障害者差別解消法、社会に求められる“合理的配慮”とは?

障害を理由にした不当な差別を禁止し、当事者からの要望には負担が重すぎない範囲で“合理的配慮”が求められる「障害者差別解消法」が4月から施行された。 “合理的配慮”とは何なのか?これから社会が考えるべきことは。差別禁止部会の骨子策定に委員として参画した大野更紗氏と、教育現場における障害者への合理的配慮を研究・実践する東大先端研准教授・近藤武夫氏が解説する。2016年04月04日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「障害者差別解消法が施行。“合理的配慮”には『建設的対話』が必要」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

「元気そうですね」

 

荻上 ゲストをご紹介いたします。政府の障害者政策委員会差別禁止部会で委員を務められた、大野更紗さんです。よろしくお願いします。

 

大野 よろしくお願いします。

 

荻上 そして東京大学先端科学技術研究センター准教授の近藤武夫さんです。よろしくお願いいたします。

 

近藤 よろしくお願いします。

 

荻上 近藤さんは普段どのようなご研究をされているのですか。

 

近藤 主に教育の現場で、障害のある当事者の方がどのようなツールやシステムを使って参画していけるのか、実証に基づいたさまざまな調査研究を行っております。何が「合理的配慮」に適用されるのかはケースバイケースで、この障害にはこの配慮、という答えがあるわけではありません。

 

それを差別解消法が施行される以前にさまざまな現場で試してみて、結果としてどのような問題が起こるのか、本当にその配慮ができないことなのか、あるいはコストの面、システム面の問題など、子どもたちと一緒に多角的な検証を行っています。

 

荻上 以前、この番組でも発達障害のある児童がタブレットPCを使うことにより授業に参加できるケースをご紹介しました。そうした事例について、どういったソフトがあれば参加できるのか、導入にはどれくらいお金がかかるのかなど、一つ一つ研究されているんですね。

 

近藤 はい。タブレットPCを用いた学習支援を行う「魔法のプロジェクト」を運営されている方々や、東大先端研の中邑賢龍先生とは同じチームで研究を行ってきた経緯があります。

 

荻上 なるほど。大野さんは難病当事者になって何年目ですか?

 

大野 発症してから7年経過しました。

 

荻上 大野さんはどういった症状でしたでしょうか。

 

大野 「自己免疫疾患」と呼ばれる、人間の自己免疫のシステムが不調をきたすことで発症する病気です。

 

荻上 移動の場合は杖をついたり、電動車椅子も利用されていますよね。難病の影響で、歩行が難しくなるという障害もでているということですか。

 

大野 そうですね。難病の方は一人一人症状が異なり、疾患も5,000〜6,000ほどと種類が多いので、個別ニーズが無数にあります。難病の方に共通の生活困難性は、傍目から見て困難な病気であると分かりにくい、あるいは特殊な医療ニーズに関連する事項でお困りになられる方が多くいらっしゃいます。

 

また症状が良くなったり(寛解)悪くなったり(再燃・増悪)を短期間のうちに繰り返すという特徴もあります。患者さんのインタビュー調査などにおける共通の傾向は、皆さん人前に出るときはお薬を飲んでその日のために調整をされていたり、職場に出るために家ではずっと休んで過ごしたり、インフォーマルな部分で人知れず頑張ってらっしゃる。

 

ですから、外出して人前に出たときは「元気そうですね」と声をかけられる。でも自宅ではベッドに倒れ込んでいたり、あるいは特殊な医療へのアクセスに日常の時間を費やしたり、一人で孤独に疾患に関連する辛い思いを経験する。難病の方には、社会には伝えづらいニーズを持っている方が多いです。

 

荻上 さきほどからTwitterでも「大野さんの声を聞いて元気そうでよかった」というコメントが来ていますが、大野さんもその時によって体調が大きく変わることもありますよね。

 

大野 最近、1日6回くらい「元気そうですね」とお声をかけて頂いた事がありました。

 

荻上 1日に6回も!

 

大野 みなさん「難病」と聞くと寝たきりで指一本動かせないというような状態を思い浮かべるのかもしれません。人前に出て、例えばこうしてラジオで話しているというだけでも、随分元気そうだという印象が持たれるようです。

 

専門的で特殊な医療に常時アクセスをして、あるいは一部ケアの社会制度を使って、なんとか日常生活を維持していくことと、実際に社会参画をしていく、就労していくことの間には、大きなグラデーションがあります。その間で患者さんは社会生活上の障壁に直面して苦慮される。だからこそ、合理的配慮は難病の患者さんにとって味方になり得るツールだと思っています。

 

 

大野氏

大野氏

 

 

差別禁止アプローチと合理的配慮

 

荻上 そうですね。ではさっそく、この障害者差別解消法とはどのような法律なのでしょうか?

