なして福島の食はさすけねえ(問題ない)のか――原発事故のデマや誤解を考える

しかし、陸上はともかく海は危険に違いない?

 

画像05

NATIONAL OCEANIC AND ATMOSPHERIC ADMINISTRATION UNITED STATES DEPARTMENT OF COMMERCE

 

 

原発事故後の海洋汚染についても、ずいぶん沢山のデマが流れました。上記のような図も「フクシマからの放射能拡散の図だ」との解説と共に広がりましたが、図を注意深く見ると単位はcm。この図は、アメリカの機関が「津波の高さ」を分析した図であり、放射性物質の汚染とはまったく無関係です(加工前の画像には「Japan(Tohoku)tsunami, March 11, 2011」と書かれており、悪意によって津波を示す情報が消されて拡散されたことが分かる)。

 

しかし、福島に関する負のイメージは非常に根強く、海外にもデマを拡散しているサイトが沢山見受けられます。たとえば最近でも、日本のゴシップメディアが海外のこうしたデマを翻訳して拡散した例がありました。

「SURPRISE! You’re Eating Fukushima Radiation; Bloody Cancerous Tumors in Fish & Seafood」(衝撃!あなたは福島由来の放射線を食べています!それは【魚介類の白血病や腫瘍です!】) などという煽り文句と共に紹介された写真がこちらです。

 

 

画像06

放射線の影響で病気になった鮭であると紹介された画像

 

 

しかし、この画像をそのまま「画像で検索」にしてみると下記の通り。この画像の最良の推測結果は「salmon parasites」。「鮭の寄生虫」です。放射線ではありませんね。

 

 

画像07

 

 

 

それからさらに検索をかけてみると、「Diseases and parasites in salmon」(鮭の病気と寄生虫)というwikipediaのページにまったく同じ写真が使われていることに気づきます。

 

 

画像08

 

 

その写真の解説には、Henneguya salminicola という寄生虫によるものであること、そして写真の撮影時期が2009年にカナダ西部で採取されたものであることがはっきり記載されています。震災が起こったのはご存知のように、2011年です。

 

このように、まったく関係のない写真に恣意的な解説を加えて拡散される悪意のデマも数多くありました。

 

それならば実際の汚染はどうなっていて、魚はどうなっているのか。

 

公的機関でも調査はしているものの、行政や東電が発表する数値は信用できないとおっしゃる方も一定数いらっしゃるのだと思いますし、その気持ちは私も良くわかります。

 

しかし、まさにその同じ想いからスタートした地元民間の有志「うみラボ」が、広く募集した一般の参加者と共に何度も独自調査した結果でも、公的機関による調査結果と同様の傾向がみられています。

 

現在までの調査結果によると、汚染は回遊魚では見られず、海底土壌からの移行も見られないこと、すでに放射性物質が検出されるわずかな魚は震災前から生まれていて寿命が長く、移動しない魚の一部に留まっていることなどが判ってきました。詳しくはいわき市在住の小松理虔氏の記事「福島第一原発沖 魚たちの今」をご参照ください。

 

 

画像09

2月20日の福島民友誌朝刊記事より。括弧内の数値は計測値ではなく、検出限界地を示しています。ほとんどの魚種の検出限界地が10Bqを下回る中、それでも検出されない個体ばかりになってきています。

 

 

結局、食品による内部被ばくはなかったのか

 

食品による内部被曝のリスクを考えた場合、たとえ一品のみが安全であろうとも、サンプリングが偏る恐れもあります。ですから、平均的な食事全体での被曝量の目安が判らなければ安心することができないのも理解できます。

 

そこで、震災後早い段階でコープふくしまでは「陰膳調査」という調査を行いました。

 

陰膳調査とは家庭で1人分多く食事を作って測定する方法で、毎回1人分を余分に作る手間がかかるものの、一般的な家庭での実際の摂取量がわかります。それによると、

 

 

「福島県のコープふくしまは、日本生協連と協力して組合員を対象に陰膳調査を行い、51家族の調査結果を公表しています (1月29日現在)。精密な分析を行い、1キログラムあたりの放射性セシウムの量がわずか1Bqでも検出できる条件で調べたのですが、1Bqを超え測定することができたのは51家族中6家族のみ。最大の数値は、11.7Bqでした。」(「コープふくしま陰膳調査2012年3月」松永和紀氏より)

 

 

という結果になりました。

 

 

(file://C:\Users\ishigami_0147\Desktop\20120118211A221V\

 

 

このグラフで見ると、放射性セシウムによる被曝量に比べて、天然の放射性カリウム40による被曝の方が遥かに多いことが判ります。

 

放射性カリウムはもともと様々な食品に含まれております。先ほどもお話しましたように、放射線による健康への影響には天然と人工の区別がありませんし、セシウムがカリウムに比べて特別に危険であるわけではありません。これらの解説についても、詳しくは学習院大学の田崎晴明氏の解説をご参照ください。

