2016.02.29

なして福島の食はさすけねえ(問題ない)のか――原発事故のデマや誤解を考える

林智裕 フリーランスライター

社会 #フクシマ#デマ

2月1日のNHKの報道で、福島県内在住者が食料品を購入する際に、県産品への回帰が顕著であるとの報道がありました。

「消費者団体が福島県内の1200人あまりを対象に行った調査で、食料品を購入する際に「県産を購入する」と答えた人の割合が去年より9ポイント増えて87%を超え、県産の食品への回帰傾向がいっそう強まっていることがわかりました。 (中略)「現在の検査体制のもとで流通している食品なら受け入れられる」とした人が県内では年々増えているのに対して、主に県外の人を対象にした消費者庁の調査では受け入れられない人の割合がわずかに増えていて意識の差が広がっているとしています。」(NHKの報道より)

この報道を詳しく調べようとしてインターネットで検索してみると、ニュースに対して以下のようなコメントが並んでいました。

「地産地消してフクシマ産を他県に流通させないでくれ 。外食なんかに混ぜられると困る」

「他県の人に迷惑かけて済まないと思ったわけか? そんな訳ないよな。今でもサンプル検査してるのか知らんけど、 どうせインチキな測定方法でしかも事故後にゆるゆるになった安全基準で問題ないとか言われてもな。 誰が食うかよ。」

「いいこと 。他県にばらまくなよ乞食」

「地産地消で、責任持って消費してください」

「たっぷり被曝してるんだし今さら気にしてもしょうがないもんな」

「まあ確かに住んでる時点でそうとうな被ばくだからな。」

福島に関するニュースが流れるたびに見られるこの手のコメントは、まったく珍しくありません。最近は大相撲初場所で優勝した大関琴奨菊関への副賞として、福島県産米オリジナル品種「天のつぶ」の精米1トンが贈られたときにも、酷い中傷が見られました。他にも、著名人が病気になったり亡くなるニュースが流れるたびに、「食べて応援したことが原因だ」などという根拠のないデマが流されています。

「福島での原発事故はそれだけ酷かったのだから仕方がない。政府や東電は信用できないし、情報が隠されているのが悪いんだ。」という言葉も良く耳にしますが、本当にそうなのでしょうか?

先ほどのニュースについたコメントの中には、事実とはまったく異なる思い込みが多数見られます。第一に、「事故後ゆるゆるになった安全基準」というのはデマです。実際には事故前に国内に対して基準値は設定されておらず、輸入食品に対してのみ370Bq/kgの基準値を設定していました。

また、「住んでる時点でそうとうな被ばく」というのも間違っています。今月には、福島での生活が他地域と比べて外部被曝に差がない、という調査結果が国際論文として発表されました(世界で5万回以上という、論文としては非常に多い数が短期間にダウンロードされています)(注1)。加えて、福島県内の避難指示区域等でない市街地と、県外との外部被ばく線量比較という論文も出されました(注2)。

(注1)「「福島の外部被曝線量は高くない」 高校生執筆の論文が世界で話題に

(注2)「福島県内の避難指示区域等でない市街地と県外との外部被ばく線量比較

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2月20日の福島民友誌朝刊より。このような詳細情報は毎週連載されており、福島県内各地の詳しい空間線量や世界の主要都市との比較を見ることができます。また、これらの数値データは福島県内各地に設置されたモニタリング機器によるもので、このページでも数値を確認することができます。

また、福島県は生産された農作物を厳しく検査していますが、とりわけ米にいたっては生産されたすべての米に対して放射性物質の「全袋検査」を義務づけています。これをクリアしなければ市場に出荷することはできず、もし基準値を超えた場合はすべて廃棄処分とされるのです。

開沼博氏の著書『はじめての福島学』などをお読みになられた方であればご存じかと思いますが、この検査で基準値を超えた米が全体の何%になるのか、実際のデータをご存知でしょうか?(なお、日本の食品に対する放射線量の基準は大変厳しく、アメリカが1200Bq/kg、IAEAが1000Bq/kgであるのに対して、日本は100Bq/kgまでと設定されています。

