トランプ政権は貧困層や障害者に致命的な打撃を加えるのか?――日本人の知らないアメリカの「共助」を探る

トランプ政権下で低所得層と障害者の暮らしはどうなるか? 今後2年間かけて、変化のなかで米国の「コミュニティ」の姿を理解し、明らかにしたいという三輪佳子(みわよしこ)氏(https://camp-fire.jp/projects/view/22114)。なぜ米国なのか。そして、そこに込められている日本社会にとっての意味とは何なのか。話を伺った。

 

 

障害者の社会参加を支援するAAAS(米国科学振興協会)

 

――なぜ米国の低所得層と障害者の暮らしを調査しようと考えたのでしょうか?

 

私は今、ライターの「みわよしこ」として生活保護制度に関する執筆活動を行うのに加え、大学院で生活保護制度の研究をしています。 生活保護制度の原型は、戦前の救護法でほとんど出来上がっているのですが、包括的な社会保障かつ社会福祉でもある生活保護制度が今の形になった経緯には、敗戦と被占領、特に米国の占領方針が色濃く影響しています。

 

米国は現在も、良くも悪くも、今後の日本のモデルにされている国です。でも、米国について、とくに米国の社会保障・社会福祉について、日本人は充分な情報を得ていないと思います。そう思ったのは、次のような経験をしたからです。

 

2008年ごろから、AAASの会員になって『Science』を購読していたのですが、「なんだこれは?」と疑問を感じる広告がありました。車椅子など見た目で分かる障害者が、実験をしていたり研究をしていたりする写真があって、「EntryPoint!」と書いてある広告です。しかも、目次のすぐそばなど、いつも広告の特等席にあるんです。

 

「EntryPoint!」が何であるかは、調べればすぐ分かりました。これは障害のある理工系学生のためのインターンシッププログラムで、1995年にAAASが開始し、現在も続いています。分からなかったのは、「なぜAAASがそういう活動をするのか」でした。障害者団体でもなく、障害者支援に特化した機関でもないAAASが、なぜだろう? と。

 

日本で、たとえば日本学術振興会やJSTが、そういう活動を行うことはできるでしょうか? JSTは障害児・障害者教育に関する活動もしているのですが、障害者ではない人々多数を含む誰もが目にするところで、そういうアピールをできるでしょうか? 私は、見たことありません。

 

AAASが、社会と科学に関する、ほとんどありとあらゆる活動をしていることは、知っていました。今にして思えば「だから障害者の問題にも取り組むのは当然だろう」なのですが、当時は「なんでAAASが?」だったんです。自分のどこかに、「障害者の問題は社会一般から切り離された問題」という意識があったのかもしれません。

 

 

――日本との落差が大きすぎて、当時はAAASの活動がうまく理解できなかったと。

 

そうなんです。で、どういうことなのか、社会的文脈も背景も理解できないまま時間が過ぎていったんですが、2011年2月、思い切って渡米し、毎年2月に開催されるAAAS年次大会に参加してみることにしました。

 

参加申し込みページに、「障害によってアシストが必要ならチェックを」という欄があります。そこにチェックすると、現在も「EntryPoint!」のディレクターを務めているLaureen Summersさんから「何をしてほしいですか? 何か分からないことはありませんか?」というメールが届きました。

 

そこで「AAASがなぜ、どのように、障害に関する活動を行ってきたのか知りたい」と答えると、関連するイベントを全部教えてくれました。その一つに、当時「Resource Room Meeting」と呼ばれていたミーティングがありました。障害ある科学者・学生のための有形無形の「resource(資源)」を用意する場なので、そう呼ばれていたんです。

 

常にスタッフがいて、障害のある人の相談に対応できるようになっていますし、具体的な支援機器や資料も置かれています。貸し出し用の電動車椅子各種とか、車椅子で乗れるタクシーの業者情報とか、障害のある人に対する教育情報とか、障害のある人の修学とキャリア構築に関する情報とか。電動車椅子は、日本でいう身体障害者限定ではなく、足腰が弱っていて年次大会の広い会場を歩き回るのは難しいという高齢者などにも貸し出されます。