 

近藤 非常に重要なポイントとなるのは、障害のある人の不当な差別的取り扱いを禁止しているという点です。「解消」という言葉を使っていますが、基本的には障害者差別を禁止するという法律になっています。

 

荻上 もともと議論されているときには「禁止法」となっていましたよね。

 

近藤 はい。基本的に、この法律でとられているアプローチは、国際的に「差別禁止アプローチ」といわれているものです。障害だけに限らず、とくにアメリカでは歴史的に外国人差別、宗教差別など、さまざまな差別禁止アプローチがとられてきました。

 

また、年齢差別もあります。アメリカでは履歴書に年齢を書きませんし、人種差別も禁止しているので写真も貼りません。その職業に対して能力が見合っているかだけで判断します。そうした差別禁止の大きな流れが背景にあります。

 

そしてもう一つ、今回の法律で特徴的なのは、「合理的配慮」という考え方を導入したことです。よく「公平性」「平等性」が大事だといわれますよね。たとえば教室で平等に学びましょうというと、みんな同じ紙と鉛筆を使って勉強することをイメージしてしまいます。しかし、紙が見えない視覚障害の人がいたら、紙を使うという平等な取り扱いが壁になってしまう。鉛筆を持てない肢体不自由の人がきたら、鉛筆を使うことが壁になってしまう。

 

本当に平等にしなければならないのは、みんなが授業に参加して学べる機会を得ることなのです。ただ、そのための手段である取り扱いの部分が細く取り沙汰されたり、それで平等・不平等と言われてしまうことがある。ですから、障害を理由として必要になった個別に異なる取り扱いは、合理的な範囲であれば認めてしまいましょうと。それが合理的配慮といわれます。

 

荻上 形式的に、30人子供がいるから鉛筆を30本用意したら平等だ、というのではなく、そのうちの一人にiPadや点字ライターを与えても、授業に参加できるという結果が平等であればよいということですね。

 

近藤 それがあと何年後かには当たり前のことになって、保障しなければならないものの本質をみんなで共有できるようになればいいと思っています。

 

荻上 合理的配慮の対義語となる言葉もいくつかあると思います。一つは、単に「無配慮」ですよね。視覚障害の人が一人いるのに、全員に鉛筆と紙だけ渡して、「はい、みんな同じでしょ」というのは一見平等かのように見えてしまいますが、無配慮にあたります。

 

一方で、「非合理的な配慮」というのも考えられます。無茶な配慮はさすがに求めていないということは、この法律の一つの本質だと思います。そこで伺います。合理的か否かという線引きはどう考えればよいのでしょうか。

 

近藤 基本的に何が合理的なのかは定められていません。合理的配慮という言葉が最も古くから使われているのはアメリカですが、もとの言葉は「リーズナブル・アコモデーション」です。リーズナブルは筋が通っている、アコモデーションは便宜をはかる、変更する、調整することを意味します。

 

たとえば視覚障害者に点字の資料を渡したとして、アメリカ人の方に「これって合理的配慮だよね」と聞くと、きっと彼らは「ケースバイケースかな」と答えます。彼らがよく使うのは「It depends.(時と場合による)」という言い回しです。つまり、視覚障害者=点字が合理的、ということには当事者の自己決定が欠けています。

 

荻上 点字の読めない視覚障害の方や、手話がわからない聴覚障害の方はたくさんいるわけですからね。

 

近藤 その通りです。ベースになるのは、リーズナブルだとみんなが感じたことが合理的配慮になるということです。ですから、障害のある当事者の側が「自分はこれが合理的だと思うが、どうだろうか」と言って、それを提供する側も筋が通っていると納得した時が、いわゆる合理的配慮が成立した時と言えるわけです。

 

荻上 その配慮が当事者のニーズと合うかどうか、コミュニケーションをしっかり成立させるためにも重要な概念になるわけですね。

 

僕も大野さんと出会いたてのころに、車椅子を勝手に押そうとして止められたことがあるのを覚えています。大野さんの使っている車椅子は自分で操縦ができるタイプの電動車椅子なのですが、段差があったので押した方がいいのかなと思い、断りなしに後ろに立って持とうとしたら「押さなくていいんですよ」と断られたんです。

 

僕の中では、車椅子の方は段差に困るだろうからサポートをしてあげなきゃという勝手な配慮があったのですが、電動車椅子だから少し助走をつければ小さな段差は超えられるし、それを後ろからぐーんと押されてしまうと、かえって危険になってしまうこともあるんですよね。当事者性が重要になることを学んだ、一つのケースだったと思います。【次ページにつづく】

 

「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

 

「日本社会は本当に右傾化しているのか?――”ネットとレイシズム”から読み解く」

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シノドス国際社会動向研究所

vol.224 特集:分断を乗り越える

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