福島第一原発を委ねないという選択――廃炉ラボが挑む6年目の原発

今求められる「廃炉リテラシー」

 

6年前の3月、東日本大震災の津波をかぶった東京電力福島第一原子力発電所は、原子炉建屋の爆発を起こした。放射性物質が飛散し、一時は16万人以上の住民が避難を余儀なくされた。今もなお約8万人が避難生活を続けてはいるものの、除染が進み、福島第一原発そのものも、ほとんど整備された工事現場のようになっている。

 

事故当時は馴染みのなかった放射線に関する基礎知識もある程度広まり、荒唐無稽なデマゴーグを真に受けて福島県産農水産物を忌避する人もごく一部にまで落ち着いたように見える。しかし、放射線リテラシーが常識になってきた一方で、福島第一原発の廃炉の実態は我々国民に周知されているとは言えない。

 

その原因は大きく3つあるようだ。まず1つ目は、原子力発電の構造そのものが科学的に高度で複雑であり、理解が簡単ではないこと。2つ目は、原子力発電そのものの是非をめぐる政治的な対立があること。そして3つ目は、原子力発電所を含む原子力関連施設を生活圏外の見えない場所に追いやり、改めてその構造や課題について考えることなく生きてきた我々現代人の根深い無関心さがあることだ。

 

今回取り上げる「福島第一原発廃炉独立調査研究プロジェクト」(略称:廃炉ラボ)は、これらの課題に切り込むために、行政機関から独立した立場で福島第一原発を調査し、わかりやすいかたちで情報発信していこうとする取組みである。

 

これまで廃炉ラボは、廃炉の現状や福島第一原発周辺地域の様子を網羅的に図解した「福島第一原発廃炉図鑑」の発刊を皮切りとして、県内外の大学生向けに福島第一原発構内ツアーや周辺地域視察ツアー、県内外での勉強会などを数多く開催し、廃炉の現状について情報発信してきた。原発が国策として進められてきたという背景や、東京電力を中心とした一部の巨大資本に不信や批判の声が集中している現状において、今回行政機関とも大企業とも無関係の第三者団体が情報発信する廃炉ラボの取り組みを歓迎する声は多い。

 

本稿では、リーダーの一人である社会学者開沼博さんに取材して、原発・廃炉リテラシーとも呼ぶべき知識と関心とを我々が持つことの意義を考えてみたい。

 

 

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近代社会に「見て見ぬふり」をされ続けた重要な問題

 

福島県いわき市で生まれ、東京大学で社会学を学んでいた開沼さんは、2006年から当時誰も注目していなかった原発の研究を始めた。その理由を尋ねると、即座に答えが返ってくる。「本来重要な問題であるはずなのに、重要だとみんなが思わずに見て見ぬふりをしているから」。

 

戦後の日本は、欧米諸国が目を見張るほどのスピードで復興と経済成長を遂げた。その成長を支え、今日の日本の土台を作ったのは、新潟や福島の発電所からの電力供給だった。一方で、首都圏の経済成長スピードに乗り切れなかった一次産業主体の地方経済は、原発施設を受入れることによって、原発施設での雇用に加え、宿泊施設や小売店などの周辺商業施設ができ、生き延びることができた。

 

このように歪んだまま安定した都市と地方の関係は、言うまでもなく非常に重大な問題であるはずだ。しかし、そこにはもう1つの近代を象徴する現象が起きている。それは、原発や米軍基地、空港などのいわゆる「迷惑施設」をめぐる問題を視界の外に排除し、それについて強いて考えることをしないままで日常生活を送ることができる近代ならではの心理現象だという。「近代とは何か」というテーマを研究する社会学者である開沼さんが原発に着目したのは自然なことだ。

 

 

「これ以上こいつらに任せてはおけない」

 

開沼さんが、福島の原発立地地域をフィールドワークして修士論文を書き上げ、提出したのは2011年1月。そのわずか2か月後の3月、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故が起きた。

 

当時、開沼さんにとって尊敬すべき社会学のオーソリティは何人もいた。あの人たちならきっとやってくれるに違いない。事故直後はそう期待をかけた。しかし、熱狂的な集会の中心で彼らが語った言葉は、あまりにも福島の現実とはかけ離れたものだった。開沼さんは耳を疑い、また大きな失望を感じた。

 

「こいつらにこれ以上マイクを持たせておいたら、大変なことになる」

 

開沼さんが廃炉ラボを発足するきっかけになった思いの一つは、「自分たち自身の社会が抱える問題を、国や大企業、専門家といった何か「大きな力」に委ねざるを得ない」という状況を打開したい、というものだった。その原動力は、このときの「オーソリティに委ねてはいられない、自分がやるしかないのだ」という体験にあるという。

 

 

ネガティブなイメージに対抗するためのファクトを

 

2011年の5月以降、開沼さんは各地原発のある地域に生活する人たちの現場を取材しはじめた。当時多くの週刊誌などに描かれていたのは「福島から皆が逃げ出している」という画一的でセンセーショナルなイメージばかりだったが、実際の現地の様子はそれほど単純なものではなかった。

 

南相馬の警戒区域になろうとしている山の中の家に、「もう避難生活は嫌だ」と戻り、ひとりで生活を再開している高齢者もいた。大切なふるさとに戻りたくても戻ることができず、無念の中で日々を生きている人たちもいた。開沼さんは、そんな現地の人ひとりひとりと向き合い、彼らの思いを丁寧に掘り起こして、淡淡と発信していった。しかし、地道な作業を続ける一方、「これではかき消される」という危機感も持った。【次ページにつづく】

 

 

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