 

 

AAAS年次大会会場に設置されたDisability Resource Room で出番を待つ、貸し出し用電動車椅子。日本では公共交通機関を利用できないこともあるスクーター型電動車椅子が人気(2016年2月、ワシントンDCにて)。

AAAS年次大会会場に設置されたDisability Resource Room で出番を待つ、貸し出し用電動車椅子。日本では公共交通機関を利用できないこともあるスクーター型電動車椅子が人気(2016年2月、ワシントンDCにて)。

 

 

手話通訳の必要な人には、「プログラムのすべてで」とはいきませんが提供されますし、資料のテキストデータ化も、必要とあれば行なわれます。たぶん点字資料も必要な人には用意されるのでしょうけれど、私は見たことありません。AAAS年次大会で見かける視覚障害者は、テキストデータの高速読み上げを使っていることが多いです。

 

 

AAAS年次大会での聴覚障害者向け情報保障は、手話通訳・文字通訳・あらゆる人を対象とした文字通訳と拡張され続けており、さまざまな試行錯誤がされている。現在は、手話通訳・文字通訳のスクリーン投影・ネット生中継+文字通訳 が併用されているが、文字通訳結果をスマホアプリに送信する試みがなされていた時期もある。写真は、スマホアプリを使った文字通訳の様子(2015年、サンノゼ)。

AAAS年次大会での聴覚障害者向け情報保障は、手話通訳・文字通訳・あらゆる人を対象とした文字通訳と拡張され続けており、さまざまな試行錯誤がされている。現在は、手話通訳・文字通訳のスクリーン投影・ネット生中継+文字通訳 が併用されているが、文字通訳結果をスマホアプリに送信する試みがなされていた時期もある。写真は、スマホアプリを使った文字通訳の様子(2015年、サンノゼ)。

 

 

私が初めて行った2011年、「EntryPoint!」は16年目に入ったところで、プログラムを終えて就職した元・障害学生たちは、社会で活躍していました。障害のある中学生・高校生が、同じような先輩たちのパネルディスカッションを見ながらピザやお菓子を食べる昼食会も開催されていました。「EntryPoint!」の同窓生たちが相互に支え合ったり、後輩のメンタリングをしたりもしているということでした。

 

私から見ると、信じられないほど成功しているように見えました。でもミーティングでは、「勤務を続けてキャリア形成している障害者が増えているのは良いことなのだけれども、どうも健常者に比べると出世しにくいこともはっきりした。そろそろ、スーパースターが必要なのでは?」といった議論もされていました。驚きましたし、大学に障害学生が1%はいなかった当時の日本を省みて「恥ずかしい」と思いました。周回遅れどころの騒ぎではないなあ、と。

 

その後で、「EntryPoint!」を創設した、元AAAS職員のVirginia Stern さんに、30分ほどお話を伺う機会もいただき、大いに感化されました。私は大げさではなく、この30分間で改造されたと思っています(笑)

 

 

――AAASの障害に関する取り組みはどのように始まったのでしょう?

 

Sternさんご自身のお子さんも障害児だったと聞いていますが、AAASの科学と障害に関する取り組みは、1970年代、当時のトップが「この状況を変えてやる!」と決意したところから始まっています。当時、車椅子の理工系学生が、大学院に進学し、そろそろ学会活動に参加する段階になると、「学会会場がバリアフリーではないから入れない」「学会の開催される都市に、泊まれるホテルがない」という問題に直面していましたから。

 

AAASの年次大会は、毎年2月、米国とカナダのさまざまな都市で開催されます。そこでSternさんたちが考えた戦略は、「会場のホテルに、車椅子で泊まれる部屋を一つ作り、道路との経路・シンポジウムや講演が行われる会場との間の経路をバリアフリーにする」ということでした。

 