 

しかもこれらの調査結果は2012年のものであり、食品から検出される放射性物質が減少している現在では、さらに低い被曝量となることが予想されます。

 

実際の調査結果として、2014年度の結果を見てみると

 

 

画像11

 

 

グラフのように、予想通りすでにセシウムによる影響は見られなくなっています。

 

これらの結果を裏付けるように、280,848人(平成23年6月27日~平成27年12月31日)が受けたホールボディカウンターによる内部被曝調査でも、1mSv以上の被曝が測定された人数は26人に留まっています。しかも、それらの方々は、震災直後から摂取制限を無視して野生のキノコや山菜など、とくに放射性物質を取り込みやすい食べ物を日常的に摂取していたなど、原因も特定されています。出荷されている福島県産の食品を摂取することで、内部被曝量に有意な変化はありません。(福島県HPより)

 

他にも、乳幼児専用ボディカウンター(BABYSCAN)を用いた乳幼児の内部被曝検査について、東京大学大学院の早野龍五教授らから論文が発表され、福島での農作物や水道水摂取による被曝の増大がないデータが示されています。

 

昨年には、ミラノ万博で福島県立福島高等学校の学生が、こうした調査結果をもとに英語でのスピーチを行いました(「ミラノ万博で「食の安全」を英語でアピール 福島県立福島高校の女子生徒2人」)。

 

 

変わりゆく福島と、変わらないフクシマと

 

以上に示してきたように、内部被曝については震災直後セシウムによるわずかな上昇が見られたものの、その数値は自然界に存在するカリウムよりも遙かに少ない誤差の範囲程度であって健康への影響を与えないこと、現在では放射性物質の基準値の是非を議論する以前に、そもそも出荷されている食品のほとんどから放射性物質がほぼ検出されていないことが判ってきていると同時に、外部被曝についても福島県内と他地域で差がないことが明らかになっています。

 

結論を言えば、福島から出荷されている食品を摂取することや、避難区域外の福島で通常の生活をおくることに対して、放射性物質による健康へのリスクを懸念する必要はすでになくなっています。

 

ところがそうした情報は、最初にお話したようなアンケート結果やインターネット上の反応に見られるように、充分に伝わっているとは言えません。

 

とくに県外では今も一部の報道を見ると、5年前から「フクシマ」で時間が止まったまま、いたずらに危険を煽るようなものばかりが非常に目につきます。完全に誤ったことを明言しなくとも、必要以上に不安を煽る印象操作や誤解の誘発を狙っていると思われるものが多いことに驚かされます。たとえば、福島における甲状腺ガン検査に対する報道などもその一つです。

 

甲状腺ガンについての議論は深く掘り下げる必要があるため、詳しくは別の機会として簡単な説明のみに留めますが、自覚症状に乏しく成長が遅い甲状腺ガンは、罹患していても一生気づかないまま過ごしてしまう人も多いガンです。そもそも、「発見されていないだけの潜在的な罹患者」が数多くいます。(韓国での事例がありますのでご参照下さい。韓国の新聞社、中央日報(중앙일보)日本語版の2014年3月21日付け社説

 

そのため、潜在的な罹患者であったのか、放射線の影響により増加したのかの結論は、検査が三巡目まで終わらないと断言できないようになっています。仮に福島以外で調査を行ったとしても同様で、検査自体が最初からそのように設計されています。

 

ところが、「現在もまだ三巡目の検査まで完了しておらず、結果が出ていない」はずの甲状腺ガンについての報道の一部には、甲状腺ガン検査の基本設計をきちんと伝えないままに、「甲状腺ガンが新たに○○人!」「発見数が激増している!」「放射線の影響を否定できない!」などと、事実の断片のみを切り取り誤解を誘導するものが見られていませんでしたでしょうか。それは報道としてはあまりにも無責任で稚拙であると、私は感じています。

 

「危険を感じれば念のためにでも警告することが福島のためだ」という正義が必ずしも正しいわけではありません。震災直後には福島県外から反原発運動の一環として、生きている福島の人間を勝手に死んだことにしての「葬式デモ」などというものを行った集団もいました。まるで誰かの健康被害を待ち望むかのように不安を一方的に煽るばかりでは、やっていることはこうした行為と何ら変わらないのではないでしょうか。

 

もちろん「結果的に」直接被曝による健康被害が起こらなかったからといって、これ幸いと原発事故の被害全体を軽んじて良いことにはなりません。また、その結果論をもって被害者への補償を削減する口実にされるわけにはいきません。しかし、原発事故の被害を語る上で、放射線の直接被曝による健康被害だけに着目したり、イメージ先行の「フクシマ」の恐怖神話やそれを拡大させるためのデマに依存することは、前回の記事でお話させて頂きましたように、むしろ被害者の二次被害を拡大させた挙句に、あらゆる訴えの説得力をすべて巻き込んでなくしてしまいます。

