2014.08.09

イスラエルのガザ攻撃を海外メディア・専門家はどう見たか

平井和也 人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

国際 #イスラエル#パレスチナ問題

イスラエルが7月8日(火)に軍事作戦を開始して以来、パレスチナ自治区ガザでイスラム武装組織ハマスとの激しい戦闘が続いていたが、イスラエル軍は8月5日(火)、ハマスとの合意した約束に従ってガザ地区から完全撤退すると発表した。

ただし、イスラエル軍のピーター・ラーナー報道官は、三日間の停戦開始と同時に部隊をガザ地区の外で防御的に配置すると述べており、事態がはまだ流動的な状況にあることを示唆していた。そして、実際72時間の停戦期限が切れた8日(金)、ガザ側から発射されたロケット弾への報復としてイスラエル軍が空爆を再開し、戦闘が再開された。

事態がここに至るまでの過程で、7月24日(木)にイスラエル軍が国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営しているガザ北部ベイトハヌーンの小学校を砲撃し、子供を含む避難民に200人以上の死傷者が出るという惨劇が起こった。さらに、7月30日(水)にはまたもガザ北部のジャバリア難民キャンプでUNRWAが運営する学校が攻撃を受けている。

本稿では、イスラエルのガザへの軍事侵攻について、米国、ドイツ、英国、中国のメディアや専門家の立場から見た報道および情勢分析に注目したい。

米国の非営利調査報道メディア「Mother Jones」の報道

イスラエル軍によって、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の運営するガザ北部ベイトハヌーンの小学校が攻撃される前日の7月23日(水)に、調査報道を行っている米国の非営利メディア「Mother Jones」が米国政府の対イスラエル・パレスチナ政策について興味深いことを報道している。その内容を以下にまとめてみたい。

7月21日(月)、パレスチナ自治区ガザに対して、イスラエル軍によって、軍用機から182発のミサイル、艦船から146発の砲弾、戦車から721発の砲撃が行われた。この攻撃で、66の建物が破壊され、107人のパレスチナ人(そのうち子供は35人)が死亡した。これに対して、イスラム武装組織ハマスもイスラエルに101発のロケット砲を発射し、イスラエル兵に13人の死者が出ている。

イスラエルへの軍事支援とパレスチナの人道支援を同時に行う米国の矛盾

イスラエルとハマスの双方による攻撃が行われたこの日、米国務省は「ガザの人道状況の改善を支援するために」4,700万ドルの財政支援を行うと発表した。そのうちの3分の1は、戦争に苦しむガザの何万人ものパレスチナ人に食料、水、避難所を提供している国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の活動支援金として使われる。

ところが、税金を払っている米国民は矛盾した立場に置かれている。というのも、米国民はイスラエル軍の活動支援とパレスチナの人道状況改善の両方に対して税金を払っていることになるからだ。米国は毎年イスラエルに対して、約31億ドルの軍事支援を行っており、これは1978年当時のカーター大統領の仲介によってイスラエルとエジプトの間で結ばれたキャンプ・デービッド合意に基づいて米国が負っている義務によるものだ。

軍事支援金は大きく二つの用途に分かれている。約8億ドルはイスラエル軍の兵器と軍需品の製造に使われ、残りの23億ドルは、イスラエル軍が米国の軍需企業から武器と装備品を調達するために使う商品券のようなものだ。ある米国のイスラエル支援専門家は、「イスラエル国防軍の全ての部隊(ガザ攻撃を行っている部隊を含めて)が米国の支援によるメリットを享受していると考えていい」と語っている。そのため、イスラエルのガザ攻撃による破壊には「米国製」という刻印が入っていると考えることができる。

しかし、その一方で、米国政府はイスラエルの攻撃によるおぞましい結果に対処するための活動に対しても財政支援を行っている。UNWRAが21日に発表した活動状況報告書によると、同機関は67の避難所を管理し、そこで84,000人以上のパレスチナ人を保護しているという。UNWRAは避難所に、食糧、水、赤ん坊の衛生管理用品、毛布、マットレスを提供し、21の診療所も運営している。子供たちに不発弾を触らないよう指導する教育も行っている。