いったんバリアフリー(アクセシブル)に改造されたホテルは、その後もバリアフリーのままです。そのホテルとその都市は、「わが街で学会(その他の大イベント)を参加すれば、車椅子の参加者がいても大丈夫ですよ」と、その後も大規模イベントを招致しやすくなるわけです。

 

AAASの年次大会自体が、少なくとも5000人、多いと10000人以上の参加者を誇る巨大イベントですから。Sternさんたちは「そのうちホテル業界は、『障害者も参加できるようにすると、自分たちはビジネスを拡大できるんだ』と学習するだろう、そうなったら、黙っていても、ホテル業界はホテルをアクセシブルにするようになるだろう」と見込み、1970年代後半からホテルの改装に取り組みました。

 

 

――ホテル側に抵抗はなかったんですか?

 

最初の数年は、費用をAAASが持つといってもホテルに渋い顔をされたそうです。渋々承諾してもらったものの、年次大会の一週間前に行ってみると工事はされておらず、AAASのスタッフが工務店を手配し、工務店のスタッフに入り混じってバスタブをハンマーで壊したりする作業に参加して、前日にやっと間に合わせたこともあったそうです。

 

ホテルの方には「障害者が来るようになったらイヤだなあ」という心理的抵抗があったり、格式ある建物を改装したくないという気持ちがあったりしたということです。しかし5年も経たないうちに、予測どおり、ホテル業界は「アクセシブル=ビジネス拡大」と学習し、「どういう改装が必要ですか?」と持ちかけてくるようになったということです。

 

私は、「私たちは、この活動でホテル業界を変えられると確信していました」「変化を経験することが大切なんです。一度、変化を経験したら、その経験によって人は変化します。変化した人は、さらに社会を変化させます」と語ってニッコリするSternさんに驚きました。近未来のどこをどういうふうに変えることができて、その時、何が実現できているかを、はっきり思い描いた上でのヴィジョンであり、戦略であり、道筋なんです。

 

 

――こうした活動が米国障害者法に結実していくわけですね。

 

そうです。AAASをはじめとするさまざまな団体や個人が、自然に出来て効果の大きそうな活動に取り組んでいった結果として、1990年、ADA(Americans with Disabilities Act, 米国障害者法)が制定・施行されました。

 

この法律は、日本の旧交通バリアフリー法・旧ハートビル法と障がい者差別解消法を合わせてさらに充実させたような、障害者もいる環境のアクセシビリティをハード面・ソフト面とも包括的に実現する法律です。もちろん、教育や職業に関する記述もあります。

 

もちろん、法律一つで障害者差別が解消して、障害者が社会で活躍するのが普通になるわけはありません。「直接差別を禁止すれば間接差別が行われ、それも禁止すればより巧妙な間接差別が」といった問題は、現在進行形で米国にもあります。

 

また、強制力をもった連邦法であり、何回もの法改正が重ねられていますが、現在も強制力の及ばない「谷間」があり、障害を持つ職業人が、活躍しつつも「谷間」で苦しんでいたりもします。しかし米国のADAは、2007年に採択された国連障害者権利条約にも影響を与え、考え方の根幹の一つとなっています。

 

 

――Sternさんとのお話から、法律が生み出されるダイナミクスを垣間見たといえますね。

 

はい。私は、この成り行きに驚きました。世界に影響を与える重要な法律が、こんなふうに草の根から出来ていくのか、と。Sternさんは、ごく普通の成り行きのように語ったのですが……。「デモクラシー」という言葉の意味・内容・イメージは、もしかすると米国と日本でまったく異なるものなのかもしれません。

 

ちなみに、障害学生向けインターンシッププログラムである「EntryPoint!」が始まったのは、大学で学ぶ理工系学生が順調に増加していた1990年過ぎ、Sternさんに、ある優秀な学生が

 

「僕は、大学は卒業できるんだろうけど、その後は社会保障で生きていくしかないのかなあ?」

 

と寂しそうに語ったことがきっかけだった、ということです。

 

