内部告発者を取り巻く社会環境――スキャンダリズム社会における勇気とは何か

内部告発は、その性質上世間の関心を集めることが多い。加計学園問題をめぐり内部告発を行った元文部科学省事務次官の前川喜平氏など、実名の告発者が昨今注目を集めている。本稿は内部告発をめぐって、告発者のリスクやその社会的な問題点を考察する。

 

 

内部告発と法整備

 

まずは法整備について簡単に述べておきたい。自身が所属する団体の不正を告発する内部告発は、常に危険が伴う行為であり、告発者には相当の倫理的覚悟が必要とされる。そこで法的な支援を目的に、アメリカでは「公益通報者保護法」(Whistleblowers Protection Act)が1989年に、イギリスでは「公益開示法」(Public Interest Disclosure Act)が1998年に施行されている。これらの法律を参考にして、日本においても「公益通報者保護法」が2006年施行され、告発によって告発者が不利益を被ることのないような保護処置が取られることになり、各都道府県の行政機関にリーク専用通報窓口が設置された。

 

現在消費者庁には行政機関のどの窓口に通報すればいいのか、通報先や相談先を検索するシステムを設置している。ただし、現状では保護される内部告発者の範囲は限定されており、退職後は法律の適応外となったり、告発に対する報復行為への賞罰なども設定されていないなど、問題を指摘する声も多い。

 

また民間企業内でもホットラインが設置され、セクハラや不正の隠蔽など、自社の問題をはやめに組織内で把握し、自浄作用を促す企業も増えている。不正の度合いが大きければ問題を公表し謝罪を行うこともあるが、迅速な対応であればあるほど企業の透明性が確保され、風通しの良い職場環境が提供できる。ただし企業が自分を守ってくれるかどうかは、告発内容によっても異なることが予想されるため、重大な不正行為への告発は困難が伴うことも多い。

 

 

代表的な内部告発

 

いかに法律が整備されていたとしても、内部告発者には相当のリスクが生じることは否定できない。法律制定以前ではあるが、日本においては1974年のトナミ運輸事件などが有名だ。この事件では業界の闇カルテルを新聞社に告発したトナミ運輸の社員が、その後2006年に退職するまでの32年もの間、閑職に追いやられてしまった。告発者はそれまでの職場から追い出され、会社の研修所の管理などを命じられ、十分に能力を活かすことができなかったばかりか、昇給もなく、身内にも脅迫などが行われた。

 

また2000年代に注目された一連の食品偽装問題でも、内部告発が行われている。2002年に雪印が牛肉偽装事件を、その後2007年に北海道の食品加工卸会社「ミートホープ」が食肉表示偽装を行ったことを記憶している読者も多いのではないだろうか。雪印は取引先の企業が告発し、ミートホープでは同社の常務取締役が告発を行った。

 

ミートホープ事件では当時すでに公益通報者保護法が成立していたにもかかわらず、告発を行うも行政機関には相手にされず、最終的にマスコミに持ち込んだ告発から注目を浴びることになった。自社の不正を告発した者は正義の味方とも捉えられるが、実際は多くの困難が告発者を待ち受けている。ミートホープ事件の告発者の著書からは、事件によって会社が自己破産したことで社員から批判されるだけでなく、取引先からも「裏切り者、自分も不正に加担していたくせに」と詰め寄られたこと。また裏切り者というイメージから地域からものけ者にされ、家族間にも大きな亀裂が入ったことなど、多くの苦労が語られている。

 

不正を告発したものの、その不正行為の真っ只中に自分がいたことを責められてしまっては、告発者にとって社会正義や自己の信念の貫徹以外のメリットは何もなく、1個人としてはあまりに高リスクな行為であることがわかる(2017年6月にこの告発者のインタビュー記事がYahoo!ニュースに掲載されている)。このように告発は得るものより失うものが多いからこそ、不正を告発する者の勇気について我々は敏感でなければならない。

 

しかし現代において告発をめぐる状況は一層の困難が生じている。後述するようにそれはSNSの普及であり、告発内容よりも告発者の人格など、これまで以上にスキャンダリズムに社会の注目が注がれてしまう点にある。

 

 

告発のリスクを減らすことはできるか

 

内部告発には法的保護が定められてはいるものの、上記のように適切に保護されないケースもある。実際に通報された情報を担当者が誤って当事者に伝えてしまった事例や、告発者が直接担当者と面接しなければならない場合もある。また告発対象が行政機関など国家権力を相手にする場合、告発者の心理的リスクを考えれば、やはり法を頼るだけには限界があると言わざるを得ない。告発にあっては信頼と安心感が必要不可欠であるが、法の存在の周知をはじめとして、社会の告発に対する認識が改められる必要がある。

 

一方、告発に伴うリスクを減らし、告発内容そのものを世に知らしめるための試みも生じている。代表的なものとしては2006年に誕生したリークサイト「ウィキリークス」がある。ウィキリークスは暗号を利用した情報源秘匿技術によって、告発者が身元を秘匿したまま告発内容をウィキリークスに提供することが可能となり、ウィキリークスが情報を精査した上で内容をホームページに掲載するものだ。ウィキリークスには世界中から多くの情報が集まり、2010年に公開したアメリカ外交公電事件をはじめとして、世界中に大きな影響を与えた。

 

リークと内部告発は厳密には異なる概念ではあるが、内部告発者の負担を減らしウィキリークスが告発の肩代わりをするという発想は、以後世界の大手メディアや各所で登場したリークサイトにも採用され、ウィキリークス同様暗号を利用した情報源秘匿技術によって、告発のリスク減少が目指されている。こうしたリークサイトでは、世界を揺るがす告発でなくとも、地域や特定の問題に限定したものなど、多彩なリークサイトが登場している。

 

ただし、告発は世間の関心を呼ぶことではじめて成功するものだとも言える。ウィキリークスは代表のジュリアン・アサンジ(1971〜)が世界中にその存在をアピールしたが、顔を晒すことには一定の意義があることも確かだ。多くのリークサイトは当然のことながら告発者の顔がわからず、アピール力に欠ける、という問題もある。実際多くの人はウィキリークス以外のリークサイトの存在を知らないのではないか。

 

逆にウィキリークスは、ジュリアン・アサンジというカリスマを伴う強烈な人格的存在が世間へのアピールに成功するも、彼が主導し公表するリーク内容に政治的偏りが指摘されるなど、人称性を全面に押し出すが故の政治的・人格的な問題が生じている。特に2016年の米大統領選をめぐってウィキリークス=アサンジは、当時の大統領候補ヒラリー・クリントンをあからさまに敵視する発言を行い、2016年7月には米民主党全国大会委員会の内部メール数万通などを公開する一方、対立候補のトランプ候補に関するリークはなく、彼に対する言及も多くなかった。

 

もちろんリークが集まらなければ公開できないのは当然だが、ウィキリークスが政治的な中立性を宣言する一方、あまりの非対称的な情報公開に多くの批判が寄せられた。リーク内容をウィキリークス自身が選択するというスタイルが、人々のウィキリークスの公正さに対する信頼を困難にしている。

 

ウィキリークスが発明したリークシステムは安全だが、それだけを利用した知名度の低いリークサイトでは、広く世間に問題を広めることは難しい。一方でウィキリークスのようなサイトを利用すれば、政治的恣意性の疑惑が持たれてしまう。こうして告発者は、改めてどのような告発手段を取ればいいのかに悩まされることになる。【次ページにつづく】

 

 

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