UNRWAの話では、ガザの75の施設が戦闘によって物理的な被害を受けているという。UNRWAが要請した6,000万ドルの緊急支援金の4分の1に当たる1,500万ドルが米国によって拠出され、その中から一部が米国の財政支援を受けているイスラエル軍の攻撃によって破壊されたUNRWAの施設の修復や再建に使われるものと考えられる。

米国の新たな支援プログラムにはNGOに対する350万ドルの財政支援が含まれている。国務省の説明によると、この支援金は、パレスチナ難民への食料以外の物資の提供、ガザのパレスチナ人3,000人を対象とした短期雇用プログラムおよび2,000世帯を対象とした社会心理学的支援プログラムの延長、医療施設への医薬品と燃料の提供に使われるという。

さらに、国務省の話では、米国はUNRWAに対する最大の資金援助国であり、今年に入ってからガザや他の中東地域のパレスチナ難民支援のためにUNRWAに2億6,500万ドル以上を拠出しているという。この中には、ザガの新しい学校や配給所の建設に使われる900万ドルが含まれている。

以上が「Mother Jones」の記事のまとめだ。

なお、米国のイスラエルに対する軍事支援に関連して、ドイツ誌『シュピーゲル』が8月3日付掲載記事で、8月1日に米国議会でイスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」に2億2,500万ドルもの巨額の財政支援を行う法案が可決されたことを報じていることを、ここに付記しておきたい。

CIAの中東専門家アンドリュー・リープマン氏のインタビュー

ここで米国の軍事シンクタンクであるランド研究所のサイトに7月22日付で掲載された記事をご紹介したいと思う。このサイトには、米国中央情報局(CIA)の職員として30年以上中東問題に関わってきたアンドリュー・リープマン氏のインタビューが掲載されているので、米国の中東政策をよく知る専門家の見方に注目してみたい。

このインタビューは、イスラエル軍がガザ地区から完全撤退すると発表した8月5日(火)の二週間前に公表されたものであるが、直近の情勢変化の中でのイスラエルとハマスを含めた関係当事者の状況を考え合わせながら今後の展開を考える上での一つの判断材料としてご紹介しておきたいと思う。

Q:イスラエルとハマスの交渉を仲介できる国はアラブ世界にあるか?

リープマン氏「ムスリム同胞団の幹部であるムハンマド・モルシ前大統領が政権を握っていた時のエジプトはハマスの信頼を得ており、考え方もハマスと近かったため、ある程度の影響力を持っていた。しかし、この関係はハマス側の一方的なものであり、イスラエルはモルシ氏と関係を築くための時間が足りなかった。そのためエジプトの実質的な影響力が足りず、イスラエルとの距離感も限られていた。現在の軍事政権はハマスに対する影響力は前政権よりも弱いが、それでもイスラエルとパレスチナの仲介役として中東で最も重要な国だと私は考えている」

Q:仲介役としてトルコはどうか?

リープマン氏「トルコは、以前はイスラエルと緊密な同盟関係にあったため、アラブ諸国に対する信用を失くしていた。ただ、この関係が過去数年の間に変わってきていることは確かだ。南にシリアとイラク、北にクリミアを抱えているトルコとしては、解決できそうもない紛争にはたして時間をかける余裕があるのだろうかという疑問がある。また、トルコとイスラエルの関係は非常に疎遠になってしまった。そのため、トルコは公平な仲介役としての立場が相対的に弱くなり、また仲介役になろうとする関心も薄れている。そういう中で、米国はイスラエルとパレスチナの両者を一旦引き離し、その後で仲介役として再度引き合わせることができる唯一の国だ」

Q:パレスチナ問題は本当に「解決不可能」なのか? 五十年後もパレスチナ人とイスラエル人は戦争を続けているのか?