震災前からお世辞にもPRが上手ではなくマイナーなイメージがあるかも知れませんが、福島県は特Aランクの米を当然のように量産し続けてきた地域であり、日本屈指の米どころです。さらに、米を原料とする日本酒でも、全国新酒観評会金賞受賞数3年連続日本一の実績をはじめ、国内外問わず、数々の大会で非常に高く評価されています。日本酒の世界での福島はいわば、ワインで言うところのフランスの名醸造地ボルドーやブルゴーニュに匹敵する可能性を秘めていると言っても過言ではありません。

当然ながら、福島での米の生産量は膨大な量に及びます。たとえば平成27年度に生産された米の量は、30kg袋にして10,403,661点にもなります。この量をすべて検査しているのです。そして、国際的にも極めて厳しい日本の食品に対する放射線量基準で不合格とされた米の量は、実は0袋です。

2015年度には一袋たりとも基準値を超えることはなく、すべての米が玄米の段階において、非常に厳しい基準をクリアしています。しかも内訳は、そのうち99.99%が検出限界値である25Bq/kgを下回っています(下回ったからといって、基準値ぎりぎりの24Bq/kg付近であるわけではありません)。しかも、それを実際に食べようとした場合、精米から米を研ぎ、炊飯するまでの過程で放射線の数値はさらに約10分の1程度まで低下することが判っています(注3)。

(注3)ふくしまの恵み安全対策協議会HPより

これらの情報は誰でも見られるように公開されており、隠されてなどおりません。むしろこうした事実が知られていない原因は「情報が隠されている」ことではなく、「情報が伝達されていない」、あるいは「流れてきた情報を正しく理解するための下地が様々な意味で整っていない」と見るべきではないでしょうか。

冒頭で触れた福島県内での県産品への回帰傾向の背景には、こうした検査体制が県内で次第に認知され、信頼されてきたところが大きいのかも知れません。ところが一方では、次のような調査結果もあります。

この共同連載でも執筆している菊池誠氏が、「福島県産の米は生産量の何%程度が放射能検査を受けているか」という質問を設けて、選択肢を 100% 50% 10% 1% 0.1%としたところ、正答率は「福島62.5% 関東 37.5% 関西 36% 九州・沖縄 33%」(対象は4地域とも200人)という結果でした(飯田泰之氏と荻上チキ氏による去年の12/22号SPA!に掲載された「週刊チキーダ」のアンケート調査より)。

福島県内でさえも3割以上の方が誤答し、他地域にいたってはすべての対象群で誤答の方が多いという散々な有様でした。この事実一つとっても、福島についての情報はいまだ多くの方々に伝わっておらず、そうした方々には震災直後から変わらない誤った理解と先入観が根強く残ったままだと言えるのではないでしょうか。

もちろん、たとえ放射線のリスクに漫然とした不安や誤解を抱えた上でも、心から福島を心配して下さる方は非常に多く、最初に紹介したようなインターネット上での心ない言いがかりはノイジーマイノリティだと言ってよいかもしれません。しかしながら、冒頭のNHKの報道は3日程度でリンクが消されてすでに読めなくなっているのに対して、大量のデマや誤解による無責任な言論は増え続ける一方です。ネット上にはとっくに間違いだと明らかになったものも含めて、いつまでも大量に残り続けています。

結果として、福島に関するネット上の情報は、下記に貼り付けたグーグル検索に見るように、深刻なサジェスト汚染にさらされてしまいました。まるで悪貨が良貨を駆逐するかのように、悪質なデマが事実とは無関係に広がっています。福島に関する情報を調べようとすると、ほとんどの場合、デマや心ない誹謗中傷を避けることができなくなっていて、正しい情報にたどり着けないことも珍しくありません。

こうした悪循環が情報更新を妨げて、「なんとなく不安」である方がまともな情報に触れるきっかけを奪うことが、さらなる二次被害を増やしているのではないでしょうか。

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そもそも基準値を超えて被曝すると何が起こるのか?

