2022.03.09
ポーランド=ウクライナ国境における人道支援活動の現場から――NGO「平和ラボ」のカロル・ヴィルチンスキ氏による現状報告
ロシアがウクライナへの侵攻を開始してから12日目となった3月7日、北海道教育大学函館校の国際政治学研究室では、ポーランド側でウクライナからの避難者支援を行っているNGO「平和ラボ」Salam Labからカロル・ヴィルチンスキ氏(注1)をお招きし、学生9名によるインタビューを行った。
(1)カロル・ヴィルチンスキ(Karol Wilczyński)ジャーナリスト。アラブ哲学博士。クラクフのコミュニティリーダーとして支援を必要とする人々への炊き出しや法的援助などを行う。妻で「平和ラボ」共同代表のアナ・ウィルチンスカはクラクフ市の「多文化主義大使」(2019年)を受賞。難民支援以外にも異文化理解のためのワークショップなど教育事業を実施している。
例年2月から3月にかけ、函館校の学生はポーランドの第二次世界大戦関連の戦跡を訪れてきた。ワルシャワ・ゲットー跡地からアウシュヴィッツまで移動し、ホロコーストの歴史を学ぶだけでなく、ホロコースト以前の多文化的な興隆も含めてポーランド・ユダヤ史を学んできた。その一環として、現代のクラクフにおいてユダヤ教徒はもちろんムスリムの移民とも一緒に地域づくりを進めているJCC(クラクフ・ユダヤ・コミュニティセンター)や、NGO「平和ラボ」Salam Labとの交流を深めてきた。
ポーランド南部の主要都市クラクフを拠点とするNGO「平和ラボ」は、普段はポーランドに住むムスリムの方たちの生活上の相談に乗ったり、マジョリティであるキリスト教徒向けにイスラム文化を紹介する機会を作るなど、相互の理解を促す架け橋となってきた。2月末にウクライナから戦禍を避ける人々がポーランドへ殺到し始めてからは、日夜その支援に奔走している。今回は支援活動の合間をぬって、Zoomにより「平和ラボ」Salam Lab共同代表のヴィルチンスキ氏にお話を伺った。(以下、Q.は参加学生による質問、W.はヴィルチンスキ氏による応答。逐次通訳は齋藤亜生子が担当した)
Q.ポーランドにいる家族(2)を頼ってウクライナからポーランドに逃げている人たちがいると聞きました。ポーランドに逃げてきても、頼る家族がいない人たちはどうやって生活できるでしょうか。
(2)ロシアによるウクライナ侵攻より前から、隣接するポーランドへ仕事や進学のために移り住むウクライナ人は少なくなかった。2019年の議会選挙では、ウクライナ出身でポーランドとの二重国籍を持つミロスワヴァ・ケンリク(Myroslava Keryk)が「ウクライナだけでなく、ベトナムなど海外にルーツをもつ人々を代表したい」と立候補し話題となったが、選挙活動においては排外的な中傷にもさらされた。ケンリクは2019年9月のインタビューにおいて、景気が悪化する時期にはウクライナ人がスケープゴートになるのではないかという懸念を示している。Wojciech Karpieszuk, “Wybory parlamentarne 2019. Ukrainka kandyduje do Sejmu. Piszą: “Won z Polski”, wyzywają od banderowców,” Gazeta Wyborcza, 23 września 2019.
