2014.03.07

特定秘密保護法施行までになにを考えるか

江川紹子×三木由希子

社会 #特定秘密保護法#synodos#シノドス#記録物管理法#大韓民国国家記録院#情報開示請求

2013年10月25日に国会に提出され、12月6日に成立、13日に公布された特定秘密保護法。さまざまな懸念が呈され、反対の声も根強かった本法律の懸念材料とはなにか。本法律の施行は、公布日から一年以内と決められている。いまなにを考えるべきか、論点の整理と社会における望ましい情報のあり方について、ジャーナリストの江川紹子氏と情報公開クリアリングハウス理事長の三木由希子氏が話し合った。(構成/金子昂)

きっかけはセンター試験

江川 今日は、特定秘密保護法の成立を受けて、特定秘密保護法だけでなく広く情報のあり方について三木さんとお話したいと思っています。最初にお聞きしたいんですけど、そもそも三木さんはいつからこういった分野に関わりを持つようになったのでしょうか?

三木 大学受験のときに受けるセンター試験って、私が受験生だったころは本人に得点を教えてくれなかったんですよね。それはおかしいと思ったことがきっかけです。

当時通っていた予備校の先生が情報公開についての活動をされていて、いろいろとアドバイスしてくれたんですね。結果的に、進学した大学に対して情報開示請求を行って。

江川 へー!

三木 そのあと、不開示決定に対して不服申し立てをして、それも通らなかったので、在学中に裁判を行って。そうするうちに、いま私が理事長を務めている「特定非営利活動法人 情報公開クリアリングハウス」の前身である「情報公開法を求める市民運動」と関わるようになったんです。そのうちに大学の専攻よりも情報公開のほうが詳しくなっていました(笑)。

江川 (笑)。

三木 そのままお手伝いをしているうちに、いろいろなものが委ねられて、いまに至っています。

アメリカよりも韓国よりも遅れている日本

江川 いままでどんなことをされてきたのでしょうか?

三木 私たちはなにか特定の専門家ではなくて情報公開制度を多くの人が利用しやすくすることが主たる目的なので、私たち自身が、環境・福祉といった特定の課題について深く情報開示請求をすることはあまりありません。当事者やそれに近い人が制度を使うことが良いので、個別の相談に応じて支援をすることをしています。

例えば2004年の沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した事件では、情報開示請求自体は現地の方にしていただきました。訴訟になったので、私たちは実費や弁護士などを手当てなどのサポートをしています。それから日韓条約の終結過程に関する情報の公開請求をされている方がいらっしゃるので、そういう人のお手伝いをしたり。

江川 まさにいま注目されている問題ですね。

三木 ええ、日韓条約については、これまでも断片的な情報は出てきているのですが、それではお互いに有利な情報を抽出して使ってしまうので、全体の文脈で考えられるようにまとめて情報を取ろうとしているんです。

江川 いままで公にされてこなかった情報って請求すればでてくるものなのですか?

三木 ものによります。日韓条約関係は、韓国が先に記録を公開しているんですよね。その記録を官民による委員会で検証をして、日韓条約終結と共に放棄されている部分とされていない部分をわけたんです。例えば慰安婦問題や抑留者の賠償権は消滅していない、とか。一方、日本でも情報公開請求は行われているものの、全然出てこないんですね。裁判も行って、かなりの部分は勝訴して公開されてきていますが、国は一部を控訴していて、いまでも継続中です。

江川 アメリカとの関係の場合、アメリカから情報が先に出てくることが多いことは知っていましたが、日本は韓国よりも遅れているんですね……。

三木 韓国の場合は軍事政権時代の問題もあって、いろいろな意味で微妙な問題があるという話は耳にするものの、歴史的に記録を残していくことを体系的に始めたのは韓国が先です。記録物管理法ができたのは韓国の方が早いですし、公文書館である大韓民国国家記録院も日本に比べて大規模です。

記録を残す文化が失われた官僚組織

江川 日本はちゃんと記録を残していないんですか?

