2016.09.13

性は、体やベッドの上の話だけではない。人生そのものだ。――『セクシュアル・マイノリティQ&A』

LGBT支援法律家ネットワーク出版プロジェクト

社会 #セクシュアル・マイノリティQ&A#LGBT支援法律家ネットワーク

弁護士・行政書士・司法書士・税理士などの法律家による「LGBT支援法律家ネットワーク」の出版プロジェクトが、2016年7月に『セクシュアル・マイノリティQ&A』(弘文堂)を出版しました。66個のQ&Aに加えて、本の最後には、「相談機関一覧」と「おすすめの本・ホームページ」を掲載。また、セクシュアル・マイノリティ当事者も執筆しているコラムには、さまざまな葛藤や苦悩とともに生きてきた半生が綴られていて、当事者の本音を垣間見ることもできます。

このように読者の皆さん自身の問題を解決するあらゆる手段をまとめた『セクシュアル・マイノリティQ&A』の中から、法科大学院生がゲイであることを友人にばらされて亡くなったことなどを理由に遺族が損害賠償を求める訴訟を起こしたという事件にも通じるQ&A「アウティング・『ばらす』と脅されている」と、特にトランスジェンダーに関して深刻であり、誰もが日々利用しているトイレについてのQ&A「本来の性別のトイレを使ってもよい?」の2つをご紹介します。(LGBT支援法律家ネットワーク出版プロジェクト)

アウティング・「ばらす」と脅されている

 

Q 1年前、親しい友人に自分がゲイであることを打ち明けました。その友人は、私のカミングアウトに対して理解を示してくれたので、話してよかったと思って信頼していました。ですが、先日、その友人とケンカをして、絶交してしまいました。ケンカの最中に、「ゲイであることをばらすぞ」といわれてしまい、「それはやめろ」といったものの、本当にばらされるかもしれないと思うと、不安です。どうすればよいでしょうか。

 

A 個人の性的指向や性自認を、本人の了解がないのに他の人に話すことは、プライバシー権の侵害です。脅迫、恐喝、名誉毀損などになる場合もあります。

●アウティングとは

アウティングとは、本人が了解していないのに、オープンにしていない性的指向や性自認などをばらすことをいいます。つまり、誰を好きになるのか、また自分の性がどういうものなのかについて、本人の許可なしに別の人が勝手にしゃべってしまうことをいいます。

残念ながら、自分が同性を好きになること、自分の心の性別が体の性別と違うことを、自由に他の人に自分から話すこと(カミングアウトすること)は、依然できにくい社会です。目に見えての差別は昔に比べては減ったのかもしれませんが、「ゲイであること」、「レズビアンであること」、「トランスジェンダーであること」によって、周囲からおもしろがって見られたり、また嫌悪されたりすることは、決して少なくないと思います。

だからこそ、性的指向や性自認については、個人の秘密として守られなければなりません。あなたの性的指向や性自認について、あなたの了解がないのに、勝手にしゃべられてしまうことは、あなたのプライバシーの権利を侵害するものとして、許されないのです。

あなたの話を聞いたA君が、「B君はいい奴だから、絶対に差別しないだろう。だからB君に話そう」ということを考えたとしても、あなたがB君に話そうとまだ思っていないならば、A君はあなたのプライバシーを侵害したということにもなりえます。

 

●ばらすぞと脅されている

それにもかかわらず、あなたは今、「ゲイであることをばらすぞ」と脅されていて、とても困っているということですね。

先ほども書いた通り、あなたの性的指向や性自認などを、あなたの了解がないのに他の人が話すことは、あなたのプライバシーを侵すことになります。もしも、あなたが嫌がっているにもかかわらず、あなたの性的指向や性自認などをばらしてしまう人がいるとすれば、あなたはその人に対して、プライバシー権を侵されたとして、心が傷ついたことによる慰謝料請求をすることができます。

また、ゲイであることが他の人に知られると、あなたの名誉が侵されてしまうと考えるのであれば、その人の言い方次第ではあなたに対する脅迫罪にあたる可能性もあります。さらには、ばらされたくなければお金を払えなどといってきたとすれば、恐喝罪にあたる可能性もあるでしょう。

