亡くなられた方々は、なぜ地域社会で生きることができなかったのか?――相模原障害者殺傷事件における社会の責任と課題

なぜ施設入所者が狙われたか

 

容疑者は、今回のターゲットを、明確に施設入所者に定めていた。また特に意思疎通できない者を狙ったともいわれている。

 

「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。」(容疑者の手紙より)

 

言いぶりはひどいと思う。こうした言説に対して、意思疎通できないのではなく、本人がとろうとしないだけ、その感性がなかった、などの識者のコメントもある。そして、どのような命も、精いっぱい生きようとしていて尊い、というコメントも多い。それは否定しようもないが、それだけを言ってもこの事件の本質は見えてこないのではないか。

 

まず、なぜ、施設入所者は、施設で暮らさざるをえなかったのか。言葉は悪いが、地域社会から見捨てられたからではないだろうか。地域社会が受け止めてくれるのなら、なにも住み慣れた地域を離れて、不自由な集団生活がまっている施設に入ることはない。

 

障害があるせいで、住み慣れた地域から離れざるをえない、地域の人々とのつながりも断たれる、そして自分の好みやライフスタイルを押し殺して施設の集団生活になじんでいくしかない、施設のルールを守れないと職員から厳しく叱責される、そうした過程で、人は、人としての固有の尊厳をどれほど奪われていくだろうか。

 

時には、家族、親族から厄介者扱いされ、入所する人も多い。「保護者が絶縁状態」という容疑者の言葉にさほど嘘はないと思う。家族、親族も、最初から好きこのんで障害者を厄介者扱いするわけではないだろう。隣近所の目、そして介護の負担、そうしたものをカバーしてくる支援がなかったからこそ、厄介者扱いせざるをえなかったのではないだろうか(注5)。

 

(注5)昨年のNHKドキュメンタリーのETV特集「それはホロコーストのリハーサルだった:T4作戦障害者虐殺70年目の真実」の締めに流されたある女性の言葉が印象深い。その女性の叔母(父の妹)は、10代のとき、てんかんの障害があるという理由で、病院内のガス室で殺されたらしい。でも父はその後、殺された妹のことは一切しゃべらなかった。叔母は存在しないものとされていた。そのことについてその女性は「叔母が殺されたことは私にとってとても悲しいことです。でも私が本当に悲しいのは叔母の死ではなく、家族がずっと沈黙を続けてきたことなんです」と述べる。社会からの視線がこわいとき、家族ですら、障害者を差別し、いなかったものとして扱うことがあるのだ。この女性は、叔母さんの死そのものよりも、叔母さんが社会からいなかったものとされるその存在の忘却をこそもっとも悲しんだのだ。

 

ぼくは、今回の事件は、障害者全般が狙われたというよりも、社会からの支援が受けられず地域社会で暮らし続けることができなくなり、そして社会からのつながりを断たれ、施設でただ生きるしかなくなったとみなされた障害者の命が狙われたのだと思う。

 

もちろん、どんな状態の命だって、奪われていいわけがない。そして、施設に入所されている方々が、ただ生きているだけとは思っていない。けれども、社会からの差別と排除のはてに施設に入り、多くの尊厳が奪われている命が、容疑者の目には社会にとってのムダと映った。そういう思考の道筋は、容疑者固有のロジックではなく、現在の社会のあり方、あるいは人々の障害者に対する意識によってつくられているのではないだろうか。

 

 

被害者の名前

 

今回の事件で、最初に報道を聞いたときももちろんショックだったが、二日目の朝、「被害者、実名報道されず」との記事を見たとき、なにかもっとショックを感じた。言葉が適切かどうかはわからないが、「障害者は死においても差別されるのか」と、とても辛い気持ちになった。

 

事件から一週間ほどたったころから、ようやく怪我をおった入所者の家族が実名で取材にこたえたり、あるいは亡くなられた被害者の遺族の方が匿名で出たりで、どのような方々が事件の被害にあわれたか、その一端が見えてきたが、基本はやはりブラックボックスのままである。

 

通常の事件ならば、被害者の名前が出てきて、その人となりがしのばれる。もちろん実名がすべていいというわけではない。けれども、今回実名公表できない理由はなにか。

 

警察が配慮したとか家族が要望したとか報道されているが、より本質的には、施設が、地域社会では生きることができずそこから排除された人たちを受け入れている場所であり、社会からタブー視されている場所だからだろう。名前の公表すらはばかれるということは、入所者は社会から忘却されるべき存在と見なされていたということでないだろうか。

 

事件から一週間ほどしたある新聞記事で、亡くなられた被害者の遺族の方が匿名でインタビューを受けておられた。亡くなられたのは60歳の脳性マヒの女性。その女性の弟がインタビューに答えていた。

 