大学に行ける、大学院に行ける、学会にも参加できる、でもそれだけでは不十分なんだ、と。そこから先の一生、職業キャリア構築への道がないとダメなんだ、と。そこで、障害学生向けのインターンシッププログラムが創設され、現在も継続されているというわけです。

 

 

生活困窮者をエンパワメントする「Sacred Heart(聖なる心)」

 

――2015年には、サンノゼ市内の生活困窮者支援NPO「Sacred Heart(聖なる心)」を訪れています。そこで見た困窮者支援のありようは、生活保障を考える上でヒントに満ちたものだったようですね。

 

Sacred Heartだけではなく、生活困窮者支援NPOや障害当事者団体など、どこで話を聞いても「尊厳(dignity)」と「エンパワメント(empowerment)」が超重要キーワードで、10分間に100回くらいは出てくる感じです。尊厳を高め、エンパワメントするための具体的な手段としては、「選択肢(choice)を作る」という環境整備と、本人による「選択する(choose)」が最初の取り掛かりとして重要視されています。

 

たとえば食料や衣料の配布を行うときも、お見繕いであてがうような方法は取られません。Sacred Heartでは、スーパーやブティックのように物品が陳列されており、買い物をするように自分で選べるようになっていました。違うのは、出口ではレジでお金を支払うのではなく、点数をチェックしてもらうことです。足を運ぶ機会が増えるように、一回あたりの配布点数は、やや少なめに設定されています。

 

訪問当時、お話を聞かせていただいたSacred Heartのディレクターは、「選ぶことが、自分を再発見し、自分の価値に気づくきっかけになる」といっていました。生活困窮状態で、心身とも疲れ、自分を尊厳ある存在と考えることが難しくなっている人でも、数ある品物のなかから自分の欲しいものを選び、「いや、これではなく、やはり、あちらを」と考えているうちに、尊厳ある存在である自分を再発見できるのだ、と。

 

 

――生活困窮者が「消費者」として振る舞えるように工夫されているんですね。

 

はい。支援を受けに来る方々は、「カスタマー」と呼ばれています。心身のケア、語学(英語が不自由なため、生活困窮状態に陥りやすくなっている場合もあります)や職業スキルの習得、子どもがいれば子どもぐるみのケアと教育、といったさまざまな機会が用意されており、そこで支援を受ける存在でもあります。

 

もちろん、「住まいがない」「住まいを失いそう」「仕事がない」「お金がない」「医療が受けられない」といった個々の困りごとに対しては、公的給付や手当の利用が必要です。Sacred Heartでは、公的制度利用のためのサポートも受けられます。

 

さらに、そこで尊厳ある人間として扱われているあいだに、ボランティアしてみたくなり、Sacred Heartを支えながら支えられ、心身に力を蓄え、人間関係能力を磨き、人間関係を構築し、スキルを身に着け、安定した好条件の就労をしやすくなる、という自然なルートが作られているんです。

 

物資配布コーナーで、新しいカスタマーをにこやかに迎えて物品の点数をチェックしているのも、カスタマーでありボランティアである人々ですから、目の前にロールモデルがいて「自分もやれる」「自分もやってみたい」と思えるんです。

 

 

Sacred Heartの一角に設けられた、幼児のためのコーナー。居るだけで暖かさを感じ、希望が湧き上がって来そうな場所だ。時には、親の語学教育や就労訓練と、就学前の子どもに対する教育をセットにしたプログラムの場ともなる。

Sacred Heartの一角に設けられた、幼児のためのコーナー。居るだけで暖かさを感じ、希望が湧き上がって来そうな場所だ。時には、親の語学教育や就労訓練と、就学前の子どもに対する教育をセットにしたプログラムの場ともなる。

 

 

――日本の生活保護に見られるような「スティグマ」にはなりにくいのでしょうか?

