2016.02.22

増加する「非正規公務員」とはなにか?

上林陽治 地方自治総合研究所研究員

政治 #「新しいリベラル」を構想するために

公務員は安定した仕事?

――本日は、非正規公務員問題に詳しい、上林陽治さんをお迎えし、お話を伺います。上林さん、こんにちは。

 

こんにちは。

――不勉強で恐縮なんですが、公務員の世界にも非正規問題はあるのですか。

 

はい。地方自治体に勤務している職員の3人に1人は非正規公務員です。

2012年の総務省の統計で比較すると、最も身近な自治体である市区町村の正規公務員は約92万人(注1)、これに対し非正規公務員の人数は約40万人(注2)です。ここには任期6月未満や週勤務時間20時間未満の非正規公務員は含まれていませんから、実際はもっと多い。だから3人に1人。また正規公務員より非正規公務員の方が多い自治体も2012年には43団体あり、長野県の筑北村では役場職員の約7割が非正規公務員でした。

(注1)総務省「平成24年定員管理調査(平成24年4月1日現在)」

(注2)総務省「臨時・非常勤職員に関する調査結果について(平成24年4月1日現在)」

――公務員は身分が保障されて、安定した職業という印象です。

非正規公務員はおおむね任期1年の有期雇用です。長年勤務していても、無期雇用に転換することはなく、年度末には決まって雇止めの危機にさらされています。そういう公務員が3分の1を占めているのです。

公務員は安定した職業と思っていらっしゃる方は多いと思います。だけど実態と印象に大きな乖離がある。これも非正規公務員問題の特徴なのです。

――実態と印象が乖離したのはなぜですか。

公務員の非正規化が、急速に進んだからではないでしょう。

総務省の労働力調査では、民間の労働市場で非正規従業員の割合が全雇用者の4人に1人になったのが1999年。3人に1人になるのが2006年。ですから7年を要しています(注3)。

(注3)総務省『労働力調査』「長期時系列表9 雇用形態別雇用者数-全国」

これでも「早いな」と思いますが、公務員の非正規化状況をみると、市区町村では、2008年が4人に1人(注4)、2012年が3人に1人で、4年しか要していない。ほぼ倍のスピードです。この急速な公務員の非正規化に認識が追いついていない。だから実態と印象が乖離しているのではないでしょうか。

(注4)総務省「臨時・非常勤職員に関する調査結果について(平成20年4月1日現在)」

非正規公務員と公務員の差は?

――急速な非正規化は、なぜ進んだのでしょう。

端的にいえば、人が足りないのに、仕事が増えたからです。

2005年から2012年の7年間で正規公務員は27万人減少している。だけど仕事は減らせない。むしろ増えています。保育園の待機児童は増え、学童保育の需要も高まっていますし、高齢化に伴い生活保護受給世帯は増加している。児童虐待やDV被害が増え、オレオレ詐欺などの消費者被害も拡大している行政とりわけ地方自治体は、これらに対処しなければなりません。

だけど、「小さな政府」の志向性が高まる中で、正規公務員は増やせない。だから、公務員の定数にカウントされない非正規公務員を増やし、これに代替させ、増大する仕事に対処してきたのです。2005年から2012年にかけての7年間で、非正規公務員の人数は約45万人から約60万人へと15万人、33%も増加したのはその結果です。そして残りの業務は、民間事業者に業務委託をしてきたのです。

――「代替」ということは、非正規公務員は、正規公務員と同じ仕事をしているのですか。

 

その通りです。

 

たとえば公立保育園の保育士の52%は非正規の保育士です。もちろん彼女たちは、保育士資格をもち、正規の保育士と同じ仕事をしている。クラス担任や主任を勤める非正規保育士さえいる。新人の正規の保育士を研修するのはベテラン()の非正規の保育士です。

ハローワークでは、2014年度において、常勤職員11,140人に対し非常勤の相談員が16,737人でした。ハローワークで失業者の求職相談にあたっている相談員の5人のうち3人は非正規公務員なんです。ところがハローワークの非常勤相談員数は2011年度がピークで21,295人でした。その後3年間で約5000人が雇止めされています。

年度末の3月31日をもって雇止めされた非常勤の相談員が、4月1日にカウンターの反対側に座り、自分の仕事探しの相談をしているというブラックユーモアのような話が、本当に起こっているのです。

このほか学童指導員の92.8%、消費生活相談員の86.3%、図書館司書の67.8%が非正規公務員で占められています。これらは非正規が正規を上回っている公共サービス分野の典型例です(注5)。

(注5)2012年自治労調査より。

そして質の問題。東京のある区の地域図書館に勤務する男性の非常勤職員は、主任非常勤という役割を与えられ、地域館の管理責任も担う。東京のある市の福祉事務所では、生活保護世帯の急増に正規職員のケースワーカーだけでは回らなくなり、多くの非正規公務員をケースワーカーとして採用し、高齢者の生活保護世帯を中心に生活保護行政に当らせている。

非正規公務員の仕事は、補助的や臨時的なものではもはやありません。公共サービスの基幹的業務を担う存在になったといえるでしょう。

非正規公務員問題は、私たちの社会を映す鏡

――給与や勤務条件は、どうなんですか。公務員って、給与は法律で決められますから、民間労働者のような格差はなく、平等なのでは?

