2012.02.14
並立制・併用制・連用制
今は昔のことだが、大御所先生が当時刊行したばかりの憲法の教科書で勉強していたところ、小選挙区比例代表並立制と併用制の区別がまったくできていない記述に出くわして仰天したことがある。政権交代から選挙制度改革へとまさに進んでいる時期だったにもかかわらず、というのは選挙制度というのが所詮は技術的な問題に過ぎないと軽視されていたということなのか、それだけこのあたりの違いがややこしいということなのか(その後の版では修正されている)。最近は衆議院の定数是正にからんで小選挙区比例代表連用制の導入という話題が出ているが、相変わらず制度の中身を理解せずに議論している人があちらこちらにいるのを見ると、やはり後者なのかもしれない。
連用制ここがおかしい?
というのは産経新聞が前回総選挙のデータを基礎にした試算を公表し、連用制では一票の価値に大きな格差が生じ、法の下の平等にも反する懸念があると主張しているからである(「連用制ここがおかしい!?」『産経新聞』2012年2月2日)。同紙によれば、現行方式(並立制)の下で民主党は比例代表制11ブロックで2984万票を獲得し、合計87議席を得た。だが比例定数を80減らして連用制を導入するという提案で試算すると獲得議席はわずか3になる。前者の1議席あたり得票が34万票なのに対し、後者では995万票に激増する。
他方、現行制度で123万票を獲得し、21議席を得た公明党は、連用制なら比例代表制から34議席を得ることになり、議席あたり得票は23万7千票で民主党との格差が42倍になるという。全体的に連用制は「選挙区で議席を得た政党の比例票が極端に圧縮され、公明、共産両党などが『漁夫の利』を得るなど比例代表選挙での『投票価値の平等性』を著しく損なう制度だといえる」というのが、同紙の見解である。だがこれは端的に、小選挙区比例代表連用制という制度、さらには並立制と併用制・連用制の違いについての無知に起因するものに他ならない。
並立制と併用制
まず教科書的な知識を再確認しておこう。
並立制はもっとも単純で、議院の定数を小選挙区部分と比例代表部分に分割し、それぞれで異なる方式による選挙を実施する方法である。現在この制度を採用している我が国の衆議院の場合、定数480のうち300議席を小選挙区制、180議席を比例代表制に割り振っている。有権者は小選挙区制・比例代表制のそれぞれに投票する(合計2票)。制度ごとに開票・集計が行なわれ、両制度の得票が相互に関係することは一切ない。
併用制は多少複雑になるが、全体の議席分布を比例代表制によって決定し、誰がそれぞれの政党から実際に当選する候補者になるかを決める際に小選挙区制部分の勝敗を優先する制度と考えるのがよい。まず、有権者は小選挙区制・比例代表制のそれぞれに投票する(合計2票)。小選挙区制の票はそれぞれの選挙区ごとに開票・集計し、当選者が決まる。つまり衆議院の現在の配分を例に取れば、この時点で300人の当選者が確定することになる。
次に、比例代表制を開票・集計し、それぞれの政党の獲得議席数を決める。この際、配分の対象となる議席数は(総議席-小選挙区制の議席)ではなく、総議席(衆議院なら480)である。そのあと政党ごとに獲得した議席数を埋める具体的な候補者を決めることになるが、その際、すでに小選挙区制で当選した候補者をまず数え、余分があれば候補者リストの上位から選んでいく。たとえばA党が比例代表制で150議席を獲得し、小選挙区で当選した候補者が120人だった場合、30人が候補者リストから補充されることになる。
問題は、比例代表制で獲得した議席数より小選挙区で当選した候補者が多い場合、そして小選挙区で無所属の候補者が当選した場合である。併用制を採用している代表的な例であるドイツ連邦議会の場合、いずれの場合にも小選挙区での当選が優先されるので、「超過議席」と呼ばれるものが生じる。たとえばB党が比例代表制では20議席しか獲得できなかったが小選挙区で30人を当選させた場合、総議席数を10増やすことで対応するのである。この結果、ドイツ連邦議会は法定の定数より多い議員数になっていることが非常に多い。
連用制
連用制は、併用制を基礎としながらこの超過議席の問題を解決しようとしたものである。まず、有権者が小選挙区制・比例代表制にそれぞれ1票を投じ(合計2票)、小選挙区制を開票・集計して当選者を決定する。この段階までは併用制と共通だが、そのあとの、比例代表制部分で議席を割り振る仕組みにポイントがある。
比例代表制において、各政党の得票に応じた議席数を算出するために広く使われている方法が、ドント式である(我が国も採用している)。この方式では、まず各政党の得票を1、2、3……と順に自然数で割っていった商を並べたリストを作る。その上で、その商の数字が大きい順に配分すべき議席数までを獲得議席と決めるのである。たとえば以下のようにA・B・C党がそれぞれ140票・90票・60票を獲得した場合、3議席を配分するならA党2議席・B党1議席・C党0議席、5議席を配分するならA党3議席・B党1議席・C党1議席、7議席ならA党4議席・B党2議席・C党1議席というように決めていくことになる。