とはいえ、そもそも基準値自体が健康被害を防ぐという目的を達成するために設定されている以上、「万が一その基準値を超えたと仮定した場合に何が起こってくるか」がもっとも大切です。

基準値制定の理由については厚生労働省のHPに記載があります。「平成24年4月に現行の基準値を施行しました。(従来の暫定基準値は5ミリシーベルト)この基準値は、年間線量の上限値を年間1ミリシーベルトとしています。」として、食品の国際規格を作成しているコーデックス委員会の基準を根拠としたことなどに言及する一方で、同時に

「100ミリシーベルト未満の低線量による放射線の影響は、科学的に確かめることができないほど小さなものと考えられています。」

とも明記しています。

つまり、日本が規制値として設定した数値と、僅かにリスクが確認できる数値までの間には100倍程の開きがあり、少なくとも食品に関して言えば、「たとえ基準値ぎりぎりの食品ばかりを食べ続けていたとしても、科学的に確かめられることができないとされている小さな被曝量の、さらに100分の1以下の被曝量に抑えられる」ということです。(なお、補足として、食品中に含まれるセシウム(単位Bq)を摂取した場合の内部被曝量(単位mSv/年)換算については、学習院大学の田崎晴明教授が作成したページで詳しく解説されています。仮に15歳以上の人がセシウムで年間1mSvの追加被曝量に達するまでには、毎日約178ベクレルの摂取が想定されています。)

そもそも、1990年のICRP勧告で、公衆に対して年間1mSvを限度とする被曝量が設定された際も、「ラドン被曝を除いて」1mSvとされています。ブラジルのガラパリ地方やインドのケララ地方など、極端に自然放射線量の高い地域を例に出すまでもなく、ラドンなど自然界由来の放射性物質の影響により、北欧などでは年間の被曝線量が5~7mSvを超える地域も珍しくありません。仮に年間被曝量が1mSvを超えることがあったとしても、これらの地域以下の被曝線量で健康被害が増加することを立証することはできておらず、これから新たに危険性が「発見」される可能性も限りなくゼロであるといえます。

被曝による影響は、過去に公害病が「被害発生当時に原因や影響が不明であった」こととは異なり、長年の研究ですでに判っていることばかりです。だからこそ、「100ミリシーベルト未満の低線量による放射線の影響は、科学的に確かめることができないほど小さなものと考えられています」との記述にも繋がるのでしょう。

しかし原発事故後の日本における基準設定(米国1200Bq/kg、IAEA1000Bq/kgに対して、日本は100Bq/kg)は、事故後の混乱の中で生活者や消費者に対して「絶対的な安心」(≠新たな安全神話)を確保しようとしたあまりに基準値を極端に厳しくした結果、年間1mSvという言葉だけが独り歩きをはじめました。これは、リスクを判断するための相場観や社会的合意形成を妨げて、かえって不安や被害を拡大させた面もあったように感じます。

しかも基準値をそこまで厳しく設定したにも関わらず、実際には、その基準値ぎりぎりの食品自体さえもが市場に出回っていません。先ほど書いたように、たとえば米は検査したうちの99.99%が検出限界値25Bq/kg未満である上に、精米や炊飯の過程でさらに減少します。意図的に摂取しようとしても、市場に流通している食品を食べている限りは、科学的に影響が確認できない基準の100分の1に達することすら事実上不可能なのです。

同じ食品摂取による別のリスクとも比較してみましょう。たとえば食塩。60kgの体重の方での致死量がたったの300g、一日辺りの摂取量が男性で8g未満女性7g未満が推奨されています。食塩の方が、基準値以内の放射性物質を含む食品の摂取よりも、遥かに健康への影響の閾値は低く、リスクは桁違いに高いと言えます。塩分は一般的なカップ麺を3食食べただけで、病気のリスク増大どころか致死量の5.5%相当が一気に摂取されてしまいます。

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スマート・ライフ・プロジェクト 事務局(厚生労働省 健康局 がん対策・健康増進課による運営)HPより抜粋

なお補足として、ストロンチウムの危険性を訴える声もあるものの、東電原発事故でのストロンチウムの飛散量はセシウムに対しておおよそ1000分の1の比率です。セシウムですらほぼ検出されない状況下において、その1000分の1の危険性を懸念する必要はありません(飛散する前の内容物の比率があらかじめ把握されている以上、飛散した後に比率が激変することはありません)。

また、ラドンは自然の放射線である一方で、セシウムは人工の放射線であるから危険性が違うとの指摘も予想されますが、人工であれ自然であれ放射線による影響は同じです。たとえるならば、高所から飛び降りる際に木の上から飛び降りようがビルから飛び降りようが、リスクを考える上で重要なのは高さであって、登っている対象そのものではないことと同様です。

さらには、食品に対しての検査方法や機器の信ぴょう性を疑う声も良く聞かれますが、「そもそも、これだけ福島の農作物の危険性を訴えたくて仕方がない方が社会に溢れている中で、市場にはすでに莫大な数のサンプルが流通しているにも関わらず、流通している食品中から100Bq/kgという極めて厳しい基準値を超えたものすら、彼らの誰一人として見つけ出すことができていない」という事実を、まずは重視するべきではないでしょうか。

しかし、陸上はともかく海は危険に違いない?