W.生活をどうしているかは、まだ1週間足らずなので、なんともいえない状況ですが、現在当局では、スタジアムやホール、古いショッピングモールなどを活用して、寝床が確保できるところであれば文字通り「どこでも」確保して準備してしています。とはいえ、そうした場所が安全とはいえない面もあるため、空き部屋のある家主と交渉して、3000戸程度のアパートの部屋を確保したところができました。しかし、中には信頼できない場所もあり、安全面に疑問符がつくため、住居の確保に奔走しているのが現状です。
あまり皆さんが気づいていないことですが、二点とても大切なことがあります。
第一に、こういった人道危機の時には、必ず人身売買のターゲットにされてしまうということです。インターネット上では、いわゆる「ダークネット」というサイトがあり、多くの犯罪者がどのように女性や子どもたちを誘拐するか、どうやってビジネスとして成り立たせるか、といった内容を扱っています。
じつは現在も、すでに現場では、たとえば駅に来ている難民がその場で誘拐されてしまったり、親切なドライバーを装ってドイツの旗を見せ「ドイツへ連れて行ってあげるよ」と言いながら、そのまま女性や子どもを誘拐してしまったり、国外へ売春目的や性奴隷として売られてしまうということが実際に発生しています。これは、そうした犯罪者にとっては十分なビジネスとなっており、私たちはそうした事態をなんとか防ごうとしています。
お伝えしたいことの二点目は、安定した移民政策がポーランドにはまだない、ということです(3)。人道的な危機が発生しても、移民や難民をきちんと受け入れる体制がまだできていない。現時点ではポーランドの人たちは皆、ウクライナからの避難者を受け入れ、よろこんで連帯感をもって助けたい、と考えていますが、おそらく数週間のうちに疲弊してくるでしょう。疲弊してくると、やはり、不安や怒りの感情も生じてくるかも知れません。なぜなら、避難してくる数百万人の人たちは気の毒な犠牲者であるけれども、ウクライナの人々が逃げてくることによってポーランドもまた苦しい状況に陥るのではないか・・・そのような不安から、ウクライナから避難してくる人々を非難するようになるかもしれません。
(3)2月24日から3月7日までの間に、戦争を逃れてウクライナからポーランドへの国境を越えた人の数は106万7000人に達した。このインタビューと同日の3月7日に採択された特別法により、ウクライナ市民は18ヶ月間ポーランドに滞在でき、この間に仕事にも就けることが定められた。また、ウクライナからの家族を2ヶ月以上住居に受け入れるポーランド人には、1人あたり1日40ズロチの財政的支援が保障されることになった。“Wsparcie finansowe dla Polaków, “którzy przyjmują pod swój dach rodziny z Ukrainy”. Rząd przyjął projekt,” TVN24 Biznes, 7 marca 2022.
Q.ウクライナからの避難民は新型コロナウィルスの隔離期間なしにポーランドへ入国できると伺いました。しかし国境で立ち往生している人たちもいるようです。ウクライナの人たちは今後速やかにポーランドへ受け入れられるでしょうか?
W.ポーランドの政府は基本的には全員の難民を受け入れるという立場をとっていますが、ウクライナ政府は自国民のうち18歳から60歳までの男性は出国しないよう求めています。そのため、国境を越えて難民となってくる人たちの9割以上が子ども、女性、老人、外国人です。ポーランド側では受け入れセンターを国境に作りましたが、なかなか受け入れ作業が効率的に進んでおらず、多くの人が国境のところで足止めされています。国境を越えるだけで、およそ140時間、場合によっては6日間もそこで待たないといけない。ロシアからの爆撃を受けるほどの至近距離にはいませんので、一応安全な場所ではあるのですが、それだけ長い間足止めをされています。ここでも、先にお話ししたように、しっかりとした受け入れ体制、難民・移民の受け入れのための政策がまだ確立されていないことが、一つの足かせになっています。
Q.ポーランドで人道支援を行う際にどのようなコロナ対策をしていますか?