三木 日本の場合、記録の残し方が省ごとに違うんですよね。外務省は残っている方なんですよ。

以前、沖縄返還のときに大蔵省がかなり口出しをしたんじゃないかという話があったので、情報開示を請求したことがあるんです。賠償など財政出動が必要になるときは必ず大蔵省が関与するので。

大蔵省は『昭和財政史』という刊行物を出しているのですが、沖縄返還の章のなかに、繰り返し引用されているファイルがあります。他の引用文は誰が書いたのか、年月日、タイトルなど書いてあるのに、そのファイルは、管理のためのファイル番号しか書かれていない。「これは絶対になにかある」ということで情報開示請求をしたら、「そのファイルはすでに廃棄されている」と。だから沖縄返還時の記録って、外務省のものは残っているけど、大蔵省のものはほとんど残っていないんです。

江川 うーん……。日本の省庁は記録を残すことへの意識が希薄だということなのかしら。

三木 200、300年前の記録も、それこそ飛鳥時代の記録だって発見されることがありますよね。だからもともと官僚文化の中に、記録を残すという文化はあったはずだと考える人もいます。ところがそういう文化が、どこかのタイミングで変質してしまっているみたいで。

江川 敗戦のときなのかなあ。

三木 それから記録の残し方も違っていますね。昔は政策を決める際に行われる会議の一連の経緯も、メモベースも含めて、かなり細かい審議内容も記録されていました。たぶん当時は外部に情報公開するという前提がなくて、自己完結した組織の内部で、記録を残してきたからなのだと思います。

ところがいまは、外部も意識して記録を作るようになった。官僚組織が前提として外部からの批判や検証をもっていないために、それらが行えないように記録を残していないのかもしれません。本来であれば、記録を残して、公開をして、痛い思いも受け入れながら、責任を果たして行くという政策サイクルが必要だと思うのですが。

“情報公開請求をすれば”でてくる情報

江川 先ほどお話になっていた沖縄での米軍墜落事件のとき、「秘密の壁」を感じたことはありますか?

三木 あの事件の場合、ヘリの残骸など米軍関係のものが散らばっていると、そこは米軍管轄下になってしまうんですよね(苦笑)。政務官が現場に立ち入ろうとしたら拒否されていたり。こんな状態で地域住民の安全が守られるのかという疑問は当然ありますよね。

あのときは情報公開請求をすれば、表面的なものならかなり出てきたんですよ。ただし公開請求をしなければ、記者クラブに張り出したチラシですら提供してくれなかった。

江川 えー! チラシですら!

……そういえば前に万引きに関する統計を記者発表したときに使われていたペーパーを見せて欲しいと頼んだら「情報公開請求してください」と言われたことがありますね。

三木 (苦笑)。そうなんですよ、請求しなくちゃ出てこない。

ただ、表面的なものしかでてこないから、事故が起きた理由とか事故処理についてだとか、核心にあたる情報はまったく手に入らないんですね。対照的だったのは、消防や警察は、むしろ自分たちがどんなことをしていたか積極的に出してくれたこと。彼らもなにが起きたのか知りたいんですよね。

「裁判所は身内じゃないから……」

江川 情報公開請求に対して拒否されるのは、どういった場合なのでしょうか?

三木 情報公開法には、六つの非公開規定があります。個人情報、法人、外交防衛、治安維持、意思形成過程、そして事務事業情報です。不開示決定の際には、どのカテゴリにあたるのか必ず明示されるので、米軍ヘリ墜落事件の場合は、外交防衛に関するために主たる情報は非公開となったわけです。

特定秘密保護法も同じなのですが、外交防衛と治安維持に関する非公開規定は、行政の裁量幅が非常に大きいんですね。それらは高度な専門性がないと公になるリスクが判断できないという建前です。もちろんそういう側面はあると思うのですが、だからといって行政機関の長の判断に正当性があれば非公開でよいというのは、裁量幅が広すぎる。

