2014.05.23

長い間、演劇はカルチャーの鬼っ子だった。かつては映画や音楽やアートと同じ感覚で観たり論じたりすることができたのに、その輪からはずれてしまった……昨秋刊行された『演劇最強論』(飛鳥新社)は、そんな嘆き節から始まる。しかし、そのはぐれ者が「最強」とはどういうことだろう。著者は、演劇ジャーナリストの徳永京子さん、批評家の藤原ちからさん。二人のトークイベント、「『演劇最強論』の最新論〜ところで今、演劇って、どうなってる?」から、現代演劇の最新事情をお届けする。(構成/長瀬千雅)

「ゆとり派」演劇人の驚き

藤原 「演劇って今、どうなってる?」というテーマでお話ししていきたいと思いますが、まずこの本をなぜ出版することになったかということからはじめましょうか。

徳永 出版したのは2013年ですが、その時点での日本の演劇シーンを総ざらえするという本ではなく、現在の演劇事情を、ある角度をもって、私と藤原さんで切り取った本です。卑近な言い方になりますが、新しい風、いままでと違う風が演劇に吹いてきているなという直感があって、それをなんとか本というかたちに残せないかと思ったんですね。

演劇最強論

藤原 徳永さんと最初に会ったのが2009年の終わりぐらいでしたね。それで、おもしろい劇団があったらお互いに知らせ合おうみたいな、謎の契約ができたんです。これはおもしろかったとか、正直これは観なくていいのではないかとか、正直な感想をメールでやりとりしていて、二人とも「これはやばい!」となったのが、マームとジプシーやロロを観たときでした。

徳永 2010年に、マームとジプシーや、ロロ、範宙遊泳、ジエン社、バナナ学園純情乙女組(注:2012年解散)といった劇団を続けざまに観て、この人たちは一体何なんだろうと、ちょっと言葉にならないような驚きを感じたんです。一人ではそれが把握しきれないということで、劇評サイトの「ワンダーランド」で、藤原さんと、ライターの日夏ユタカさんと鼎談をしたんですね。

そのときに話したことのひとつは、「小劇場の作・演出家や俳優にイケメンやかわいい女の子が増えた」ってことでしたね。これは決してミーハーな話ではなくて、モテる人や人気のある人が向かう業界には将来性があるんです。そういう人たちがお笑いやアイドルに行かずに演劇をやってること自体が注目すべきことで、演劇の人材が充実してきている。それから、「生まれたときから社会は低成長、でも選択肢が自由で垣根がない」という世代的な特徴です。それは彼らの特権でもあると( http://www.wonderlands.jp/archives/12665/ )。そういう話をしました。

徳永京子さん
徳永京子さん

藤原 ぼくは、2009年あたりからどうも新しい流れが起こっていて、それを言葉にする人がいないから自分がやらざるを得ないという意識で劇評を書き始めたんですね。だから乱暴に言ってしまえば、すでに有名で評価が定まっている人については、ぼくが観て何かを書くという必然性は感じなかったんです。刺激的な挑戦をしているのに、まだあまり知られていない存在を世に知らしめたい気持ちのほうが強かった。その時期に、徳永さんに声をかけていただいて、その鼎談に参加しました。

藤原ちからさん
藤原ちからさん

徳永 私は2009年から東京芸術劇場(芸劇)の企画運営委員をしていて、若手劇団の招聘や企画立案などをしているのですが、2011年に芸劇が改修工事で長く使えなかったときに、代わりにというわけでもないんですが、水天宮ピット(芸劇が運営する稽古用スタジオ)を数日間使えることになったんですね。

さっき言った5つの劇団は、当時は作品力や集客力、知名度の面でまだこれからでしたが、ショーケース形式なら紹介できるんじゃないかと思って、「芸劇eyes番外編『20年安泰。』」という企画を立てて、それぞれに短い作品をやってもらいました。明らかに、それまでと違う手ざわりの演劇を生み出すつくり手たちの台頭を、わかりやすいかたちで観てもらえると思ったんです。

彼らは、映画も音楽もアニメも享受した上で、最終的な表現方法として演劇を選んだ人たちなんですね。「自分には演劇しかない」という切実さではなく、「たくさんの候補のなかから演劇を選択した」、いわば「ゆとり」派。そう気づくと、他にも、いろんなカルチャーを演劇に混ぜ込んでつくっている作家がたくさんいることが見えてきました。