リープマン氏「それがわかればいいのだが。悲観的な見方をすると前途多難で、課題が山積している。問題解決に向けたこれまでの交渉は失敗に終わっており、少なくとも中断している。しかし、問題解決まであともう少しというところまで行ったこともある。過去に問題解決に最も近づいたのは2000年のクリントン政権末期だった。当時、イスラエルの和平推進派のエフード・バラク首相が和平に向けた譲歩案を提示し、それは永久的な解決の少なくとも基礎になるものと思われた。しかし、パレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長は一切妥協を見せなかった。それがきっかけで第二次インティファーダ(イスラエルの占領に対するパレスチナ人の抵抗運動)が始まり、イスラエルとパレスチナの離反はさらに進み、対立は深まった。その結果が今日の状況につながっている。

しかし、複雑な状況の中でもパレスチナ自治政府の存在を忘れてはならない。事態の進展は遅々としたものだが、パレスチナ人が一定の独立を手にしているという事実は、飛行機がハイジャックされたり爆撃されたりしていた時代とは状況が違っていることを表している。事態に前進は見られるが、1993年9月のオスロ合意から二十年以上が経過した今でも、最も難しい問題が残っている」

以上がアンドリュー・リープマン氏のインタビューのまとめだ。

チャールズ・クラウトハマー氏の論考

次に、米紙『ワシントン・ポスト』のコラムニストとして知られているチャールズ・クラウトハマー氏が保守系雑誌『National Review』に発表した論考(7月31日付)について、以下にまとめてみたい。

この論考の中でクラウトハマー氏は、ジョン・ケリー国務長官がパレスチナ問題に介入し、パリでの交渉で話し合った内容はハマスの犯罪行為にお墨付きを与えるものだと批判している。

エジプトが提示した停戦案を反故にしたケリー国務長官

ジョン・ケリー国務長官の最近の停戦外交に対して、左派、右派、中道を含めてイスラエルから厳しい批判の声が上がっている。しかし、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領(PLO議長を兼任)をはじめとする米国のアラブ同盟国が驚きを隠せないでいることがさらに重要な点だ。アッバース大統領は、ケリー長官がパレスチナ自治政府とエジプトを交渉から外して、ハマスの同盟国であるカタールおよびトルコとパリで話し合いを行おうと考えていることに驚きを隠せない様子だった。この交渉はエジプトが提示した停戦案を反故にするものだ。イスラエルはエジプトの提案を受け入れたが、ハマスは拒否した。

問題はさらに厄介で、ケリー長官はエジプトの提案を踏みにじっただけではない。この提案についてはアラブ連盟加盟国全体が支持しており、特にサウジアラビアが評価していた。カタール以外のアラブ諸国はハマスの弱体化を望むという点で意見が一致している。アラブ連盟が支持した停戦案が採用されていれば、ハマスに開戦の動機を与えることはなかっただろう。しかし、実際にケリー長官がパリ交渉から持ち帰った内容は、ハマスの要求をほぼ全面的に受け入れるというものだったのだ。『ワシントン・ポスト』のコラムニストであるデヴィッド・イグナシウス氏は、ケリー長官の介入を「大失敗」だと酷評している。

ハマスの過激な行動に離反するアラブ諸国

ケリー長官は、ハマスがイスラエルを倒すためではなくアラブ諸国内での孤立状態を解消したいという考えでロケット砲による攻撃を行ったという戦略的な現実を忘れているようだ。ハマスの過激主義に対して、ほぼ全てのアラブ諸国が離反している。

例えば、ハマスがムスリム同胞団を支持し、シナイ半島のエジプト軍兵士にテロ攻撃を加えているため、エジプトはガザを封鎖した。パレスチナ自治政府の主流派組織ファタハは、ハマスが2007年にガザを武力制圧した時、メンバーがテロ、強制退去、殺害という恐怖体験を味わっており、ハマスとの間に激しい憎悪が生まれている。また、ハマスは以前シリアを拠点としてシリアの反政府勢力を支持していたため、シリアでは外交上好ましくない組織とされている。さらに、ヨルダン、サウジアラビア、湾岸諸国はハマスに対して、比較的穏健な親欧米派のアラブ諸国を脅かすイスラム原理主義運動の一翼を担っていると考えており、強く反発している。