江川 しかもその判断を裁判官など、外部の人間がチェックすることはできないわけですよね。

三木 裁判官はチェックできませんね。情報開示請求等の審査を行う情報公開・個人情報審査会は、実際に中身をみることができるものの、例えば「この情報だけをみるとリスクはないように思えますが、全体像を把握するとリスクが高いんです」と言われてしまったら、審査会の委員は公開するべきとは言えなくなってしまう。というのも、情報公開請求によって手に入る文章は、請求した範囲の情報だけで、周辺情報や全体像はわからないんですね。それを乗り越えてまでとなると……(苦笑)。

しかも審査会の事務局は、各省庁からの出向者が多いんです。審査会には五つの部会があるのですが、外交防衛、治安維持に関してはそのうち特定の二つの部会がもっぱら取り扱っている。つまり外交防衛、治安維持の案件がかかる部会が特定されているわけですから、外務省や防衛省はそこに出向者を出せばいい。実際にいるんです。出向者がいれば調整はしやすいと思いますが、判断や決定について、トップからの意向を無視できるかというと疑問ですよね。

民主党政権時代に、行政透明化検討チームができて情報公開法改正の検討をしていたんですね。私もそのメンバーでしたが、外務省と防衛省、警察庁からヒアリングをすると、やはり彼らは情報公開請求の手続きが変わることに抵抗感を覚えていました。その三つの省庁に、「情報公開・個人情報保護審査会のインカメラ審査は認めるのに、裁判所によるインカメラ審査は何が違うのか」と質問したことがあるんですね。非常に素直な返答で「審査会は同じ行政組織なので、自分たちの事情もよくわかってくれるけど、裁判所は裁判官に守秘義務がないし安心できない」と(苦笑)。

江川 はあ……。

三木 審査会は仲間内感覚があるようですね。

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アメリカの猿真似

江川 今回の特定秘密保護法でも、「重層的なしくみ」と言っていましたが、同じような感覚のチェック機関がいくつもできたって意味がないですよね。

三木 そうなんですよね。修正協議の際に、日本維新の会が「アメリカを参考にしてチェック機関をつくるべきだ」と指摘したことを受けて、保全監視委員会や情報保全観察室をつくることになったわけですが、アメリカとは全然違う性質になっています。

アメリカの場合、大統領と副大統領、連邦政府の機関の長が、秘密指定権限を持っているのですが、それ以外にも、秘密指定の権限を持つ人が、トップシークレットで約900人、その次のシークレットも1400人程度、最も軽いコンフィデンシャルで数十人いる。非常に幅広い上級職員が指定権限を持っているわけです。

アメリカは、それをいかに監視監察していくかが大きな問題なわけですよね。だからこそ、機密指定や解除に関するガイドラインを設け、それが実行されているかチェックする機能を情報保全監察局が行っている。ようはたくさんの人が権限を持っているがために、ちゃんと監視監察しないと機密指定制度がコントロールできなくなってしまうわけですね。

さらにアメリカには、省庁間機密指定審査委員会といって、不適切な機密指定について異議を申し立てる仕組みがあります。異議申し立てが認められなかった場合は、委員会に不服申し立てできますし、機密指定の解除についても、自動的な解除、請求による解除など、解除のガイドラインが複数ある。委員会の中に、不服申し立てを受ける機能と秘密指定の解除などを審査する機能があるんですね。各省庁の幹部職員がやることで、相互の抑止効果を働かせようとしているわけです。

日本はそれを参考にすると言っていますが、日本の場合は行政機関の長にしか秘密指定も解除権限がないので……。

江川 トップが決めたことを、事務次官がチェックできるかというと……。

三木 変な話ですよね。

江川 まわりがうるさいから、とにかく監視機関を作ってみたって感じですね。

「痛い目みればわかるだろう」

江川 国家公務員法も自衛隊法もあるわけですから、特定秘密保護法を作るのではなくて、改正をするという考え方はできなかったんですかね。

三木 今回の特定秘密保護法を非常に善意的に捉えるのであれば、新しい法律を作ることで、強化した罰則の範囲を限定すると考えることはできます。でも、それ以上の政策効果はないでしょうね。おそらく罰則ありきで政策を作ったのではないかと。