連用制において、比例代表制により割り振る議席数は並立制と同じ(総議席-小選挙区制の議席)である。これを比例代表制における各党の得票に応じて配分するが、ドント式などの計算を行なう場合に、すでに小選挙区制で獲得した議席数で割った商までを無視することにしている。
たとえば上記の例で、小選挙区制でA党がすでに2議席、C党が3議席を獲得していたとしよう。5議席を配分する場合、A党の÷1の商が無視されるので1位はB党の÷1の商(90)、2位はA党の÷2の商(70)・C党の÷1の商(60)を無視してA党の÷3の商(46.7)、3位はB党の÷2の商(45)、4位はA党の÷4の商(35)、5位はC党の÷2の商(30)が無視されるのでタイであるB党の÷3の商(30)が選ばれることになる。獲得議席数はA党2議席・B党3議席・C党0議席、小選挙区制と合計するとA党4議席・B党3議席・C党3議席である。
それぞれの方式はどう違うか
同じ状況を併用制で計算してみよう。割り振るのは全体の10議席なので、ドント式によりA党5議席・B党3議席・C党2議席になる。しかし小選挙区制でC党はすでに3人の当選者が確定しているので、割り振られた議席数との差(1議席)についても当選を認め、議会の定数を増やして対応することになる(超過議席)。他方、小選挙区制5議席・比例代表制5議席の並立制だったとすると、小選挙区の結果であるA党2議席・C党3議席と、比例代表制の結果であるA党3議席・B党1議席・C党1議席を単純に合計し、A党5議席・B党1議席・C党4議席という配分になる。
ここからわかるのは、第一に併用制と連用制はよく似た結果になるが後者には超過議席の問題がないこと、第二に全体的に広く薄い支持があるが特定の小選挙区で勝てるほどではない政党(B党)にとっては《並立制が圧倒的に不利》であることだ。逆に言えば、全体的には弱い支持基盤しか持っていないが特定の小選挙区では圧倒できるような政党(C党)には、どちらでもそれほど大きな影響は出ないということでもある。
産経新聞ここがおかしい?
産経新聞は、連用制にすると支持に地域的な偏りのある政党に不利だと主張している。それは前回選挙のデータを元にした試算としては正しいかもしれないが理論的にはあまり根拠のない話であるし、特にドイツのように全国単位で比例代表制の計算を行ない・得票率5%以下の政党を議席割り振りから除外するような規定(阻止条項)を持っている場合には、併用制による小選挙区部分がないと地域政党など存在できなくなることを無視した議論でもある。
また同紙の主張は、並立制と併用制・連用制ではそれぞれの方式に投じられる票の性質が異なっていることを無視している。すでに説明した通り、並立制では小選挙区制部分と比例代表制部分は独立であり、有権者はまったく異なる二つの制度にそれぞれ投じる票を持っていることになる。これに対し併用制・連用制では、最終的な議席分布を決めるのは基本的に比例代表部分で投じられた票であり、小選挙区部分の票は、比例代表で各党が獲得した議席を実際に占めるのが誰になるかを決める機能が中心となる。無所属候補が小選挙区で当選する場合など、小選挙区部分の票が独自の意義を持つ場合が考えられなくはない。しかし《国民の意見の分布を議席数にどう反映するか》という機能の面で見れば、それはほぼ完全に比例代表制なのである。
逆に、一票の価値の平等を金科玉条とするならば大量の死票の問題がある小選挙区制は擁護しづらいし、並立制も同様の問題を逃れられない。さらに言えば、全国一選挙区の比例代表制の場合には一票の価値の格差がほぼ生じなくなるし、複数の選挙区に分割した場合でも選挙区内では格差が自動的に調整されるのに対し、併用制・連用制では小選挙区制部分での当選者を優先する結果としてこの自動調整機能が損なわれていることに注意すべきだろう。併用制・連用制は、産経新聞が問題視するのとはむしろまったく逆の性質を持っていることになる。
そもそも、同紙による「現行は各党が獲得した比例票に応じて議席をドント式で割り振るが、連用制では『選挙区議席数プラス1』で各党の得票を順にわり議席配分する」という解説から、上述したような両制度のしくみと特徴を理解することができるだろうか。あるいは、書いた記者自身が正確な知識を持っていると感じられるだろうか(連用制も上位の商を無視するだけでドント式に変わりはない)。不勉強なまま「ためにする議論」を展開するために数字をこねくり回したとしか言いようがないというのが、筆者の率直な感想である。
