「生活保護法の一部改正案」を考える

はじめに 「一部改正案」の内容

 

第183通常国会に提出される予定の「生活保護法に一部を改正する法律案」については、すでに各メディアによって報道されているが、これは同じく提出される「生活困窮者自立支援法案」とのセットで、前者が引き締め策、後者は支援策という解釈がなされ、特に前者についての批判がなされているようである。

 

とはいえ、多くのマスメディアは、この間生活保護バッシングにそうとう荷担して来たので、ここで手のひらを返すように生活保護擁護を強めるのも、筆者には何となく釈然としないところもある。それはともあれ、ここでは少し冷静に、今回の改正案の内容をかいつまんで述べた上で、その背景を探り、いくつかの論点を整理してみたい。

 

まず、今回の一部改正がどのようなものなのかを簡単に見ておこう。改正点は主に5つである。

 

 

 1)就労の自立を促すため、就労自立給付金を創設する。

 2)被保護者就労自立支援事業の創設

 3)被保護者の健康管理や家計支援の取り組みを強める。

 4)不正・不適正受給者対策の強化の一環として、申請時をふくめた福祉事務所の調査権限の強化(罰則と返還金、扶養義務者への報告)

 5)医療扶助の適正化(指定医療機関の見直し、指導強化、後発医薬品の使用の促進)

 

 

1)は、就労収入によって生活保護基準より若干でも高まれば、保護からの脱却となるが、生活保護は納税、社会保険料などを課していないので、それらが一挙に加わることによって、実質的に生活水準が下がることがあり得る。このため、生活保護制度内にあった方が有利と考える、いわゆる「貧困の罠」が形成されることが一般に指摘されている。

 

そこで、これを回避するために、保護受給中に得た就労収入の内、収入認定された金額の範囲で、別途一定額を仮想的に積み立て、廃止後に支給するものである。もう少しわかりやすくいうと、保護受給中の就労収入は勤労控除として一定を控除されるが、それ以外の部分は生活保護費から差し引かれる(つまり、働いただけ保護費は減る)。この差し引かれた部分から一定額を仮に積み立てたと考えて、廃止にまで至ったときに、支給しようとするわけだ。

 

2)は、福祉事務所が就労支援を直接かまたは委託して行うこと。

 

3)は、被保護者の生活上の義務として、健康管理や家計管理ができるよう支援する体制を強化すること。

 

4)は、まず、保護の申請次に申請書の提出等を整備するとして、(氏名、住所ないしは居所、保護の理由、資産及び収入の状況、その他)の事項を記載した申請書を提出すること、という条文を新設し、また保護の開始、変更に当たっては扶養義務者に対して報告を求めることが出来る。

 

また、申請者、その扶養者について官公署、日本年金機構、国民年金法、または銀行等、関係者に必要な情報の報告を求めることが出来る。さらに、不正受給があった場合、被保護者または指定医療機関、就労自立支援機関は、その費用を返還するだけでなく、徴収金をとることができる。

 

5)は、主に指定医療機関の不正へ対処するため、指定医療機関の指定取り消し要件を明確化し、更新制度を導入。また指定医療機関に対する立ち入り検査等を可能とすること、後発医療医薬品の使用を促すこと、などが盛り込まれている。

 

以上の主な5点のうち、一般に批判点は主に4)にある。日弁連や一部マスメディアは、4)は、いわゆる「水際作戦」、つまり申請をためらわせて、申請者を水際で減らしてきた、これまでの保護行政の実態を、合法化するものだと批判している。

 

 

生活保護法一部改正案の背景

 

以上の改正案およびその批判を検討する前に、まず、今回の一部改正案がなぜ出てきたのか、その背景をみておきたい。

 

第1は、いうまでもなく、依然増え続けている被保護人員数の問題である。1995年前後3年間の約88万人台を底として、被保護人員数は上昇し続け、2013年の2月時点では215.5万人にまで達している。いわゆる保護率から見た場合、最低時の0.7%から1.6%程度へのアップであり、これは他国に比べて格別に大きいとはいえないが、少なくとも高度経済成長以降、多少のジグザグはあれ、減少方向できた日本の保護行政にとっては、見逃せない事態であることは事実であろう。

 

もちろん、生活保護は最後のセーフティネットなので、被保護人員の増大は必ずしも生活保護行政の失策ではない。むしろ、問題は労働市場の動向の大きな変化であり、この間、第2のセーフティネットとして導入された「求職者支援法」や住宅手当が案外役に立っていないことが示唆される。

 