いまセキュリティ基準や秘密指定などを取り扱うルールは、各省で統一されているわけではなくてバラバラなんです。各省庁の中に秘密指定の仕組みが複数併存する中で、特定秘密という横串を指すというのが今回の政府の意図だと思います。でも政府が政策立案や意思決定をする際には、特定秘密以外の様々な情報が関わっているわけですよね。特定秘密のみすべての省庁が統一の基準で動くことにしても、特定秘密に限らない適切な情報管理のルールが共有されていないとうまく機能しないと思います。

江川 つまり基本的に情報はいずれ公開するものであって、そこまでストンと行くものもあれば、そうでないものもある。そうでないものについては、適切に秘匿する。そういう全体像で考えなくてはいけないのに、隠すことだけ先行してしまっている。そもそも罰則強化をしたからといって、確信犯は情報を流しますよね。

三木 そうだと思います。罰則強化って昔の体育会系のノリだって思うんですよね(笑)。

江川 体罰主義みたいな。

三木 「痛い目みればわかるだろう」って思っているんじゃないかなと。今回は過失による漏えいも罰則強化されているので、内部への締め上げ効果を最大化しているんですよね。外からの情報漏えいを防ぐよりも、内部を締め上げたほうが情報は外に出にくい。

情報漏えい体質の政府がいいとは思いません。しかし、政府主導でしか情報が出てこない状況はまずい。とくに外交防衛、治安維持に関しては情報公開が進んでいませんし、彼らの活動を監視する機関もありません。「特定秘密保護法によってこんな危険が生まれる」と言われますが、もともと問題がたくさんあった。それがますます強化されたわけです。特定秘密に限らず、行政活動をどのように監視監察して、必要な説明責任を取らせるかを考えていかないといけないんです。

大統領になろうとしている?

江川 防衛外交については、政権交代すればトップの面子が違ってくるので、方向性も変わるかもしれません。でも治安維持を担当する公安警察や公安調査庁は、非常に密室性が高く、どちらもトップは官僚です。官僚が指定や解除を決めるので、政権が変わっても意味がない。

例えば警察が、テロ対策という大義名分を掲げて違法な収集活動を行っても、特定秘密になればそれが公になることはない。違法なものは指定しないと言うけれど、誰がそれを確認するんでしょうか。オリンピックを前にして、テロ対策が最大の大義名分となっている公安当局が、テロリストをあぶり出したり、テロの準備行為を阻止するためということで、市民のメールやネットの利用状況を盗み見たり、電話の盗聴をしないとは限りません。実際に、アメリカでは行われていたわけですし。

でも、そうしたことは、治安維持に関わる特定秘密とされれば、隠し通すことができてしまう。過去にも、共産党の緒方靖夫国際部長(当時)が盗聴されていたような事件もあります。このときにはバレてしまって、検察が途中まで捜査をやった。バレればダメージを受けるという状況では、こういう不法な捜査は公安当局にもリスクがありました。でも、特定秘密保護法に守られて、バレるリスクがなくなったらどうなるでしょう。以前より、違法な情報収集活動のハードルがはるかに低くなるわけです。そうなると、私たちの「知る権利」だけでなく「知られたくない権利」も侵されてしまうことになりかねません。

刑事警察は、犯罪が発生した後に、犯人を捜し出すのが仕事ですが、公安警察は怪しそうな人を見つけて監視するのが仕事なわけですし、テロリストは何もすでに国内にある組織に所属しているとは限らないということで、広く網をかけて、例えばアルカイダ系のサイトをのぞいてみたとか、イスラム系の国を訪ねたとか、イスラム教の友人がいるとか、そういう人が知らぬ間に監視対象になっている可能性は十分にある。これまでにも、警察が国内のイスラム教徒を監視していたことはあり、そうしたことが違法行為を伴って、しかも幅広く行われることは大いに考えられると思います。

