2011.04.17
環境エネルギー社会への想像力と実践(2)―― 自然エネルギービジネスの展開
前回は、加速する世界の自然エネルギーの潮流と、それを支える政策枠組みについて紹介し、世界の潮流とは逆行してきた日本の新エネRPS法の失敗、そして、現在進行中の日本版固定買取価格制への移行について概観しました。今回は、それらの政策枠組みのもと、どのように自然エネルギー事業が展開されていくのか、風力発電を事例としてみていきましょう。
自然エネルギービジネスの考え方
具体的な事業プロセスに入る前に、まずは自然エネルギービジネスの基本的な考え方について、従来エネルギー(化石燃料・原子力)とどのように異なるのか、確認しておきましょう(表1)。
多くの先進工業国は、工業化を進めるなか、国策のもとでエネルギー技術の開発を進め、独占・寡占市場をつくり、中央集権的にコントロールするエネルギーシステムを構築してきました。そのため、従来エネルギー事業の背景には「供給プッシュ」と呼ばれる考え方を読み取ることができます。
一方、電力市場の自由化(発電・送電・配電の分離)が進んだ国や地域では、独立した送電事業者が「安定供給」の責任を負うため、発電事業者は電力系統への公平なアクセスを前提とした競争下におかれます。そのため、発電・配電事業者は、利用者のニーズ(電源の種類、価格など)に対応すべく、市場環境への感受性を高め、「需要プル」と呼ばれる考え方のもとでビジネスを展開します。
自然エネルギービジネスの展開を考える上で、これら2つの考え方を理解しておくことは非常に重要です。また、電力市場の自由化は、スマートグリッドの前提条件でもあるのですが、日本ではごく限定的にしか行われていません。これについては、インターネットのアナロジーで読み解いている高橋洋さんの論考が参考になります。
自然エネルギーの事業プロセス
それでは、風力発電を例として、自然エネルギー事業がどのように展開されていくのかみていきましょう(表2)。
まず事業者は事業計画を作成するにあたり、風車を設置する現地の風況や地理的条件を測定し、その場所でどれだけの発電量が見込めるのかを評価します。よく「風が吹いてないときは発電しないから風力発電はダメだ」という批判を聞くことがあります。しかし、実際には年間を通じて季節ごとに吹く風の特性はおおよそ一定であり、気象情報をもとに他の電源との組み合わせのなかで送電事業者がそのときどきの需給を調整することで、即座に停電になってしまうような問題は起こりません。欧州では送電事業者と多様な発電事業者がそのような情報のコミュニケーションを重ねるなかで学習が進み、変動する電源への運営能力を高めているという報告もあります。
また、環境にやさしいエネルギーとはいえ、風車は高さ100メートルにもなる巨大構造物であるため、設置することで生態系や地域社会にどのような影響を与える可能性があるのか事前に評価します。そのなかで甚大なリスクが認められるようであれば、それを考慮した導入方法を考え、事業計画に反映させます。
このような風力発電のリスクについては、導入量が増えるにつれて問題として取り上げられることが多くなってきており、環境省による検討会も行われています。この点については、「設置可能地域を段階的に明示するゾーニング」「事業計画作成への地域ステークホルダーの早い段階での参加」「地域ステークホルダーのファイナンス面での参加」など、問題の紛争化を未然に防ぐ方策がいくつかあるのですが、次回以降のファイナンスやコミュニティのトピックに関連させて別途議論したいと思います。
そして、事業計画を作成し、基本設計のもとで電力系統への接続や売電価格が決まり、具体的な実施設計を行い、許認可等の各種法令への対応や資金調達を済ませ、ようやく風車の建設が行われ、運転および売電がはじまります。運転開始後は定期的に保守点検が行われます。
おおまかには以上のような流れで風力発電事業は行われており、事前調査の内容・時間・コストはそれぞれ異なりますが、他の自然エネルギー事業においてもほぼ同様のプロセスで進められると考えられます。太陽光発電については、自らの事務所に導入した東京都副知事の猪瀬直樹さんの設置体験が参考になります。
では、自然エネルギービジネスを検討・実施する上でもっとも重要となる、売電価格についてはどのようになっているのでしょうか?