 

就労に成功した後は、Sacred Heartのカスタマーで居続ける必要はありません。でもその後は、地域や子どもの学校で、Sacred Heartで蓄積した人間関係能力を生かしてコミュニティの力になれます。

 

こういう自然な流れを作る自然な枠組みが出来ていると、「Sacred Heartのカスタマーとして支援を受けていた、当時の生計は生活保護(米国には、それそのものに当たる制度はありませんが)で立てていた」という前歴は、スティグマにしたくても、しようがないんですね。

 

観念論的な「支援団体の支援や公的給付を受けていたことをスティグマ視すべきか、そうではないか」という話ではなく、実際に、そこで具体的な力を増して、就労など社会で力を認められる機会につながり、地域や学校などのコミュニティに良い影響を与えられる人になるわけですから。

 

 

――力を与えられた個人が、今度はコミュニティに活力を与えていく。

 

そうなんです。人が力を与えられてどのように変わっていくかについて、忘れられない出来事があります。

 

私が訪問を追えて、近くのハンバーガーショップで食事をしていると、訪問中にちょっと挨拶したカスタマーの男性が近づいてきて、

 

「わざわざ日本から、僕たちのことを気にかけてくれて、ありがとう」

 

と、さっき物資配布コーナーでもらったばかりだというナップザックをくれたんです。

 

「あなたは、これが自分で使いたいからもらったんでしょう?」というと、「うん、自分が好きで気に入ってて、自分にとって大事だから、あなたにあげたいんだ」という返事でした。

 

後で、そのことをディレクターにメールで「感動した」と伝えると、「僕も感動したよ。彼はSacred Heartで与える喜びに気づいたんだ、と」という返事でした。

 

その返事は、私にまた衝撃を与えました。日本の生活保護の方々は、「贈る」「贈られる」といった社会的な付き合いからも事実上排除されているわけです。そのことを「不思議だ」「問題だ」と思う人は、あまりいません。

 

日本はどこまでも、誰かを「ふつう」から排除しないと成り立たない社会のようだけど、どこからどう手を付ければ、この現状が変えられるんだろうか……と暗い気持ちになりました。

 

 

015年、サンノゼ市のSacred Heartを訪問したおり、20代と思われる男性カスタマーが私に贈ってくれたナップザック。失職と病気が重なったという彼は、まだ就労できる状態ではないと語っていた。その表情は、暗くはなかった。

2015年、サンノゼ市のSacred Heartを訪問したおり、20代と思われる男性カスタマーが贈ってくれたナップザック。失職と病気が重なったという彼は、まだ就労できる状態ではないと語っていた。その表情は、暗くはなかった。

 

 

――どう手を付ければよいでしょうか?

 

まずは、「国として、社会として、人に対してしなくてはならないことはする」が基本なのだろう、と思います。

 

まったく格差がない平等な社会は実現できないでしょうし、そんな社会は想像しただけで気分が悪くなります。でも、誰かがひもじい思いをしていたり、誰かが惨めな思いをしていたり、誰かが寂しすぎる思いをしているようなら、その社会はまともな社会じゃない。公的扶助の役割は、お金によって「ひもじい」「惨め」「寂しすぎる」といったことをなくして、まともじゃない社会を、まっとうな社会に近づけることだと思います。

 

とはいえ、目の前にいない人々まで、いちいち気にかけていることは不可能です。大災害のときに初めて知る地名が、どなたにも多数あるのではないでしょうか? 「ある」と知らなかった町に住んでいる人のことを、その町が大災害で壊滅的な被害を受け、その人が亡くなることによって初めて知ったことは、何回もあるのではないでしょうか? これは、人間の限られた想像力がもたらす限界であり現実です。

 

だから、行政が必要なのであり、徴税や分配が必要なのです。欠乏をかかえた人たちがたくさんいる状態を解消するのにお金が必要だったら、まず必要なのは、「お金がないから」という議論ではなく、「○円足りないけど、どこから持ってこようか?」という議論でしょう。それはまだ、可能なのではないかと思います。

 

 

――米国にはNPOが創造的に活動できるお金の流れがありますよね。

 

米国には、「Sacred Heart」以外にも、数多くの力あるNPOがあります。そのパワーの源の一つは、スタッフの人件費だと思います。スタッフを「やりがい搾取」せず、充分な給料を支払えるから、優秀な人がNPOで働きたがるのです。