そういうことを考えたり、書いたりしているうちに、彼らは突然変異的に生まれたんじゃなくて、演劇の歴史と「見えない記憶」でつながっていると思ったんですね。60年代のアングラ演劇を実際には観ていないはずなのに、その遺伝子をなぜか作品の中に取り込んでいる人がいたり、系譜で言えば現代口語演劇でありながら(その提唱者である平田)オリザ・チルドレンでは片付けられない、もっとレンジの長い歴史観を備えている人が複数いるということも感じ始めた。そっちにも手を伸ばして、書いてみたいと思ったんですね。

■マームとジプシー

http://mum-gypsy.com/
主宰:藤田貴大。2007年旗揚げ。

 『Kと真夜中のほとりで』国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2012

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演劇も消費運動に組み込まれた

藤原 この本には、つくり手の紹介やインタビューの他に、ぼくと徳永さんの論考を計5本収めているのですが、そのうちのひとつに、「ミッシングリンクを繋ぐ者たち」という徳永さんの文章があります。現在の状況を歴史的に捉え直すための、とても重要な論考だと思います。

徳永 最近の演劇書でもっとも影響力があるのは平田オリザさんが1997年に出された『演劇入門』なわけですが、その前の「空白の20年」について、どうしても書きたかったんです。

『演劇入門』はベストセラーになって、いまでも演劇をつくろうと考える人のバイブルです。そして、そのあとも平田さんは著書を出し続けている。じゃあなぜ平田さんの著書がそれほど売れたのかというと、もちろん内容が具体的であるとか、平易だけれども革新的であるというようなことはあるんですけれども、じつは、つかこうへいさん以来ほぼ20年間、演劇論らしい演劇論を出した演出家がいなかったんですよ。

宮沢章夫さんや鴻上尚史さんも著書を出していましたが、エッセイの要素が強かったり、身体の使い方であったり、野田秀樹さんも岩松了さんも演劇論は出していない。つまり、演劇をつくりたいと思っても、手近な参考書が圧倒的に不足していたんです。

じゃあその20年がどういう時代だったかというと、ざっくり言ってしまうとバブルの興りと、バブルと、バブルの終焉です。第三次小劇場ブームと言われた80年代半ばは、消費することがかっこいい時代だった。演劇も、たくさんつくって、たくさんの人に観てもらうってことの比重が非常に大きかった。

藤原 そこに価値があったってことですか?

徳永 大きい消費運動の中に、演劇も当然のように組み込まれた、ということですね。次々に新作を書かなきゃいけない、たくさんの観客に伝わることをやっていかなくちゃいけない。それはつくり手を心身ともに疲弊させて、演劇論を書く時間なんてとれなかったわけです。新作至上主義はいまも残っていますけど。そこまでやった理由には、劇団員も含めて演劇で食べていくという目標があったと思います。

それと、享楽的かつスノッブな時代の雰囲気もあって、美意識として、自分の創作について作品以外で語ることに恥ずかしさを感じているつくり手がすごく多かった。この4〜5年は公演にアフタートークがあることが当たり前になっていますけど、10年前は考えられなかったですよ。作家や俳優が終わったばかりの自作について語るなんていうのは、野暮中の野暮だった。観客も同じような感覚だったと思います。

それで何が起こったかというと、消費に疲弊したり傷ついたりした劇団の多くが解散したり休団したりして、そこで培われてきた演劇の手法やメソッドが継承されずに消えていってしまったんですよね。作家・演出家がなぜこういう戯曲を書き、こういう演出にしたのかっていうことが、継承されずに消えてしまった。演劇論というかたちでも残らずに。だから、これから演劇をやろうと思った人は、戯曲を読むとか、映像資料を観るしかなくなった。

でも、この本でも、過去にどうやって演劇とアクセスしたかをインタビューでお聞きするようにしたんですけど、意外と言うか、やっぱりと言うか、多くの方が、別役実さんや寺山修司さんの戯曲を、高校時代や大学時代にかなり読んでいたりとか、図書室にあったDVDやVHSで夢の遊眠社の作品を観てるんです。

そういう状況のところに、平田さんが非常に平易な言葉で『演劇入門』を書かれた。それが、現代口語演劇がこれだけ主流になった理由だと思いますが、「演劇論」空白の20年は、何もなかったわけじゃない。たとえば、いま、活躍しているハイバイの岩井秀人さんの作品の中に、岩松了の非常に濃い遺伝子を見つけたし、松尾スズキさんの遺伝子も見つけることができる。『演劇入門』が書かれるまでの、演劇論のない20年はけして無意味じゃなかったし、演劇がバブルに踊っただけの時代ではなかったってことが言いたかったんですよね。

