2016.03.14
「パワハラ公募」に泣くハローワーク非常勤相談員
仕事がない人の求職を支援するハローワークの非常勤相談員が、3年ごとの一律公募制度に泣いている。「非常勤は期限付きの一時的な仕事」という建前に合わせるため、欠員がなくても、実績を上げていても、必ず3年ごとに非常勤を公募して試験で見直すよう人事院から求められているからだ。
同じ職場で机を並べる非常勤相談員が公募によって競わされてストレスから精神疾患にかかる例もあり、「パワハラ公募」の呼び名まで生まれている。政府は1月、「正社員転換・待遇改善実現プラン」を発表したが、その足元で、プランを裏切る事態が起きている。
日々雇用の安定化策のはずが……
ハローワークは厚生労働省の管轄下にある。こうした国の機関の非常勤職員については、3年たったら公募で選びなおすというルールが2010年10月に人事院から通知され、この3月で6年目を迎える。
それまで国の非常勤は、「日々雇用」として、一日単位で契約される極端に不安定な働き方が多かった。ところが、2008年のリーマンショックを機に生まれた「年越し派遣村」などで非正規労働者の待遇改善を求める世論が高まり、国も、非常勤の「日々雇用」制度を見直し、1年契約とするやや安定度の高いものに切り替えたからだ。
だが、「3年働いた職員のポストをほぼ例外なく公募にかける」としたこの通知が、熟練が必要なハローワークの非常勤相談員にも一律に適用されたことから混乱が始まった。
ハローワークの相談員では、就職支援、職業訓練、雇用保険の手続き業務、など労働関係の多岐にわたる業務を引き受け、専門知識ばかりか相談者の適職や心の悩みについてのカウンセリング力、働き手の受け入れ先など関係機関との折衝能力といった幅広い力が必要される。多様な事例に接するための経験も大切だ。「3年経験を積んでなんとか一人前」(ハローワーク非常勤相談員)だからだ。
1年目と2年目は業務遂行能力や接遇応対能力など仕事内容で評価され、契約を更新されてきたのに、3年目は「公募制」によって、仕事の評価とは無関係に自分のポストが公募にかけられてしまう。
その結果、経験のない応募者と同列で筆記試験と面接のふるいにかけられて職業人としての誇りを傷つけられる人が生まれている。同じ職場で公募対象となった同僚の間で競争心が生まれてチームワークが乱れる職場も少なくない。そのストレスから、メンタル疾患に陥る相談員まで出ているという。
外部の新規応募者にとっても不満や不信が残りかねない。欠員補充ではないため、これまで働いていた熟練相談員が再度選ばれることもあり、「新規に採る気もないのに出来レースで試験をしたのでは」という誤解を生む恐れがあるからだ。鬱積する不満に、労組も調査に乗り出し、この2月までに非常勤相談員たちから手記を集めた。
ストレスや罪悪感も
手記から浮かんできたのは、公募対象として競わされることで生まれる非常勤相談員たちのストレスや罪悪感の深刻さだった。
「公募制度そのものがパワハラではないでしょうか。今まで一緒にチームとして仕事をしてきた方と公募に応募しました。自分が採用されたことで職場を追われた方や、採用されなかった一般求職者の方の生活を思うと眠れないことがあります。公募があるために同僚の雇い止めの責任が、まるで採用された非常勤にあるかのような雰囲気が作られています」(就職支援ナビゲーター)
「公募によってメンタル疾患となる非常勤職員が発生し、治らないので辞める実態もあります。精神的な疾患に追い込んで社会に放り出すという状況をなぜ厚労省は繰り返すのでしょうか」(就職支援ナビゲーター)
「人を募集するのに公募は必要ですが、同じ方を雇うのに公募は必要でしょうか。(中略)筆記試験の点数は非公開で自分が何点でダメだったのかは知らせてもらえず、(中略)結果として、管理職の好き嫌いで更新が決められているように感じてなりません」(一般相談員)
同じ部門で二人が公募制の対象になり、一緒に働いていた同士がライバルとなった結果、一人がメンタル疾患にかかってしまった例も報告されている。ここでは結局、新規応募組がみな不採用になり、二人とも再採用されたものの、一人はそのメンタル疾患のため働き続けられなくなって退職に追い込まれたという。
