくれなくて。

清水 証拠隠滅しているみたいに言われたりしますよね。

キクチ これは、難しいな~と思いました。

清水 2ちゃんねるは、裁判で仮処分決定をとれば削除してくれています。例えば、これも相当量なのですけれど。(パソコンの画面で例を示す)

キクチ ああ、すごいですね。

清水 まあ、こんな感じです。2ちゃんねるは、去年の4月から2つになったんです。2ch.netというのが昔からある方で、2ch.scというのが新しくできた方です。現在の状況となったのは、2ch.netの管理権をめぐる争いが原因です。

キクチ 本に書いてあったフィリピンのっていう。

清水 それが2ch.netになっています。新しくできた2ch.scはシンガポールにあります。2ch.netに書かれたものは2ch.scによってコピーされるので、2ch.netで削除しても2ch.scの方にはそれが反映されません。

キクチ 2ヵ所やらないとならないのですね。

清水 それに加えて、コピーサイトやまとめサイトなども多数あります。

キクチ 全部削除しようとすると、結構な量になりますね。消すのにはすごく手間が要りますが、書くのは簡単なんですよね。書くのと消すのが同じくらい手間がかかるように、書くのをもっと難しくする仕組みにしていけば、例えばいろんなものをクリアしないと書けないという状況にしてもらえたらどうだろうと思ったりするのですが、でも、それでは多分、サイトとしては運営できないだろうなって。

片瀬 書くハードルを上げると利用し難くなって、そのサイトの利用者が離れてしまうでしょうね。何か上手い解決策があればいいのですが。ネット中傷に対しては、法整備が遅れていることもあって、一筋縄では行かないことも多いと思います。

清水 特にツイッターとかフェイスブックというのは、法律の文言上、開示が認められないことになりそうなんですよ。

プロバイダ責任制限法に基づいて開示請求をするのですが、簡単に言うと2ちゃんねる等では、書いて投稿した時のIPアドレスとタイムスタンプというかアクセスした時間が一致するので、それらと書いた人とが一致するかどうかを全部紐付けて行くという理屈です。

ツイッターやフェイスブックではログインしてから書き込むのですが、書き込みの時のログは記録をとってないらしいんですよ。ですから、ログインした時の記録しかないので、それと書き込んだ人が紐付けられるのかという議論が出てきます。

例えば、10時間前にログインして、10時間後に書き込みをしたとします。その間にいろんな書き込みをしています。また、その間にログアウトして、もう一回ログインしている記録がある場合に、この人とこの人は、実際に同一人物なのだろうかという問題があったりします。

法律を簡単に説明すると、「権利侵害を伴う書き込みをした時の情報を開示せよ」となっているんです。ログインの情報というのは、権利侵害を伴う書き込みをした時の情報ではないので、だから認められるのかという問題があるのです。

片瀬 そこはほんと、弁護士としての手腕ですよね。

清水 まあ、でもやはり強硬に反論される場合もあります。それで今、控訴をしたりもしていて、判断がまだ固まっていないところです。

心の闇

キクチ そうなのですか。まあ、結局はサイトというよりも、利用者の問題ではありますね。

片瀬 この前、清水さんは某記事で「ネットに闇があるのではなく、人の心の中に闇がある」とかコメントをされていましたね。

清水 あれはですね、あの記事で「どやっ」みたいな感じになっていますけれど、普通に雑談している中で、ちょっとぽろっと言ったことを拾われてしまって…。(笑)

キクチ でも、心の闇の部分というか、そこに引きずり込まれちゃうんですよね。例えば、掲示板やツイッターで誰かが書いている誹謗中傷の拡散に手を出したりして、一緒になってやり始めると、もう闇に引き込まれてしまいます。自分がネットで中傷されたから、やり返してやろうと相手に反論してしまっても、結局はそこの闇に入り込んでしまうんです。まず一線を引いて、ここはもう相手にしないという風な状況を作っていかないと、互いにエスカレートしていってしまいます。ネットが悪いわけではなくて、悪用する人達に触った瞬間に自分もその闇の中に入ってしまうという、そこが蟻地獄のようにすごく怖いところです。

