「TSUTAYA図書館」と「図書館論争」のゆくえ

このところ、図書館が、かつてないほどの関心の対象となっている。

 

そのきっかけを作ったのは、佐賀県の武雄市図書館だろう。「改革派」の市長(当時)が、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)(以下「CCC」)を図書館の指定管理者にする方針を打ち出し、賛否うずまく中でスタートした新しい図書館が、その後もさまざまな議論を呼び起こし続けている。武雄市に続いて神奈川県海老名市がCCCを指定管理者とする図書館をオープンし、宮城県多賀城市、岡山県高梁市、山口県周南市などでも計画が進行中である。こうした流れを受け、それまでの「武雄市図書館問題」から、「TSUTAYA図書館問題」と呼ばれるようになった。

 

「「TSUTAYA図書館」神奈川県・海老名市に誕生が決定 市が発表」(ハフィントンポスト2013年11月22日)

http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/22/tsutaya-library-ebina-kanagawa_n_4321269.html

 

「TSUTAYA図書館、宮城にも設立へ」(ハフィントンポスト2013年05月25日)

http://www.huffingtonpost.jp/2013/05/24/tsutaya_n_3334360.html

 

「TSUTAYA図書館は何を目指すのか? CCC責任者が語る現状と「未来」」(ハフィントンポスト2015年11月14日)

http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/11/tosyokan-sogoten_n_8535910.html

 

この問題については、図書館や情報セキュリティなど、関連する諸分野の専門家や論者がすでにさまざまな論考を発表している。賛否両論あって、「図書館戦争」ならぬ「図書館論争」は日増しに激しさを増してきている。ここではそれらの専門的な議論には深く立ち入らず、むしろこの問題を一歩引いた視点から大きく俯瞰したかたちで論じてみることにしたい。

 

いつも文章が長い長いといわれるので、最初に要点をまとめておく。

 

◎「TSUTAYA図書館」問題の背景には、関係者や専門家たちと一般利用者との間の「図書館のあり方」に関する意識のミスマッチがある

 

◎19世紀の技術と社会を前提とした生まれた現代の図書館のあり方は、それらが大きく変化した21世紀の状況に合わせて変えていく必要がある

 

◎図書館のあり方は図書館単体でなく地域のあり方とセットで考える必要があり、変化の方向性は、地域の状況に応じて地域の人々が決める多様性を許容すべきである

 

 

「TSUTAYA図書館」問題とは何か

 

報道などを見渡すと、「TSUTAYA図書館」に関していま問題となっているのは、おおざっぱにいって次の3つの分野に分かれるように思われる。

 

 

(1)図書館運営者としてのCCCの能力の問題

 

CCCといえば、まずイメージされるのは、レンタル業のTSUTAYAであろう。実際この会社はビデオレンタル事業を営むものとして昭和60年に設立された。現在はMBOによって上場廃止となっているので最後に出された第26期(2011年3月末)の有価証券報告書でみると、この時点での収益の主力はTSUTAYAの直営及びフランチャイズ事業であり、その売上は全体の80%を占める。

 

このCCCを武雄市図書館の指定管理者にするとの計画を武雄市が発表したのは、2012年5月のことであった。「TSUTAYAが図書館?」といった疑問をもって受け止める向きが多かったように思うが、考えてみればCCCは創業時から現在に至るまで、レコードその他のレンタルと併せて書籍の販売を行っていたので、営利事業であるという一点を除けば、本を貸すことを業務とする図書館とまったく無縁の存在というわけでもないように思われる。

 

もちろん、ビデオレンタルと図書館とは異なる事業と考えるのがふつうであろう。実際、指定管理者として運営を始めるや否や、CCCは図書館をプロとして運営する主体にはあるまじき失態で痛烈な批判を浴びることとなった。武雄市図書館では、関連会社から遠く離れた埼玉のラーメン店のガイドブックや古くて使えない資格試験本を購入するなど、その選書があまりにひどいと話題になった。また海老名市立中央図書館では、蔵書検索で「出エジプト記」が旅行ガイドのジャンルに分類されているなど、日本十進分類法(NDC)ではないその独自の分類法やそれに基づく分類の適切さへの疑問が出た。

