2015.07.28

知的障害者への情報提供――わかりやすい情報提供の実現に向けて

打浪文子 障害学

福祉 #知的障害者#情報提供

知的障害者への情報提供の必要性

区役所・病院・銀行・法律関係などで手続きをする際、書類や説明のわかりにくさに頭を悩ませた経験はないでしょうか。また、何かの会議や話し合いに参加する時、資料が外国語や専門用語だらけだったらどうでしょうか。そんな場面に遭遇した時、「誰か、わかるように説明してください」と言いたくなるでしょう。

知的障害者は日常生活において、そのような言葉の難しさと、その場からの疎外を常々感じています。情報認知や理解、意思疎通やコミュニケーションに難しさを抱える知的障害者にとって、一般的な文章表現や表記はわかりやすいものではありません。

しかし、それは単に文章や内容が難しいからなのでしょうか。私たちでも難しさを感じる例を冒頭に出したように、大抵の場合は「読み手に適したかたち」になっていないことがほとんどです。これまで、知的障害者がさまざまな情報に「直接」アクセスすることは、日本の社会においてほとんど想定されてこなかったと言えます。

実際、情報機器を使用する際や日常生活における情報伝達において、知的障害者自身が情報アクセスの主体であるということは、本人にも支援者や家族にも意識されにくい状況にありました。情報伝達やコミュニケーションが難しければ家族や支援者が代読・代筆や意思伝達をすればよいという考えが主流であったからです。

ですが、知的障害者がいつでも家族や支援者から援助を得られる状況にあるわけではありません。また、時には家族や支援者こそが意識的・無意識的に情報伝達やコミュニケーションを妨げてしまう場合もあります。

「自分たちは かんがえても うまくひょうげん することが むずかしい。

どこが 人と ちがうのか あいてに つたえることが むずかしい。

おや まわりの人の つごうで ふりまわされている。

自分たちが どうやって わかりやすい じょうほうを もらい けいけんをし、たっせいかんを えていくかです。

そのために じょうほうの バリアを なくして ほしい。

それが ごうりてき はいりょ です」(原文ママ)

(土本秋夫(2011)「バリア(かべ)とおもうこと」『ノーマライゼーション』31(12),31-33.)

上記の文章は、知的障害のある方によるものです。

時事情報等の公共性の高い情報だけでなく、障害者の生活に具体的に影響のある政治や社会の動き・福祉サービスの変化・個別支援計画や契約書類の詳細・成年後見制度など、知的障害者の生活に必要な情報は多いはずです。しかし、その人の人生や生活に大きく関わる話題であっても、時に「難しいから」という理由で当事者を飛び越えて説明が行われることもあります。

そうした現状に対して上記のように、知的障害のある本人や支援者からわかりやすい情報提供を求める声が上がりはじめています。

知的障害者に対する情報提供の現状

諸外国には知的障害者に対する情報提供の実践があります。例えば福祉先進国と言われるスウェーデンでは、1960年代後半から、司書や障害者団体によって本を読むことが難しい人々が読めて理解できる文学が必要であることが主張され、「LLブック」(やさしく読める本)の作成が始まりました。(注1)

(注1)原語(スウェーデン語)ではLL-bokと称されます。LLは「読みやすい」ことを意味する単語であるLättlästの略です。日本国内でも「LLブック」と称される本もあります。なおLLは英語圏ではeasy-to-read,plain text,accessible writingなどと表現されます。

さらに、知的障害者や言語的困難を抱える人々の読書活動が推進されており、読みやすさに配慮された『8SIDOR』という代表的な新聞及びウェブサイトもあります(注2)。

(注2) 「8SIDOR」は現在では知的障害や発達障害のある読者だけでなく、移民などの言語的な困難を有する人々も読者となっています。

しかし、日本では知的障害者向けのわかりやすい情報提供はそれほど浸透していません。

1990年代より、知的障害児・者の親の会である(福)全日本手をつなぐ育成会を中心とした出版社や有志によって、知的障害者が読むことを前提とした生活や権利に関する「わかりやすい」ブックレット等が作成されてきましたが(注3)、この他には国内の実践が少ないのが現状です。

(注3) 近畿視覚障害者情報サービス研究協議会LL ブック特別研究グループが、2008年に国内のLLブックをまとめたリストを作成していますが、決して総数は多くありません。「LL ブック・マルチメディアDAISYデイジー資料リスト」

公共性の高い時事情報等に関しても例が少なく、普段から様々な事を知りたいと思っている知的障害者の中には、かつてテレビで放送されていた「週刊こどもニュース」や、字幕にふりがながついている「手話ニュース」などを活用している人もいます(注4)。

(注4) 「週刊こどもニュース」は2010年までNHKによって放送されていたものです。また、こうした実態は以下の文献で行った聞き取り調査の結果から記したものです。打浪文子(2014)「知的障害者の社会生活における文字情報との接点と課題―軽度及び中度の当事者への聞き取り調査から―」『社会言語学』14, 103-120.