公募で新規に採用されたものの、仕事の重さのわりに待遇が悪いことがわかり、短期でやめてしまう例も複数挙げられた。
ある職場では、仕事を辞めた人たちとの相談を、1日20件程度実施し、その記録を残していた。そこへ、民間で同じような経験と資格を持って働いた経験がある人が公募による新規採用でやってきた。その新人は、「民間では1日5件程度の相談だった」と、すぐに退職してしまったという。
「ハローワークで働くことを『役所の仕事』と思って勤めると大変なことになります。(中略)『なぜこの賃金でこの職務ができるのか?』と思う方もあるようですが、私たちには誇りがあるのです。仕事を失い、時には家庭的責任ですら失った人たちの話を聞き、その人たちが笑顔になり、安定した希望する職につけるようサポートする労働行政職員としての誇りがあります」(就職支援ナビゲーター)。
ハローワークでは、女性の再就職やひとり親の女性の就労にも重点をかけ始めている。にもかかわらず、シングルマザーの相談員が3年公募の対象になって切られた例も挙がっている。この女性は、たまたま新規採用者がやめてしまったため、かろうじて首がつながったというが「二度とこんな思いはしたくない。3年後がこわい」と書く。
中でも過酷なのは、自身が公募の対象者なのに、立場上、応募したいという求職者に対し、そのポストの紹介をしたり応募の手続きを進めたりしなければならない場合だ。「自分の雇用が不安定で、メンタルを整えながら相談に応じることはとても苦しく、涙が出そうになる」「安心して働ける場所を与えていただきたい」「公募でなく、1年間の経験との能力で更新の判断をしていただくよう願います」。
都の職業訓練校では非常勤講師がスト
非正規の底上げを掲げる労働行政の足元で非正規の条件が引き下げられている例は、ほかにもある。2月18日付「毎日新聞」は、厚労省が賃金は変えないまま一部相談員の労働時間を1日15~30分延長する契約更新を提案したと報じた。労働契約は労使の合意が必要だが、ここでは一方的に通知が送られていた。労組や相談員から「ブラック企業と同じ」と反発が起き、厚労省はこれを撤回した。
国だけではない。都の職業能力開発センターCAD製図科の非常勤講師だった中嶋祥子さんは3月1日、解雇撤回を求めてストを打った。41年間、都の職業訓練関係の非常勤講師として働きてきたが、2014年末、CADの製図科の運営が民間の資格学校への委託されることになり、2015年春、中嶋さんら非常勤講師約30人が雇い止めになった。同年5月、中嶋さんら3人が原告となって東京地裁に原職復帰を求めて訴えを起こしている。
訴状によると、非常勤が加入する首都圏職業訓練ユニオンの委員長でもある中嶋さんは他の講師らとともに都と団体交渉し、「類似の科目を公募で選ぶときに経験を考慮する」という回答を得た。公募の結果、中嶋さんは別の科に採用されたが、400時間だった授業が40時間と大幅に減らされ、賃金は大幅に下がった。他のほとんどのメンバーは継続雇用されなかった。
講師たちの失業に加え、中嶋さんが懸念するのは、委託後の職業訓練の質だ。ILOの職業訓練勧告(1962年)では、公立訓練所の訓練は無料とすべきであるとされているため、委託先の運営費は都が支出しているが、企業である限り利益や配当にその一部が回りかねない。
2014年11月8日の都議会経済・港湾委員会では、職業訓練部門の民間委託は進んでいるが予算削減効果がさほど出ていないこと、訓練生の就職率が、直接運営のCAD製図科では8割程度なのに、民間委託された部門では4割程度にとどまっていることを挙げ、その必要性に疑問を投げかける質問も出た。
都側は、委託された訓練部門が異なるため簡単な比較はできないと答弁したが、委託後、住民サービスに使うべき公費が訓練にどれだけ使われているのかは、監視すべきテーマだ。
定数問題、非正規差別、民営化の複合作用
労働行政の足元での労働者の条件低下は、なぜ起きるのか。背景にはまず、公務員の定数問題がある。
公務員は人件費が予算で決まっており、その枠に合わせて正規職員を採用する。この枠は「定数」として決まっているが、財政の逼迫で定数を増やせない。だが一方で、社会の変化によって、新しいサービスの需要は増えている。その落差を定数外の非正規職員によって埋めようとする動きが続いてきたからだ。