ハマス勝利を意味する条件を受け入れたケリー国務長官

ケリー長官は、アラブ連盟がエジプトの停戦案を支持していたことを理解していないようだ。この停戦案が実施されていたら、ハマスの弱体化と孤立化を図ることができていただろう。ケリー長官はなぜ国内に留まって、エジプトとアラブ連盟の計画を明確に支持しなかったのだろうか? 実際、パリを訪れ、イスラエルに対してハマスの勝利を意味する一連の内容を提示したのだった。その具体的な内容とは、エジプトによる封鎖解除、イスラエル国境の開放、ほぼ支払い能力ゼロのハマスでは不可能な43,000人の政府職員の給与支払いのための外貨資金の提供というものだ。

イスラム原理主義過激派の弱体化を望んでいる穏健な親欧米派の同盟国(イスラエル、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、その他の湾岸諸国、パレスチナ自治政府)の枢軸を支持・強化することが、米国の国益につながる。

ところが、米国の国務長官自身がそれをわかっていないのだ。ハマスが支配するガザについて、ケリー長官は「パレスチナ人は現状が続くような停戦には応じられない」と述べている。ガザの住民が必要としているのは、商品が自由に流通し、現在の制限から解放された自由な生活だ。

しかし、そのような「制限」を強いられ、商品の自由な流通が妨げられているのは、ハマスが十年間もそういう状態を維持し、イスラエルとの戦争に使用するための武器を輸入・開発しているからに他ならない。冷酷なイスラエル人が学校や病院の建設に使うコンクリートの輸入を制限しているという不満の声が上がっているが、実際のコンクリートの行き先は、ハマスが建設したイスラエル侵入用の地下トンネルだ。このトンネルは驚くほど巨大なものであり、ハマスが隣接するイスラエルの村に侵入し、民間人を殺すために使用されている。

ハマスの戦争犯罪にお墨付きを与えたケリー国務長官

ガザ封鎖を解除するということは、武器やロケット砲、ミサイル部品などハマスがテロに使うことができる装備品が洪水のように押し寄せるということだ。停戦には応じられないと言っているハマスの攻撃は、イスラエルの都市を標的にした計画的なロケット砲による砲撃であり、それは明らかな戦争犯罪だ。

どんな意図があろうと、ケリー長官はハマスの戦争犯罪にお墨付きを与えたということになる。ケリー長官がハマスの条件を支持するというのは、戦略的な大失敗であるだけではなく、道義的な恥でもある。

以上がチャールズ・クラウトハマー氏の論考を要約である。

英国王立国際問題研究所のクレア・スペンサー氏の論考

ここで、視点を欧州に向けたいと思う。英国のシンクタンクである王立国際問題研究所(チャタムハウス)のサイトに、中東・北アフリカ研究プログラム責任者であるクレア・スペンサー氏の論考(7月25日付)が掲載されており、この中でイスラエル情勢が欧州にどんな危険をもたらすのかについて論じられているので、以下にその内容をまとめてみたい。

シリアとイラクで起こっている紛争の影響で欧州の若いイスラム教徒が過激化していると欧州各国の治安部隊は懸念しているが、この懸念は現在のガザの情勢に関する欧州各国の声明には限られた範囲でしか反映されていない。パレスチナ人に多くの死者が発生し、人道危機が深刻化している中で、欧州全土で市民による抗議活動が行われているが、EUの政策立案者は、欧州自身の安全保障に関わる危険という観点からガザの問題に対処する必要がある。

ガザの情勢に対する欧州の抗議運動

ガザで本格的な戦闘が始まってから二週間が経過するが、イスラエルを支持する欧州市民の声は、パレスチナの立場を代弁する街頭の怒りの声と比べて明らかに弱い。ガザの情勢悪化に対する欧州市民の怒りはイスラム教徒だけに限ったことではない。抗議運動には、あらゆる属人的背景を持ち、宗派に属した平和活動家や人権活動家が含まれており、過激派の思想を代弁する少数派もいる。しかし、シリアのジハーディスト(聖戦主義者)徴集の証拠は、平和的な手段で欧州の外交政策を変えることを信用しなくなった欧州のイスラム教徒にとって、それに代わる新しい方法があることを表している。欧州では反ユダヤ主義も頭をもたげてきており、パリのシナゴーグやユダヤ系企業などを攻撃する動きが出てきている。