■ロロ

llo88oll.com/
主宰:三浦直之。2009年旗揚げ。

『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』(再演)ダイジェスト映像、2010年

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「特権的肉体」から「ダラダラした身振り」へ

藤原 平田オリザさんは『演劇入門』で「俳優は考えるコマである」とキャッチーに書かれていますが、その言葉が一人歩きして、俳優は自主性を持たずに演出家の言いなりでいい、と曲解されているようにも感じます。でも、結局観客が観るのは俳優だし、とても大事なファクターである。ではその俳優の魅力とは何だろう、と考察する文章を書きました。

徳永 「ヴァルネラブルな俳優たち」の論考ですね。

藤原 60年代アングラ演劇にあったような肉体感や、バブルの頃の華やかなスピード感は時代とともに失われて、90年代には「静かな演劇」としてナチュラルな演技・演出が追求されたのだと思います。その後、2000年代の半ばにチェルフィッチュが台頭して、一見ダラダラしたような身振りで、「〜ですけど」というような若者言葉を舞台に載せたことが画期的だった。それは「コドモ身体」とも呼ばれて、マッチョな身体ではない新しい身体として見出されたわけですよね。

ただ、チェルフィッチュの岡田利規さんは1973年生まれですが、さらに若い世代の俳優たちを観ていると、彼らは、たとえ表面的にはちゃらちゃら見えたとしても、すごく真摯に演劇に取り組んでいる感じがする。その真摯さをどう受け止めていいのかと考えていったときに、「vulnerable(ヴァルネラブル)」という言葉に突き当たりました。傷つきやすさとか、可傷性、脆弱性などと翻訳される言葉で、社会学の文脈でも使われている言葉なんですけど。

演劇でも、たとえば西洋の翻訳劇をベースにした新劇のスタイルは、俳優も演技の訓練を受けて、「これは演劇ですよ」っていう作法をまとっている。これは俳優も観客も、すごく安心できるし、ある型をまとう美しさもあると思います。だけど、ぼくはその美しさにそこまで強い興味を抱けなくて、それよりも、「この場に存在していること」自体が生み出している危うさや緊張感のほうに興味がある。それをひとまずヴァルネラビリティという言葉で表現できないかと考えたんです。

徳永 弱さとか、傷つきやすさとか、そういうものを持って、半分「生身」な感じで舞台に立っている。そういうことを感じさせる俳優さんたちってことだと思うんですが、もう少し説明するとしたら?

藤原 うーん、奈良美智が描く女の子のイメージにちょっと近いものがあるかとは思うんですけど……。攻撃的であるがゆえの可傷性、攻撃されやすさというか。たとえばいま、人の顔をまじまじと見るとしますよね(参加者の顔を見る)。ここにはお約束が成立してないから、ある種の危うさが生まれるじゃないですか。

でも舞台上では、俳優は観られる、客は観るっていう約束になっている。そういう安心安全な関係性に、ぼくはあまり芸術性を見出せないなと思っちゃうんですよね。むしろそういう安心安全な皮膜を食い破って、人と人とのあいだに新しい関係を生み出すというところに、演劇の鍵が潜んでいるのじゃないかと感じるんです。

徳永 「アイデアやプランを持っている人と、それを享受しようとしている人の間に漂って、その二者を繋ぐために機能する人が俳優だ」っていうふうに考えると、可能性はすごく広がってきますね。

藤原 そうですね。舞台と客席を繋ぐ媒介者のイメージに近いかもしれないです。そこではヴァルネラビリティというか、一種の「隙」のようなものを持っている俳優のほうが、イメージをより魅力的に媒介できるようにも思います。

俳優の身体にも、やっぱりミッシングリンク(見えない記憶)があるはずで、現代の若い俳優たちの身体もまた歴史的なものになるだろうと思うんです。唐十郎が60年代に「特権的肉体論」という言葉を使っていますが、もしかすると「マッチョに鍛え上げられた身体」だと誤解している人もいるのではないか。でもじつは唐十郎が「特権的肉体」として例にあげているのは、農村の老婆が労働のあと、夕方の土手で自慰行為に耽っている、その肉体なんです。だから、全然マッチョじゃないんですよ。

かつてのそうした肉体に対する思想と、現代の若い俳優たちの身体をどうつなげられるのか。

それに加えて、ぼくは何人かの仲間と一緒に横浜に「演劇センターF」という拠点をつくったわけですけど、そこで「誰もがそれぞれに身に纏っている演劇」を見つけて、「であう/まざる/めぐる演劇」を追求していくうえで、媒介者としての俳優の存在は不可欠になるだろうとも考えています。それは、劇場という制度の外で発見されるものかもしれない。

■範宙遊泳

www.hanchuyuei.com/
主宰:山本卓卓。2007年旗揚げ。


『さよなら日本——瞑想のまま眠りたい——』、2013年

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演劇か、アートか

藤原 でも徳永さんはやっぱり、劇場の中で行われている演劇に強い興味を持たれていますよね。劇場の中で起こる演劇には、今後どういう可能性があると思いますか?