「男性一家はかつて、親戚とともに出身地の関西に住んでいた。「障害のある子がいることで(親戚の)縁談に影響が出るのでは」。長女が10代のころ、神奈川県に住まいを移した。施設を探し、長女が園に入って30年以上。」(2016年8月2日朝日新聞)

 

これだけではほんとに一端しかわからないけど、家族全体が、身内に障害のある子がいるということで、差別され、住居を移転せざるをえなかった。長女の施設入所の理由までは書いてないが、地域なり、親族なりに差別のまなざしがあったことは十分にうかがわせる。

 

実名報道については、弟は次のようにも苦悶されている。

 

「『実名を出した方がいいだろうか。自分は姉の60年の人生を否定しているのか』。家族とも相談した。『自分勝手かもしれませんが、取材を受けるたびに姉のことを話さなければならないと思うと、感情が高ぶって耐えられない』と話した。」(同)

 

これだけの文章から勝手な推測はいけないけど、姉の実名を出すことで、家族は何をしていたんだということも問われてくるような、その辛さ、いらだちが伝わってくる。けれども、社会がそれを問いただすとしたら、まったくお門違いだろう。なぜ、家族全体が引っ越しせざるをえなかったか、なぜ姉が30年以上施設に入らざるをえなかったか、それは決して家族だけの問題でなく、社会のあり方そのものの問題のはずだ。

 

 

施設入所者の尊厳

 

事件がセンセーショナルなものだけあって、その直後に出た各団体の声明文は、「わたしたちが全力であなたを守ります」「優生思想に断固抗議する」というようなわりと硬質なものだった。その中で、ふと目に留まり、心にじーんと沁みた記事があった。

 

「津久井やまゆり園での大量殺人事件には、強い怒りと深い悲しみを感じる。現在、多くの報道が特に容疑者に関して行われている。加害者のことを含め、なぜこのような残虐な行為が行われてしまったのか、私は知りたい。

 

同時に、暴力的に命を奪われてしまった被害者の方たちのことも、もっと知りたいと思う。生前お一人お一人、何を楽しんでいた方たちだったのだろう。何に取り組んでおられただろうか。

 

被害者には「障害者」という共通項はあるだろう。しかし、障害者である前に、どなたも障害者でない人と同じように、喜怒哀楽のある人生をそれぞれ送られていたに違いない。

 

被害者個人個人の姿、人となりを知ることで、私たちはこの悲惨極まりない事件からより深く、くみ取ることができるのではないだろうか。命の大切さを、一層痛切に学べるのではないか。」(2016年7月28日神奈川新聞 長瀬修氏(立命館大学)寄稿)

 

匿名報道という中でも、被害にあわれた一人一人がどのような方々であったか、なにが好きで、なにに取り組んでいたか、そうしたことに思いをはせること、それが今、一番大事なことなのではないか。という趣旨だと思う。

 

ぼくも本当に、そのことこそ、今大事なのだと思う。一人一人がどういう思いで、どう生きてきたかに思いをめぐらすこと。

 

先ほどは、いろんな尊厳を奪われつつ施設に入所したのではないか、と書いた。けれども、どんなにいろいろ奪われても、そこに生きる存在は尊く、そしていくらかでも楽しみ、悲しみ等の喜怒哀楽がある。その存在の尊さをまずは認めること。

 

そしてその上で、もし人生の様々な段階でその固有の尊厳が少しずつ奪われていたとしたら、それをどう回復できるか、それを考えること。たとえもう亡くなっていたとしても、被害にあわれた方々の人生の尊厳がいかに回復できるか、それを考えていくこと。

 

そうした、追悼、ふりかえりこそ、大事なのだと思う。

 

正直、言うと、亡くなってから追悼していては、遅いのである。亡くなる前になぜより多くの人とつながれなかったのか。より多くの人とのつながりがあったら、今回の事件には至らなかったかもしれない。なぜそれ以前につながれなかったのか。それまで社会の人々は何をしていたのか。

 

 

これからの社会の課題(1)

 

「障害者はいないほうがいい」という社会全体の差別意識のはてに、入所施設があり、そこでは少なくとも入所者の社会的存在は忘却され、その忘却された命に対して、社会のムダであるとのまなざしが向けられ、今回の凶行が行われたのではないか、ということを述べてきた。

 

どんな命であっても尊いという価値観を踏みにじり、実際に大量殺人を実行した点で、容疑者の責任はきわめて重い。

 

他方で、なぜ、重度の障害をもつ人たちを社会的に忘却された存在としたのか、ムダであるとみなされるような存在にしたのか、その点については、社会の一人一人の責任がきわめて大きいと思う。

 

私たちは、「障害者はいないほうがいい」という差別意識の連鎖の中に生きている。胎児として身ごもられ、誕生し、赤ちゃんとして育ち、小中高を経て、社会人となり、そして老後、死を迎える、その全過程で、「障害者はいないほうがいい」というメッセージがいたるところで発動しているのだと思う。