残念ながら、ここにも実態と印象のずれが生じています。

2012年で比較してみると、一般行政職の正規公務員の平均年収総額は624万3437円です(注6)。これに対し、事務職の非正規公務員の年収は、市区町村の臨時職員が159万6218円で4分の1に過ぎません。市区町村の臨時職員の平均週勤務時間は36時間30分、常勤の正規公務員は38時間45分。その差は、週2時間15分、1日27分だけです(注7)。それでいてこの賃金格差です。

(注6)総務省「平成24年度地方公務員給与実態調査」によると、平成24年4月1日現在の一般行政職の平均給料月額は33万1189円、平均諸手当額は8万0081円。年間の一時金は給料月額の3.95月として130万8197円が支給されたものとして推計。

(注7)総務省「臨時・非常勤職員に関する調査結果について(平成24年4月1日現在)」より計算。

先ほど、非正規は正規を代替し、同じ仕事を引き継いだと指摘しました。ほぼ同じ勤務時間で、同じ仕事をしているのに、給与は正規公務員の4分の1という状況が放置されているのは、賃金格差というより「賃金差別」だといえるかもしれませんね。

――差別ですか……。

そうです。差別です。それも雇用形態の差異を装った「間接差別」というものです。

非正規公務員は全国に60万人いるとお話しました。このうち45万人は女性です。彼女たちの多くが年収200万円未満のワーキングプア水準で働いている。

男女間の賃金格差は、性別に着目し異なる取り扱いをする「直接差別」に対し、一見、性別に関係のない取り扱いであっても、運用した結果、男女どちらかに不利益が生じる場合があり、これは間接差別といわれています。

日本の民間企業の正社員における男女間賃金格差は、30%弱です。これに対し公務員では正規公務員における男女間賃金格差は15%ほどです。ですから公務員は男女間賃金格差が少ないといわれてきた。ジェンダーフリーだと。

ところがです。男性が多数を占める一般行政職の正規公務員と女性が大半を占める非正規公務員の賃金格差に着目すると様相が異なる。比較可能な統計(注8)で、時間給で比較すると、男性正規公務員100に対し、臨時職員34、非常勤職員49となるのです。

(注8)総務省「臨時・非常勤職員に関する調査結果について(平成20年4月1日現在)」と総務省「地方公務員給与実態調査(平成20年4月1日現在)」より推計。

繰り返しますが、臨時職員、非常勤職員といわれる非正規公務員の大半は女性です。ですから、男性正規公務員の2分の1から3分の1という、これほどまでの賃金格差は、雇用形態の差異を装った「間接差別」なのです。

――最後に、今後の方向性について、お話いただけますか。

『スーパーの女』という映画をご存知ですか。今は亡き伊丹十三による脚本・監督の作品です。20年前の1996年に公開されました。あるスーパーマーケットで働いていた主婦パートの女性が、売り場改革を進め、幼馴染の経営するダメスーパーマーケットを立て直していくというストーリーです。

スーパーマーケット業界というのは、従業員の7割がパートといわれる非正規労働者なんです。そのスーパーマーケット業界では、20年前に伊丹監督が描いたことが本当に起こっている。つまりパート労働者が売り場の責任者になって、品揃えをし、生鮮食品の研究をし、発注もしたりしているんです。

パート労働者はスーパーマーケット業界で基幹化し、正社員と同様の働きをし、同時にそのようなパフォーマンスを期待されている。

この段階になると、賃金などの処遇に関して格差が生じていると正規労働者との間で軋轢が生じる。場合によっては職場が深刻な状況に陥る。そこで気の利いた使用者は、パートの処遇を改善し、定着を促し始めるようになる。一部は、無期雇用の正社員や限定正社員となる。そうしないと店が回らないからだし、客が寄り付かないような職場になってしまうからです。

こんなことをいうと、身分が保障された公務員に怒られるかもしれませんが、公共サービス分野も、スーパーマーケット業界並みのことを考えていく時期にさしかかっていると思います。

だって、非正規公務員をあてにしないと仕事が回らない、仕事に最も精通しているのは非正規公務員という段階にあるからです。

基幹化した職員に相応しい処遇と雇用の安定が求められているのだと思います。逆に、そうしないと、市民の生活のセイフティーネットである公共サービスは、持続できないでしょうね。

もし、そんなことになったら、ただでさえ足りない公共サービスがますます不足し、政府への不信、公務員不信が高まり、「小さな政府」へさらに突き進み、公共サービスを本当に必要とする人々が放置され、格差という社会の亀裂が深まることになるでしょう。

非正規公務員という問題は、私たちが作りあげてしまった社会を正直に映しているのだと思いますよ。

―― 上林さん、本日はお忙しい中、ありがとうございました。

(このインタビューは、筆者自身によるものです)

プロフィール

上林陽治地方自治総合研究所研究員

(公財)地方自治総合研究所研究員。1960年東京都生まれ。1985年 國學院大學大学院経済学研究科博士課程前期修了。2007年より現職。主要著書に『非正規公務員の現在』(単著)(日本評論社 2015年11月)『自立と共存』(共著)(公人社 2015年5月)『非正規公務員という問題』(単著)(岩波ブックレット 2013年5月)『非正規公務員』(単著)(日本評論社 2012年8月)

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