 

「武雄市図書館の選書でCCCが異例の「反省」 愛知県小牧市「TSUTAYA図書館」計画は住民投票へ」(ハフィントンポスト2015年09月11日)

http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/10/takeoshi-ccc_n_8117678.html

 

これは指定管理者として公金から収入を得るにふさわしい業務のレベルとはとてもいえない。著作権法に貸与権の規定がまだなかった黎明期には素人でも簡単に開業できたレコードのレンタルとはわけが違うのである。その意味では文字通り「十年早い」といわざるをえないだろう。

 

この他にも、武雄市図書館では、CCCによる運営が開始された際、それまであった、郷土資料を展示する歴史資料館の常設スペース「蘭学館」が閉鎖され、TSUTAYAのレンタルゾーンとなったが、この際郷土資料の一部が廃棄されたとして話題になった(武雄市はこれを否定している)。

 

「武雄市図書館が開館前にDVDを大量除籍 「館内併設のTSUTAYAに配慮?」との疑問の声に武雄市は否定」(ハフィントンポスト2014年04月25日)

http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/24/takeoshi_n_5203682.html

 

「武雄市図書館リニューアルオープン時の郷土資料の取り扱いについて」(武雄市ウェブサイト2015年11月9日)

http://www.city.takeo.lg.jp/information/2015/11/002624.html

 

もちろんこれらは全体からみればごく一部にすぎないが、いずれも、この会社に図書館の指定管理者に求められる業務遂行能力があるのかという懸念を抱かせるに十分な事例といえる。CCCを指定管理者にする計画を打ち出していた小牧市がその方針を翻したこと、CCCの図書館事業に協力していた㈱図書館流通センター(TRC)が協力関係を解消する方針を示した(その後一転して海老名市立中央図書館の運営について協力関係を継続すると発表した)ことなども、こうした推移と無縁ではないだろう。

 

「TSUTAYA図書館を白紙撤回、愛知県小牧市」(ハフィントンポスト2015年10月20日)

http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/20/tsutaya-libraly-vanished_n_8336364.html

 

「TSUTAYA図書館と「理念あわなかった」 図書館流通センターがCCCと関係解消へ」(ハフィントンポスト2015年10月27日)

http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/27/tsutaya-ccc-trc_n_8396072.html

 

「【TSUTAYA図書館】図書館流通センターが一転 CCCとの共同運営を継続する「理由」」(ハフィントンポスト2015年10月31日 )

http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/30/trc-ccc_n_8435388.html

 

 

(2)利用履歴等の情報の取り扱いの問題

 

「TSUTAYA図書館」に関し、ネット上で最も「アツい」トピックになっているのがこの領域かもしれない。もともとCCCは、Tポイント事業における個人情報の取り扱いについて、情報セキュリティの専門家たちから批判を浴びてきた。そもそもCCCの事業は単なるレンタル事業というより、そこで得られる利用者に関するさまざまな情報を自社及び他社のマーケティングに生かすことがその本質であるから、この批判はCCCの存在そのものに向けられたものともいえる。この点について、同社の代表取締役社長兼CEOである増田宗昭氏がインタビュー明確に答えている。

 

まずはCCCとしてTSUTAYA店舗を中心にさまざまな事業を展開されていますが、実際にどういう会社を目指しておられるのですか。

 

増田 結論からいいますと、データベースマーケティングの世界を代表する会社なりたいと考えています。データベースマーケティングとよくいうのですが、実際やっている企業は少ないです。CCCというのはTSUTAYAをやっている会社でもなく、Tポイントをやっている会社でもなく、データベースマーケティングのプラットホームをやっている会社ということです。

 