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NATIONAL OCEANIC AND ATMOSPHERIC ADMINISTRATION UNITED STATES DEPARTMENT OF COMMERCE

原発事故後の海洋汚染についても、ずいぶん沢山のデマが流れました。上記のような図も「フクシマからの放射能拡散の図だ」との解説と共に広がりましたが、図を注意深く見ると単位はcm。この図は、アメリカの機関が「津波の高さ」を分析した図であり、放射性物質の汚染とはまったく無関係です(加工前の画像には「Japan(Tohoku)tsunami, March 11, 2011」と書かれており、悪意によって津波を示す情報が消されて拡散されたことが分かる)。

しかし、福島に関する負のイメージは非常に根強く、海外にもデマを拡散しているサイトが沢山見受けられます。たとえば最近でも、日本のゴシップメディアが海外のこうしたデマを翻訳して拡散した例がありました。

「SURPRISE! You’re Eating Fukushima Radiation; Bloody Cancerous Tumors in Fish & Seafood」(衝撃!あなたは福島由来の放射線を食べています!それは【魚介類の白血病や腫瘍です!】) などという煽り文句と共に紹介された写真がこちらです。

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放射線の影響で病気になった鮭であると紹介された画像

しかし、この画像をそのまま「画像で検索」にしてみると下記の通り。この画像の最良の推測結果は「salmon parasites」。「鮭の寄生虫」です。放射線ではありませんね。

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それからさらに検索をかけてみると、「Diseases and parasites in salmon」(鮭の病気と寄生虫)というwikipediaのページにまったく同じ写真が使われていることに気づきます。

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その写真の解説には、Henneguya salminicola という寄生虫によるものであること、そして写真の撮影時期が2009年にカナダ西部で採取されたものであることがはっきり記載されています。震災が起こったのはご存知のように、2011年です。

このように、まったく関係のない写真に恣意的な解説を加えて拡散される悪意のデマも数多くありました。

それならば実際の汚染はどうなっていて、魚はどうなっているのか。

公的機関でも調査はしているものの、行政や東電が発表する数値は信用できないとおっしゃる方も一定数いらっしゃるのだと思いますし、その気持ちは私も良くわかります。

しかし、まさにその同じ想いからスタートした地元民間の有志「うみラボ」が、広く募集した一般の参加者と共に何度も独自調査した結果でも、公的機関による調査結果と同様の傾向がみられています。

現在までの調査結果によると、汚染は回遊魚では見られず、海底土壌からの移行も見られないこと、すでに放射性物質が検出されるわずかな魚は震災前から生まれていて寿命が長く、移動しない魚の一部に留まっていることなどが判ってきました。詳しくはいわき市在住の小松理虔氏の記事「福島第一原発沖 魚たちの今」をご参照ください。

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2月20日の福島民友誌朝刊記事より。括弧内の数値は計測値ではなく、検出限界地を示しています。ほとんどの魚種の検出限界地が10Bqを下回る中、それでも検出されない個体ばかりになってきています。

結局、食品による内部被ばくはなかったのか

食品による内部被曝のリスクを考えた場合、たとえ一品のみが安全であろうとも、サンプリングが偏る恐れもあります。ですから、平均的な食事全体での被曝量の目安が判らなければ安心することができないのも理解できます。

そこで、震災後早い段階でコープふくしまでは「陰膳調査」という調査を行いました。

陰膳調査とは家庭で1人分多く食事を作って測定する方法で、毎回1人分を余分に作る手間がかかるものの、一般的な家庭での実際の摂取量がわかります。それによると、

「福島県のコープふくしまは、日本生協連と協力して組合員を対象に陰膳調査を行い、51家族の調査結果を公表しています (1月29日現在)。精密な分析を行い、1キログラムあたりの放射性セシウムの量がわずか1Bqでも検出できる条件で調べたのですが、1Bqを超え測定することができたのは51家族中6家族のみ。最大の数値は、11.7Bqでした。」(「コープふくしま陰膳調査2012年3月」松永和紀氏より)