ですから、あなたが性的指向や性自認などをばらされそうになっているのだとすれば、すぐに弁護士に相談して、弁護士の名前で相手に警告文を出しましょう。相手の性格にもよりますが、弁護士の名前で警告文を出せば、収まることが多いです。

また、警察に相談することも1つの方法です。被害届だけではなく、その人に刑罰を与えてほしいという内容の告訴状を出すことも考えられます。

 ●もうすでにばらされてしまった

一方、すでにばらされてしまった場合はどうでしょう。そのときは、1人では対応せずに、まずは相談窓口や弁護士に連絡を取ってください。また、インターネット上でばらされてしまった場合には、削除依頼を行うことも必要です。

 

●「ばらす」がなぜこわく感じるか

残念ながら、今の社会では、「性的指向や性自認などをばらしてやるぞ」という言葉は、あなたにとって脅威になってしまうことは否定できません。もしも、性的指向や性自認などを外部にオープンにしても、何もマイナスにならない社会であれば、この言葉は大きなプレッシャーや脅威にはならないでしょう。

アウティングが社会問題になる背景には、性的指向や性自認などをオープンにされると何か不利な扱いをされるのではないか、変な目で見られるのではないかという不安があるからともいえます。オープンにすることが不利にならないとセクシュアル・マイノリティが感じられる社会になれば、アウティングは問題にならなくなるはずです。(加藤慶二)【次ベージにつづく】

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本来の性別のトイレを使ってもよい?

 

Q 私は自分では女性だと思っていますが、法律上は男性です。日常生活でも、本来の性別通りに過ごしたいのですが、外出時にいつも大きな悩みを抱えています。それは、トイレのことです。今は、多目的トイレを使うか我慢するかなのですが、どうしようもないときは、女子トイレに入っても大丈夫でしょうか。

 

A 思わぬ誤解やトラブルが起こるかもしれないので、使う場面を考えた事前の対策や、周りの人の理解を求めることが大切です。

●トイレで困ること

トイレの問題は健康にかかわりますし、我慢することもあるというのは大変なことだと思います。

私たちが暮らす社会では、男女別にわけられているものがたくさんあります。トイレもその1つですね。文部科学省は、性同一性障害の子どもたちに教職員用トイレや多目的トイレの利用を認めるなど適切な対応をするようにいっています。

確かに、男女別のトイレが使いづらい場合、男女兼用のトイレや多目的トイレが利用できると助かると思います。しかしながら、多目的トイレの利用者として性同一性障害者などのトランスジェンダーが想定されているとはまだまだいいがたいですし、男女兼用や多目的のトイレがないこともあるでしょう。また、そもそも、せめてやむをえないとき位は、本来の性別のトイレに入りたいと思うのも当然のことだと思います。

 

●本来の性別用のトイレを使う場合

もちろん、法律上の性別を女性に変更していれば、女子トイレを法律上何も問題なく使うことができます。しかしながら、法律上の性別を変更するには、手術の必要があり、お金も時間もかかります。誰にでもできることでも、したいことでもありません。あなたも性別の取り扱いの変更をしていないということでしたね。

本来の性別用のトイレである女子トイレを使った場合ですが、他の利用者の中には、残念ながら、あなたのように、法律上の性別と本来の性別が違っている人がいるということをよく理解していない人がいるかもしれませんし、本来は女性だとあなたが思っていることを知らず女子トイレを利用するのはおかしいと思う人がいるかもしれません。

そうすると、痴漢やのぞきなどの目的で、女子トイレに入ったと勘違いされ、通報されるという困ったことになるかもしれません。

法律上の性別が男性である人が女子トイレに入ることが問題になるのは、性暴力や盗撮などの目的のために女子トイレに侵入する人が、残念ながらいるためです。あなたのように本来の性別が女性である法律上の男性は何も悪くないのに、このような人の巻き添えになってしまっています。