徳永 そうですね、藤原さんはいわゆる、劇場を中心とする「演劇」の概念の外にいて、新たな視点から「これも演劇ですよ」と呼べるものを探そう、増やそうとしているように私は受け止めていて、それはすごく面白いと思います。この演劇センターFがこうして地域で成立し始めていることとか、かつてない豊かさだと感じます。

ただ、私はいましばらく、あれも演劇、これも演劇と言うことには慎重でありたい。たとえば、町歩きのようなイベントは以前からあったし、人が新しい考え方、ものの見方を獲得するとき、そこで機能したのが「アートではなく演劇」と言い切れる装置や方法が必要だと思うからです。それに、劇場の中でも新陳代謝や興味深い事件はたくさん起きているので、まずはそっちを追いかけたいという気持ちがある。

藤原 「演劇」の概念をいたずらに拡張してしまうことへの懸念はよくわかりますし、ぼくもそこは慎重でありたいと本当のところ思っています。それに、劇場の中で生み出される演劇作品で、素晴らしいものはあるし、たぶんそれはこれからも生まれていくだろうと。暗闇の中で、ある一定時間、見知らぬ人たちと同じ空間を共有して、じっと舞台を見守ることの魅力はいまも感じます。

ただ、今後しばらくは、演劇シーンを担ってこの社会と渡り合っていくのは30代〜40代くらいの人たちになるような気がしていて、ここ数年がそうだったように20代からバンバン新しい才能が出てくる、みたいなことにはあまり期待できないと感じるんです。いや、全然こんな予感は裏切ってほしくてあえて挑発的に言ってるんですけど。

徳永 私も、いずれある時期に、停滞はやってくると思う。去年、「芸劇eyes番外編」第2弾として、若手女性作・演出家が主宰する団体を集めた『God save the Queen』を開催しましたが、まさか『20年安泰。』の2年後に、紹介したい団体が5つ(うさぎストライプ、タカハ劇団、鳥公園、ワワフラミンゴ、Q)も出てくるとは思っていませんでしたから。今の状況は、ある意味、イレギュラーです。でも停滞の後、またいずれ新しい動きが生まれるだろうということも感覚的にわかるんですね。藤原さんよりは長く演劇を観てきているし、長く生きているから(笑)。だから、もしかしたら、マームとジプシーやロロや、範宙遊泳を観たときの驚きみたいものと、またどこかで出会うかもしれないと思う。そのためにも、やっぱり劇場で起きていることを丁寧に観続けていきたい。

藤原 あ、「エクス・ポ」という雑誌のイベントで中森明夫さんが、80年代のアイドルブームが去ったあと、またアイドルの時代がくるまで俺は耐えてたんだ、とおっしゃってましたけど、同じですね(笑)。

■ジエン社

elegirl.net/jiensha/
主宰:作者本介。2007年旗揚げ。


フェスティバル/トーキョー13の公募プログラムに応募するために作られたPV、2012年

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「セカイのニナガワ」を震わせた、若い才能

藤原 『演劇最強論』のサブタイトルは「反復とパッチワークの漂流者たち」になっています。それはここ数年の演劇が、何を語るか(what)という内容よりも、どう語るか(how)という方法論を洗練させていくことで発展したことと無縁ではないですよね。

徳永 いかに為すか、ですね。

藤原 そうした潮流は、年輩の演劇批評家の方から批判されたりもしましたが、ぼくは、いやいや、そうじゃないんですと。いまはhowをやっているけど、それは、いずれwhatを押し出していくためなんですよと。そう主張したくて、『演劇最強論』では「ダークサイド演劇論」という論考を書いて、「二段階革命論」を唱えたんですけど……これは失敗だったかもしれない。そんなに甘くなかったぞっていう認識がいまはあります。

方法から中身に行くのは、思ったよりもハードルが高かった。自分の記憶を題材にする作家は多いし、それがダメということではないんだけれども、他者にアクセスしていくための腕力や知力がまだ若い人たちには足りないと感じざるをえません。