という結果になりました。

このグラフで見ると、放射性セシウムによる被曝量に比べて、天然の放射性カリウム40による被曝の方が遥かに多いことが判ります。

放射性カリウムはもともと様々な食品に含まれております。先ほどもお話しましたように、放射線による健康への影響には天然と人工の区別がありませんし、セシウムがカリウムに比べて特別に危険であるわけではありません。これらの解説についても、詳しくは学習院大学の田崎晴明氏の解説をご参照ください。

しかもこれらの調査結果は2012年のものであり、食品から検出される放射性物質が減少している現在では、さらに低い被曝量となることが予想されます。

実際の調査結果として、2014年度の結果を見てみると

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グラフのように、予想通りすでにセシウムによる影響は見られなくなっています。

これらの結果を裏付けるように、280,848人(平成23年6月27日~平成27年12月31日)が受けたホールボディカウンターによる内部被曝調査でも、1mSv以上の被曝が測定された人数は26人に留まっています。しかも、それらの方々は、震災直後から摂取制限を無視して野生のキノコや山菜など、とくに放射性物質を取り込みやすい食べ物を日常的に摂取していたなど、原因も特定されています。出荷されている福島県産の食品を摂取することで、内部被曝量に有意な変化はありません。(福島県HPより)

他にも、乳幼児専用ボディカウンター(BABYSCAN)を用いた乳幼児の内部被曝検査について、東京大学大学院の早野龍五教授らから論文が発表され、福島での農作物や水道水摂取による被曝の増大がないデータが示されています。

昨年には、ミラノ万博で福島県立福島高等学校の学生が、こうした調査結果をもとに英語でのスピーチを行いました(「ミラノ万博で「食の安全」を英語でアピール 福島県立福島高校の女子生徒2人」)。

変わりゆく福島と、変わらないフクシマと

以上に示してきたように、内部被曝については震災直後セシウムによるわずかな上昇が見られたものの、その数値は自然界に存在するカリウムよりも遙かに少ない誤差の範囲程度であって健康への影響を与えないこと、現在では放射性物質の基準値の是非を議論する以前に、そもそも出荷されている食品のほとんどから放射性物質がほぼ検出されていないことが判ってきていると同時に、外部被曝についても福島県内と他地域で差がないことが明らかになっています。

結論を言えば、福島から出荷されている食品を摂取することや、避難区域外の福島で通常の生活をおくることに対して、放射性物質による健康へのリスクを懸念する必要はすでになくなっています。

ところがそうした情報は、最初にお話したようなアンケート結果やインターネット上の反応に見られるように、充分に伝わっているとは言えません。

とくに県外では今も一部の報道を見ると、5年前から「フクシマ」で時間が止まったまま、いたずらに危険を煽るようなものばかりが非常に目につきます。完全に誤ったことを明言しなくとも、必要以上に不安を煽る印象操作や誤解の誘発を狙っていると思われるものが多いことに驚かされます。たとえば、福島における甲状腺ガン検査に対する報道などもその一つです。

甲状腺ガンについての議論は深く掘り下げる必要があるため、詳しくは別の機会として簡単な説明のみに留めますが、自覚症状に乏しく成長が遅い甲状腺ガンは、罹患していても一生気づかないまま過ごしてしまう人も多いガンです。そもそも、「発見されていないだけの潜在的な罹患者」が数多くいます。(韓国での事例がありますのでご参照下さい。韓国の新聞社、中央日報(중앙일보)日本語版の2014年3月21日付け社説

そのため、潜在的な罹患者であったのか、放射線の影響により増加したのかの結論は、検査が三巡目まで終わらないと断言できないようになっています。仮に福島以外で調査を行ったとしても同様で、検査自体が最初からそのように設計されています。

ところが、「現在もまだ三巡目の検査まで完了しておらず、結果が出ていない」はずの甲状腺ガンについての報道の一部には、甲状腺ガン検査の基本設計をきちんと伝えないままに、「甲状腺ガンが新たに○○人!」「発見数が激増している!」「放射線の影響を否定できない!」などと、事実の断片のみを切り取り誤解を誘導するものが見られていませんでしたでしょうか。それは報道としてはあまりにも無責任で稚拙であると、私は感じています。