この点、学校や職場のトイレではなく、公衆トイレのような誰でも使ってよいトイレであってでも、トイレを管理する人の意思としては、女子トイレに男性が入ることは認めていませんから、トランスジェンダーでない法律上の性別が男性である人が女子トイレに入れば、建造物侵入罪になります。トランスジェンダーの場合にこの犯罪が成立するかどうか簡単にはいいづらいのですが、裁判となって有罪となるかどうかは別として、実際問題として、犯罪として疑われ、警察官がトランスジェンダーについて理解がないと、逮捕されてしまう可能性もあります。

しかし、女子トイレに、トランスジェンダーでない法律上の性別が男性である人が入ったとしても、掃除のためなど正当な理由がある場合には、違法でないとされることもあります。もしあなたが女子トイレに入ったことで通報されてしまった場合には、本来の性別は女性だと思っていることを説明し、正当な理由があることを主張しましょう。性同一性障害と診断されていたり、ホルモン治療をしていたりする場合は、そのことも役に立つかもしれません。ただ、本来の性別が女性であるのに法律上の性別が男性である人が女子トイレに立ち入った場合の裁判所の判断で、公になっているものはないようです。実際に、どのような場合にどう判断されるかはとても難しい問題です。女性だと思われにくい状態であるなど通報される危険があると思われる場合は、残念ですが、女子トイレの利用は避けた方が無難なように思います。

なお、逮捕されてしまった場合は、「当番弁護士」といって弁護士が1回無料で逮捕された人に面会に行く制度がありますので、警察官に対して当番弁護士を呼ぶようにいってください。

また、公衆トイレとは違って、学校や職場など、あなたの知りあいが多い場所ではどうすればよいでしょうか。特に、もともと男性として働いていたけれども女子トイレを使いたい場合、問題になると思います。このような場合、いきなり女子トイレを使い出すと混乱が生じてしまうことが多いでしょう。最初の文部科学省の例のように、少しずつではあっても、着実に理解は広まっていますので、信頼できる先生、上司、同僚などに、あなたの気持ちを伝えることが第一歩だと思います。そして、相談を受けた側も、たかがトイレではなく、まずは丁寧に話を聴くことが大切です。

誰もが使うトイレの問題を考えることは、その人自身を尊重することにもつながります。誤解をうまく解けない場合や調整することが難しい場合には、弁護士が間に入り、あなたの気持ちや状況を伝えて話しあってもらうという手段もあります。(岸本英嗣、森あい)

 

性は、体やベッドの上の話だけではない。人生そのものだ。

『セクシュアル・マイノリティQ&A』では、セクシュアル・マイノリティとは何かという基本的なことを押さえた上で、トランスジェンダー/性同一性障害、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアルの当事者が、社会の中でありのままの自分として幸せに暮らせるにはどうすればよいか、トラブルが起きたときにどうすればよいか、パートナーとの生活・離別・病気・死亡などの場面で法的にどのようなことが問題となるかなどを、わかりやすくまとめました。そして、法律家を活用する方法も取りあげました。

セクシュアル・マイノリティが抱える問題は、本当にさまざまです。「性」自体が多様ですし、それ以上にこのようにQ&Aが多様な背景として大事なのは、「性は、体やベッドの上の話だけではない、生活・人生そのものだ」ということです。

何よりもこの本を通して読者の皆さんに伝えたいことは、どんな人も1人ひとりが尊重されること、きちんと居場所があって、1人ではないと実感できること、そして自分の人生を自分で選び、安心した毎日と幸せな人生を送ること、それが憲法や法律が守っている「人権」なのだということです。この本が、1人でも多くの、当事者と、当事者とともに生きる社会の皆さんの手にわたることを、強く願っています。(山下敏雅)

「LGBT支援法律家ネットワーク」とは

セクシュアル・マイノリティの問題に取り組む弁護士・行政書士・司法書士・税理士・社会保険労務士などの法律家のネットワークで、2007年に立ちあがりました。

メンバーは、セクシュアル・マイノリティ当事者もいれば、非当事者もいます。有志で個別の事件の弁護団を組んだり、イベントを開催したりするなどしていき、今では北海道から熊本県まで、100人以上のメンバーが活動しています。(山下敏雅)