ヘイトクライムの報道が、しんどい理由――オーランド襲撃事件をめぐって

フロリダ州オーランドで49人もの人が撃たれて亡くなったことを知った夜、自分がナチス・ドイツの収容所で、息を殺している夢を見た。バラックの中で、どうしたらここから出られるのだろうと、ずっと模索している夜だった。

 

ナチス・ドイツは、ユダヤ人だけでなく、様々なマイノリティたちを抹殺した。その中には、障害者や政治的思想の異なる者、少数民族、それに性的少数者も含まれていた。

 

私は、トランスジェンダーだ。きっと、あの時代に生きていたら、自分は抹殺の対象だったのだろう。そして昨晩、事件の起こったパルスという性的少数者の集まるクラブにいれば、自分もやはり抹殺の対象だったのだ。

 

目が覚めると、いつもどおりに電車に乗り、何事もなかったかのように職場でキーボードをたたいていたが、とても沈鬱な気持ちがした。息がつまりそうだった。

 

「殺されたのは、自分の仲間なんですよ」

 

そう周りの人に話したくてたまらない自分と、そんなことはバカげていると思う自分の両方がいた。

 

あの事件は、特定の場所で、特定の人たちの間に起きたことだ。理性では、そう理解できる。私はオーランドに行ったことはないし、知り合いが殺されたわけではない。自分が襲撃されたわけではなかった。

 

でも、そうは感じられなかった。1週間ぐらいは、ずっと寝ても覚めても事件のことが脳裏から離れなかった。理由は単純だ。自分や仲間たちが、ときどき抹殺される集団の一員だったからだ。銃が怖いのでも、犯人が怖いのでもなく、私は自分がLGBTの当事者であることが怖かった。

 

この衝撃が、私の「個人的弱さ」でも、過剰反応でもなく、これこそがヘイトクライム――特定のグループに属する人間を、その属性ゆえに抹殺しようとする行為のもたらす影響なのだと気が付いたのは、他の人たちと経験を共有できてからのことだった。

 

オーランドでの事件から1カ月ほどで、日本でも、最悪なヘイトクライムが起きた。

 

相模原での障害者殺傷事件のニュースの中で、「障害者は生きていても仕方ない」という犯人のメッセージが、うんざりするほど繰り返されるのを聴きながら、きっとオーランドのときの私と同じように「自分のこと」としてしか、この事件を感じられない人たちがいることを思う。

 

障害者差別や、LGBTへの偏見はもとより社会の中に存在しているのに、主流派メディアは、せいぜい「どんな人も殺してはならない」というメッセージを出すにとどまった。「なぜ特定の属性をもった人ばかりがターゲットとされるのか」という当事者たちの嘆きに、こたえてはいない。

 

本稿は、そのような嘆きについてフォーカスしたい。ヘイトクライムとは、そもそも一体なんなのか。当事者や周りの人たちにとっては、どのように経験されるものなのか。ヘイトクライムに対して、私たちは、どう反応し、乗り越えていったらよいのか。2016年の今、一緒に考えたくて、本稿を書いてみることにした。

 

 

ヘイトクライムは「ここでも起きたこと」

 

ヘイトクライムは、これまでにも、世界中でうんざりするぐらい起きてきた。

 

たとえばアメリカでは、オーランドの銃撃事件の前にも、1973年にアップステアーズ・ラウンジというゲイバーでの放火事件で32人が殺されている。当時、この事件の被害者たちにまっとうな関心や同情が寄せられることはなかった。

 

大手新聞は被害者の大半がLGBTであったことには触れようとせず、かわりに大衆紙やラジオは、事件を面白おかしく扱った。「やつらの着ていたドレスも、すっかり焼き払われちまってたらいいね」「天罰じゃないかしら」と語る一般市民の声が紙面におどり、政治家も宗教者も、だれひとり追悼のコメントを出すことはなかったのだ。(http://www.huffingtonpost.com/erik-ose/gay-weddings-and-32-funer_b_110084.html)。

 

小規模のヘイトクライムなら、日常茶飯事のように起きている。アメリカ連邦捜査局(FBI)の発表によれば2013年に報告されたヘイトクライムは5922件。そのうち人種を理由としたものが48.5%、性的指向を理由としたものが20.8%、宗教を理由としたものが17.4%らしい。(https://www.fbi.gov/news/stories/latest-hate-crime-statistics-report-released)。

