被災地の病院が医師の不在で危機に――少子高齢化時代の地域医療を考える

福島第一原発事故から5年以上の間、双葉郡内唯一の入院可能施設として機能してきた高野病院。院長の高野英男氏がたったひとり、常勤医として近隣住民の診療にあたっていた。しかし昨年末高野氏が火災で亡くなったことにより、病院は常勤医不在の非常事態となっている。このニュースをきっかけに、医療過疎地域の現状に注目が集まった。少子高齢化の中であるべき地方医療の姿とは。地域医療の専門家たちにお話を伺った。2017年1月12日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「福島県・高野病院の事例から、少子高齢化時代の地域医療をどう支えていけばいいのか?」より抄録。(構成/増田穂)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

ひとりの医師が地域医療を支えていた

 

荻上 本日のゲストをご紹介いたします。福島県相馬中央病院の医師で高野病院を支援する会のメンバーでもある坪倉正治さんです。後ほど埼玉で在宅医療を行う矢澤聰さん、東京学芸大学準教授の伊藤由希子さんにもご登場いただきます。よろしくお願いいたします。

 

坪倉 よろしくお願いします。

 

荻上 まず、高野病院はどのような役割を果たしてきた病院なのか、坪倉さんに伺います。

 

坪倉 福島第一原発から南22kmに位置する病院で、主に慢性期と精神科医療、寝たきりの方などの長期治療が必要な方や、精神科の患者さんが入院されていた病院です。

 

荻上 医療を継続して行うための重要な場所だったのですね。規模はどれくらいだったのですか。

 

坪倉 精神科と療養型の病床が約50ずつで、現在は100人ほどが入院されています。

 

荻上 第一原発から非常に近い位置にある病院ですが、事故後も避難せずに診療を行っていたのでしょうか。

 

坪倉 はい。病院のある広野町は原発事故の後一時的に避難区域になり、病院も避難の選択を迫られました。しかし、高野院長の決定によりそのまま診療が続き、これまで双葉郡内唯一の入院可能な医療施設として機能してきました。

 

荻上 こうした地域で医療が続けられることの意味とはどういったものなのでしょうか。

 

坪倉 医療の継続は、特に高齢者を中心とした地域の人びとには非常に重要なことです。現在の帰還政策でも、住民が帰還の意思決定をするにあたり、その地域の医療事情は重要な判断材料になっています。高野病院の場合双葉地区に唯一の入院施設ですので、地域の人びとにとっての重要性は非常に高いものです。

 

荻上 原発に近い地域では若い方の帰還が進まず、高齢化の傾向が見受けられます。高齢者医療を支える病院の存在はことさら欠かせなくなりますね。

 

坪倉 そうですね。やはりどの地区でも、放射線の影響を懸念して、若い世代は避難を継続し、相対的に高齢者が帰還する傾向があります。その結果高齢化が進み、必然的に医療の重要性は高まっています。また、高齢者世帯の増加に伴い、介護などの需要も増えているので、慢性的医療を行える施設の重要性が特に高い地域だと思います。

 

荻上 院長の高野英男さんはどういった方だったのでしょうか。

 

坪倉 何十年も地域医療に尽力されてきた方で、特に原発事故以後の6年近い期間、たった一人の常勤医として地域の医療を支えていました。もちろん非常勤の医師がサポートには入りましたが、ただひとりの常勤医として、連日の当直、100床強もの病床の見回り、緊急搬送、外来、検案と昼夜を問わず働かれていました。

 

荻上 ひとりの医師が全ての荷を背負っていたことで、その方ひとりが亡くなったことで地域医療が立ち行かなくなってしまった側面もあるのですね。広野町の住民の帰還状況はどうなのですか。

 

坪倉 報告では4,000人ほどの住民が戻られています。他にも除染や原発の作業員の方もいらっしゃいます。今後の帰還を考えている方にとってもインフラとして医療施設の存在は重要なものになると思います。

 

 

日本における地域医療問題の縮図

 

荻上 坪倉さんも、双葉郡同様原発に近い南相馬で医師として働かれていますが、こうした地域で医療が直面する課題とはどういったものなのでしょうか。

 

坪倉 どちらも医師、看護師、介護士などの医療者が非常に少ないのが問題です。双葉郡では病院がひとつしか開いていませんでしたし、南相馬では診療こそ続いていますが自転車操業状態です。医療者の負担はかなり大きいです。

 

荻上 福島での医療というと被ばく関連の話題が多いですが、こうした地域での医療では被ばくに関する検査も重要なのですか。

 