W.実際には何もしていないというのが現状です。消毒、マスクの着用もしますが、それ以上の対策を講じることができません。厳しい寒さの中です。この一週間、喫緊の課題として、まず住居を見つけるというところに注力しなければなりませんでした。到着した時点で咳などのコロナ症状がある人は病院にという流れになっていますが、私のセンターだけでも1日に500人から600人を受け入れていて、もうこれはかなりのカオスです。ちゃんとしたコロナ対策はあるべきなのですが、国からの助成や支援がない中、予防対策と支援の両立は難しい判断を強いられています。残念ながら、ボランティアの方の多くが感染しているという状況です。「ワクチン接種をしてから来て下さい」と伝えてはいますが、東欧ではワクチンの接種率は60%を下回っています。全体的な対策がまだなく、いまは打つ手がないというのが現状です。
Q.ポーランドとロシアの関係について興味があります。ポーランドにおけるロシアのイメージはどのようなものでしょうか? 歴史上には「ポーランド分割」やポーランド=ソヴィエト戦争といった出来事がありました。ロシアのウクライナ侵攻後、ポーランドの人々はロシアをどのように見ていますか?
W.ロシアについて、皆さんはきっと、今のポーランドでは「最悪」と思われているのかな、とお考えかと思います。とりわけ一度でもロシアに支配されたり、共産主義体制の中に置かれた経験のある国々では。
今回の出来事の背景としては、西側のドイツやイギリスが、ロシアとビジネスなど共通の利害で一致していたということがありました。これが度が過ぎてしまった、ということもあるでしょう。いったん戦争という危機が発生した時には、ロシアとの関係を断つには遅すぎた。
ウクライナ侵攻以降、人々は、プーチンや彼の側近を非難するのではなく、ロシア全体を非難してしまう傾向にあるかと思います。しかし、経済制裁などで苦しい立場に追いやられるのはロシアの一般の人たちです。西側からの制裁であおりをうけるのは一般の人たちただけで、プーチン大統領やその側近たちではない、というのが残念なことです。ただし一部には彼ら(ロシアの一般の人たち)にも責任はあるかと思います。プーチン政権がやってきたことに異を唱えなかった。見て見ぬふりをしてきた。
私たちが確信しているのは、ロシアは今あらゆる手段を使って、帝国主義を進めようとしている、ということです。ジョージアやクリミアでの行動、シリアやイラクやアフガニスタンでの動向からも見て取れることだと思います。ロシアの現在の振る舞いは、北朝鮮のそれに似ていますが、いわば暴力団のようなやりかたで無理に物事を進めていこうとしている。一つの国としてふさわしいふるまいではない、ということです。西側諸国もロシアを「パートナー」とすることで、それに荷担してしまいましたが、今回西側の政治家たちがようやく目を見開いた、これが現実であることに気が付いたのは良いことでした。しかし、現実に気づくために、ここまでの戦争は必要なかったと思います。
Q.ポーランドはウクライナからの避難民を受け入れています。もしロシアやベラルーシから避難民がやってきたら、受け入れますか?
W.ポーランドは2019年にベラルーシから8万人の避難民を受け入れました。ですから、ポーランド政府はプーチン政権から逃れてくる人たちはすべて受け入れる方針です。しかし、いわゆるブラウン、ブラックの人たちは受け入れないというのが国の政策です。シリアなどからベラルーシを経由してポーランドへ越境しようとした人たちは、結局押し戻されてしまい、森に返されてしまう事態が繰り返されました(4)。
(4)2021年夏頃からベラルーシとポーランド、リトアニアの国境地帯では、ベラルーシからEUを目指す主にシリアやイラクからの難民がポーランドの国境警備隊によってベラルーシ側へ戻され、ふたたびベラルーシ側からはEUへ向かうよう強いられるという「押し戻しpush-back」の膠着に陥り、野宿者が数千人にのぼり命を落とす人も出る人道危機が生じている。現在は急ごしらえの有刺鉄線の柵にかえて国境壁の建設が進められている。Joanna Klimowicz, “Były wojewoda podlaski ratuje ludzi w lesie. “Na tym pograniczu runęły wszystkie prawa”,” Gazeta Wyborcza, 11 lutego 2022.