ハローワークの非正規相談員の場合は、2008年のリーマンショックの際、失業者が急増し、就職支援サービスの需要の増大に対応するためと、失業者救済のための緊急雇用対策とを抱合せる形で大幅に増やされた。その結果、2009年には前年の約1万人から約17000人に増やされ、以後は2万人前後で推移、もとから半数近かったハローワーク相談員の非正規比率が6割にまで増えた。
ところが、その予算が切れた2012年の暮れに第二次安倍政権が誕生し、「アベノミクスよる景気の回復で相談者が減った」として2013年に17000人台、2014年には16000人台と、3年公募制度を利用した削減が続いてきた。
一方、自治体でも財政の逼迫に対応するため2000年ごろから、定数にかかわらず採用できて人件費が安い非正規職員を増やしていった。これに対し、非正規からの待遇改善の動きが強まると、次は、民間への委託による外部化で労使紛争を避けようとする動きが強まり始めた。こうした民間委託の流れの中で、非常勤を雇い止めしていったのが、今回の都の例だ。
こうした事態に拍車をかけるのが、非常勤に対する差別意識だ。熟練が必要で、無期雇用でないと難しい仕事なのに、正規の採用ではないことから軽視する傾向があり、また非常勤も、短期契約なため次の契約更新を拒否されることを恐れて声が出しにくい。このため正職員に現場の実情が届きにくく、それが、非常勤の待遇の劣悪化を促進する。定数問題と民営化と非正規差別の複合だ。
大手企業を退職後にハローワークの非常勤相談員を引き受けたという都内の男性は、「かつては労務の知識がある悠々自適の退職者への委嘱が多く、自分も『先生』と呼ばれていた。だが最近では、生活がかかっている働き手まで非常勤というケースが増え、様変わりだ。待遇の改善はもちろんだが、正職員と同じか、またはそれ以上に職場が過酷化しているのにそれに見合うだけの身分保障や権限もない。そうした変化が厚労省の中枢には伝わっていない」という。
行政職員に対する暴言や暴力は増えているが、非常勤相談員も同様に、求職者からの暴言や暴力にさらされることが多く、特に職場外でのストーカー行為の標的になりがちだ。リストラや非正規の増大で精神的に不安定な求職者が増えているためで、帰宅途中にいつも不安を感じているという声も聞こえてくる。
ツケは一般の働き手に
一見、非正規公務員の待遇引き下げは財政にプラスになり、納税者にはよいことのように感じられやすい。だが、こうした動きは実は、一般の働き手へのツケとなって返ってくる恐れがある。公務の働き手と民間の働き手は、無意識に区別されがちだが、公務での失業が増えれば失業率は上がり、ひいては民間企業での働き手の求職に影響する。働き手に色はつかないのだ。
また、公務サービスを民営化すれば、行政の本体は運営を外部化できて、目先は楽になるかもしれない。だが、公的なサービスにつかわれるはずの予算の一部が委託企業の利益や株主配当に回ることによって住民にとってのサービスが結果として削られる可能性もある。
さらに問題なのは、就職支援をはじめ、一線で住民に接する相談業務のほとんどが立場の弱い非正規に担われていることだ。非正規は行政の意思決定層にモノが言いにくく、その結果、行政の根幹であるはずの住民のニーズが上部に十分伝わらず、ちぐはぐなサービスが増えていきかねない。
3年公募制は、熟練した職員や職員間のチームワークを失わせ、職員のメンタル疾患まで生み出し、就職支援力を弱めるという意味で、その典型かもしれない。
「公費節減」キャンペーンに惑わされず、必要な公務サービスに見合った人件費が支出されているのか、委託などで公費の一部が企業の利益に回り住民へのサービスに支障が出る事態を招いていないか、などを見極める納税者の知恵こそが、いま問われている。
プロフィール
竹信三恵子
朝日新聞労働担当編集委員・論説委員を経て、現在はジャーナリスト・和光大学教授。労働、貧困、格差、ジェンダー問題をめぐり執筆。近著に『家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの』(岩波新書、2013年)、『ピケティ入門~「21世紀の資本」の読み方』(金曜日、2014年)など。