2022.02.18

誰もが生きづらい時代を共に生きるために ―― 『ひきこもりの真実 就労より自立より大切なこと』(ちくま新書)

林恭子(著者)一般社団法人ひきこもりUX会議代表理事

ひきこもりの真実 就労より自立より大切なこと

著者:林恭子
出版社:ちくま新書

「ひきこもり」とは?

「ひきこもり」 とはどのような人のことを言うのでしょうか。

厚生労働省の定義では「様々な要因の結果として社会的参加(就学、就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態を指す現象概念(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)」とされています。

皆さんの中には、若い男性が自室にこもりゲームやインターネットをばかりしているというイメージを持っている方が多いかもしれません。犯罪や事件と結びつける報道も長年続いたことから、得体の知れない人、怖い人、と思っている方もいるかもしれません。

実際には、自室や自宅に完全にひきこもっている人は1割に満たないと言われており、「ひきこもり」の人は外出もしますし、自分と同じような経験をした人同士であれば交流をする人も少なくありません。また「ひきこもり」には女性もいますし(主婦のひきこもりの人もいます)、年齢層も10代から80代と全ての世代に及んでおり、若者の問題というのは当てはまりません。近年では高年齢化が進み、「8050問題」ともいう言葉もあるように、50代の当事者を80代の親が支えるという状況にもなってきています。

私は、ひきこもりの人は真面目で自分のことより他人を優先するような優しく思いやりがある人が多く、知的で、得意なことや特技も多い、話していて面白い人たちだと感じています。報道などで描かれる「ひきこもり像」は実態とはかけ離れたものです。

「ひきこもり」のゴールは就労でも自立でもない

私も10代で不登校をし、20代でひきこもったことのある、不登校・ひきこもり経験者です。もう一度この社会の中で生きていってみよう、と思えるようになるまでに丸20年という時間がかりました。 どのようにして現在の状態にたどり着いたかといえば、それは就労したことでも自立したことでもなく、 このような自分ではあるが、何かの役に立たなくても、生きている意味などないとしても、与えられた命のある限りただ生きればいい、と思うに至ったからです。

「ひきこもり」問題の「解決」は、就労と自立だと考えられ、それをゴールとする支援が長年続けられてきました。 ですが、就労と自立が必要だと思いつつ、それが出来ないから苦しんでいるひきこもり当事者にとっては、それを目指す支援はむしろ苦しさを増すだけのものであり、支援として効果がなかったばかりか、 状況を悪化させてきた面もあると言わざるを得ません。ひきこもり支援において大切なのは、安心できる場や人との出会いの中で、粉々になった自己肯定感を少しでも回復し、「生きていてもいい」と思えるようになることだと考えています。

誤解と偏見に苦しむ当事者や家族

ひきこもっている人は「甘えている」「怠けている」と言われ続けてきました。今でも、家族を含め多くの人がそう思っているのを感じます。ですがひきこもりは、甘えや怠けでできるほど楽なものではありません。 目が覚めている間中、みんなと同じようにできない自分を責め、生きている価値がないと徹底的に自分を追い詰めている状態です。支援においても、自分のような人間に手を貸してもらうなど申し訳なくてできないと思い、精神的にも肉体的にも経済的にもギリギリの状態であるにも関わらず、差し伸べられた手を拒絶する人たちが増えていることも問題になってきています。

地域や世間からの批判や誹謗中傷を恐れ、 相談に行きたくても自分の住んでいる町の窓口には行かれないという声は、当事者からも家族からもよく聞きます。誰よりもひきこもったことに負い目を感じている当事者と家族が、そのような思いからどこにも繋がれないまま、20年30年と時間が経過している状況が全国で起きています。

誰もが生きづらい時代、互いに支え合う社会づくりが必要

学校では年々不登校が増え(2020年度不登校の小中学生は約19万6000人)、若い世代の人は希望する仕事に就くことが難しかったり、 長期間非正規で働いていることから結婚や出産を諦めることも少なくありません。そしてこのコロナ禍は、世代を問わず多くの人を困難な状況に陥らせています。もはや誰もが何らかの生きづらさを抱えているような時代において、ひきこもりとは決して他人事ではありません。いくつかの条件が重なってしまえば、誰でもどの世代においてもひきこもる可能性はあります。生きていれば困難な状況に陥ることはあるのですから、「困ったときはお互い様」「立ち止まる時もあるよね」と互いに思いやり、支え合える地域や社会が作られていく必要があると感じています。

「ひきこもりの真実」  

最後にタイトルについて少しお話ししたいと思います。

『真実』という言葉を使うことには随分悩みました。提案していただいたものでしたが、私なぞがひきこもりの真実など語れるはずもなく、何が真実なのか、また一人ひとりにとり真実が違うのは当たり前だという気持ちもありました。でも、一章に書いた、実態調査に寄せられたひきこもりや生きづらさの当事者・経験者1,686名の声は紛れもなく真実であり、また私自身の体験談も少なくとも私にとっては真実でした。そのひきこもり当事者/経験者の生の声から改めて「ひきこもり」について知って欲しい、考えて欲しいと思い、このタイトルをつけました。

本書には、1,686人の当事者達の声を集めた実態調査から見えたひきこもりの実像や、女性のひきこもりと女性に限定した当事者会「ひきこもり女子会」について、またこれからの支援の在り方や家族に伝えたいこと、体験談などを盛り込みました。ひきこもりに関わる人はもとより、さまざまな困難や生きづらさを抱えた人、その周りで支え手となる人たちに、この難しい時代を共に生きるためのヒントとしていただけたら大変ありがたく思います。

プロフィール

林恭子一般社団法人ひきこもりUX会議代表理事

一般社団法人ひきこもりUX会議代表理事。新ひきこもりについて考える会世話人、東京都ひきこもりに係る支援協議会委員等を歴任。編著に『いまこそ語ろう、それぞれのひきこもり』(日本評論社)、共著に『ひきこもり白書2021』(ひきこもりUX会議)など。

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