 

過去20年近くにわたり、ヘイトクライムが人々にどのような影響を与え、私たちはそのことを、どう乗り越えていけばよいかについて研究をしてきたグレンダ・ラッセル氏は、オーランド銃撃事件の直後に、メッセージを出した。

 

メッセージの中で、ラッセル氏は「どうやって起きたことを捉えるか」と「どうやって、起きたことに対処していくのか」の2つについて語っている。

 

まず、「どうやって起きたことを捉えるのか」について、彼女はこう語る。

 

私が知る限り、ヘイトクライムの犠牲者とは、その事件の直接的な被害者だけではなくて、その被害者が属していたコミュニティにいるみんなを含みます。

このことについて、周りの人に話してみるのはとても大切で、役立つでしょう。なにが起きたのか混乱してしまうことは、ヘイトクライムのターゲットになったコミュニティに属している人にとっては、よく起きることです。

極めて大事なのは、自分にとってのありのままを伝えることです。このような事件に、あなたが強烈に影響を受けてしまうのは、病的でもなんでもありません。それは、とても当たり前だし、十分に理解されうるし、多くの人たちと分かち合えるものです。

いま、私たちみんなが感じていることは、個人的な弱さに基づくものではありません。それは私たちのコミュニティについてのこと、政治的な経験についてのことで、それを私たちの心の深いレベルで感じているのです。

これは、みんなの経験です。みんなの問題は、みんなの中で解決するのが一番です。

 

ここで語られているのは、事件のことで深く傷つくことは、おかしいことでもなんでもないという強いメッセージだ。ようするに、事件は「ここでも起きたこと」なのだ。

 

あるグループに属している人たちは、事件を「自分のこと」にどうしてもひきつけて考えてしまうし、この事件にとどまらず、過去の様々な傷つき体験とからめて、おきたことを理解してしまう。

 

ここでの傷つきは、とても個人的な物語に、結びついている。

 

たとえば、オーランド襲撃事件を知った晩は、私のゲイの友人が、生まれて初めて新宿二丁目のクラブにデビューした日だった。「ゲイカルチャーって、こんなに素晴らしくて楽しいんだ」と知った、まさにその帰り道に、事件のニュースが飛び込んできた。彼は、その晩、「同じ夢」を観た。クラブで、自分が襲撃されている夢だった。

 

オーランド襲撃事件は、彼自身がゲイであることに結びついた物語だったのだ。

 

 

 

 

撃たれたのは当事者だけではなかった。事件の当日、ゲイの息子と一緒にクラブに遊びに来ていたブレンダ・リー・マルケス・マックール氏は、息子をかばって撃たれた。犯人が息子に銃口を向けているのに気が付いて、息子に逃げろと叫び、二発の銃弾を受けたのだ。

 

「ブレンダは、私だ。私もきっと、息子とバーに行くだろう。」

 

米国在住で、トランスジェンダーの息子を持つある母親は、いたたまれなくなってフェイスブックに悲しみをつづっていた。亡くなったのは20代~30代の有色人種のLGBTで、彼女の息子と同じだった。その日はラテン系のトランスジェンダーのイベントで、かれらの中には家族にカミングアウトしていない人々も少なくなかった。有色人種のLGBTは、白人のLGBTとはまたちがう困難や差別に直面することが多い。

 

事件の詳細を聞くとそれは、LGBTの子どもを持つ彼女たちがいつも見知っている悲しみに溢れていた。

 

運ばれた先の病院から連絡を受けてはじめて自分の子どもがLGBTであることを知った親たちがいたこと。子どもが亡くなってから真実を知った家族もいたこと。ありのままの自分を家族からは受け入れてもらえない若者にとって、パルスというクラブは最後の居場所だったこと。全米にちらばっているそのような居場所さえも、もはや安心できる場ではなくなってしまったこと。

 

LGBTに対する偏見や誤解が、家族を引き裂くという、いつもの良く知っているパターンが、別のかたちであらわれただけともいえるのかもしれない。

 

どんなにセンセーショナルな事件でも、悲しみは細部に宿る。悲しいのは、日常のたしかさが崩されることなのだ。あったはずのものが奪われてしまい、あるいは、あらかじめ与えられてなどいなかったことが明らかにされる。

 

オーランド襲撃事件とは、彼女と息子にとっても、自分自身の物語でもあった。【次ページにつづく】

 

 

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