抱き合わせで提案されている「生活困窮者自立支援法」のねらいは、この第2と最後のセーフティネットの両方をカバーするような綜合相談を担うもので、いってみればなるべく生活保護へ落ちず、あるいは早く生活保護から脱却できる仕組みを作ろうという意図がある。しかし、これが、このモデルとなったパーソナル・サポートサービスのモデル事業と同じく、生活保護への移行を阻止し、あるいはその早い脱却をどの程度支援できるかどうかは未知数である。これを担えるNPOなど団体の力量の地域差も大きい。そうなると、手っ取り早い効果をあげるためには、生活保護それ自体を変えるしかないということになろう。

 

第2は、先に指摘した生活保護バッシングである。もともと生活保護に対する市民の目は厳しいものがあり、この制度が国民の最低生活維持の権利であるにもかかわらず、われわれは「税金で食わしてやっている」という感情から抜け出すことがなかなかできない。まして今日のように国民の多くがかつてのような安定を保障されていない場合には、その不安定が被保護者の「つるしあげ」になりやすい。

 

実は国民年金にも国民健保にも介護保険にも多くの税金が投入されている。それでも「保険料を払っている」という対価だと考えて、生保とは違うと納得させることができなくもない。だが国年の第3号被保険者はどうだろうか。第3号被保険者は保険料を払わなくとも、生保のような屈辱を受けずに基礎年金を手にすることが出来る。ちなみに、被保護者の約4割は年金・恩給を受給しており、最低限から見て足りない分を生保に委ねているにすぎない。が、一般には被保護者は全額の生活費を税金から受け取り、パチンコをしているようなイメージが浸透してしまっている。

 

むろん、確かに不正受給はある。どのような制度でも、悪用する人々がいる。あるいは不正とはいえないまでも、ある芸人の例のように、親の扶養との関係は国民には納得できないかもしれない。こうした生活保護をスケープゴートにするようないくつかの「事例」が、マスメディアによって拡張され、いわば被保護者全体が不正をしているかのような、生活保護たたきが蔓延したことが、法改正を促したことは否めない。

 

第3に、日弁連が「水際作戦」の合法化と述べているのは、以下のような生活保護法と生活保護行政との長年の不思議な関係があるからである。

 

不思議な、というのは、生活保護法(1950年成立)は、国の制度であり、国民の最低限度の生活を保障される権利、およびこれを保障する国の義務の二つの面から成立している。ただし、その実施機関は地方自治体の福祉事務所に置かれ、行政職としての社会福祉主事に委ねられている。

 

法律そのものは、第1章総則、第2章の保護の原則からはじまって、第9章被保護者の権利義務、第10章不服申し立て、第11章費用、第12章雑則におよぶものである。しかし、これらは大まかな枠組みや原則を示したものであって、この法律の条文の理由については詳細に記されているわけでもない。

 

つまりいろいろな解釈が可能である。そこで、設立時の責任者がそのポストを去ると、その真実の理由がはっきりしなくなる危険があるということで、現行生活保護法制定当時の保護課長・小山進次郎氏は『生活保護法の解釈と運用』という分厚い本を上梓し、条文の背後にある考え方を事細かに書いた。これはしばらくは保護行政のバイブルともなった。

 

とはいえ、時代の変化の中で、生活保護の運用方法の見直しが必要になることもある。これについては、法律自体の改正よりは、局長や課長の通知で処理される傾向が強くなった。このため生活保護制度は「通知行政」と呼ばれるようなものとなっていったのである。

 

また、貧困のあり方や生活保護を権利として利用することについての見方は、現実には地域によってそうとう異なり、このため地域ごと、福祉事務所ごとのマニュアルが作成され、同じような貧困状態に対して、異なった対応が出てくることも少なからずあった。これはしばしば「市民感情」という言葉で自治体の首長が強調することである。

 

少し前のことであるが、ある行政職員が、障害者福祉部門から、生活保護担当に代わった時、その福祉事務所に特有の「マニュアル」があり、「○○市方式」と呼ばれていたことにショックを受け、私に「生活保護は国の制度ではないのですか?」と問うたことがあった。これは誇張なしの実話である。

 

つまり、生活保護法は、その解釈によって、現場にかなりの「裁量」を許しており、また中央政府の時々の通知によって、その「窓口」が緩められたり、閉められたりもしてきたのである。いわゆる「水際作戦」は現場の判断で行われることも多く、保護率の減少した福祉事務所は県から表彰されたというような話も聞くことがある。もっといえば、あれこれ「作戦」をたてるより、現場の社会福祉主事(ケースワーカー)の数を減らせば、自然に保護率は下がると豪語する人もいたほどである。

 

 

 

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