「危険を感じれば念のためにでも警告することが福島のためだ」という正義が必ずしも正しいわけではありません。震災直後には福島県外から反原発運動の一環として、生きている福島の人間を勝手に死んだことにしての「葬式デモ」などというものを行った集団もいました。まるで誰かの健康被害を待ち望むかのように不安を一方的に煽るばかりでは、やっていることはこうした行為と何ら変わらないのではないでしょうか。

もちろん「結果的に」直接被曝による健康被害が起こらなかったからといって、これ幸いと原発事故の被害全体を軽んじて良いことにはなりません。また、その結果論をもって被害者への補償を削減する口実にされるわけにはいきません。しかし、原発事故の被害を語る上で、放射線の直接被曝による健康被害だけに着目したり、イメージ先行の「フクシマ」の恐怖神話やそれを拡大させるためのデマに依存することは、前回の記事でお話させて頂きましたように、むしろ被害者の二次被害を拡大させた挙句に、あらゆる訴えの説得力をすべて巻き込んでなくしてしまいます。

繰り返しお話させて頂きますが、原発事故の被害はむしろ放射線の直接被曝による影響とは別のところに、いまだにほとんど見向きもされないまま沢山放置されています。

震災関連死だけ見ても福島県は他県に比べ突出して多く、すでに2000人を超えています。

当初掲げられた「仮の町構想」などの言葉もすでに聞かれなくなった中で、たとえ同じ県内であっても元々の居住地と大きく異なる価値観や生活様式に必ずしも順応できた避難者ばかりではありませんでした。健康被害は、放射線被曝とは別の理由で起きているのです。

帰還が始まった自治体でも、今度は生活インフラ再建が課題になっています。たとえば最初に帰村宣言をした川内村は、いまだ全町避難中の富岡町を含めて震災前までの生活圏としており、綜合病院も大型商業施設も高等学校も村内にはありません。それらのインフラが整った田村郡小野町は、川内村から現在最寄りの生活圏であると同時に、被災者や復興作業員が極度に集中したことで、様々な問題を抱えるいわき市の隣接自治体でもあります。

しかし当初から小野町には復興の役割が与えられず、仮設住宅や災害公営住宅すら一軒もありません。こうした復興政策の地域間の連携不足や格差も伴ったインフラ不足の問題も、被災者の生活再建の前に立ちはだかっています。

加えて日常の生活を取り戻したかのように見える多くの県民もまた、震災当時から誰もが多かれ少なかれ被害を受けています。目立つ被害ばかりが取り上げられてきた影で、そうした「多数派」も決して強者ではなく、同じ被害者であるにも関わらず、この5年間ケアは後回しにされ続けて顧みられることはありませんでした。

言語化されていない被害は他にも無数にあります。

脱原発や原発事故に対する政府対応への批判こそが重要と考える方々には、むしろこうした被害に丁寧に対応して頂きたいと強く願います。

5年の節目となる3月11日を迎えるにあたっては、もしかすると一部ではふたたび直接被曝による健康被害ばかりを訴えるセンセーショナルな「報道」が、変わらないイメージ先行の「フクシマ」を喧伝し不安を拡げようとして、社会を賑わせることになるのかも知れません。

しかし、そうした言葉が飛び交う先には、必ず生きている実在の人間がいます。毎年3月11日が近づく程に、そういう言葉の刃や、それを拾って意味も分からず振り回す人々がいつまた飛びかかってくるのかと怯えている福島県民は、少なくないように私は感じています。未曾有の災害の中で傷つきながらも、生きるために必死で積み上げてきた客観的データと知見で示された本当の事実はもう何度無視され、どれだけ心を切り裂かれてきたことでしょうか。

津波で多くの方が犠牲になり、東電原発事故発生のきっかけとなってしまった3月11日という日を、今年こそは社会が風評と喧噪で染めてしまう以上に、できるだけ多くの方が共に犠牲者の方々へと静かに想いを寄せられる日となることを願ってやみません。

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プロフィール

林智裕フリーランスライター

フリーランスライター。1979年福島県いわき市生まれ。茨城大学人文学部社会科学科卒業。首都圏や仙台で会社員として勤務した後、東日本大震災の前年に福島県内へUターン。震災後は福島県内の被災地復興に関連した業務にも従事する傍ら、現場からの実情を伝えるべく社団法人ふくしま会議のホームページ「ふくしまの声」にて執筆活動を行う。趣味はお酒や名産品などの地域文化。

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