日本の自然エネルギー売電価格
2011年1月に法政大学舩橋晴俊研究室と環境エネルギー政策研究所が共同で実施した電力会社へのアンケート調査の結果によれば、電力会社による自然エネルギー電力の買取価格は表3のようになっています。(太陽光発電についてはこちら)
RPS法のもとでは、自然エネルギーの「環境価値」を「電力そのものの価値」とは切り離して取り引きできるようになっているため、両者を合わせて売る場合「RPS込み」、後者のみ売る場合「RPS抜き」となります。なお、RPS抜きの場合、「環境価値」をグリーン電力証書として一般向けに売ることもできます。
そして、実際の価格設定をみると、「個別協議」となっているものが多く、また、RPS抜きでも化石燃料代替相当の価格(いわゆる「焚き減らし価格」)として3~5円/kWh程度という非常に低い価格になっていることがわかります。
要約すると、どんなに地域の自然エネルギーに可能性があってもこれでは事業計画の立てようがなく、国内で自然エネルギー事業に従事する関係者は、環境や社会に有意義な事業であっても本当に苦戦しているということです。(一方で、原子力や再処理事業にどれだけの資金が投入されているかについて、大島堅一さんの解説が参考になります)
これまで日本の自然エネルギーは、こうした不透明で低い価格設定や、風力発電にいたってはそもそも系統接続可能な容量が制限され、莫大なコスト増を招く「蓄電池」の設置が求められたり、需給状況によっては風車からの電力供給を止める「解列」が求められたりするなど、世界に類をみない冷遇を受けてきました。固定買取価格制への移行にともなってRPS法は廃止される予定ですが、こうした過去の経緯が日本の自然エネルギービジネスの展開を妨げていたことを改めて確認した上で、今後の固定買取価格制における価格設定をみていく必要があります。
自然エネルギービジネスの想像力と地域の創造力
現時点では日本版固定買取価格制のなかでどのような価格設定になるのかまだわかりませんが、仮に自然エネルギーを本格的に推進するレベルの価格になり、加えて電力系統への優先接続が可能になったとして、そこにはどのような新しいビジネスモデルが生まれてくるのでしょうか?
これについては、まさに本連載のテーマのひとつである「環境エネルギー社会への想像力」がモノをいう世界であり、たとえば、デンマークの風力発電の普及の原動力となった「農民の協同組合による風力発電事業」の事例、鎌仲ひとみ監督の映画「ミツバチの羽音と地球の回転」に登場するスウェーデンの「出版事業者」から「自然エネルギー・省エネルギー事業者」へと転身する事例、また、ドイツで実際に取り組みがはじまっている「100%自然エネルギー地域」の事例などのビジネスモデルや社会モデルが、日本でも実現する可能性があります。そこには広大で多様なイノベーション空間が広がっているといっても過言ではありません。
しかし、ここで注意しなければならないのは、こういった想像力を現実のものにする主体は必ずしも既存の電力会社ではないということです。すでに述べたように、小規模分散型の自然エネルギーの普及を成功させるカギは「需要プル」にあり、一斉に地域を停電させてしまうような中央集権的な「供給プッシュ」ではないのです。
では、一体誰がその役割を担い、どのように「実践」していくのでしょうか?
結論からいえば、その役割を担うのは地域のさまざまな主体(起業家、地域金融機関、地方自治体、NPO・NGO、大学・教育機関、農林水産業者、商工業者、観光・サービス業者、一般市民等)であり、彼らが持続可能な未来の地域社会の像を共有し、具体的なプロジェクトを協働して進めるなかでひとつひとつ問題を解決し、経験と知識を蓄積していくことが、もっとも堅実な自然エネルギービジネスの実践方法となります。
つまり、本連載のもうひとつのテーマ「環境エネルギー社会への実践」は、地域社会の総合的な「創造力」をいかにして引き出すか、という問いに答える作業なのです。これについては、コミュニティや人材育成のトピックに関連させて別途掘り下げた議論をしたいと思います。
以上のような自然エネルギービジネスの基本をふまえた上で、次回はこれらの取り組みの実現に不可欠な資金の調達、自然エネルギーのファイナンスについて議論したいと思います。
推薦図書
前回概観したように、世界の自然エネルギー政策・市場の動向は急速に変化しているため、2005年発行の本書は現時点での最前線をとらえているとは言い難いのですが、自然エネルギーを取り巻くさまざまな文脈を理解する上でもっとも包括的なテキストであるといえます。
プロフィール
古屋将太
1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。