さて、選挙制度に関する知識を確認したところで、それをどう評価すべきかという議論に移ろう。何よりも重要なのは、名前がよく似ていて非常に混同されやすいにもかかわらず、並立制と併用制・連用制のあいだには大きな性質の違いがあるということだ。
並立制と併用制・連用性のあいだ
まず、小選挙区制であれば二大政党制を基礎として与野党の入れ替わりという政権交代が実現するのに対し、比例代表制では中小政党が数多く分立するので連立政権が原則になり、連立の組み換えという形でゆるやかな政権の移行が基本になることを確認しておこう。並立制は単純に小選挙区制と比例代表制を折衷したものであり、選挙結果も両者の中間になる。
現在の我が国が採用しているのは衆参ともにこの並立制であり、両者を折衷した結果として日本政治の現状が生まれたことになる。つまり、小選挙区部分を基礎として大政党は二つに限られるが、比例代表部分からそれなりの議席を持つ小政党が複数生き残っているし、「大政党」といっても単独で他を圧倒するような議席数は確保できないので連立に依存するしかなく、小政党の意向で政権が揺らぐことになる。要するにそれは、大胆な政権交代と広範な民意の反映という両制度の良いところを兼ね備えたと言ってもいいし、悪いところを合併して政策の方向性が不連続なうえに政権が不安定になっていると評価することもできるようなものである。
これに対し併用制・連用制は実質的な比例代表制であり、結果として実現する政治の性質も比例代表制のもの(小党分立と連立政権)になると予想される。「並立制か、連用制か」というのは、表現から得られる印象のような同じ枠組みのなかの技術的な対立ではなく、小選挙区制を基礎にするか比例代表制に転ずるかという根本的な対立なのだ。
念のために言えば、《どちらをより高く評価するかはここまでとは別の問題である》。私としてはただ、なんにせよ評価を試みるならそれぞれの制度の違いを正確に認識してからにするべきだと主張しているに過ぎない。だが、以下の二点については指摘しておくべきだろう。
連用制と政治の「巻き戻し」
第一に、連用制を採用することは選挙制度改革以前へと日本政治の基本的な構造を巻き戻すことを意味する。
一選挙区で3~5人の議員を選出する中選挙区制は、有力政党数を5前後に調整する機能を持っていた。そこで実現していた自民党の長期一党支配についても、実際には内部での離合集散が頻繁に起きており、派閥を単位とする連立政権と理解したほうが適切であることについては、すでに井上達夫が指摘している。相対的に少数の政治勢力からも相当数の議員が選出されていたこと、一党支配と言われていたわりには政権が不安定だったことなども含め、比例代表制に近いコンセンサス型政治の特徴を備えていたと理解した方がよい。
これに対し、比例代表制部分を残すことによって中小政党に配慮しつつ、基本的には小選挙区制へと転換することによって二大政党による政権交代を目指そうというのが1994年選挙制度改革の狙いだったとまとめることができる。であるとすれば、連用制の導入によって実質的に比例代表制を基礎とするという提案は、《改革を否定してそれ以前へと戻る狙いを持っている》ということになるだろう。
再度念のために言えば、それが悪いと主張しているわけではない。現在の並立制とそれに基づく政治が成功していると胸を張って言い切る人も多くはないだろうし、連用制に懐疑的な自民党にしても中選挙区制の再導入などに言及しているところを見ればやはり「巻き戻し」に肯定的かとも思われる。だが、現状の日本政治の問題の一部が「決定力不足」にあること、つまり対立する意見のいずれかが採用された結果として採用されなかった側が不満を覚えるという以前に《そもそも特定の意見の採用決定まで話が進まない》(従って懸案の処理は一向に進まないし、与野党いずれの意見が正しかったのかも、そもそもどちらも実現していないので決着がつかない)という点にあることを考えると、現状の憲法体制・議会制度のまま選挙制度を巻き戻せばこの問題がさらに悪化するだろうとは予想される。
自民党長期一党支配の時代には、第一に自民党内の各派閥が「党内では争っても野党に対しては団結する」という態度を持っていたことが多く、そのため一応は政権の政策実現に協力して決定力を確保していた。また社会党も国会での抵抗を通じて実質的な妥協を獲得することが目的で、政権獲得への意志をかけらも持たず、多くの分野で最終的には自民党の政策実現を許容していた。
だが、その当時に日本政治の決定力を確保していたこれらの要素は、もはや存在していない。55年体制を支えていた「幸福な偶然」が失われており、そこに戻ることができないとすれば、逆に二大政党制を支える小選挙区制へのシフトをより明確にすることによって決定力を回復すべきではないかとも考えられる(憲法改正などを通じて「ねじれ国会」現象の原因である両院の権限配分などを根本的に見直すことによって決定力を確保し、選挙制度は比例代表制にシフトするという可能性を排除するものではない)。
政権交代の終焉?