欧州の政策に対する平和的な抗議の影響が、2008年から2009年と2012年に激化したハマスとイスラエルの戦闘の時と同じように限られたものであるとすれば、事態はさらに暗い方向に進むかもしれない。つまり、世論の二極化が欧州の中心部で憎悪による犯罪とテロ攻撃を激化させる可能性があるということだ。

シリアとイラクで暴力が噴出している状況が背景としてある中で、パレスチナの紛争を巡る市民の行動主義を、欧米の指導者はアラブ人とイスラム教徒の命を軽く見ているという言説が広がっている現状から切り離すことはもはやできない。

ガザに対する立場を変えた英国のキャメロン首相

2010年に英国のキャメロン首相はガザを「開かれた刑務所」になぞらえ、イスラエルによる封鎖の下にあるガザの生活環境は容認できないという立場を明らかにしていた。しかし、2014年のキャメロン首相は欧州のほとんどの指導者たちと同じ立場をとっており、増強されたハマスの長距離ミサイルに対するイスラエルの自衛権を強く擁護している。

イスラエルに対して民間人の死傷者を出さないように自制を求めるのが常だが、一方でハマスは停戦案に合意しなかった。しかし、欧州の政府高官が基本的な方針転換に直接関与しようとする動きを避けているのは明らかだ。

議会の顔色を見ながらイスラエル情勢に対処する米国政府

逆説的なことに、英国のキャメロン首相を含めた多くの欧州各国の指導者たちは、まるで米国国内の政治的な影響の下で動いているかのようにガザに反応している。米国の世論はパレスチナ人が置かれている苦境によって大きく左右されたことは一度もなく、米国の歴代政権、特にホワイトハウスと国務省は、議会の反感を招くことなくイスラエルを批判したり、制裁を科したりするという非常に狭い範囲の中でしか動いていない。

シリア、イラク、ガザで市民の死傷者数が増え続ける惨状が繰り広げられる中で、欧州ではもっと複雑な反応が見られる。アラブ世界およびイスラエルに対するEUの集団的な政策は、欧州の勢力圏における健全なガバナンス、包括的な経済成長、貿易および雇用の増進に向けた必須条件と、民主主義、対話および法の支配という「我々の価値観の推進」と欧州近隣政策で謳われている内容にかかっている。

欧州はこれまでイスラエルとハマスの双方に対して、2007年から150万人のガザの住民が強いられている包囲状態の解除に協力するように説得工作を行ってきた経緯があるが、ガザは欧州近隣政策で謳われている内容とは正反対の状況が長く続いている。

ガザの封鎖解除が欧州の安全保障上の利益につながる

今や、ガザの封鎖を解除することが欧州の安全保障上の利益につながる問題だ。(ハマスが建設した)ガザからイスラエルにつながるトンネル網は当初考えられていた規模をはるかに超えるほど巨大なものだ。その場所をイスラエル軍が特定するということが意味しているのは、ガザの存続が地下経済によってのみ成り立っていることがもはやイスラエルの国益とはならなくなったということだ。この地下トンネル網が監視されていないために、ハマスは停戦のたびに長距離ミサイルを補充することができている。

パエスチナ問題そのものの解決という大きな課題は欧州外交の対応範囲からは外れているかもしれないが、ガザのパレスチナ人に対するハマスの強力な支配を緩めるために、EUは決然とした行動をとり、ガザの経済を世界に向けて開く必要がある。イスラエルは貿易の大部分を欧州に依存しており、これからはハマスによる地下トンネル再建を取り締まり防ぐために、またガザ市民の封鎖を解除するための人道的なアプローチを実施するために、EUの支援が必要だ。

欧米の暗黙の了解の下で、イスラエルはガザにおけるヒトとモノの往来を認めた過去の停戦合意を破ってきた。一方、欧州諸国の指導者たちもEUの価値観を推進し守るという原則を破ってきたが、平和に貢献するという理由でガザのパレスチナ自治政府職員の給与を払い続けている。

イスラエルとハマスの和解が神話であることが露呈した今、欧州各国の政府に対してパレスチナ人の生命と尊厳に対する権利を無視することで被る代償がどんなものなのかという問題を突きつけるのは、欧州の市民たちなのかもしれない。