Q.ロシアはEUに対してエネルギー資源の供給を断つと圧力をかけています。ポーランドは多くの避難民を受け入れて、物資不足が起きています。日本ではオイルショックの時に市民がパニックを起こしてトイレットペーパーを買い占めるようなことがありました。ポーランドではそのようなことはありますか?
W.ポーランドではそういった状況は発生していません。日本の状況との比較で言うなら、最近公開された『牛久』というドキュメンタリー映画が参考になるでしょう(5)。
(5)牛久市にある東日本入国管理センターに収容された難民申請者の証言ドキュメンタリー映画。トーマシュ・アッシュ監督『牛久』(2021年、日本)、https://www.ushikufilm.com/
Q.難民をめぐる偏見や差別は残念ながら存在します。難民を知ることがステレオタイプをなくすことに繋がると思います。人種的な差別を防ぐために、どんな情報発信を心がけていますか?
W.サラムラボのモットーは「世界は白と黒だけではない」、ということです(6)。白、黒だけでは決められない。また、けして忘れてはいけないのは、ウクライナの避難民の人たちの声をきくことです。声をきくことを忘れてはならない、というところを私たちは肝に銘じています。
(6)「平和ラボ」のロゴマークには、黒から白へと濃さの異なる5つの菱形のグラデーションがあしらわれており「世界は白と黒だけではない」というモットーを表現している。https://salamlab.pl/en/
Q.移民の人々の母国の文化をどんなふうに尊重しながら支援をしていますか?
W.「平和ラボ」ではすべて必要な情報をウクライナ語で発信しており、ウクライナ人のボランティアもいます。また、ポーランドではウクライナ文化との間にはほとんど問題がありません。これに対して、アラブ諸国の出身者との間では、ムスリム文化との違いが大きく、またとても残念なことですが肌の色の違いからレイシズムに直面しています。今後、ウクライナからの難民の数がこれほどまでに増えて膨大になってくると、そこからまた新たな問題が生じることを懸念しています。
Q.私は2011年に東日本大震災を経験しました。当時、物資の支援よりも支援金のほうが良いと聞きました。なぜなら物資は平等に配給することができないからです。もし事態が悪化して物資が足りなくなったとき、物資とお金とどちらの支援が良いでしょうか。
W.金銭的な支援、それも信頼できる団体への財政的支援が長期的には重要になるでしょう。
もしポーランドにお住まいなら、ボランティアにぜひご参加下さい。実際、私たちの団体では、すでに日本人のボランティアがベラルーシとの国境地域やクラクフで活躍しています。けれどもこうした人道的危機には資金はいくらあっても足りないので、信頼できる団体への財政的支援は最良の方法の一つです。
プロフィール
宮崎悠
北海道教育大学国際地域学科准教授。北海道大学法学部卒業、同大学院法学研究科後期博士課程修了。北海道大学法学研究科助教、成蹊大学法学部助教などを経て、2019年より現職。著書に『ポーランド問題とドモフスキ』(北海道大学出版会)、「戦間期ポーランドにおける自治と同化」(赤尾光春・向井直己編著『ユダヤ人と自治:東中欧・ロシアにおけるディアスポラ共同体の興亡』岩波書店所収)ほか。https://www.iwanami.co.jp/book/b281689.html
石岡史子
NPO法人ホロコースト教育資料センター代表。国内外の学校や自治体で人権・平和の授業・ワークショップを実施。大学生や教員向けのポーランド・ドイツ研修旅行を企画・引率する。共著に『「ホロコーストの記憶」を歩く~過去をみつめ未来へ向かう旅ガイド』(子どもの未来社)。https://www.npokokoro.com/
齋藤亜生子
日英会議通訳者。上智大学仏文科卒、東京学芸大学大学院国語教育専攻中退。米国公立学校で日本語教育に従事後帰国。通訳養成機関受講後、現在は自動車、IR、再生エネルギー、教育、ビジネス分野を中心に通訳。https://www.linkedin.com/in/asaito-interpreter/