 

そして、NPOが成果を上げ、さらに資金を含めてパワーを増していく好循環ができると、NPOはさらに充実した活動を展開できるようになります。ボランティアにも、ボランティア経験が就労の際に好評価されるなどの「現世利益」があります。だから、有給スタッフとボランティアが一緒に気持ちよく働けるのです。

 

資金源のうち大きなものの一つは、しばしばいわれることですが、寄付です。内訳は団体によって異なりますが、寄付と公共からの業務委託費、そして独自事業が、収入の三本柱になっていることが多いです。

 

 

――公共からの委託はいわゆるひも付きにはならないのですか?

 

そうですね、公共からの業務委託といえば、日本では「丸投げ」というイメージになるでしょうか。米国は、日本以上に「丸投げ」かもしれません。

 

Sacred Heartのディレクターは、「ここで行なわれていることは、政府方針には必ずしも沿っていないのでは?」と聞く私に、「それはあるけど、行政にはお金を出す自由がある。こちらはこちらで、自分たちのしたいようにする自由がある。結果が良ければ、行政も政府も、文句のつけようがないでしょ?」とウインクしました。

 

日本が「民間活力を」というなら、民間委託から「お金を出してほしければいうことを聞け」という発想をなくす必要があると思います。たとえば、政府が「保育園落ちた日本死ね」のいい出しっぺを探し出し、「大事なことをいってくれてありがとう。5000万円預けますから、問題解決のためのリサーチとモデル事業化と提案をやってくれませんか?」とお願いするくらい、あっても良いのではないでしょうか?

 

 

 

トランプ政権下で低所得層と障害者の暮らしはどうなるか?

 

――トランプ政権下で低所得層と障害者の暮らしがどうなるか、今後2年間かけて現地で調査研究するプロジェクト(https://camp-fire.jp/projects/view/22114)を立ち上げました。

 

米国と日本は、太平洋に遠く隔てられていますが、国交の面では良くも悪くも緊密な関係にあります。また、米国のニュースや情報は、日本に数多く伝えられています。

 

私は、冒頭で述べた2011年2月のAAAS年次大会参加のとき、はじめて米国を訪れました。日本にいながら数多くの情報に接することができる国に、わざわざ実際に行く必要はないだろうと思っていたんです。

 

しかし、実際に行ってみると、日本で伝えられる米国情報の断片を組み合わせただけでは理解できない部分の大きさと深さに驚きました。文字や写真や動画として切り取られた現実の一部は、背景にある現実そのものではありません。

 

それは米国に限ったことではないのですが、どうも日本に伝えられている米国の情報は、日本人にとって「日本と同じだ」という安心を与えるものと、「日本より優れている」「日本よりダメ」と劣等感や優越感を与えるものとに偏っているように思われました。

 

 

――米国の社会保障や福祉を、まずはトータルでとらえる必要があると。

 

日本の社会保障・社会福祉を考えるとき、米国の事例は数多く参考にされています。また米国の障害者運動は、日本の障害者運動にも大きな影響を与えてきています。たとえば、米国で始まった障害者自立生活センター(CIL)運動は、1980年代前半、現地で研修を受けた日本人障害者たちによって、日本にも広がり、現在に至っています。

 

では、米国の社会保障・社会福祉、社会的弱者の生活は、日本に充分に伝えられているといえるでしょうか? 

 

私は、まったく足りていないと思います。公共・民間含め、数多く存在するサポートのごく一部を切り出して、「米国はこんなに弱者に厳しい」または「米国はこんなに弱者に優しい」と理解しても、日本の人々にとって役に立つ情報にはならないでしょう。もっとも重要なのは、人の生存・生活を支える仕組みは、全体としてどうなっているかだと思いますが。

 

 

――とくに「コミュニティ」に注目なさっていますね。

 