「特集 第2部 編集長インタビュー プレミアムエイジを成長エンジンに カルチュア・コンビニエンス・クラブ代表取締役社長兼CEO増田宗昭」『企業家倶楽部』2010年1・2月号

 

事業遂行上得られたデータを他の目的に利用すること自体が問題というわけではない。しかしCCCのやり方は、個人情報を取得し利用する際のやり方に法令に抵触するのではないかとの疑義のある部分がある、また利用者への充分な説明を行っていない、などの批判が専門家の間で聞かれる。

 

「Tポイントは本当は何をやっているのか」(高木浩光@自宅の日記2012年09月23日)

http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20120923.html

 

「Tポイントは何を改善しなかったか」(高木浩光@自宅の日記2013年06月27日)

http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20130627.html

 

「CCCはお気の毒と言わざるをえない」(高木浩光@自宅の日記2015年11月21日)

http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20151121.html

 

さらに本件は、CCCの受託業務が図書館であること自体が、別の問題を引き起こしている。図書館は、「利用者の読書事実を外部に漏らさない」ことを自らの責務として課している。これは基本的人権としての「知る自由」を保障するためのものとして、日本図書館協会が定める「図書館の自由に関する宣言」に明記されている。同様の趣旨はユネスコの「公共図書館宣言」にもあり、図書館に関するグローバルスタンダードといってよい。図書館利用に伴ってTポイントを発行し、その情報を図書館以外のところでマーケティングに活用するという「TSUTAYA図書館」のやり方はこれを否定するものであるといえる。利用者が申し出れば、Tポイントを利用しない利用者カードも発行するしくみとはしているが、そのための充分な情報提供が行われていないとの懸念もあり、図書館関係者の不安を払拭するには至っていない。

 

「図書館の自由に関する宣言」(日本図書館協会)

http://www.jla.or.jp/library/gudeline/tabid/232/Default.aspx

 

「ユネスコの公共図書館宣言(UNESCO Public Library Manifesto)」

http://www.unesco.org/webworld/libraries/manifestos/libraman.html

 

 

(3)元市長の手法やその後の「転身」についての問題

 

武雄市がCCCを指定管理者と決めた当時の市長は、いわゆる「改革派」首長として知られた人物だった。総務省官僚から出身地の市長へ転身し、トップダウンで次々にそれまでの常識を破る政策を打ち出していったが、それらはいずれも賛否両論を呼び、その後の摩擦の種となった。

 

それは政策自体の「大胆」さゆえでもあったが、同時にこの元市長のものごとの進め方に起因する部分も少なくないと思われる。対立者への容赦のない批判や、ときに罵倒や中傷に近い表現をすることもあった。また、批判者に対し、その所属組織や政治家を通じた圧力をにおわせる発言をしたこともある。少なくとも4回の武雄市長選挙に勝っていることから、市民の支持はあったのだろうし、外部でも評価する人は少なくないが、よく聞かれる「敵の多い人物」との評価は必ずしも的外れではないだろう。

 

2015年1月、元市長は佐賀県知事選挙に出馬するため市長を辞したものの、知事選には敗れた。しかしその後、CCC傘下企業の経営者に収まり、また自ら主導して民間移譲した市民病院の移譲先医療法人の理事にも就任している。政治家とはいえ生計を立てる必要はあるのはわかるが、こうした「転身」に対して、事後的な利益誘導との批判が起きるのはやむを得ないだろう。「TSUTAYA図書館」への批判の中には、図書館自体というより、この人物やそのやり方への批判、もっとはっきりいえば嫌悪感のようなものが混じっているようにみえる。

 

「TSUTAYA図書館」問題は、これらの問題が入り混じったものである。それぞれの問題に対してそれぞれの専門家がその専門的見地から行った批判は多くの場合適切なものであり、論じることにはもちろん意味がある。しかし、それらはこの問題の全体像をとらえたものとはいえず、これだけでこの問題を論じていればよいというものではないように思われる。【次ページにつづく】

 

 

 

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