片瀬 スマイリーキクチさんは芸能人という立場もおありですし、一般の人達と直接争うのを避けたい状況もありますよね。

キクチ 例えば、「バカ」とか「つまんない」など、そういうものでしたら別に何とも思いません。もうそんなのは別にいいやと。やはり、元の殺人事件があまりにも酷い分、僕を犯人だと思っている人達から強い敵意を向けられたのですが、でもそこで、やりとりはしたくないなっていうのが正直なところでした。

清水 まあ、直接やりとりはしたくないですよね。

キクチ それと、やはり被害者がいる事件ですし、被害者や遺族の方々のことを考えると、そこで「俺、犯人じゃねーよ」とか、「ふざけんなよ」と書いてしまうと、それすらご遺族を傷つけてしまうのでないかと自分の中であれこれと考えてしまって、否定だけをして反論は一切しませんでした。

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スマイリーキクチ氏

名誉毀損の考え方

キクチ 警察などに相談して、よく言われたのが「見なければいいんだ」というものでした。

清水 あ~、はいはい。大きな間違いですよね。

キクチ 事件を担当した検事さんからは、「インターネットというものを使わなければいんだと」と言われたのですが、「仕事でもメールは使うんです」と説明すると、「いや、それをまず止めて下さい」と。このご時世で、インターネットを使っちゃいけないという、自分1人が常に圏外って、どういう状況なんだって、頭を抱えました。

清水  ほんとに、検察・警察はよくそれを言いますね。あと、年配の弁護士さんにもいます。昔の感覚の人は、「敢えて不快になるのを別に見なければいいじゃないか」と言うのですよね。

キクチ ネットは今このご時世だと、絶対に使うものというか。「見なければいい」と言われても、僕は見なくても、言葉が生き続けてしまうので、結局はもうずっと続いてしまうんですよね。

清水 そこの話なのですが、実際上、何が問題かというと、他人にどう見られるかというところじゃないですか。名誉毀損というのは、「社会的評価の低下」なんですよね。そうすると、社会的評価の低下というのはどこで生じるかというと、他人にどう見られるかという話ですから、まさに。自分が見るかどうかとか、自分が不快に感じるかというのとは、次元が違う話なのですよね、本当は。でもそこを、一部の法律家達までが混同しているんです。「名誉毀損というのは、自分が不快だから名誉毀損なんでしょ」という感覚なのですよ。警察などでもよく言われるので、「それはそもそも法律論として違う」と理論的に説明するようにしています。

キクチ それは、絶対に必要だと思います。今日は、とても勉強になりました。清水さんとお話しできて、本当に良かったです。

清水 こちらこそ。お会いできて良かったです。

(2015年6月30日 法律事務所アルシエンにて)

プロフィール

スマイリーキクチお笑い芸人

昭和47年東京下町生まれ、平成6年よりピン芸人「スマイリーキクチ」として活動。危ないコントや毒のある漫談を、笑顔と独特のキャラクターで演じる。ネット中傷被害の経験を活かし、学校や教育関係での講演活動も行っている。著書「突然、僕は殺人犯にされた」(竹書房)

この執筆者の記事

清水陽平法律事務所アルシエン 共同代表パートナー

インターネット上の誹謗中傷対策や炎上対策などを数多く扱う。2014年1月にはTwitter に対する開示請求、2014年8月にはFacebookに対する開示請求で、それぞれ日本初となる事案を担当。

2007年弁護士登録(旧60期)。東京弁護士会所属。2010年11月に法律事務所アルシエンを開設。

インターネット問題に関するメディアでのコメント多数。『企業を守る ネット炎上対応の実務』(学陽書房、単著、近刊)、『ケース・スタディ ネット権利侵害対応の実務――発信者情報開示請求と削除請求』(新日本法規出版、共著、近刊)などの著書がある。

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片瀬久美子サイエンスライター

1964年生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。企業の研究員として、バイオ系の技術開発、機器分析による構造解析の仕事も経験。著書に『放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち』(光文社新書:もうダマされないための「科学」講義 収録)、『あなたの隣のニセ科学』(JOURNAL of the JAPAN SKEPTICS Vol.21)など。

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