米国の社会保障・社会福祉を語るとき、「コミュニティ」はきわめて重要なキーワードです。日本でしばしばいわれる「自助・共助・公助」の「共助」にあたる部分といえなくもないのですが、日本人が「共助」という言葉で思い浮かべるものと、米国の「コミュニティ」は、まったく似て非なるものだと思います。

 

米国は、個人主義の国とはいわれますが、実際には「コミュニティ」の国だと思います。障害者や低所得層は、社会的に弱い立場にあるからこそ、コミュニティを必要としています。どのコミュニティにも属せない人の生きづらさは、もしかすると日本以上かもしれません。

 

そのコミュニティは、どのように形成され、維持されていくのでしょうか? 少なくとも、地域にガッチリとした地縁共同体が存在し、新入りはイジメられながら同化し……という日本のパターンとは異なっていることが多いと思われます。

 

外的状況が変化するときには、コミュニティも何らかの変化によって対処しなければ、生き延びられません。このとき、どのような生存戦略が取られるのでしょうか? その意思決定はどのようになされるのでしょうか? 

 

こういったコミュニティ運営のソフト面ともいえる情報は、ほとんど日本には伝わっていない感があります。でも、米国の「共助」、コミュニティを理解するためには、そういった部分こそ重要なのではないかと思います。

 

 

――トランプのような大統領の誕生によって、コミュニティに何が生ずるのか、大変重要なテーマですね。

 

今後、1月に発足したトランプ政権下で、さまざまな外的状況の変化が起こっていくでしょう。特に障害者や低所得層の属するコミュニティは、属する人々とコミュニティそのものの生存のために、さまざまな変化を求められるでしょう。

 

状況がどのように考えられ、どのような戦略が選択され、その結果はどうなるのか。私は、2年間かけて、変化のなかで米国の「コミュニティ」の姿を理解し、明らかにし、日本の方々にお伝えしたいと思っています。

 

案外、日本でも実行できる部分が数多くあるのかもしれません。逆に、日本ではとても無理な部分の方が多いのかもしれません。都合の良い部分を換骨奪胎して取り入れると、かえって有害かもしれません。そういったことも含めて、米国のコミュニティの成り立ちと姿、意思決定と変化、そしてその結果を、2年間、じっくり調べてみたいと思っています。

 

 

――具体的な調査地域は決まってますか?

 

これからとくに力を入れて調べてみたいのは、いわゆる「赤い州」、今回の大統領選でトランプ候補を圧勝させた地域です。日本では、社会的弱者に冷淡であるとされていたり、人種差別をはじめとする差別が激しいとされていたりする地域です。

 

それは事実ではあるのですが、そのような地域でも、社会的弱者は生きて来ました。どのようにコミュニティをつくって生きてきたのか、トランプ政権下でこれからどうなるのか、非常に関心の持たれるところです。

 

ボストン市やニューヨーク市、マサチューセッツ州、カリフォルニア州のようなデモクラティックな地域、いわゆる「青い州」では、トランプ候補以外の候補者が、大統領選で勝利しました。このような地域では、地域としてトランプ政権の政策にすぐ従うとは限りませんが、それでも一定の影響は及ぶはずです。若干はレイシズムを語りやすくなっているというかたちで、影響はすでに現れています。

 

2年間の調査を通して、米国のさまざまな地域のコミュニティの変化をお伝えすることで、日本の方々が、「では、日本ではどうすればよいのか?」を考える素材を増やしたいです。日本の自分が属している日本の何らかの共同体と、米国のコミュニティは、どこがどのように違うものなのか。

 

「公助」が細っていく、あるいは最初から無に等しいところで、米国の人々はどのような「共助」によって生き延びてきたのか。その米国の「共助」は、日本に移入できるものなのか。どうしても移入する必要があるとすれば、何が必要なのか。こういったことを、日本の多くの方々がじっくり理解され、考えていただけるようになる手がかりをつくれれば、と考えています。

 

 

ご支援ください!

 

三輪佳子氏によるクラウドファンディング「トランプ政権下、米国の「コミュニティ」はどうなる? 低所得層・障害者の生存を追う」をぜひご支援ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/22114

 

 

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