 

くしくも、今年2016年4月より、障害者差別解消法が施行された。社会のあらゆる領域で、障害者への差別をなくしていこうとする法律だ。つまり、社会、経済、文化、あらゆる領域で、「障害者はいないほうがいい」なんて言われないための法律だ。

 

自分の職場、自分の子どもが通う学校、自分のよくいくお店などで、「障害者はいないほうがいい」みたいなメッセージが出てないか、常に点検することが大事だ。

 

そして、共にあるためには、しばしば、社会的な支援も必要だ。バリアフリーの整備だってそうだし、介助等の人的支援も必要だ。その方策や支援の実施は、すべての人が平等に生きるための社会の義務である。そのためにはお金もかかる。だけど、それは、社会の一人一人がもれなく尊厳もって社会の構成員となるための費用だ。高いわけがない。

 

すでに入所施設に入られている方々と関わりをつくっていくことの大事さも述べたい。

 

今、知的障害者の施設には11万人が入所。精神病院には30万人もの人々が入院されている。その人たちと、亡くなる前につながること、関係をもつこと、それが今、社会の課題としてとても大事だと思う。

 

今回の報道でも、施設労働者の過酷な労働実態についての報告はあったと思うが、施設に入所している障害者一人一人の声を拾い上げようとしている報道は皆無だった。だれが狙われたのか。施設に入所している、無力化された障害者たちである。その人たちとつながりをもとうとするメディアはどれくらいあったろうか。皆無だろう。

 

(メディアの方々には、施設長や職員たちではなく、入所している当事者の声、あるいはその生活の実態を拾うよう努力してみていただきたい。そうしたら、おそらく、「あんな事件が起きたから(表に出しにくい)」とか「家族の意向もあるので」と様々な抵抗にあう。そのときはじめて、どんな差別的環境の中で入所者たちが生きているか、気づくだろう。なお、くれぐれも、入所者は重度の人たちだから発する声などない、と思わないでほしい。)

 

知的障害者の入所施設や精神病院は、その内部に踏み込むには、きわめてハードルが高い。おそらく今回の事件で、施設の安全性強化とか措置入院の見直しとか、とにかく施設や病院の閉鎖性を高めている方向で社会が進んでいくおそれがあるので(注7)、ますますハードルは高くなっていくかもしれない。けれども、それでも施設や病院に入っている当事者たちとつながっていくこと。まずはそこからスタートだろう。途方もなく困難な課題である。

 

(注7)そうした隔離、閉鎖性の強化は、この社会を「障害者のいない社会」にしてしまうおそれがあるので、そうではなくインクルーシブ社会への転換こそ必要と主張する声明として、DPI日本会議「相模原市障害者大量殺傷事件に対する意見」(2016年8月2日)

 

それができずに、今回亡くなられた方についてのみ追悼するのは欺瞞だと思う。すでにもろもろの尊厳を奪われてきた方々の命がそこにはある。もはやだれしも面会者のいない方だってたくさんおられる。社会的に忘却されつつ、生存している方がおられる。亡くなる前に、その忘却から救い出し、その尊厳をいくらかでも回復していくために、地域社会の人々のやる課題はたくさんある。

 

 

これからの社会の課題(2)――どんな障害のある人でも、地域社会で暮らしていくために

 

最後に、具体的に障害者が施設ではなく地域で自立して生活していくための課題を挙げておく。

 

DPI日本会議という障害当事者のNGOで、反優生思想、地域自立生活推進の立場から、数々の政策提言を行っている団体は、「今回の事件を受けてなすべきこと」として、「施設からの完全な地域移行計画と地域生活支援の飛躍的拡充を」と提言の一つでうたっている。

 

「今回の事件の背景に、とりわけ重度の知的障害のある人、重複障害のある人、高齢の障害のある人の地域移行が遅々として進んでいない状況があるのではないか。事件に遭われた施設の管理体制を直接批判するものではないが、今後の在り方として入所施設ではなく、地域での生活を基本に進めていくべきである。

 

国も「施設からの地域移行」を掲げて 10 年余り経つが、今回の事態をきちんと受け止めて抜本的な地域移行策を打ち出すべきである。施設や病院に誰も取り残されることなく完全な地域移行が可能となるような計画と、どんな重度の障害があっても地域で暮らせるように重度訪問介護などの地域生活支援を飛躍的に拡充して頂きたい。」(「相模原市障害者大量殺傷事件に対する意見2016年8月2日」)

 

実のところ、国はすでに「施設からの地域移行」という目標を10年余り前から掲げている。施設からの地域移行の数値目標や、施設入所者数の削減も数値目標として定めている。国の意向を受けて、各自治体でも数値目標を定めており、いくらかは進展している部分もあるが、なかなか進んでいないのが現状だ。