政府関係の広報においては、わかりやすい資料の作成とウェブサイトへの掲載が少しずつ見られるようになってきましたが、障害者に関連の深い法律の整備や政策提示に関する内容に限られています。

また、各自治体や支援・サービスの提供者が個別に本人向けの支援やサービスに関するわかりやすい資料を作成していることもありますが、社会全体を見た時、未だ知的障害のある人にとってわかりやすい情報提供は普及しているとは言えないのが現状です。

知的障害者への情報提供の実践例

ところで、知的障害者にとってわかりやすい表現とはどのようなものでしょうか。単にふりがなをつければいいと考える人もいますが、それだけでは文章の内容がわかりやすくなったとは言えません。漢字が読めたとしても言葉の意味自体が難しい場合や、文の構造が複雑で理解しにくい場合などがあるからです(注5)

(注5)6大和大学の藤澤和子教授らによって、知的障害のある人に対してわかりやすい情報提供を行う際のガイドラインが作成されています(文末に付記としてリライトの要点を抜粋します)

ここで、国内での少ない実践の中で、情報提供やコミュニケーションの「わかりやすさ」に配慮のある例をご紹介しましょう。

一つは、「みんなが読める新聞『ステージ』」(注6)というものです。1996年から2014年まで(福)全日本手をつなぐ育成会から発行されていた、新聞の体裁をとる知的障害者向けの季刊誌です。前項で述べたスウェーデンの『8SIDOR』を模して創刊されました。

障害のある本人の生活や権利に関わる話題に加え、時事情報・エンターティンメント・スポーツなどのより公共性が高く幅広い話題を総合的に扱っています。

(注6)「ステージ」についての詳細は、以下の文献でまとめています。打浪文子(2014)「知的障害者への『わかりやすい』情報提供に関する検討―『ステージ』の実践と調査を中心に―」『社会言語科学』17(1),85-97.

例えば、以下のニュースをわかりやすく伝えるとしたら、どうなるでしょうか。

一騎打ちとなった市長選は、大阪維新の会代表で前府知事の橋下徹氏(42)が民主、自民両党府連が推す現職の平松邦夫氏(63)に圧勝し、初当選した。

府知事選は,維新の会幹事長 の松井一郎氏(47)が、民・自両党府連の支援を受けた前大阪府池田市長の倉薫氏(63)、共産推薦の梅田章二氏(61)ら6人を大差で破り初当選。(引用 :朝日新聞刊 2011.11 .28)

このニュースの内容は、「ステージ」では以下のように伝えられました。

テレビに出ていた

人気の弁護士・橋下徹さんが

大阪市長を決める選挙で

勝ちました。

また、橋下さんの後の

府知事は、橋下さんの仲間の

松井一郎さんに決まりした。

(引用 :ステージ ナンバー 60 2012.1.12)

 『ステージ』は改行や余白、イラストや写真の配置にも配慮した視覚的なわかりやすさを追究するとともに、当事者の目線から文章のわかりやすさがチェックされています。

知的障害のある人々自身が紙面編集の過程に加わっていたこと、そして2012年度からは知的障害のある本人が編集長を務めていたことから、彼らの知りたい話題や彼らにとってのわかりやすい表現などを反映させることが可能な媒体でしたが、現在は残念ながら休刊となっています。

もう一つ、文書だけでなくコミュニケーション支援を交えた例をご紹介しましょう。

2009年12月より内閣府が中心となって進めてきた「障がい者制度改革推進会議」(注7)では、知的障害を有する委員も会議に参加しました。さまざまな障害を持つ委員が推進会議に参加される中、会議内容をリライトしたわかりやすい資料が用意されました。

さらに、赤・黄・青の三色のカードが用いられました。青は同意します、黄色は話し合いのスピードが速すぎます、赤は理解が難しいです、という意味です。知的障害を有する委員は会議に参加する際、わかりやすい資料と三色のカードを適宜利用しつつ、さまざまな人々と一緒に議論を行いました(注7)

(注7)以下にイエローカードやレッドカード、また実際にわかりやすくされた障害者基本法が掲載されています。DINF「改正障害者基本法<わかりやすい版>」

このように、情報伝達やコミュニケーションにおいて、知的障害者にとってのわかりやすさやその場への参加しやすさに標準を合わせるという「配慮」は、知的障害のある人々の社会への「参加」を保障するための大切な手立てとなるのです。