三木 特定秘密保護法では、4つの分野が特定秘密となっていますが、私は「防衛と外交」、「テロ防止とスパイ活動」に分けて考える必要があると思うんですね。後者は、明らかに人を監視する活動ですよね。「私はスパイです」と言って歩いている人はいませんから、一般の人の行動を監視して、怪しい人を特定していく。そういった活動を完全に否定するわけではありませんが、公安調査庁の活動の正当性を確保していくような仕組みが日本にはない。わかりにくい形で人権侵害しているわけです。

江川 しかも秘密指定の適正評価を行う人も警察や公安が関わっていくわけですよね。

三木 そうなんですよ。実は2009年の麻生政権下で、秘密保全の検討チームができたんですね。そこでは、適正評価を各行政機関の長がやることになっているものの、それぞれがやるのは非効率的なので、専門機関に委任できるようになっている。その専門機関は、おそらく公安でしょう(笑)。法律の中にそれを明言する必要はありません。政令を出すなり、「行政機関の長の判断による」と書くなりすれば、法律では明言されない。

江川 一般の国民に限らず政治家だってチェックされるわけじゃないですか。なんで首を絞めるようなことをやるのか不思議でたまらないんですよね。

三木 特定秘密の問題は統治機構の議論と表裏一体だと思います。そもそも官僚の権力が肥大化しているなかで、今後、彼らをどのようにコントロールすればいいのか。

江川 自民党の人は永遠に与党にいるつもりなんですかね(苦笑)。法律を作るときは、それこそ民主党が政権をとったときに、この法律があるとどんなことが起きうるのか考えないといけないと思うんですけど。

三木 考えていないんでしょうね……。

特定秘密保護法は、私たちが想定しているよりも総理の権限が大きいかもしれないんです。というのも、秘密指定と解除の基準は有識者の意見を聞いた上で、閣議決定するということですが、その分野の専門家って、さんざん探したんですけどいないんですよ(笑)。

江川 三木さんがいうならそうなんでしょうね……。

三木 ということは特定秘密を扱っている官僚から情報を貰って考えるわけですよね。それで有識者として仕事ができるのか。結局、役所の意向や総理の考え方で決まるのではないでしょうか。ということは、言い換えると政権や総理が変わると基準が変わるかもしれない。制度としてそれでいいのか、想定しないでいるんじゃないかな、と。

江川 大統領になりたいんじゃないですかね。権力を集中させて。

三木 たぶんそうですね。

公益通報者を保護できていない

江川 すでに決まってしまったわけですから、これからなにをすればいいのかを考えないといけませんよね。廃止しろって声もありますが、それは現実的でないと私は思います。

三木 はい、そこにエネルギーを割く時間はありません。

江川 まず考えたいのは、特定秘密の隠れ蓑の中で違法な行為などがあった場合、それを告発する公益通報者をどのように保護するかという点です。例えば、2004年に起きた自衛官のいじめ自殺事件は、いじめがあったことを示す内部文書の存在を告発した人が関連文書のコピーを自宅で保管していたことは規律違反だとして懲戒処分手続きが開始されたという報道がありましたね。とんでもない話ですよ。公益通報者を保護する仕組みが全然できていない。

三木 今回、非常に残念だったのは、外の話ばかりされていたことなんですね。情報は送り手と受け手がいないと流通しません。外部に対して配慮されていても、内部で縛られていたら社会にとって必要な情報はでてこないんです。

公益通報者保護法って対象範囲がすごく狭いんですよ。もともとこの法律は、イギリスの公益開示法を参考にしているんですけど、これは刑事罰違反はもちろん、法律義務違反、不正行為、環境問題、裁判の判決が誤っているとか、そういう事実が隠ぺいされているとか、それらも対象になっているんです。

あと日本の公益通報者保護法って、なぜか消費者保護法制のなかで検討がはじまっているんですよ(笑)。いまでも消費者庁の所管なんです。

江川 えー! どうしてですか?