第二に、比例代表制を基礎としたシステムへの移行によって、政権担当者が完全に入れ替わるという意味での「政権交代」は二度と起きなくなると予想される。もちろん、連立政権を構成する政党は入れ替わるだろうし、それによって政策の方向性が緩やかに変化することもあるだろう。だが、総選挙により信任された政権に数年間の大きなフリーハンドを与え、その結果を次の総選挙で審判し、国民が不適切だと考えれば下野させるという、まさに民主党の鳩山元総理がそうあるべきだと主張したような政権交代のあり方は、失われることになる。
再び、それをどう評価するかは予測自体とは別の、次の段階の問題である。私自身は、たとえば公明党の支持者が連用制を高く評価することは極めて合理的だと考える。仮に小選挙区制に統一するような改革をすれば同党の獲得議席数は大きく落ち込み、政治的なパワーを失うことが予想されるだろう。これに対し、比例代表制では支持者数に応じて相当の議席が得られるし、自民・民主のいずれかと連立することによって政策実現を図ったり、離脱の可能性によって政権の死命を制することができるからである。
他方、民主党の支持者が連用制を高く評価するとすれば、それは一面において不合理であり、一面においては理解できるということになろう。不合理だというのは、小選挙区制ベースなら同党は1/2くらいの確率で強いフリーハンドを持つ政権政党の地位に立てるのに対し、比例代表制ベースだと公明党・社民党などの中小政党に掣肘されることになるだろうからである。
政権交代の食い逃げ?
だがこのような評価は、民主党が次の選挙でも勝つか、負けたとしても次の次の選挙で復活する可能性がある場合の話だというのもまた事実である。仮に同党が国民からの支持をまったく失っており、次の総選挙で壊滅的な敗北を喫し、その次の総選挙でも立ち直れないような状況が予想されているとすれば、なるほどいまのうちに弱者にも優しい比例代表制ベースの選挙制度に飛びついておこうというのも理解できないことではない。だがこれは、いわば政権交代の食い逃げとでも呼ぶべき事態ではないだろうか。
そのような予想と意図から現在の議論が進んでいるのかどうか、私自身は詳らかにしない。ただここでは、かつて「政権交代のある政治」の実現を呼号した人々が併用制・連用制の導入を支持するとすれば言動の首尾一貫性が破綻しているだろうということと、ここでの選択が《漢字二文字の与える印象よりはかなり大きな意味を持っている》ということを指摘しておきたいだけなのである。
推薦図書
参議院への比例代表制導入を前にした時期に書かれたものであり、連用制のような新しい制度提案についてはもちろん扱われていない。しかし、比例代表制という選挙制度の性質や具体的なシステム、並立制と併用制という極めて混同されやすい制度間の違いといった基本的なポイントはすべて十分に説明されており、この本をきちんと読んで理解していれば大御所先生も産経新聞も間違いを犯さずに済んだだろうと思われる。その水準が一般的なものにならないまま刊行後20年が経過したということでもあるのだが。
プロフィール
大屋雄裕
1974年生まれ。慶應義塾大学法学部教授。法哲学。著書に『法解釈の言語哲学』(勁草書房)、『自由とは何か』(ちくま新書)、『自由か、さもなくば幸福か』(筑摩選書)、『裁判の原点』(河出ブックス)、共著に『法哲学と法哲学の対話』(有斐閣)など。