今後の展望――誰にでもわかる情報提供を目指して

2016年4月から施行される障害者差別解消法では、公的機関(自治体の役所・銀行・病院等)における合理的配慮が義務として位置づけられます。すなわち、そうした場所でわかりやすい情報提供や説明を求めていくことができるようになります。

今後は、知的障害者向けの情報提供のガイドラインのさらなる整備と検証を行い、わかりやすい情報提供とその方法を社会的に広めていくことが課題となるでしょう。

さらに、他の分野と連携することで「誰にでもわかりやすい」という形での情報提供の可能性は広がっていくと考えられます。例えば、日本語を第一言語としない外国にルーツを持つ方々向けの、平易な日本語表現による情報提供である「やさしい日本語」の研究及び実践があります。

「やさしい日本語」は、震災等の非常時の情報提供、各地方自治体のウェブサイトの「やさしい日本語版」(注8)の作成、平易な文章に加えふりがなや動画や辞書機能付きで時事情報の配信を行っている「NHK NEWS WEB EASY」(注9)など、外国人住民のニーズに対応する形で展開されています。

(注8)横浜市のホームページ「やさしい日本語版」 他に広島市などにも実践があります。

(注9)「NHK NEWS WEB EASY」は2012年4月から実施されている取り組みです。小・中学生や外国人の方々を対象とし、「やさしい日本語」によるニュースを一日5記事配信しています。

また、2020年開催予定の東京オリンピックでは多くの外国人の方も来日されることでしょう。公共性の高い情報が視覚的・文章的な双方において誰にでもわかりやすいかたちで提供されることは多くの意義が認められるのではないでしょうか。

情報化社会の進展につれ、今後の社会における情報提供のあり方も変化していくものと思われます。災害時等の生存にかかわる情報伝達など、緊急性や公共性の高い情報が誰にでもわかりやすく伝わる必要があることは言うまでもありません。

しかしそれだけでなく、生活全般において自分たちにとってわかりやすいものがあることや、一人一人の人生において重要な意味を持つ情報がわかりやすく伝えられることは、知的障害のある人の自立や自己決定のあり方自体に変容を促すものとなりえます。

一人一人が知りたいことを知ること、選択肢を理解し自分のことを決めること、知識や経験の幅を増やすこと。障害のない私たちにとって当たり前のことを、知的障害のある人々にとっても当たり前に保障していくべきではないでしょうか。わかりやすい情報提供はそれらに資するものであり、そして誰もが暮らしやすい社会を作るために社会全体で共有し促進していくべきものです。

付記 「わかりやすい情報提供のガイドライン」

【具体的に書く】

○難しいことばは使わない。常とう語(ある場面にいつもきまって使われることば)を除いて、漢字が4つ以上連なることばや抽象的な概念のことばは避ける。

○具体的な情報を入れる。

○新しい情報を伝えるときには、背景や前提について説明する。

○必要のない情報や表現はできるだけ削除する。

○一般的にはあたりまえのことと思われても、当事者にとって重要で必要だと考えられる情報は入れる。

【複雑な表現を避ける】

○比喩や暗喩、擬人法は使わない。

○二重否定は使わない。

○それぞれの文章に重複した「のりしろ」を付ける(指示語を多用せず、あえて二度書く)。

○名称等の表記は統一する。

【文の構成をはっきりさせる】

○手順のある内容は、番号をつけて箇条書きで記述する。

○大事な情報は、はじめにはっきりと書く。

○一文は一つの内容にする。内容が二つある場合は、二つの文章に分ける。

○話の展開は、時系列に沿う。

○接続詞はできるだけ使わない。

○主語は省かない。

【表記】

○横書きを基本とする

○一文は 30 字以内を目安にする。

○常とう語は、そのまま用いる。

○常とう語を除く単語には、小学校2~3年生までの漢字を使い、漢字にはルビをふる。

○アルファベット・カタカナにはルビをふる。

○なじみのない外来語はさける。

○漢数字は用いない。また時刻は 24 時間表記ではなく、午前、午後で表記する。

〇はっきりとした見やすい字体(ゴシック体)を使う。

(テキストのリライトに関する要点のみ抜粋)(注10)

(注10)なお、このガイドラインではテキストのリライトのポイントの他に、レイアウトや伝達手段についても記載されています。引用元については(注6)を参照してください。


プロフィール

打浪文子障害学

奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得満期退学(修士:学術)。

現在、淑徳大学短期大学部こども学科准教授、立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究センター客員研究員。専門は、障害学・社会言語学・障害者福祉学・特別支援教育学など。

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