三木 雪印の牛肉偽装事件の内部告発とか、消費者の不利益に関するところで、最初に検討が始まっているんです。まずは通報者を保護する法律を作らないといけない。その際に不正行為まで範囲を広げてしまうと、通報される側が、なにが不正なのかわからず通報を予見できないので、範囲を限定してしまったんです。社会的な不利益に関する通報を保護しようとするイギリスの考え方と全然違う。

民主党政権下で見直しの検討もされたのですが、事例がでてこないから検討しようがないんです。通報対象が特種ですし、関連する裁判もあまりない。事例があっても、通報者の保護を考えると世の中に出しにくい。運用の見えにくい仕組みなんですね。結局、法律を改正しないといけないような立法事実はないということで終わってしまいました。

江川 情報が閉じられるのは早いのに、開くのは難しいんですね。

三木 はい、政府の健全性を保つためにも、社会にとって必要な情報の流通を妨げない仕組みを作らなくてはいけないんですね。いろいろと法律はできても、社会に必要な範囲の情報が結局出てきていない。

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特定秘密保護法を含む一連の流れは、なぜ、いま

江川 司法の場面でもそうですよね。刑事裁判の記録は誰でも見られるようになっていたはずが、刑事確定訴訟記録法で例外規定ができてから、原則と例外が入れ替わり、そのうえ個人情報の保護やらなんやらで、もはや見られないのがデフォルトになってしまっていて、後から裁判を検証することができなくなっている。

三木 被疑者にされた人の権利も擁護されず、政治犯を生みやすいようにした上、罰則を強化している。可視化も中途半端ですよね。

本当は、それぞれの制度がどのような繋がりをもっているのか、大きな絵を描かないといけないと思うんです。情報公開についても、特定秘密であれば、指定や解除に関する仕組み、刑事司法であれば、当事者の権利を守るための情報記録と開示の仕組み、公益通報者保護の仕組み、公文書管理の仕組み、様々な問題が絡み合っているんですね。それにもかかわらず、特定秘密保護法を反対して、ディティールの指摘のみに終始するのは、むしろ政府を利しているだけになってしまうかもしれません。

江川 まず社会に必要な情報の流通を妨げないために、なにが必要なのかという大きな絵柄を考える必要があるでしょう。さらに気になるのは、秘密保護の強化が単体で出てきたわけではない、ということです。これと同時に、国家安全保障会議を立ち上げ、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めようという動きがあり、歴史認識や愛国心など関して教育に政治が介入する動きも同時に起きています。

そうしたことについても、長いタイムスパンで考え、未来から現代を見つめるような歴史的な視点で考えることが重要でしょうね。それこそ、私たちが昭和10年代をみて、なぜ戦争を止められなかったのか考えるように、70年後の人たちが私たちをどのように見るのか考えないといけないのだと思います。

三木 時間はありませんが、いまの動きが安倍政権という政治勢力によって生まれているのか、それとももっと根深いところから生まれているのかも含めて、きちんと考えていかないと思っています。

江川 今日はとても勉強になりました。これからもよろしくお願いします。

(2013年12月24日 新宿にて)

プロフィール

江川紹子ジャーナリスト

東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、神奈川新聞で社会部記者として勤務。その後、フリーランスに。著書に『人を助ける仕事』(小学館文庫)、『勇気ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)など。近刊では、村木厚子『私は負けない』(中央公論新社)の取材・構成を担当。

この執筆者の記事

三木由希子情報公開クリアリングハウス

横浜市立大卒。学生時代より情報公開法を求める市民運動に関わり、卒業後に事務局スタッフになる。1999年の情報公開クリアリングハウス設立とともに室長、2011年より理事長。共著に『高校生からわかる政治のしくみ 議員のしごと』などがある

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