徳永 それは段階ですね。延々と自分の記憶を題材にしていても、作品の強度が増していけばいい場合もあるでしょうし、他人のことを描くにも、自分の体験や感覚とアクセスさせることが大切ですから、さっきの話と同じように私はそれほど焦っていません。本が出て8ヵ月なので、その間にそんなに早く成長はできないと思います(笑)。

藤原 そうですね。時間がかかるということだと思います。

■バナナ学園純情乙女組

http://banagaku.xxxxxxxx.jp/
主宰:二階堂瞳子。2008年旗揚げ。2012年解散。


フェスティバル/トーキョー11公募プログラム参加作品 『バナ学バトル★☆熱血スポ魂秋の大運動会!!!!!〜東京大会­〜』、2011年

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藤原 でも、いろんなジャンルや立場の人が演劇に注目していることは感じますよね。それはおもしろい現象だし、そこから生まれてくるものにも興味があります。

徳永 その流れは本当に強く感じます。マームの藤田貴大さんのように、漫画家の今日マチ子さん、作家の川上未映子さん、歌人の穂村弘さんらと実際にコラボレーションする人も出てきていますし。

これは演劇界内の異世代交流ですが、去年の夏、蜷川幸雄さんがマームの『cocoon』をご覧になって、その瑞々しさに深い衝撃を受け、そのあとに演出した『カリギュラ』は「藤田君への僕の世代からの返答」だと当パン(観客全員に配布される無料公演パンフレット)に書かれたくらい影響を受けていました。5月に上演した、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』という小説が原作の舞台も、明らかにその延長線上にあったと私は考えていて。

世間では蜷川幸雄っていうと、灰皿投げるんでしょ、という怖いイメージで、たしかにそういう激しさ、厳しさもお持ちなんですけど、一方で、それとは真逆の、弱く傷つきやすいものに対して、あるいは、忘れ去られていく時間を、非常に繊細にすくいとる眼差しと感性も持っている。

ダイナミックで強い「セカイのニナガワ」が、若い表現者に共振して、内なる繊細さを起動させて、しかも『わたしを離さないで』では1000人の観客に共振を伝える演出に変換している。そういうことを目撃したときに、それを言葉にしなくちゃって、劇場の中でまだやることがあるぞって、私は思うんですね。それも私とっては、「芸劇eyes番外編」で若い劇団を紹介したのと同じように、「演劇の最前線」なんです。

藤原 ぼくは、もともと演劇をやっていたわけでもないし、外様の人間だという意識が未だにちょっとあります。ただ『演劇最強論』という本を出版してしまったわけだし、数々の魅力的な演劇体験にも触れてきたので、なにがしか引き受けざるをえないという気持ちも一方にはあります。ひとつ言えるとしたら、ジャンルに自閉したら終わるぞ、という危機意識があって、「外」にひらくためのチャンネルはつねにキープしておきたいと考えています。

そして、そういうチャンスがいま、来ているとも感じる。たとえば現代アートの文脈と演劇の文脈は、もっと重なったり混ざったりしていいと思う部分もあります。現代美術史と演劇史がお互いに没交渉なのももったいないですし。

ただ、徳永さんがおっしゃったように、「1000人の観客を共振させる」という演劇の力はあると思いますし、「演劇」の輪郭を完全に消失させないほうがいいだろうとも思います。ただその「演劇」の灯を守るということは徳永さんがやってくれるだろうという安心感があって(笑)。自分は演劇の可能性がどこまでひろがるか試してみたいし、東京中心のアート文化圏にはないものを求めて、いまはぼくはもっと「混ぜる」ことをやっていきたいですね。

(2014年5月11日、横浜市・演劇センターFにて)

プロフィール

徳永京子演劇ジャーナリスト

1962年生まれ。朝日新聞の劇評をはじめ、『シアターガイド』などの演劇誌、web媒体、公演パンフレットなどに執筆。著書に、『我らに光をーさいたまゴールド・シアター 蜷川幸雄と高齢者俳優41人の挑戦—』(河出書房新社)。東京芸術劇場運営委員および企画選考委員。

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藤原ちから編集者、批評家、フリーランサー

編集者、批評家。BricolaQ主宰。1977年高知県生まれ、横浜在住。武蔵野美術大学広報誌「mauleaf」、世田谷パブリックシアター「キャロマグ」などを編集。主に舞台芸術について様々な記事を執筆。共編著に『〈建築〉としてのブックガイド』。共著に『演劇最強論』。2014年4月、演劇センターFの立ち上げに関わる。また、ゲームブックを手に都市や半島を遊歩する『演劇クエスト』を各地で創作している。

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