 

繰り返しお話させて頂きますが、原発事故の被害はむしろ放射線の直接被曝による影響とは別のところに、いまだにほとんど見向きもされないまま沢山放置されています。

 

震災関連死だけ見ても福島県は他県に比べ突出して多く、すでに2000人を超えています。

 

当初掲げられた「仮の町構想」などの言葉もすでに聞かれなくなった中で、たとえ同じ県内であっても元々の居住地と大きく異なる価値観や生活様式に必ずしも順応できた避難者ばかりではありませんでした。健康被害は、放射線被曝とは別の理由で起きているのです。

 

帰還が始まった自治体でも、今度は生活インフラ再建が課題になっています。たとえば最初に帰村宣言をした川内村は、いまだ全町避難中の富岡町を含めて震災前までの生活圏としており、綜合病院も大型商業施設も高等学校も村内にはありません。それらのインフラが整った田村郡小野町は、川内村から現在最寄りの生活圏であると同時に、被災者や復興作業員が極度に集中したことで、様々な問題を抱えるいわき市の隣接自治体でもあります。

しかし当初から小野町には復興の役割が与えられず、仮設住宅や災害公営住宅すら一軒もありません。こうした復興政策の地域間の連携不足や格差も伴ったインフラ不足の問題も、被災者の生活再建の前に立ちはだかっています。

 

加えて日常の生活を取り戻したかのように見える多くの県民もまた、震災当時から誰もが多かれ少なかれ被害を受けています。目立つ被害ばかりが取り上げられてきた影で、そうした「多数派」も決して強者ではなく、同じ被害者であるにも関わらず、この5年間ケアは後回しにされ続けて顧みられることはありませんでした。

言語化されていない被害は他にも無数にあります。

 

脱原発や原発事故に対する政府対応への批判こそが重要と考える方々には、むしろこうした被害に丁寧に対応して頂きたいと強く願います。

 

5年の節目となる3月11日を迎えるにあたっては、もしかすると一部ではふたたび直接被曝による健康被害ばかりを訴えるセンセーショナルな「報道」が、変わらないイメージ先行の「フクシマ」を喧伝し不安を拡げようとして、社会を賑わせることになるのかも知れません。

 

しかし、そうした言葉が飛び交う先には、必ず生きている実在の人間がいます。毎年3月11日が近づく程に、そういう言葉の刃や、それを拾って意味も分からず振り回す人々がいつまた飛びかかってくるのかと怯えている福島県民は、少なくないように私は感じています。未曾有の災害の中で傷つきながらも、生きるために必死で積み上げてきた客観的データと知見で示された本当の事実はもう何度無視され、どれだけ心を切り裂かれてきたことでしょうか。

 

津波で多くの方が犠牲になり、東電原発事故発生のきっかけとなってしまった3月11日という日を、今年こそは社会が風評と喧噪で染めてしまう以上に、できるだけ多くの方が共に犠牲者の方々へと静かに想いを寄せられる日となることを願ってやみません。

 

 

関連記事

「被災地を搾取し被害を拡大してきた「フクシマ神話」――ニセ科学とデマの検証に向けて」林智裕

「福島第一原発3号機は核爆発していたのか?――原発事故のデマや誤解を考える」菊池誠×小峰公子

「東電福島第一原発の事故はチェルノブイリより実はひどいのか?――原発事故のデマや誤解を考える」菊池誠×小峰公子

「鼻血は被曝影響だったのか――原発事故のデマや誤解を考える」菊池誠×小峰公子

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

いちから聞きたい放射線のほんとう: いま知っておきたい22の話 (単行本)

著者/訳者:菊池 誠 小峰 公子

出版社:筑摩書房( 2014-03-15 )

定価:

Amazon価格:¥ 1,512

単行本 ( 200 ページ )

ISBN-10 : 4480860797

ISBN-13 : 9784480860798


 

アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください。

 

 

 

バナーPC

α-synodos03-2

1 2

vol.218+219 特集:表現の自由とポリティカル・コレクトネス

<ポリコレのジレンマ―政治・芸術・憲法から見た政治的正しさと葛藤>

・第一部 テラケイ×荻野稔(大田区議会議員)

・第二部 テラケイ×柴田英里(アーティスト/フェミニスト)

・第三部 テラケイ×志田陽子(憲法学者)

<『裸足で逃げる』刊行記念トーク>

上間陽子×岸政彦「裸足で、いっしょに逃げる」

<連載エッセイ>

齋藤直子×岸政彦「Yeah! めっちゃ平日」

○シン・編集後記(山本ぽてと)