雑誌『The Diplomat』の中国報道

本稿の最後に、アジア太平洋地域の情勢を中心に報道を行っている雑誌『The Diplomat』の記事(7月19日付)をご紹介したい。

この記事によると、中国もイスラエル情勢に注目しているという。我々日本人の感覚からすると、中国とパレスチナ問題はあまり結びつかないイメージがあるが、そこには注視せざるをえない事情があるということだ。以下にその内容を見ていきたい。

中東情勢に対して強い関心を示す中国のネット世論

イスラエルがパレスチナ自治区ガザのイスラム武装組織ハマスに対する空爆と地上戦を展開する中で、中東の緊張は一段と高まっている。欧米メディアが目立った報道を行っているのに対して、イスラエル情勢に対する中国の公式発言は控えめで警戒感をにじませている。しかし、中国のネット上では遠く離れた中東情勢に対して強い関心が見られる。

この問題についてはまず最初に、イスラエルとパレスチナの関係に対する中国の立場を理解する必要がある。中国は過去何十年間にもわたって、パレスチナ問題への関与を続けてきた。毛沢東時代の中国はパレスチナ側を支持していた。毛沢東や鄧小平はパレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長が掲げる革命の理念に対してほぼ無条件の支持を表明していた。アラファト議長は「中国人民の旧友」と呼ばれ、中国はPLOに対して資金と武器を提供していた。

第三世界における影響力獲得のためにパレスチナを支持した中国

パレスチナ問題は中国が中東情勢に直接介入した稀な例だ。中国のパレスチナに対する支持には政府の政治的な打算があった。つまり、パレスチナは他のアラブ諸国から幅広い支持を獲得していたため、中国が支持する姿勢を見せることで第三世界における影響力を獲得するのに有用だったという事情がある。

そのような中で、中国はイスラエルからの積極的な働きかけを受け入れようとしなかった。イスラエルは1949年の中華人民共和国の建国を中東で最初に承認した国だったが、中国とイスラエルの公式の外交関係が樹立されたのは1992年と遅かった。

イスラエルの防衛技術と投資に魅力を感じた中国

1980年代に入って中国は、改革開放政策の一環としてイデオロギー外交を放棄し始めた。そういう中で、中国は少しずつイスラエルに歩み寄るようになったが、その理由は、イスラエルの防衛技術が魅力的だったからだ。

また、イスラエルの先進技術と投資が中国の開発ニーズと合致していたという事情もあった。今日、中国とイスラエルの軍事交流と経済協力が両国関係の大きな二本柱になっている。また、パレスチナ問題に対する中国の姿勢は、イスラエルに対する単独非難から中立的な立場へと変化した。パレスチナは快く思わなかったが、この中国の立場の変化を受け入れるしかなかった。

二極化する中国のネット世論

中国政府は現在のパレスチナ情勢に対して具体的な行動は起こしていないが、国内世論は二つに分かれている。ネット上の一方のグループ(ほとんどがイスラム教徒)は、イスラエルを激しく非難している。彼らは中国に対して、欧米諸国のようにイスラエルのガザ攻撃に怒りを表すように求める運動を起こしている。もう一方のグループ(ほとんどが非イスラム教徒)はイスラエルを支持し、過激主義とテロに対する深い嫌悪を表している。彼らは、イスラエルの軍事作戦に反発する人をテロの共感者だとして激しく非難している。

上記の二つのグループ以外に中間派もおり、彼らはイスラエルの安全保障の権利を擁護しているが、その一方で行き過ぎた殺戮には反対を表明している。中間派の考えはパレスチナ問題に対する中国政府の公式見解と一致している。しかし、中国政府の中立的な立場がパレスチナ問題に対する世界のメディア報道において支配的な役割を果たしてはいないように、中間派の意見もネット上の世論を代表するものではない。

二極化したグループの考えの違い

イスラエルのガザ攻撃を批判するグループの間で、中国を含めた世界各国のメディアに対してガザでの惨状をもっと報道するように求める声が上がっている。イスラム教徒の中には、世界中の全イスラム教徒が一つの家族として団結すべきだと主張する者もいる。

