「夢」から覚醒するためのカリカチュア――チェルフィッチュ『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』

「世界の演劇」のひとつとして

 

わたしは今、南ドイツの小さな都市・マンハイムに滞在している。町にはスーパーやキヨスクはあるものの、24時間営業のコンビニなんてないし、自動販売機も見当たらない。いたるところにいい感じの広場があり、長閑で、治安もわりと良さそうだ。碁盤の目のようにひろがる中心市街地・クアドラーテには深夜営業のカフェバーが点在するが、ほとんどのエリアは夜になるとすっかり暗くなる。それでも特に大きな不便も不安も感じない。毎日の体験が濃厚なせいもあるけれど、日本にいる時よりも、夜はぐっすりと深い眠りに落ちている。

 

ここに来たのは、3年に一度ほどのペースで開催されている国際的な舞台芸術祭、テアター・デル・ヴェルト(Theater der Welt=世界の演劇)を観るためだ。参加アーティストたちは、世界の様々な都市を拠点にしている。ベルリン、ウィーン、ハンブルグ、ロンドン、パリ、ブリュッセル、マドリッド、マルメ、ヘルシンキ、モスクワ、イスタンブール、ベイルート、テルアビブ、エルサレム、サンパウロ、ニテロイ、サンディエゴ、チュニス、ヨハネスブルグ、サンフランシスコ、シドニー、マニラ、そして東京……。マティアス・リリエンタールという優れた目利きがプログラム・ディレクターを務めるこのフェスティバルでは、まさに「世界の演劇」の名を冠するにふさわしい作品が日々上演されている。

 

 

マンハイムの目抜き通り。トラムの車内や停留所などにもフェスティバルのポスターが貼られていた。

マンハイムの目抜き通り。トラムの車内や停留所などにもフェスティバルのポスターが貼られていた。

 

 

このテアター・デル・ヴェルトに、チェルフィッチュ(岡田利規主宰)と庭劇団ペニノ(タニノクロウ主宰)というふたつのカンパニー(劇団)が参加した。彼らはそのツアーを続けるため、すでにそれぞれ別の都市へと向かったが、まずはここマンハイムに素晴らしい成功の足跡を残していったと言えるだろう。どちらのカーテンコールも、満員の観客による大きな拍手に包まれていた(このテアター・デル・ヴェルトの30を超える全作品に触れたけれども、彼らに対する観客の反応は、他と比べてもかなり熱いものだった)。

 

けれどもわたしは、チェルフィッチュが上演した『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』のカーテンコールを、複雑な感慨をもって見つめることになった。今や日本を代表する劇団であるチェルフィッチュの、海外でのワールドプレミア(世界初演)の場に立ち合うことができた、というスペシャルな高揚感もあった。だがそれだけではない。この作品で描かれているのは、今の日本の経済・社会構造の縮図そのものであり、その戯画化された姿を、遠く離れたヨーロッパで観ていることの意味が、にわかには腑に落ちなかったのである。ユーモアに満ちていて、かなりふざけた話ではあり、事実何度も笑ったのだが、かといって「わあ、おもしろーい!」で済ませることは到底できなかった。

 

劇場からの帰り道、やはり似たような感慨を抱いたのかもしれない。居合わせた野村政之氏(劇団サンプルのドラマトゥルクなど)がぽつりとひと言、「副題をつけるなら、蝿…「五月の蠅」ですかね……」と呟いた。なるほどそれは言い得て妙だと思った。

 

 

フェスティバルのメイン会場となったナショナルシアター・マンハイムは連日大勢の観客で賑わった。

フェスティバルのメイン会場となったナショナルシアター・マンハイムは連日大勢の観客で賑わった。

 

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.228 特集:多様性の受容に向けて

・安藤俊介氏インタビュー「『許せない』の境界を把握せよ!――アンガーマネジメントの秘訣」

・【PKO Q&A】篠田英朗(解説)「国連PKOはどのような変遷をたどってきたのか」

・【今月のポジだし!】山口浩 ことばを「『小さく』すれば議論はもっとよくなる」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「Yeah! めっちゃ平日」第九回:こんなところでジャズ