坪倉 実はそうではありません。もちろん放射能による汚染があったことは事実です。しかしこれまでの何十万回と行われてきた被ばく検査の結果から、福島県民の被ばく量は不幸中の幸いにも非常に低いレベルに抑えられていることがわかっています。

 

「健康」という意味では、放射線が直接与える影響は限定的です。より問題なのは、原発事故により社会構造や家族構成が変化し、それまで支えられてきた医療や介護が立ち行かなくなっている点です。新しい医療が必要とされているというより、もともと必要だった医療がさらに必要とされているイメージです。

 

荻上 住居や家族構成、地域との関わり方が変化することで行動が変わり、さまざまな健康問題として上がってきているわけですね。

 

坪倉 ええ。たとえば高齢者の方に何か症状が出た場合、2世代が同居していると子どもが病院に行くことを勧めたり、病院まで付き添ったりして早い段階で診療が可能になります。しかし、別居していると症状を我慢して診察が遅れ、診断やその後の治療に影響するのです。他にも家にサポートできる家族がいないことで、自宅療養なども難しくなります。結果入院が長引いたり、家に戻って症状がぶり返したりするのです。

 

現場の人間としては、原発災害における最大の課題は被ばくではなく、もともと存在した問題が社会変化により助長された点だと感じています。高野病院は慢性期医療として、それまで家族や周囲で支えられていた健康管理を一手に引き受けていました。今まさに被災地に必要な健康問題と向き合っていたのです。だからこそ、その維持が重要な問題になっています。

 

荻上 高野病院には精神科もあったそうですが、原発事故の影響による精神的なサポートの必要性についてはどうお考えですか。

 

坪倉 もちろん、うつやPTSDの患者さんへのサポートは欠かせません。しかし実態は例えば認知症高齢者が肺炎を発症し、家族が面倒見られないため入院していたり、家族や地域のサポートが難しくて入院していたりというケースが多くを占めます。こちらも社会環境の変化が複雑に絡み合ったもので、単純に原発事故によるトラウマの心理的サポートというわけでは全くありません。

 

荻上 高齢化による医療や健康の問題が集中して起こっているわけですね。1月3日には高野病院を支援する会で記者会見も行い、坪倉さんもお話をされていますが、具体的にメディアに伝えたかったことは何だったのでしょうか。

 

坪倉 何よりもまず、高野病院を守り広野町とその周辺の地域医療を維持しなければならないことを伝えたいと思いました。そして、被災地医療の現状です。献身的な医師がひとりで震災後5年以上もの間地域の医療を支えた話は確かに美談です。しかし医療がひとりに依存することで、その人がいなくなった時、全てがなくなってしまう。現在の被災地の医療はそうした非常に脆い状況の上に成り立っています。

 

医療はそもそも社会インフラの一つです。ヒーローの話をすると、次のヒーローが必要になります。そしてその新しいヒーローが倒れるまでやり続ける。構造的な問題を見落として、ヒーロー話を延々と続けるわけには行きません。こうした現状を直視し、今後どうやってみんなでよりよい町へ再生していくのか、もう一度考え直さなければならないという視点でお話をしました。

 

坪倉氏

坪倉氏

 

 

荻上 高野病院を支援する会で資金調達のため使用したクラウドファンディングでも、無事目標金額に到達したそうですね。

 

坪倉 有難いことです。今、高野病院は全国各地の医師がボランティアで業務を担当し、診療が継続されています。多くの医師からボランティア申し出ていただき、とても嬉しく思っています。クラウドファンディングも、こうした医師の交通費や宿泊費に当てようとはじめました。250万円の目標金額もすぐに達成し、多くの方から励ましの声をいただき、本当に有難いことだと思っています。

 

荻上 当初医師を入れるために250万円はとても少ないと思ったのですが、あくまで当座をしのぐため、ということなんですね。

 

坪倉 長期的に常勤医を雇うとなると、また話は別になってきます。とりあえずは1月〜3月のボランティアスタッフの交通費宿泊費を維持するための資金集めとして開始されました。ただ、4月以降の運営のためにも資金は必要です。おかげさまで目標金額には到達しましたが、将来のため今後も募金をお願いしていく予定です。

 

荻上 クラウドファンディングで寄付してくださった方の反応はいかがですか。

 

坪倉 多くの方が双葉郡の地域医療を守ろうとして助けてくださいます。心から感謝を申し上げたいです。皆様のお気持ちに大変励まされました。【次ページにつづく】

 

 

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