反対に、イスラエルを支持するグループは、中国が直面するテロの脅威はハマスなどの過激派によってコントロールされていると主張している。彼らは、過激派は中国国内のテロリストの下部組織とつながっていると考えており、その下部組織の中には中国国内のイスラム教徒も加わっているかもしれない。イスラエル支持派は、イスラエルがそういう組織を激しく攻撃することが、中国自身のテロとの戦いに力を貸すことになると考えている。

テロと過激主義の脅威に直面する中国

中国政府は目立たない態度を崩さず、イスラエルとパレスチナとの間で外交のバランスを保とうとしているが、中国自身もテロと過激主義の脅威に直面している。そのため、中国はパレスチナ問題に全く介入しないというわけにはいかない立場にある。中国西部の安全保障は中東の安全保障と密接に結びついている。ネット上の世論は、中国の社会統治と外交政策に対する様々な期待と希望を表している。

パレスチナ問題は極めて複雑な問題だ。この問題は何十年間も続いており、「正義」や「不正義」といった単純な言葉で表すことができるようなものではない。中国の国内世論が二極化するようになったのは危険なことだ。中国は国内に多くのイスラム教徒を抱えているため、パレスチナ問題に対する世論を注視する必要がある。

国内のイスラム教徒の「中東化」を懸念する中国

中国は国内のイスラム教徒が「中東化」することを懸念している。イスラム教徒が中東こそ自分たちの本当の故郷だと考え、過激派のイデオロギーに染まることを恐れているのだ。中国としては市民に対して、中国人であることを第一に考え、イスラム教徒であることは第二に位置づけてほしいと考えている。

また、中国はイスラエルのテロ攻撃を過剰に評価すべきではない。さもなければ、イスラエルのハマスに対する攻撃作戦はイスラム教徒への攻撃を考えている勢力にとって格好の口実になるかもしれないからだ。反テロ感情が行き過ぎて、反イスラム教徒へと走った場合、それは中国国内で危険な問題に発展し、中東における中国の政治的・経済的な利害を毀損する可能性がある。

【参照記事】

Mother Jones: How America Finances the Destruction in Gaza—and the Cleanup

http://www.motherjones.com/politics/2014/07/israel-gaza-united-states-assistance-unrwa

Spiegel: Wiretapped: Israel Eavesdropped on John Kerry in Mideast Talks

http://www.spiegel.de/international/world/israel-intelligence-eavesdropped-on-phone-calls-by-john-kerry-a-984246.html

The Rand Corporation: With the Death Toll Rising in Gaza, Is There Any Hope for Peace?

http://www.rand.org/blog/2014/07/with-the-death-toll-rising-in-gaza-is-there-any-hope.html

National Review: Legitimizing Hamas’s War Criminality

http://www.nationalreview.com/article/384274/legitimizing-hamass-war-criminality-charles-krauthammer

Chatham House: Gaza: The Risks to Europe

http://www.chathamhouse.org/expert/comment/15256

The Diplomat: Why China Must Pay Attention to the Israel-Palestine Conflict

http://thediplomat.com/2014/07/why-china-must-pay-attention-to-the-israel-palestine-conflict/

サムネイル「IDF Artillery Corps in Gaza」Israel Defense Forces

https://flic.kr/p/orSEd3

プロフィール

平井和也人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

1973年生まれ。人文科学・社会科学分野の学術論文や大学やシンクタンクの専門家の論考、新聞・雑誌記事(ニュース)、政府機関の文書などを専門とする翻訳者(日⇔英)、海外ニュースライター。青山学院大学文学部英米文学科卒。2002年から2006年までサイマル・アカデミー翻訳者養成産業翻訳日英コースで行政を専攻。主な翻訳実績は、2006W杯ドイツ大会翻訳プロジェクト、法務省の翻訳プロジェクト(英国政府機関のスーダンの人権状況に関する報告書)、防衛省の翻訳プロジェクト(米国の核実験に関する報告書など)。訳書にロバート・マクマン著『冷戦史』(勁草書房)。主な関心領域:国際政治、歴史、異文化間コミュニケーション、マーケティング、動物。

ツイッター:https://twitter.com/kaz1379、メール:curiositykh@world.odn.ne.jp

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