 

地域移行する人がいても、施設入所の待機者がいるため、全体数はなかなか減らない。自治体ごとのばらつきもある。ぼくの住む京都市では、障害福祉計画における施設からの「地域移行」の目標値も実績値も、現在のところ(第4期京都市障害福祉計画(平成27年3月))、国の定める目標よりも半分くらいしかない。そして、施設の待機者が多いから、という理由で、本来定めるべき施設入所者数削減の目標値すら、設定していない(注8)。

 

(注8)平成19年3月に策定された第1期京都市障害福祉計画では、国目標とほぼ同程度の地域移行および施設入所者数削減の目標値であったが、その後、次第に目標値は低下していき、途中から施設入所者数削減の目標値の記載をなくした。

 

施設入所の待機者が多いから、施設入所者数を減らすことができない、と行政はいう。しかし、大事なのは、なぜ施設入所を選ぶのか、その理由を探ることだろう。

 

理由は多くは、地域での支援があると考えることなく、施設しかないと思っているからだろう。家族としても好んで施設に入れたいと思っているわけではない。でも、これまでだれも助けてくれず、高齢になるまで精いっぱいやってきた。ここまでやってきたんだから、あとはもう施設ね、となることも多いだろう。

 

最近でも、何十年も障害のある子を介護してきた親(70代)が、子(40代)を殺してしまう、という事件が起きている。なぜ、ここまで抱え込ませてきたのか。そこを振り返らずに、家族が倒れたら施設へ、という話にはすべきでないはずだ。

 

今でも、高齢になりつつも社会の支援を受けずに障害のある子(といっても大人)を養っている家庭もあるだろう。そこにどう社会が手を差し伸べていけるか。地域生活の支援を充実させ、どう施設入所待機者を減らしていくことができるか、つまり障害者が施設にいかなくてもすむような社会をどうつくっていくかを考えていかないといけない。

 

また、先にも述べたが、知的障害者に関していえば施設入所者11万人、精神障害者の精神病院入院者30万人。この方々が、これからどう地域に移行していくか。途方もない課題とも思える。一人一人、丁寧につきあいながら地域移行を進めていくほかないわけだが、社会全体がそれを応援する雰囲気をつくっていくことがとても大事である。

 

地域での介護保障等ももっと整備されていかないといけない。先の提言にあるように「「重度訪問介護」などの地域生活資源を飛躍的に拡充」する必要がある。(重度訪問介護というのは、重度の障害があり、いつも人がそばにいないといけない人のための、長時間介護保障制度。24時間介護の支給が認められることもある。)

 

現行では、身体障害者の24時間介護保障は多くの自治体で認められつつあるし、また知的障害者の24時間介護保障も少しずつ、認められるようになってきている。特に、知的障害や重複障害のある人たちの地域自立生活は「支援付きの自立生活supported independent living」とも呼ばれる。障害が重く、意思の表明がいくらか難しいとしても地域で生きる権利を奪われないためには、こうした概念が広まっていくことも大事である(注9)。

 

(注9)困難とみられていた重度の知的障害、自閉症の人たちがどのように地域自立生活(支援付きの自立生活)を営んでいるかについては、寺本他:2015を参照にしてほしい。

 

現状ではまだまだ24時間介護を利用して地域で自立生活するには、それなりの力のある団体と結びつかないと難しいところはある。そして、どの団体も現状でもアップアップである。けれども、一歩一歩粘り強く進めば、どんな人でも地域自立生活ができる地盤は形成されつつあるのだ。

 

私たちにどれだけのことができるか。障害のある人とない人が共にある社会をつくるには、差別や優生思想などが許されないような社会環境をつくっていき、また地域自立生活を進めていく方向での社会全体あげての取り組み、支援が不可欠である。ほんとうに途方もない課題であるが、そうしたことを地道に一つ一つやっていくことが、今回亡くなられた方への本当の追悼になるのだと思う。

 

 

【参考文献】

 

寺本晃久、岡部耕典、末永弘、岩橋誠治2015『ズレてる支援! 知的障害/自閉の人たちの自立生活と重度訪問介護の対象拡大』生活書院

ピープルファースト東久留米2010『知的障害者が入所施設ではなく、地域で暮らすための本―当事者と支援者のためのマニュアル』(増補改訂版)生活書院

横田弘1979『障害者殺しの思想』JCA出版(2015(増補新装版)現代書館)

渡邉琢2011『介助者たちは、どう生きていくのか』生活書院

 

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

著者/訳者:渡邉 琢

出版社:生活書院( 2011-03-01 )

定価:

Amazon価格:¥ 2,484

単行本 ( 420 ページ )

ISBN-10 : 4903690679

ISBN-13 : 9784903690674


 

 

 

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